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トリックエンジェル ~院内学級の物語  作者: まーしゃ
第6章 トリックエンジェル編
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6-11.ハプロ移植 (急性骨髄性白血病・ハプロ移植編)

この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。


松井 :「お母さんに話をしました。」


草薙 :「どうだった?」


松井 :「どうだったも何も…」


草薙 :「そうだよな。落ち着いて聞けるわけはないか。」


松井 :「白血病は治る病気っていったじゃないかと。うそつきとも。それでも医者かとなじられました。」


草薙 :「本当だよな。未来のある女の子1人治せないなんてな。」


松井 :「くやしいです。」


松井が天井を仰ぐ。


草薙 :「もうひとりにも謝らないとな。」


松井 :「3人ですからね。」


草薙 :「仲好し4人のうちただ1人残されるのか。なんて運命は残酷なんだ。」


ふう。二人はため息をついて舞の帰りを待った。


-------------------------


舞が淳典堂病院から花の丘病院に帰ってくると草薙先生と松井先生が待っていた。


ふたりとも疲れ切った表情を見せている。


舞  :「どうしたの?」


草薙 :「実は美鈴ちゃんだが…」


舞  :「美鈴がどうかしたの?」


草薙 :「骨髄移植ができなくなった。」


舞  :「どうして?」


草薙 :「まだブラストが残っている。」


松井 :「ブラストが残ってる限り骨髄移植はできない。移植後の再発の可能性が高いからだ。」


草薙 :「理事会でOK出なかった。小さな子で寛解していなくても骨髄移植に成功した例があるって言うのに。うちではだめだった。」


松井 :「誰かが告発したんだ。完全寛解していないのに骨髄移植しようとしてるって。」


草薙 :「万事休すだ。現代医学では根治することはできない。もう、延命療法のTAG療法しか残っていない。」


松井 :「ごめん。舞ちゃん。医者として情けない限りだ。」


二人が舞に頭を下げる。


舞  :「あきらめちゃうの? 先生たちらしくない。」


松井 :「私たちだってあきらめたくない。」


草薙 :「しかし、もう、TAG療法しか残ってないんだ。」


舞  :「希望のない生活を美鈴はおくることになるのね。」


松井 :「舞ちゃん、ごめん。ほんとにごめん。」


舞  :「…」


舞  :「でも、不思議よね。ブラストが残っていても骨髄移植が成功する例もあるし、ブラストが完全になくなっていても骨髄移植に失敗して再発する例もあるわ。」


草薙 :「確かにそうだな。」


舞  :「先生たちどうしてだと思う?」


草薙 :「どうしてもといわれてもな。」


松井 :「ええ、私たちではそこまでわからない。」


舞  :「骨髄移植の方法が間違ってるからよ。」


舞がにっこり笑って言う。ちょっと自慢げに。


松井 :「舞ちゃん、どういうこと?」


うつむいていた松井先生が顔を上げる。


舞  :「別にブラストを全滅させる必要はないわ。もちろん、自分の骨髄も完全破壊する必要ない。」


草薙 :「なにを言ってるんだ。ブラストを全滅させなければ再び復活する。自分の骨髄を破壊しなければ、移植した骨髄が定着しない。」


舞  :「ふふ~。そんなことないよ。ちゃんと定着するよ。そして、残ったブラストもやっつけるよ。」


松井 :「ありえない。」


舞  :「そうかな。じゃあ、さっきの私の出した質問の答えを教えるね。それはね。本当は骨髄を全滅させて治すんじゃなくてGVLで治すのよ。」


草薙 :「?」


がたん、松井先生が席を立つ。


松井 :「GVL… そうか、その手があったか!『移植片対白血病効果』か。」


草薙 :「なんだGVLって?」


舞  :「GVLはGVHDと同時に起きる効果。移植した白血球が白血病の白血球を攻撃してくれるわ。そのため非寛解でも治る可能性があるの。」


松井 :「でも、どうやって、GVLを着実に起こすんだ。」


舞  :「へへ~。聞いて驚かないでよ。ハプロで移植するのよ。」


草薙 :「ハプロ?」


松井 :「ちょっとまった~。つまりHLAを一致させないって言うのか?」


舞  :「うん、本当なら6/6で一致させるんだけど、あえて1個か2個ずらすの。5/6一致とか4/6一致とか。そうやってGVLを引き起こすのよ。」


松井 :「なんてこった。常識破りすぎる。骨髄移植は寛解が大前提、HLAの一致つまり骨髄の型が一致が大前提。それを崩すのか。むちゃくちゃ過ぎる。第一実証データがないだろう!」


