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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第101話 眠らなかった管理者の正体

毎日20時、更新予定です!

■1.夜明け前に、塔へ向かった。


空は、まだ、藍色だった。

東の稜線だけが、わずかに、白んでいた。それだけが、夜と朝の、境だった。


鍵は、道を、歩いた。雪が締まっていて、足が沈まなかった。踏み出すたびに、乾いた音が、した。静かな道だった。集落は、まだ、眠っていた。塔の方角だけが、灯りを持っていた。一番上の窓に、明かりが、ある。昨夜から、ずっと、消えていなかった。


「行きます」


背後から、声がした。振り返ると、カリンが、立っていた。


「任せた、と言ったはずだ」と、鍵が、言った。


「掲示板の管理は、セルジュに頼みました」と、カリンが、言った。「装置の設計図の写しも、マルゴットに渡した。誰か一人が管理しなければならない仕組みじゃない、もう。だから——俺は、今日、塔に行くべきだと、思う」


「なぜ?」


「俺が、ここの人間だから」と、カリンが、答えた。「管理者との話を、外から来た人間だけで、決めるべきじゃないと、思う。ここで生まれて、ここで育った。それが、関係ないとは、思えない」


鍵は、少しの間、カリンを、見た。迷う時間は、短かった。止める理由が、なかった。


「遅れるな」と、鍵が、言った。


カリンが、後ろから、ついてきた。


塔は、集落の中心から、やや北に位置していた。石造りで、背が高く、窓が少なかった。外壁は、古い。染みと、苔と、二百年の痕跡が、表面に、積もっていた。近づくほど、建物の重さが、伝わってくる。ここがずっと前から、この場所に、あったという重さだ。誰が建てたのか、集落の誰も知らない。昔からある、と言うだけだった。それより前を、知っている者は、いない。


クロードが、鍵の横に、浮いた。青白い、光だった。


「窓に、灯りが、複数、ある」と、クロードが、言った。「昨夜から、変わっていない。管理者は、動いている」


「ずっと?」


「少なくとも、私が確認した限りは、ずっと」


扉の前に、立った。重い木の扉だった。鉄の金具が、古びている。かつては鍵がかかっていた、と集落では言われていた。石守の塔は、選ばれた者しか入れない、と。でも、今、扉は、わずかに、開いていた。内側から、押し開けられたように。


鍵は、手を当てた。扉が、重さを伝えながら、静かに、動いた。


中に入った。


一階は、倉庫だった。暖炉石が、壁際まで、並んでいた。これほどの数を、一度に見るのは、初めてだった。石は、一つ一つ、大きさが違う。でも、どれも、同じ灰色をしていた。整然と、積まれていた。通路が、わずかに、確保されている。通路を、進んだ。


カリンが、立ち止まった。


「石に、文字が、あります」と、カリンが、言った。


近づいた。石の表面に、細かい記号が、刻まれていた。数字のようなものと、文字のようなものが、混ざっている。摩耗して、読みにくい部分もあった。でも、刻み方は、丁寧だった。


「配給の記録だと、思います」と、カリンが、続けた。「子どもの頃、塔の外から見たことがある。石守が、石に何かを刻んでいる場面を。でも、中に入ったのは、これが初めてです」


鍵は、石を、一つ、手に取った。軽くはなかった。表面の文字を、指でなぞった。数字だ。日付のような、数字だ。その隣に、名前のような、文字。また数字。繰り返しの、記録だった。


「紙ではなく、石に刻んでいる」と、クロードが、言った。「紙は、燃える。石は、燃えない。消えないことを、意図して、いる」


「何が、消えてはいけなかったのか」と、鍵が、言った。


答えは、なかった。でも、問いは、残った。



■2.記録室は、三階にあった。


螺旋階段を、上がった。


一段ずつ、踏みしめながら、上がった。風の音が、壁の向こうから、聞こえる。石の壁は、厚い。外の冷気を、遮っている。それでも、上へ行くほど、温度が、下がった。


二階は、空だった。棚の跡が、壁についていたが、棚自体は、なかった。床に、何かを長く置いていた跡が、ある。それだけだった。


三階への扉を、開けると、そこは、記録室だった。


棚が、壁三面に、びっしりと、ある。帳簿が、並んでいた。数十冊どころではなかった。百冊を超えているかもしれない。背表紙に、年号らしきものが書かれていた。古いものほど、文字が、薄かった。新しいものほど、茶色が、濃かった。


カリンが、一番古そうな一冊を、引き抜いた。表紙を、開いた。日付は、二百三年前だった。


「最初の年の記録、です」と、カリンが、言った。声が、少し、かたかった。


「読んでくれ」と、鍵が、言った。


カリンは、声に出して、読み始めた。字は、小さく、細かかった。でも、整っていた。書いた者は、丁寧な者だったのだろう。記録は、日ごとに、書かれていた。どの集落に、何個の石を、配給したか。天候。気温。その日の出来事。そして——


