6-13.物語の主人公 (急性骨髄性白血病・ハプロ移植編)
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
詩音 :「美鈴ちゃ~ん、一緒に院内学級であそぼ~。」
詩音はポッチと二人で花の丘病院に行って美鈴を誘う。
美鈴 :「きょうはいい。調子悪いから。」
そういうと美鈴ちゃんはクリーンルームに戻ってしまった。
詩音 :「美鈴ちゃんやっぱり元気ない。」
木ノ内:「ええ、この頃元気ないのよね。私も心配だわ。」
院内学級の木ノ内先生が心配して言う。木ノ内先生は美鈴が病気のことを知ってしまったことを知らない。
木ノ内:「同じように舞ちゃんも元気がないのよね~。」
詩音 :「そういえば、舞ちゃんは?」
木ノ内:「友達の家に行くって言って今日はお休みなの。」
詩音 :「珍しいね。でも、私たち以外に友達いたっけ?」
詩音が怖いことを言う。
ポッチ:「ノッポさん家。アドバイスした。」
詩音 :「ああ、そういうことね。じゃあ、今日は子供たちに本でも読んであげようかな。たまには私がね。ポッチ、あの本貸して。」
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たかし:「舞ちゃん、どうぞ召し上がれ。といっても毎回同じアイスだけどね。」
舞 :「ありがとう。」
たかし:「元気ないね。番井先生のところに言って丸山美鈴の話を聞かなかったの?」
舞 :「教えてくれなかった。でも、治療方法を代わりに教えてくれた。」
たかし:「よかったじゃん。本当に知りたかった方じゃん。」
舞 :「だけど…」
舞は事の顛末を話した。お母さんが治療に反対していること。美鈴がうすうす自分の病状に気付いていること。
たかし:「そっか。」
舞 :「もう、美鈴治らない。一緒に学校に行けない。あの楽しかったころに戻れない。」
たかしは黙って立ちあがった。そして、本棚から一冊の本を取り出す。その本は「リンとシオンの夢の国の物語」。ポッチが持っている本だ。舞が貸してといっても「プロジェクト外秘」だからといって貸さない本。著者は「すずきたかし・かんざきみすず きょうちょ」とかいてある本だ。
当然、たかしさんも持っている。
たかし:「少し、この本について説明してあげよう。この院内学級の物語には12個の物語が書かれてるんだ。」
舞 :「え?」
たかし:「驚くのも無理はない。向こうのたかし君は5つしか作ってないからね。」
舞はいぶかしげな顔でたかしを見る。
たかし:「12個の物語は次の通り。黒猫ニャーゴ、ビッグフロッグ、フェンリル、タグオブウォー、ドクトルウォーナッツ、トリックエンジェル。そして人魚水族館、桜祭り、星の子しおん、アンドロメダ、かのんの星物語、ポッチの12個だ」
舞 :「後の方の話は星の子しおんまでしかしらない。前の方はポッチが大体読んでくれた。」
たかし:「ああ、前半の6つはポッチが作って、後半の6つは僕が作ったんだ。」
舞 :「全部たかしさんが作ったんじゃないんだ。」
たかし:「そうだよ。まあ、最後の仕上げは僕がやったけどね。」
舞 :「へ~。」
たかし:「そして、この物語にはそれぞれ重要な意味がある。でも、とっても難しんだよね。特に僕が作った方はポッチに難しいって言われるんだ。」
舞 :「うん。星の子しおんとか難しい。」
たかし:「でも、それは、ちゃんとした物語として伝わってないからだと思う。向こうのたかし君の解釈が入ってるからね。だから、今日は本当の話を読んであげよう。」
舞 :「え?」
たかし:「本当の星の子しおんだ。」
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星の子しおん
この話は、子供会のリーダー研修の時にお姉さんから聞いたお話。子供会って知ってる? 小学生になると地域の子供達が一緒になって夏祭りとかクリスマス会とかやるんだ。1年生から6年生まで一緒になってね。
