十六華
「…少し、話を聞いていただけますか?」
着物をはおり俺の隣で横になっていた菖蒲が話しかけてきた。
「前にも少し話しましたが、私が露宮に来たのは12歳の時でした。
それまでは施設で大事に育てられてきたんです…」
俺はなにも言わずに耳を傾けた。
「ある日、私は偶然露宮の事を知りました。やりたいこともなかったし、施設にいつまでもお世話になるのが嫌で…周りの反対を押しきって門をくぐりました。もちろんどんな所かもわかっていました」
自分からこの世界に入る人間は少ない。ましてその歳で入ってくるなんてどれだけの勇気だったのか、俺は思った。
「最初はすごく驚いたけれど、みんなに優しい人ばかりですぐに慣れました。17歳になって遊女になった時ももちろん最初は悲しくはあったけど自然に受け入れられたんです。こうして花街を離れる事が決まるといろんなことを思い出します…」
一度花街を出てしまえばなかなか帰っては来れない。
「遠藤様にはわがまま言って頼りっぱなしでしたが…私、本当に頑張りますから…だから、これからもご指導お願いします」
「あぁ、もちろん…だが絵の事とかちゃんと旦那に話しあえ。4年間つつがなく過ごせるようにな」
「はい…」
しばらくすると菖蒲は眠ったようだった。
頬には涙のあとが薄く残っている。
「…悪いな、菖蒲」
俺は菖蒲を起こさないようにそっと身支度を整えて部屋を出て藤里の所に向かった。
「…やってくれましたね」
部屋に入ると藤里は俺を睨んで言った。
「悪かった、遊女に手をだすなんてな…」
「本当ですよ!!…それで?」
藤里は態度を崩さずに先を促した。
「身請けされるってさ、気持ちの整理はさせたつもりだ。俺との事もちゃんと決着つけるだろ」
すると藤里は諦めたようにため息をついた。
「はぁ…わかりました…今回だけですよ、本当に。まさか遠藤さんが菖蒲に手をだすなんてね」
「悪かったって…じゃ、そういうことだからいろいろ頼んだぞ。
菖蒲が『外』に出てからの支援ができるように詳細が決まったら連絡してくれ」
俺はそう言って部屋を出ようとすると藤里があわててひき止めてきた。
「ちょっと待ってください!!
このまま帰ってしばらくは来ないつもりなんですか?菖蒲にはなんて…」
「別に何も?あぁ、そうだ。なるべく早くあの絵を送るから、菖蒲が身請けされる時に渡してくれ。じゃあな、またそのうち来るさ」
今度こそ俺は部屋をでて『外』へとむかった。
(次に菖蒲に会うときは一人の画家としてだ…頑張れよ)
大門をくぐりながらそう思った。