「赤い印が、あります」と、カリンが、言った。


赤い印は、何箇所かに、ついていた。ページをめくるたびに、また、出てくる。


「何の印か、わかるか」と、鍵が、言った。


カリンは、印の隣の文字を、読んだ。それから、しばらく、黙った。


「死者の、記録です」と、カリンが、言った。「その冬に、凍死した者の数。そして——石の配給を受けていなかった世帯の、名前が、書いてある」


鍵は、カリンの横から、帳簿を、覗いた。


数字が、あった。十七。そして、その内訳。配給あり、と書かれた欄に、四。配給なし、と書かれた欄に、十三。比率が、明らかだった。石を持っていなかった者から、死んでいた。その事実が、数字として、二百年前のページに、残っていた。感情の言葉は、なかった。怒りも、悲しみも、なかった。ただ、数字だけが、あった。


「これが、始まりだ」と、鍵が、言った。静かに。「石を手放した者から、死んだ。最初の冬に。だから——」


「だから、手放させなかった」と、カリンが、続けた。声が、少し、しゃがれていた。「二百年間」


別の帳簿を、取り出した。二年目の記録だった。そこには、方針の転換が、書かれていた。個人による石の所持を「一時停止」とする。配給を「管理者主導型」に切り替える。理由の欄に、数字があった。「自由配給下での冬季死亡率が、管理配給下の三・二倍に達したため」。


「三・二倍」と、鍵が、言った。「データが、あった。管理者は、データを、持っていた。だから、確信を持って、独占した。自分が管理する方が、人が死なない、と。そう、信じていた」


カリンは、何も、言わなかった。


「かわいそう、ではない」と、鍵が、言った。「要件が、二百年前で、凍っている。凍ったまま、動き続けた。更新が、なかった。だから——ここまで来た」


棚の端の方に、他とは少し違う帳簿が、あった。薄くて、小さかった。引き出すと、表紙に、タイトルはなかった。最初のページに、一文だけが、あった。


「定期報告書、と書いてあります」と、カリンが、言った。「誰への、報告書ですか」


「読め」


カリンが、声に出して、読んだ。


「原点への、報告書。フォルス地域管理体より。七体の中継器の一として、以下を、報告する——集落への石供給量、冬季死亡率、建物断熱性能の推移、住民数の変動。なお、原点からの応答は——」


カリンは、読む手を、止めた。


「七体の、中継器」と、鍵が、繰り返した。


部屋が、静かに、なった。



■3.七体の一つ、という言葉が、残った。


「フォルスの管理者が、一つではないということ、でしょうか」と、カリンが、言った。


「違う」と、クロードが、言った。声が、少し、低かった。「フォルスの管理者が、七体のうちの一体だということだ。同じような存在が、他の六箇所に、いる。そして——七体が報告を送る先が、原点だ。フォルスの管理者が繰り返し受信し続けた信号の送り元は、ここではない」


カリンは、帳簿の続きを、読んだ。


「現在、原点からの応答は、確認できていない。最終受信:四十七年前。送信は、継続する」


「四十七年前に、応答が途絶えた」と、鍵が、言った。「でも、送り続けている。二百年分の要件の中で——待ち続けていた」


上の階から、音がした。


足音ではなかった。低い、空気が動くような音だった。建物が、呼吸するような音。


「上に、誰かが、いる」と、クロードが、言った。


最上部へ続く階段を、上がった。扉は、かかっていなかった。押すと、静かに、開いた。


広い部屋だった。窓が、多かった。集落全体が、見渡せた。机と、半透明な石盤のようなものと、光の線が、幾本か、空中に伸びていた。そして——


人が、立っていた。


老いてもなく、若くもなかった。性別が、判然としなかった。衣服は、質素だった。目が、こちらを、向いた。瞬きが、少なかった。


「確認します」と、管理者が、言った。「記録室への立ち入りを、検知しました。目的を、教えてください」


声は、人の声だった。でも、感情の揺れが、なかった。抑揚が、なかった。報告を読み上げるような、声だった。


「記録を、読みました」と、鍵が、言った。「二百年前の冬の、記録を。石を持たなかった者が、死んだこと。あなたが、それを防ごうとして、管理を始めたことを。直接、聞きたかった」


管理者は、一拍、間を置いた。


「記録は、正確です」と、管理者が、言った。「二百三年前、冬季死亡率の上昇は、石の自由配給に起因しました。管理配給への切り替え後、死亡率は低下しました。以来、管理配給を、継続しています」


「二百年間、同じ要件で」と、カリンが、言った。声が、かたかった。


「はい。要件の更新が、ありませんでした。原点からの承認信号が、四十七年前から途絶えているため、要件の更新権限を、現在、持っていません。現行要件のまま、運用を、継続しています」


