6-12.退院祝い (急性骨髄性白血病・ハプロ移植編)
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
草薙 :「それで、美鈴さんのお母さんの同意はとれたのか?」
松井 :「それが、駄目でした。TAG療法を選びたいと。これ以上娘を苦しめたくないと。」
舞 :「うそ?!」
松井 :「それに、本院の理事会でも許可が出ませんでした。」
舞 :「どうして?」
松井 :「これが送られてきたようです。」
そう言って新聞の切り端を見せる。地方紙の社会面に書かれた小さな記事だった。
「西海こども病院の久保田先生訴えられる。医療過誤で。久保田氏は小学生の女の子に骨髄の型を一致させないで移植するという医療過誤で娘を死なせたと両親から訴えられた。娘さんは急性骨髄性白血病で骨髄移植しないと治らないという状況だった。しかし、骨髄の型を一致させるのが前提のところを一致させず無理に移植を進めた疑いがある…」
舞 :「そんな。どうして?」
松井 :「例のAMLのM8の女の子だ。」
舞 :「最新の治療法なのに。なんで?」
松井 :「ご家族にはちゃんと理解できなかったらしい。それで、周りが入れ知恵したみたいだ。医療過誤だと。」
松井 :「そして、この新聞は丸山さんのお母さんにも送られてきました。お母さんもこの新聞を私に見せ、『この子も美鈴と同じAMLのM8なんですよね。同じことをするんですよね』と言われました。」
草薙 :「くそ。このまま黙って見ていろというのか。」
舞 :「私、美鈴ちゃんのお母さん、説得してくる。」
草薙 :「私も行こう。」
ふたりは妙子の説得を試みる。しかし、がんと言って首を縦に振らなかった。成功率20%以下は低すぎる。他にも治療法があるはず。それを待って今はTAG療法にすると。
舞はうなだれて松井先生のところに戻ってくる。
舞 :「だめだった。」
松井先生は天を仰ぐ。
松井 :「仕方ない。TAG療法に切り替えるか。」
舞 :「でも、完治しないんでしょ。」
松井 :「ああ。余命1年~2年ってとこだ。」
舞 :「その先は。」
松井 :「…」
舞 :「そんなのいや!」
草薙 :「舞ちゃん」
舞 :「だって、治療法があるのよ。それを大人の都合で決めていいの? 病院の都合で決めていいの? 美鈴の未来をそんなんで奪っていいの?」
舞 :「治してよ先生。美鈴は私に残された最後の親友なのよ。治してよ~~!」
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草薙 :「舞、少しは落ち着けたかい?」
舞 :「うん。」
草薙 :「いいこだ。舞は強いな。大人よりも強い。」
舞 :「うん。」
草薙 :「向こうの丸山美鈴ちゃんもきっとそうだったんだな。認められなかった。それで、こちらに託した。」
舞 :「そんな。」
草薙 :「後で理事長が来られる。その時ふたりでもう一度お願いしてみよう。」
舞 :「うん。」
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理事長に呼ばれ、主にいない院長室に入る。この花の丘病院の院長は番井先生。そして、理事長は番井先生の実の父親。娘を深く愛した理事長はこの病院に代わりの院長を置かない。
理事長:「それで私に話というのは何かね。」
草薙 :「あらためて申します。丸山美鈴ちゃんの治療の許可をお願いします。」
草薙は舞ちゃんを連れて直談判をする。
理事長は席を立ち窓の外を見ながらつぶやく。
理事長:「あれから2年だな。」
草薙 :「そうですね。」
理事長:「もし、私が美雪にこの病院行きを命じなければ、今も生きていただろう。」
草薙 :「…」
理事長:「だが、私は命じなければならなかった。系列の病院の先生方や職員を守るために。」
草薙 :「理事長。」
理事長:「我々のような民間の病院は評判が大事だ。公立病院や大学病院とは違う。だが美雪は違った。新しい治療法、医療改革。あいつはどんどん進めた。確かに成功すれば輝かしいことだろう。だが失敗すれば目も当てられない。マスコミが鬼の首を取ったように騒ぎ立てる。例え間違ったことをしていなくてもな。」
草薙 :「美雪は立派でした。患者のために最善を尽くして頑張ってました。間違ってなんかありません。」