そんな子供会がこの街にもこの街の周りの街にもいっぱいあるんだけど、そんな、いっぱいある子供会のなかから、何人かが選ばれて、みんなで集まってお泊り会をするんだ。それが研修会。
知っての通り、この前の震災で多くの子供たちが悲しい目に会った。そして、多くの子供たちが親と別れてこの街にやって来た。そんな子供たち、特に小さな子どもたちを慰めるために子供会活動はさかんなんだ。研修会では、多くのボランティアの人が来て、子供たちを慰めるためのゲームとかを教えてくれるんだ。
僕が行ったのは、春の研修会でキャンプだったんだ。キャンプファイヤーでの遊び方を教えてくれる研修会だった。
そのとき、高校生のお姉さんがボランティアで来てた。名前は「かのん」。みんなかのん姉さんと呼んでいた。かのんねえさんは心臓が弱く、車椅子で生活していた。
僕が「大変ですね」と声をかけると、きょとんとしてこういったんだ。「でも、昔は病院から一歩も出られなかったのよ。病院の狭い窓からしか、外の世界が見られなかった。こっちに来てから外に出られるようになった。あの頃に比べれば幸せよ。」
そう、笑いながら答えてくれた。
僕はそのお姉さんが気になって、この研修会の間、車椅子を押す係になることを申し出た。
「それじゃあ、お願いしようかな。」そう言ってお姉さんは快諾してくれた。
「かのん姉さんはなんのボランティアなの」僕は不躾にもそう聞いてしまった。
「普段は近くの天文台でアルバイトしてるの。星を見るのが大好きなんだ。 私、こんな身体でしょう。だけど、こんな身体でも星の解説はできるから。 だから、今日みんなに星の話をしようと思ってね。」
「へ~。僕、星ってそんなに詳しくないんだ。なんか面白そう。」
「キャンプファイヤーが終わったら、みんなに星の話をするから、そのとき来てくれる?」
「うん。もちろん」
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キャンプファイヤーが終わり、お姉さんが星のお話をしてくれた。みんな、芝生の上に座ったり、寝転んだりしながら星を見ている。
「今、正面の三本杉の真上にずっと高く明るい星があるでしょう。 あのオレンジ色の星。あれが牛飼い座のアークトゥルウス。春の星の中で一番明るい星。よく一番星として夕方東の空に見える星です。」
かのん姉さんが話を始めた。
「そのしたの西、つまり右下のほうに白く輝く星があるでしょう。あれが、ふたご座のスピカです。そしてその2つの星と右側で三角形を結ぶように星があるでしょう。あれがしし座のデネボラです。」
「これが春の大三角形です。」
みんな、がやがやと話をしながら探している。でも、今日はちょっと天気がかすんでるのか、星がよく見えない。そのため、逆に見える星の数が少なく、その3角形がよく見える。
「かのん姉さん、見つけた」僕がそう答える。
かのん姉さんはにっこり笑って話を続ける。
「さっき言ったふたご座の右側に4つ四角形に星が並んでるの見えるかな?」
僕たちは目を凝らして探した。他の子が「見つけた!」と叫んでる。僕も一生懸命探してみた。あった。光に慣れると4つの星が光っていた。
「あれは、神様が『シオン』を夜空に打ちつけた時の釘が光っているんです。」
「しおん?」僕はかのん姉さんにきいた。
「ええ、シオンは神様ポロンの使い。まあ、お手伝いさんみたいな人ね。シオンとポロンは二人で暮らしていました。シオンは神様ポロンのお使いをするのが大好きでした。本当はお使いが終わった後、『ありがとう』と頭をなでてくれるのがうれしかったんだけどね。」
「ところがポロンに恋人が出来ちゃったの。そうしたら、ポロンは恋人に夢中になってしまい、ちっともシオンの相手をしてくれなかったのよね。」
「それで、シオンはさびしくなっちゃったんだけど、ただの神様の使いと神様の恋人じゃ比べてもしょうがないって我慢してたの。でも、実はシオンもポロンのこと好きだったのよね。」
