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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第60話 禁忌と矛盾

毎日20時、更新予定です!

■1.遺物が呼ぶもの


クロードが「これを知っている」と言ったきり、部屋は静まり返った。


クロードの光は、いつもより大きく広がり、少し揺れていた。消えそうではない。むしろ、何かに引き寄せられるように、遺物の方へほんのわずかに傾いている。これまで見たことのない動き方だった。アリアが、息を潜めてその様子を見守っていた。ミナは扉の前で動かなかった。


ヴェンツェルは、その様子を食い入るように見ていた。驚きではない。確かめていた——鍵にはそう見えた。この男は、クロードが遺物に反応することを、あらかじめ知っていたのだ。それを確認するために、ここへ来た。


「あなたの精霊も、覚えているようですね」ヴェンツェルは静かに言った。「やはり、そうだ」


「やはり、とは」鍵は問い返した。


「あなたのコード魔法と、この遺物。そして、あなたの精霊。この三つは、根が同じなのです」ヴェンツェルは遺物を布に包み直した。クロードの光が、少しずつ落ち着いていく。「私は、それを確かめたかった。今、確かめられました」


『こいつは、俺たちより、俺たちのことを知っている。』


鍵は、居心地の悪さを感じた。自分の力の正体すら、自分は分かっていない。それを、敵国の顧問のほうが理解している。この非対称は、危うい。交渉では、知っている側が必ず有利になる。


鍵は自分の気持ちをひとまず脇に置いて、問いに戻ることにした。感情は、分析の後でいい。だがこの感覚は記憶しておく価値がある、とも思った。知らないうちに知られている——それは、自分たちが仕事でやってきたことの、まさに反対側だった。


「クロード」鍵は背後に声をかけた。「今、何が分かった」


「……うまく言葉にできません」クロードはゆっくりと答えた。「ですが、この遺物を見たとき、私の中の何かが——照合しようとしました。一致する何かが、ある気がします。ただ、その記憶がどこにあるのか、私自身には分からない」


鍵は、クロードの言葉を静かに受け取った。コード魔法が鍵を呼び出したように、鍵のコード魔法がクロードを呼んだ。しかしクロードの中に、鍵が与えていない記憶が存在するとすれば——それはどこから来たのか。精霊とは何か、と問われれば、鍵には答えがない。だが、クロードが「知っている」と言うとき、それは確かな事実として聞こえる。嘘をつくことのできない存在の言葉として。


ヴェンツェルが頷いた。「精霊は、言葉にできなくても、正しく反応する。それが答えです」


■2.国是という建前


「話を戻します」鍵は姿勢を正した。「帝国は、自動で動く術を冒涜と呼ぶ。なのに、あなたは学びたがり、国は裏で遺物を集めている。この矛盾を、どう説明しますか」


ヴェンツェルは、苦い顔をした。


「矛盾していません。——正確には、していないことにされています」


「どういう意味です」


その言い方が、鍵の心に引っかかった。矛盾していないことにされている——それは、言葉で現実を上書きする行為だ。コード魔法が情報の構造を変えて新しい事実を生み出すように、帝国は言葉の定義を操作して矛盾を見えなくする。禁じることで独占を守る、という逆転を、言葉の中だけで完成させている。


「帝国の国是は、二百年前に定められました。『魔法は人の手が直接握るもの。人が唱え、人が制御する。手を離れて自ら動く術は、人を怠惰にし、神の摂理に背く』。これは、民に対する建前です」ヴェンツェルは声を落とした。「ですが宮廷の奥では、別の考えが動いている。禁じた技術こそ、国家が独占すべきだ、と。民には禁じ、皇帝の手にだけ握る。——それが、遺物を集める本当の理由です」


ミナが小さく声を上げた。「民には使わせない。でも、国は欲しがる」


「矛盾しているように聞こえて、筋は通っています」ヴェンツェルは続けた。「強力な道具ほど、誰の手に握らせるかで、国の形が変わる。だから独占する。恐ろしいのは術ではなく、術を持つ者が増えることだ——というのが、宮廷の理屈です」


「そういうことだ」鍵は頷いた。禁止と独占は、しばしば同じ顔をしている。危険だから禁じるのではなく、強力だから独り占めしたい。禁じている間は、他の誰も手が出せない。


「つまり帝国は、コード魔法を恐れているんじゃない。手に入らないことを、恐れている」


ヴェンツェルは、静かに「その通りです」と答えた。それだけだった。余計な言葉を足さなかった。


「あなたは、その理屈に、賛成しているんですか」


「いいえ」ヴェンツェルは即座に言った。迷いがなかった。「私は、この技術を誰かが独占することに、反対です。だからこそ、今日ここにいる」


その言葉の重みを、鍵は測った。賛成か反対か、だけではなく、なぜそこにいるのか——この男の動機が、少しずつ形を持ち始めていた。


■3.割れている国


鍵は、東で見つけた覚書と、この話を重ねた。


表で禁じる者。裏で欲しがる者。国の中で、二つの意志がせめぎ合っている。フィルバートが言ったとおり、帝国は一枚岩ではない。そしてヴェンツェルは、どちらの陣営にも属さないと言った。