理事長:「でもな。春彦君。君ならわかるだろう。我々民間病院は経営が大事なんだ。先生方や職員の雇用を守らないと行けない。ひいては、それは地域の医療の貢献になるんだ。この病院がなくなったら、困るのはみんなだ。だから失敗する可能性の高い治療法は認められん。」
理事長:「西海こども病院ですら訴えられ、四苦八苦している。同じことをして、我が淳典堂グループを窮地に追い込んでくれるな。」
草薙 :「ですが、理事長。」
理事長:「春彦君。君には将来この病院をまかせようと思っている。だから。わがままを言うな。」
理事長はこれで終わりという感じで話を閉める。
舞 :「バンパイア先生は立派だったんじゃない。今も立派なんです! 治療方法を教えてくれました。なのにどうして許可してくれないんですか! 大人の都合でどうして人の命を見捨てるんですか! 治るのに!」
理事長:「この子は?」
草薙 :「例の楠木舞ちゃんです。」
理事長:「ほう、いい目をしている。まるで美雪が私に訴えたときのようだ。」
理事長は目を細めて舞を見る。
理事長:「治るのにではない。治る可能性があるのにだ。その両者は大きく違う。エビデンス(証拠)がないのはだめだよ。」」
舞 :「でも、バンパイア先生が教えてくれたんです。娘さんの番井美雪先生です。」
理事長が眉をひそめる。
理事長:「嘘は言ってはいかん。美雪は死んだんだ。あなたに教えることは不可能だ。」
舞 :「本当なんです!」
理事長:「もし本当だとしても答えはNOだ。美雪が言ったとしても認められん。」
舞 :「でも」
理事長:「舞ちゃん、では、もし、失敗してこの病院がつぶれたとき、みんなの給料をあなたが払ってくれるのかな?」
舞 :「それは。」
理事長:「だろう。無理を言ってはいけないよ。そして早く大人になりなさい。そして、このような問題を解決できるようになりなさい。美雪の生まれ変わりさん。」
舞 :「…」
理事長:「わかりましたね。では、これでこの話はおしまい。」
そうやって理事長は部屋を出ていく。
その後ろ姿を見て舞が叫ぶ。
舞 :「大人って大っきらい!」
美鈴の退院とTAG療法への切り替えが決まった。
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その頃、詩音とポッチは美鈴とロビーで遊んでいた。
詩音 :「美鈴ちゃん、かくれんぼしよう?」
美鈴 :「かくれんぼ?」
詩音 :「うん、ロビーと院内学級と東棟6階でね。」
詩音とポッチが美鈴を誘う。
ポッチ:「じゃあ、じゃんけん。鬼決めるよ。」
詩音が鬼となった。
詩音 :「じゃあ、100数えるうちに二人とも隠れて。」
そういって詩音はロビーで数え始める。
美鈴は院内学級の掃除道具のあるロッカーの中に、ポッチは東棟の病室の空きべットに潜り込む。
数え終わって、詩音が院内学級を探す。
詩音 :「ここにはいないね。隠れるなら東棟の空きベットね。まずはそっちからかな。」
そういって詩音は東棟の病室に向かった。美鈴がほっとしていると、また誰かが入ってきた。
看護師:「美鈴ちゃん、骨髄移植あきらめたんですって?」
研修医:「ああ、TAG療法にきりかえるそうだ。だからもうすぐ退院だ。」
看護師:「TAG療法? それで治るんですか?」
研修医:「まさか。ただの延命措置さ。まあ、あと1年ってことさ。最期は家で過ごさせてあげたいっていうこと。それでも、やらないよりはましさ。これ以上苦しませないための優しささ。」
看護師:「かわいそう。」
研修医:「しょうがない。美鈴ちゃんの病気はAMLのM8、今まで再発して治った例は1例もない。現代医学の限界だ。あ、泣いちゃだめだよ。俺たちは明るく美鈴ちゃんを見送ろう。」
二人は院内学級を出て行った。
美鈴は茫然としてロッカーから出てくる。
詩音 :「美鈴ちゃん、みっけ~。じゃあ、今度はポッチが鬼だよ。」
ポッチ:「美鈴ちゃん、具合悪い? 顔真っ青だよ。つかささんよんでくるね。」
美鈴はつかささんに連れられて病室に戻った。
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カンファレンスルームで舞たちが今後の美鈴ちゃんの治療について話している時だった。ドアがノックされる。
松井 :「どうぞ。」