「ある日、ポロンの恋人が病気で寝込んでしまったの。だけど、ポロンは神様の仕事で一日中家にいるわけにはいかない。そこで、シオンが一生懸命恋人の看病をするの。」
「そうしているうち、恋人もだんだん良くなってきたの。でも、ポロンは恋人のことばかり心配して、シオンが看病してくれてることに感謝の言葉もないのよ。」
「そうやって、看病のかいもあって恋人は大分良くなるんだけど、相変わらず、ポロンは恋人ばかり見ていて、シオンにねぎらいの言葉ひとつくれなかったの。」
「とうとう頭に来たシオンは、一計を案じたの。恋人が散歩に行ってる時にシオンは恋人のふりをしてベッドで寝るの。」
「そうして、ポロンが帰ったきたらこう行ったのよ。『私はもうだめです。今までありがとう』そういって死んだ振りをするの。ポロンはわんわん泣いちゃうの。そうしているうちに恋人が散歩から帰ってきてポロンはびっくり。」
「それで、かんかんに怒ったポロンはしおんを許さずに夜空に釘で打ち付けちゃったの。かわいそうにね。ちゃんと思いが伝わらなかったのね。この神話はこれでおしまい。」
かのん姉さんはふうとため息をついた。
「神様ひどくね? ちょっと構って欲しかっただけなのに。まあ、ちょっと死んだ振りをするのは良くないけど。」僕はそう言った。
「そうね。でも、神話って大体こんな残酷なお話が多いわね。でも、昔の人の考え方がわかって、それはそれで面白いけどね。」
その後、僕とかのん姉さんは二人で残って、星の話を続けた。
「ほら、天頂近くにあるのがおおくま座の北斗七星だよ。ひしゃくみたいな形してるでしょ。そのひしゃくのふちを伸ばしていくとこぐま座の北極星、逆にそのひしゃくの柄の先を伸ばしていくとさっきの牛飼い座のアークトゥルウスとスピカにつながるの。」
「これが春の大曲線って言ってアークトゥルウスを見つける方法なんだ。だけどね。私はいきなりアークトゥルウスを見つけるのになれてるんだ。」
かのん姉さんはそう行った。
「でも、あきらかに北斗七星から見つけるほうが簡単だよ。どうして?」
僕がそう行った。
「病院の窓からは北天は見えなかったのよ。窓が南向きだったから。だから北斗七星を見たのはこっちに来てからなの。」
かのん姉さんはそう言った。
「入院する前は? 見なかったの?」僕がそう言うと
「ものごごろついたときには入院してたから。」そう答えた。
「大変だったんだね。つらかったよね。」
「うん、大変だった。でも、その病院には院内学級があって、二人の女の子とよくこうやって星の話をしてたんだ。そのときは楽しかった。」
「へ~、その二人はどうしてるの?」
「きっと、元気にしてると思う。私はこっちに来ちゃったから二度と会えないけどね。会いたいけど会えない。」
「そっか、ごめんなさい。そうだったね。」
僕がそう言うとかのん姉さんは首を横に振った。
「ううん。気にしないで。さ、今日は遅いから寝ましょう。あしたも朝早いですよ。」
「うん、あのさ、このキャンプが終わっても会えるかな? またかのん姉さんの話が聞きたい。」
「ええ、ぜひとも。私は週末になると町外れの天文台にいるから遊びにいらっしゃい。」
「うん、じゃあありがとう。かのん姉さん。」
「はい、おやすみなさい。たかしくん。」
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たかしが本を閉じる。
たかし:「どうだった? 話の意味がわかったかい。」
舞は涙ぼろぼろ状態だった。
舞 :「ごめんなさい。でも、やっとわかった。天国の二人の話だったんだ。天国のたかし兄ちゃんとかのんの話。」
たかしは目を細める。
たかし:「院内学級の物語には意味がある。それはモデルがいるんだ。」
舞 :「うん、黒猫ニャーゴはポッチと詩音の話、桜祭りは私の話、星の子しおんはたかしにいちゃんとかのんの話。」
たかし:「そう、大体あってる。そして、重要なこと忘れてないかい?」
