六華
それからは仕事前の菖蒲に洋画の歴史や見方、技法等を教えるのが習慣になった。
菖蒲は専門書を読むだけあり、基礎的な知識はしっかりしていてたった3ヶ月でほとんど教え尽くしてしまった。
「勉強の調子はいかがですか?」
いつものように菖蒲と過ごした後、華やかな雰囲気のなか酒を飲んでいると藤里が尋ねてきた。
「さすがに飲み込みが早いな。もうそろそろお役御免だ」
あとは本人が努力するしかない。
「そうですか。ではせっかくですから菖蒲に何か描かせて見ましょうか…」
藤里は遊女が年季があけた後のために様々な後押しをしている。
「…そうだ。あなたにモデルをお願いしましょうか」
「俺!?わざわざむさ苦しい男じゃなくて、楼の娘がいるだろう」
突拍子もない藤里の言葉に驚いた。
「菖蒲が見慣れていないもののほうがいいんですよ。うちの子の姿絵なんて見慣れてますからね」
「確かにそうかもしれないけどな…断る。モデルなんてめんどくさい」
画家であるからこそモデルの大変さを知っているのだ。
「では私と賭けをして私が勝ったらお願いできますか?負けたらこの間おっしゃっていた古酒をお譲りしますよ」
藤里のコレクションの一つであり値段が時価という逸品である。
「まじか!?じゃ、いいぜ。ただし将棋以外でな」
そして、次の水曜日。
「…ということで遠藤さんをモデルに一枚書いてみなさい。期日は1ヶ月。教わった成果を楽しみにしているよ」
藤里はにこやかに、しかしやんわりとプレッシャーをかけて言った。
「は…はい。頑張ります」
こうして俺はもうしばらく、毎週菖蒲のところに通うことになった。
「俺のような素人でぱっとしない男がモデルで悪いな。旦那の中にはもっと見目のいい奴がいるだろうに」
「遠藤様よりいい旦那様なんてそうはいませんよ」
菖蒲はデッサンの準備をしていた。
「ま、俺は口を出さないから好きにかけ。…で、どんな絵にするつもりだ?」
今の格好は少し派手な着流し。
菖蒲の答えによっては着替えなければならない。
「くつろいでいらっしゃって結構ですよ。どんな構成かは内緒です」
クスクスといたずらっぽく笑いながら菖蒲はデッサンを始めた。
「お前がどう考えているか知らんが…油絵を1ヶ月で仕上げるのは大変だぞ?」
油絵は絵の具を重ねるには一度乾かさなければならない。
「とりあえず明日明後日は楼に泊まってるから、昼間時間があるようなら早くデッサンをすませてしまえ。そうすればモデルも終わりだし、集中してできるだろう」
菖蒲がデッサンを始めるととたんに遠藤は暇になってしまう。