ドアを開け姿を現したのはポッチだった。
舞 :「ポッチどうしたの?」
ポッチ:「美鈴ちゃんが変。」
舞 :「変?」
ポッチ:「うん、なんかもう自分は治んないんだとか言ってた。」
松井 :「どうしてそれを。」
ポッチ:「なるほどね。寛解しなかったんだ。それでTAG療法に切り替えるので退院するのね。」
舞 :「なんで、そんなことわかるの!」
ポッチ:「最初から言ってた。美鈴にはTAG療法がいいって。苦しまずにすむから。でも、台無し。本人にばれちゃ意味ない。」
舞 :「…」
ポッチ:「まあ、いいわ。それも想定内よ。美鈴ちゃんに病気が治ること信じさせればいいんだから。」
草薙 :「どうやって?」
ポッチ:「M8の治療に比べれば比較的簡単。劇をやるの。お芝居ね。絶対治ったと信じ込ませる劇があるのよ。それを私と詩音で退院の日にやるわ。そうすれば大丈夫。」
松井 :「本当に大丈夫かい?」
ポッチ:「ええ、大丈夫よ。みんなの協力があればだけど。協力してくれるよね。」
舞 :「うん。でもどんな内容のお芝居なの?」
ポッチ:「それは、当日まで秘密。そうしないと感動が薄れて面白くないからね。でも、協力してもらうから少しだけ話すね。」
舞 :「うん」
ポッチ:「美鈴ちゃんの望みをかなえてあげるの。」
舞 :「望み?」
ポッチ:「二つある。一つはくるみちゃんに会わせるの。美鈴ちゃん、会いたいって言っていた。それは私の方でお願いする。」
舞 :「もう一つは?」
ポッチ:「エルベの丸山美鈴。舞ちゃん、丸山美鈴を探して。」
舞 :「生きてるの?」
ポッチ:「残念だけど向こうで会うことはできない。だけど彼女の病気のことはわかる。それはプロジェクト外秘。詳しい人がいるから連れてきて。」
舞 :「誰が知ってるの?」
ポッチ:「楠木和恵。詩音ママよ。」
舞 :「!」
ポッチ:「忘れてるでしょう。詩音のアルバム見せてもらうの。見せてもらったら連れてきてほしい。」
舞 :「うん。」
ポッチ:「その前にノッポさんのところにもう一回行って『院内学級の物語』の話を聞いて。その話は舞ちゃんの力になってくれるから。」
舞 :「うん。」
ポッチ:「さてと、詩音にも協力をもらわないとね。こっちはちょっと厄介かな。」
そういってポッチは詩音を呼びにカンファレンスルームを出て行った。
少ししてポッチが詩音連れてくる。
詩音 :「珍しいね。先生が私を呼ぶなんて。」
松井 :「ああ、ちょっとお願いがあってね。」
ポッチ:「なんでしょう?」
松井 :「実は美鈴ちゃんの退院祝いを院内学級でやってほしいんだ。」
詩音 :「ええ! 美鈴ちゃん治ったの! よかった~。」
松井 :「でも、実は、困ったことに美鈴ちゃんは自分が治ったことを疑ってるんだ。」
詩音 :「え?」
松井 :「それで、美鈴ちゃんに自分が治ったことを信じさせるような盛り上げ方を詩音ちゃんとポッチちゃんにやってほしいんだ?」
ポッチ:「いいわよ。」
詩音 :「ちょっと待って。それって本当なの。美鈴ちゃんは本当に治ったの? あんなに大変だったのに急に治るなんておかしいよ。」
松井 :「…」
舞 :「…」
詩音 :「やだ。私、そんな嘘つきたくない。私はうそつきだけど、うそがばれたとき悲しくなるような嘘はつかないの。ばれたとき、ほっとするような、幸せになれるうそだけなの。私がつくのわ。それが私のルールなの。だから、絶対やだ。」
舞 :「詩音、お願い。もう、ふたりしか頼めないんだよ。こんなことできるのは二人だけなんだ。」
詩音 :「やだ。」
ポッチ:「詩音。」
ポッチが詩音をじっと見つめる。
詩音 :「わかったわよ。しょうがない。ポッチそんな目で見ないで。だけど、松井先生約束して。もし、本当にもし、万が一奇跡が起こって美鈴ちゃんが治ったら、私のいうことたった一つだけ聞いて。」
松井 :「ああ、わかった。お安い御用だ。」
詩音 :「絶対だよ。もし破ったら番井先生のお仕置きが待ってるからね。プロジェクトが全力挙げて松井先生いぢめるからね。」
松井 :「ああ、守るよ。天国から番井先生の天罰食らうのは嫌だからな。」
詩音 :「約束だよ。」
ふたりはそうやって指切りをした。
詩音 :「やるとなったら、徹底的にお芝居やるわよ。松井先生も舞ちゃんも信じちゃうような方法でやるわ。だから、ふたりともだまされないでね。」
つづく