舞  :「そういうと思った。はい、これお土産。まだあきらめるのは早いわ。」


そう言って舞は番井先生からもらった資料を渡す。


松井先生はその資料を読み茫然とする。


松井 :「うそだろ。信じられない。治る!これなら治る!」


草薙 :「なにが書いてあるんだ。」


草薙は茫然としている松井先生から資料を奪い読みだす。そして口を開く。


草薙 :「起死回生の一発逆転満塁ホームラン…」


松井 :「とんでもなくずばらしい実証データだ。世の中ここまで進んでいたのか。これなら私たちだってできるかもしれない。」


草薙 :「だ、誰からもらったんだこの資料?!」


きかれて舞は茶目っ気たっぷりに答える。


舞  :「バンパイア先生。」


草薙 :「会ったのか!」


松井 :「誰だい? その先生。」


草薙 :「知らないのか? 血液腫瘍の第一人者だ。世界的権威だ。」


松井 :「アメリカ人ですか?」


草薙 :「日本人だ。松井先生もあったことがある。昔。」


舞  :「正確には別人だけどね。でも、信用できるでしょ。」


草薙 :「ああ、奇跡が起きた。本当に奇跡が起きた。」


松井 :「でも、草薙先生、注意点も多いようです。」


舞  :「GVHDも今まで以上。激しいおう吐や高熱が移植後も続く。決して簡単な治療ではない。」


草薙 :「まるで見てきたみたいだな。」


舞  :「ええ、夢ちゃんに会いました。」


草薙 :「え?」


舞  :「向こうでは発見が遅れてハプロ移植で助かったのですが、GVHDはすごかったですが。」


草薙 :「そうか。それで成功率は?」


舞  :「AMLのM8では実績がないらしいですが、他のAMLだと非寛解での成功率20%以下だそうです。」


草薙 :「厳しいな。」


舞  :「はい、でも、夢ちゃんは未来を夢見て頑張ってました。だから、苦しくてもTAG療法よりましです。未来のない治療法は子供向けの治療法ではないです。」


松井 :「夢ちゃん? なんでまた、夢ちゃんがGVHDなんて起こすんだ?」


草薙 :「後日、きちんと話す。それよりもあまり日がない。再び美鈴ちゃんのブラストが勢いを増す前に準備をしよう。もうすぐ化学治療の効果がなくなる。」


-------------------------


すぐに関係者を集めて治療方針の検討が始まった。


松井 :「前処置は従来の骨髄移植と比べて放射線照射もなく、化学治療も軽めか。」


舞  :「ええ、骨髄を完全破壊する必要もなく、また、ブラストのせん滅も必要ないですから。この治療法は別名ミニ骨髄移植といわれています。」


草薙 :「ミニ? ちっちゃな骨髄移植?」


舞  :「いいえ、ミニマムの略だそうです。ダメージがミニマムなんです。」


草薙 :「なるほど。」


舞  :「従来の骨髄移植では赤ちゃんができなくなるとか背が伸びなくなるといった晩期後遺症がありましたが、この治療法ではその部分が改善されます。」


松井 :「ヒュー。すごいな。」


草薙 :「骨髄移植そのものは従来と一緒か。」


松井 :「『母子間の移植が前提となる』と書いてある。どうして?」


舞  :「はい、番、いえバンパイア先生はここが重要だといって丁寧に説明してくれました。混合キメラを完全キメラにするためらしいんです。」


草薙 :「なんだそりゃ? 人造動物でも作るのか?」


舞  :「いえ、移植する前の健康な骨髄と移植後の骨髄が同居するのが混合キメラ。つまり、中途半端な状況らしいです。それを移植後の骨髄に完全にすることが大事でそれを完全キメラ状態と呼ぶらしいです。」


舞  :「そのためには、もう一度ドナーの骨髄を輸注しないとだめだそうです。その時、骨髄バンクは使えないそうです。再度の骨髄提供を断られる可能性があるからです。」


草薙 :「なるほどな。でも、それなら兄弟や父親でもよいだろう。」


松井 :「いや、それが不思議なことが書かれているんです。草薙先生。母子間の免疫寛容を利用することと。」


草薙 :「なんだそりゃ。」


舞  :「えっと、子供がおなかの中にいるときお母さんと子供で血が混ざります。実際、子供の血液の10万分の1はお母さんの細胞だそうです。それが抗体反応でやられることもなく生き残るそうです。だから、骨髄移植してもその寛容で定着できるのです。」


草薙 :「うわ~、母の血で助かるのか!」


松井 :「そんな話聞いたことない。おとぎ話みたいだ。」


草薙 :「エルベの科学か。」


舞がこくんとうなづく。


松井 :「移植後は、抗がん剤と免疫抑制剤を飲み続ける。特に免疫抑制剤は一生のみ続けなければいけないかもしれない。」


舞  :「でも、うまくいけば2年ぐらいで済むそうです。」


松井 :「なるほどな。」


舞  :「あと、西海こども病院の久保田先生にコンタクトを取れとのことです。ミニ骨髄移植について詳しい人です。」


松井 :「わかった。私から連絡をとってみよう。」


草薙 :「よし、進める上でで最重要なのはお母さんだな。今回はお母さんの骨髄提供が重要な役割をしめす。」


----------------------------


松井 :「西海こども病院に久保田先生という人がいるのを見つけました。」


草薙 :「ほほう。」


松井 :「その人が実際にハプロ移植を実施したことがあるそうです。それで、非寛解の白血病の子供患者を二人治したことがあるそうです。」


草薙 :「エビデンスがあるのか!」


松井 :「はい、ALLの子とAMLのM2だそうです。二人とも寛解してるそうです。」


草薙 :「すばらしい。」


松井 :「それで、久保田先生と電話で話したんです。そしたら、あの舞ちゃんが持ってきた資料とほとんど同じ方法だったそうです。HLAを4/6で肉親からの移植だそうです。」