舞 :「え?」
たかし:「丸山美鈴ちゃんは星の子しおんに出てきていない。というか舞ちゃんと同じ所にいる。」
舞 :「どういうこと?」
たかし:「死んでないってこと。」
舞 :「ちょっと待って、ポッチはもう会えないって言ってた。」
たかし:「ああ、それも正しい。舞ちゃんがどんなに探してもこちらでは丸山美鈴に会えない。」
舞 :「生きてるけど、会えない。」
舞は考える。病気が重く、誰にも会えない。闘病生活が続き、無菌室の中で入院している。もしかしたら、もう、意識がないのかも。
たかし:「でも、あきらめちゃだめだよ。最後まで。どんなつらいことがあっても最後は笑えることを信じなきゃ。」
舞 :「そうだよね。でも、望みはもうないわ。奇跡でも起きない限り。」
たかし:「努力し続ければ奇跡は起きるかもしれない。探し続ければ奇跡は起きるかもしれない。待ってたら何も起きないよ。」
舞 :「でも、何を努力すればいいの? 何を探せばいいの?」
たかし:「美鈴ちゃんを元気づけること。そして、こっちの丸山美鈴を探すこと。それは最初から変わらないんじゃない?」
舞 :「そうだ。そうよね。忘れてた。美鈴を元気づけて、丸山美鈴を探すんだった。それが最初からの目的。」
たかし:「その通り。TAG療法に切り替えたってすぐに天国に行くわけじゃない。まだ、十分時間がある。その間にお母さんを説得できるかもしれない。画期的な治療方法ができるかもしれない。あきらめちゃだめだ。」
舞 :「うん、ありがとう。やっぱり今日こっちに来てよかった。」
たかし:「もうひとつ大切なこと。番井先生は困ったときには詩音ちゃんのアルバムを見せてもらえって言ったはず。そこに答えがあるよ。」
舞 :「うん、ポッチも行ってた。まだ糸はつながってる!」
舞はそういうと自分の世界に戻って行った。
舞 :「やらなきゃいけないことは一杯ある。」
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読み終えて詩音が泣きながら本を閉じる。子供たちはわけがわからずきょとんとしている。
ポッチ:「自爆モード。何も星の子しおんなんか読まなくてもいいのに。かのんのこと思い出したんでしょ。」
詩音 :「ちょっとね」
ポッチ:「二人は仲が良かったからね。でも、詩音がこの状態なら舞ちゃんはもっとひどい状態になってるわよきっと。」
詩音 :「うん、きっと天国の二人の話だと思ってる。」
ポッチ:「普通はそうかも。この物語、主題が二つと隠されたメッセージが一つあるからね。」
詩音 :「高校生のおねえさんにあこがれる小学生と身分違いの片思いを描いた物語の劇中劇。ポッチ的にはどっちが主題?」
ポッチ:「身分違いの片思いのほうかな~。どっちかっていうとね。第一、題名が『星の子しおん』じゃない。」
詩音 :「舞ちゃんには高校生のお姉さんにあこがれる小学生のイメージしか残ってないだろうな。」
ポッチ:「でしょうね。」
詩音 :「どうして、舞ちゃんは過去に生きるかな。もっと前に向かっていくべきなのに。」
ポッチ:「そりゃ無理よ。NGワード2個ならべてるんだもん。『たかし』『かのん』って。まあ、そのおかげで真のメッセージに気づかなかったようだけどね。」
女の子:「ねえねえ。」
小さな女の子がポッチの袖を引っ張る。
女の子:「シオン、どうなっちゃったの? かわいそう。」
詩音 :「ほら、こんな小さな女の子でもこの物語の真実見抜いてる。」
ポッチ:「大丈夫よ。シオンは夜空に打ち付けられた後、神様の隙を見て、逃げ出したわ。今光ってるのは打ち付けたときに残った釘が4本だけ。だって、シオンはいたずら魔法使いの片割れだよ。魔法であっという間さ。」
女の子が安心して帰っていく
詩音 :「あ~あ。死者に惑わされ生者に気づかずか。」
ポッチが苦笑いする。
詩音 :「さて、明日の準備をしますか。美鈴ちゃんの退院祝いの劇、盛大に盛り上げないとね。」
つづく