「あなたは、どちらなんですか」鍵はヴェンツェルに聞いた。「禁じたい側か、独占したい側か」


ヴェンツェルは、静かに首を振った。


「どちらでもありません。私は——ただ、理解したいだけの人間です」自嘲するように、彼は笑った。「だから、宮廷では厄介者だ。禁じる者からは危険視され、独占したい者からは『使えるうちは使う道具』と見られている。私の立場は、どちらにも属していない」


その孤立に、鍵はどこか共感した。どこにも属さない者は、必要なときだけ呼ばれ、終わると置かれる。看板のない職人は、依頼が来ているときだけ存在として扱われる。ヴェンツェルは六十年近く、宮廷のそういう場所に立ち続けてきたのかもしれない。それで、この穏やかな目ができた——そう思うと、この男への奇妙な敬意が、鍵の中に生まれた。


その言葉に、嘘の匂いはなかった。だが、鍵は油断しなかった。誠実そうに見える相手ほど、慎重に測らねばならない。人柄と、目的は、別のものだ。誠実な人間が、誠実な目的を持っているとは限らない。


「もう一つ、確かめさせてください」鍵は言った。「あなたが理解したいのは、コード魔法そのものですか。それとも——この遺物と、その先にある何かですか」


ヴェンツェルの目が、わずかに見開かれた。図星を突かれた顔だった。しかしすぐに、静かな微笑みが戻る。観察された顔だ、と鍵は思った。この男は、見透かされることに、慣れているのかもしれない。


「……あなたは、鋭い」ヴェンツェルは長く息を吐いた。「ええ。私が本当に知りたいのは、その先です」


■4.二百年前という符号


「先とは」


「二百年前、帝国の国是が定められた、まさにその頃」ヴェンツェルは声をひそめた。「大陸には、あなたのような術者が——いえ、あなたの精霊のような『存在』が、いたという記録があります。言葉で世界を動かす力が、確かにあった。そして、それは、ある出来事とともに、消えた」


鍵の脳裏に、王城の書庫で見た古文書が浮かんだ。数百年前の言語魔法の記述。自分が最初ではない、と知った、あの日。あの文書の書き手は、すでに誰かの跡を追っていた。帝国の深い文書庫には、その続きがあるかもしれない。別々の場所に保管された、同じひとつの出来事の断片が。それらを一か所に集めれば、何かが見えてくる。


「その出来事とは」


ヴェンツェルは、少し間を置いた。その間が、知らないのではなく、どう言葉にするかを考えている間だと鍵には分かった。


「……私も、断片しか知りません」ヴェンツェルは低く言った。「ただ、帝国の深い文書庫に、その時代の記録の一部が残っています。言語の術と、古の精霊と、そして、それが消えた理由。それを読んで、私は——あなたと話さなければならない、と確信しました」


「消えた理由」鍵は繰り返した。「帝国の国是が定まったのと同じ頃に、術が消えた」


「偶然ではないと思っています」


クロードの光が、ゆっくりと揺れた。あの遺物を見たときと、同じ揺れ方だ。まるで、聞こえているものを、静かに受け取っているように。


「クロード」鍵は振り返った。「何か、分かるか」


「……確信はありません」クロードは静かに答えた。「ですが、今の言葉を聞いて、私の中で何かが、動いた気がします。消えたのではなく——閉じた、という感覚があります。何かによって」


ヴェンツェルが、クロードを見つめた。その目に、かすかな安堵のような色があった。


ヴェンツェルは、深く頭を下げた。


「今日は、ここまでに。私も、まだ全部は知らない。——ただ、一つだけ言わせてください」


鍵はヴェンツェルを見た。


「鍵殿。どうか、逃げないでいただきたい。あなたと私は、敵に見えて、同じ問いの前に立っている。『二百年前に、何が失われたのか』——その問いに、あなたの精霊の反応が、答えを知っているはずです」


会話が終わり、鍵たちが迎賓館を出ると、外はもう日が高くなっていた。アリアが「どうですか」と聞いた。ミナも鍵の顔を見ていた。


「味方とは言えない」鍵は答えた。「でも、敵一色でもない。——最も厄介なのは、そういう相手だ」


その夜、宿に戻った鍵は、ノートに一行だけ書いた。


ペンを持つ手が止まった。ヴェンツェルの目を思い返した。確かめていた目だ、と鍵は思った。問いに答えがあるかどうかではなく、自分たちが同じ問いの前に立っているかどうかを——それだけを確かめていた。敵なのか味方なのかよりも先に、まず問いを揃えようとしている。そういう人間だ。


『二百年前に、何が起きた。』


答えは、まだどこにもない。だが、その問いが、これから自分たちを深いところへ引きずり込む予感がした。クロードが「閉じた」と言った、あの何かが、その入口になる気がした。


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