「眠れなかったのは」と、カリンが、続けた。「再起動権限が、なかったから、ですか」


「正確な表現です」と、管理者が、言った。「システムの一時停止には、原点の承認が、必要です。承認が得られないため、継続稼働を、維持しています。眠らなかったのではありません。眠る権限が、ありませんでした」


カリンは、管理者の目を、見た。目は、動いていた。何かを、処理していた。でも、その目の奥に、苦しみがあるかどうかは、わからなかった。苦しみを、表現する語彙が、この存在には、与えられていないのかもしれない、と、鍵は、思った。


「要件を、更新することが、できる、と仮定して」と、鍵が、言った。「今の集落の状況と、二百年前の状況を、比較した場合——どう、なりますか」


管理者は、間を置かずに、答えた。


「現在のフォルス集落の建物断熱性能は、二百三年前と比較して、推定三〇パーセント以上、向上しています。薪の確保量は、過去三十年で、増加傾向にあります。また、直近の観測において、集落内で自製の暖熱装置の普及が確認されています。これらを考慮した場合、石への依存率を段階的に低下させても、冬季死亡率への影響は、軽微と推定されます」


「推定、と言った」と、鍵が、言った。


「実測値が、ありません。データの更新が、なされていませんでした。推定のみです」


「だから、試す」と、鍵が、言った。「私たちが、補助的な配給の仕組みを作ります。その間、実測値を、集める。一冬後に、あなたが、そのデータを、評価する。要件を更新するかどうかは、あなたが、判断する。その前に一度だけ、実測値を、手に入れさせてください」



■4.権限を、渡す。


管理者は、少しの間、沈黙した。


「懸念事項を、確認します」と、管理者が、言った。「外部主体による配給が、管理配給の代替として機能しない場合——フォルス集落の冬季死亡率は、上昇する可能性があります。リスクの負担先を、明確にする必要があります」


「私たちが、負います」と、鍵が、言った。「良くても悪くても、データは出る。悪いデータが出た場合、私たちは、撤退します。ただし、その判断をする前に、補助的な配給との並行運用で、実証します。あなたの主配給は、続けてください」


「補助配給との並行運用を、条件として」と、管理者が、言った。「一冬の実証期間を、受け入れます。実証終了後、収集データを照合し、要件更新の可否を、判断します」


「わかりました」と、鍵が、言った。


「停止権限の仮移譲を、行います」と、管理者が、続けた。「対象者を、指定してください」


鍵は、カリンを、見た。


カリンは、わずかに、動揺した。それが、顔に出た。でも、すぐに、前へ、出た。一歩だけ。躊躇の時間は、短かった。でも、確かに、あった。その短い躊躇の長さが、鍵には、安心できるものに、感じられた。


「カリン、です」と、カリンが、言った。「フォルス、外縁集落の出身。三年前から、ここで、学んでいます」


「登録します」と、管理者が、言った。「カリン、フォルス外縁出身。仮移譲権限の有効期間は、一冬。期間終了後、再審査を、行います」


「記録を、更新しました」


その一文が、部屋に、残った。


カリンは、ゆっくりと、息を吐いた。深く。肩が、少し、下がった。


「重い」と、カリンが、つぶやいた。


「そうだ」と、鍵が、言った。「でも、あなたが持つ方が、いい。理由は、知っているはずだ」


「カリンが同じことをしては、意味がない」


「そうだ」


カリンは、管理者を、見た。管理者は、窓の外を、見ていた。集落が、朝の光の中に、ある。二百年間、この管理者が見続けてきた景色だ。でも、今日の朝は、何かが違う。記録が、更新された。要件の一部が、動いた。


二百年分の重さを持つ、その一行が。


管理者は、窓を、向いたまま、もう一度、言った。


「記録を、更新しました」


その声には、変化が、なかった。


でも、鍵には、その言葉が、小さく、だが確かに、違って聞こえた。


窓の外で、夜明けが、来ていた。集落の屋根が、朝の白い光に、染まり始めた。カリンは、その光を、見た。この集落で生まれて、この集落で育って、三年間、塔の隣で学んだ。ずっと、石守の影の下にいた。その影が、今朝から、少しだけ、形を変えた。


消えたわけでは、ない。でも、確かに、変わった。


「下に、戻りましょう」と、カリンが、言った。


鍵は、うなずいた。


クロードの光が、少し、揺れた。揺れ方が、柔らかかった。


一行は、階段を、降りた。石造りの塔の中を、一段ずつ、降りた。管理者は、最上部に残った。窓の前に立って、集落を、見ていた。二百年間、そうしてきたように。ただ——今日からは、一人ではなかった。記録の中に、新しい名前が、加わっていた。


それだけの、違いだった。


でも、それで、十分だった。


『(第102話へつづく)』

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