草薙 :「おお~。でも、AMLのM8はさすがにないか。」


松井 :「いや、それが先日、父親の骨髄を使って移植を実施たそうです。8才の女子でAMLのM8の再発で、化学療法では寛解しなかったそうです。」


草薙 :「美鈴ちゃんとまるで一緒じゃないか。それで、結果は?」


松井 :「まだ、移植したばかりで定着までは行っていないそうですが、きっと大丈夫だろうとのことです。」


草薙 :「やったじゃん。エビデンスがあるのは大きいな。相談しながらできる。」


松井 :「はい、久保田先生も遠慮なく聞いてほしいとのことです。」


草薙 :「ありがたい。」


こうして、ハプロ移植にむけ準備が始まった。



----------------------------


数日後


草薙 :「OK、病院の許可が出た。ただし、親御さんの許可が前提だ。あと、本院の理事会に一応報告しろとのことだ。本院は口出しないだろうとのことだ。事実上GOサインだ」


舞  :「やった~!」


松井 :「では、早速丸山さんの許可をとりましょう。これで、美鈴ちゃんの治療に大きく前進だ。」


草薙が美鈴の母である丸山妙子に新しい治療法の説明をする。


草薙 :「ということです。可能性としては厳しいですが助けられるかもしれません。というか、これしか助かる方法はありません。」


妙子 :「本当ですか?! 美鈴は助かるんですか? あ、ありがとうございます。この前すいませんでした。先生たちをなじったりして。それで、成功率は?」


草薙 :「20%以下です。」


妙子 :「!!! そんなに低いんですか。しかも、実験的な方法で事例がないんですよね。」


草薙 :「はい、でも、この世界の一人者の久保田先生がついています。彼は何度も成功させています。」


妙子 :「ですが。すいません。今日一日考えさせてください。ええ、もちろん治る方向にかけてみたいと思ってます。でも。」


草薙 :「はい。でも、残された時間は少ないです。ぜひ前向きの決断をお願いします。」



草薙先生と別れて妙子は少し考えを整理するため1階の売店に歩いて行った。


妙子 :「成功率20%…」


目の前に女の子があるいている。髪の毛の長い女の子だ。どうやら同じように売店に行くようだ。


その後ろ姿を見て、妙子がびっくりして声をかける。


妙子 :「美鈴! 何やってるの! クリーンフロアから出ちゃダメじゃない!」


ポッチ:「え?」


ポッチが振り向く。


ポッチ:「別に私は出ても大丈夫だよ。」


妙子 :「!? あれ、ポッチちゃん。一瞬美鈴と間違えました。ごめんなさい。でも、どうしてでしょう。娘と見間違えるなんて。ちょっと美鈴の後ろ姿ににていたもので。」


ポッチ:「ふ~ん。全然違うのにね。」


妙子はなにか言いたそうにもじもじしていたが、意を決してポッチに話しかける。


妙子 :「あの、ポッチちゃん、二人だけでお話ししたいことがあるのですが。」


ポッチ:「いいよ。」


ふたりは病院の近所の喫茶店に行く。


妙子 :「あの、ポッチちゃん、お父さんのお名前教えてほしいんです。」


ポッチ:「神崎孝幸だよ。」


妙子 :「やっぱり… やっとわかりました。」


そういって妙子はポッチに話をする。ポッチがうなずき話し始める。


話が終わったあと妙子は泣きながら喫茶店を出て行った。


-----------------------------


次の日


草薙が舞と待っているカンファレンスルームで治療の打ち合わせをしている。今回は舞も重要な関係者として参加している。


草薙 :「そうか、美雪のことはたかし君から聞いたのか。たかし君も生きていたんだ。」


舞  :「うん。アメリカで手術したんだって。」


草薙 :「ジョーンズ博士か。でも、ジョーンズ博士もどうやったんだろうな。あれは手術不可能だった。」


舞  :「向こうとこっちじゃ少しずつ違うみたい。病気の進行も違うのかも。」


草薙 :「完全には同じではないってことか。そういえば向こうの丸山美鈴ちゃんはまだみつかっていないんだっけな。」


舞  :「うん。プロジェクト外秘だって。」


草薙 :「生きているんだな。」


舞  :「え?!」


草薙 :「でも、まだ発病していない。あるいは再発していない。だから会わせるわけにはいかない。自分の未来が見えてしまうからだ。」


舞  :「ハプロ移植で治ったんじゃないの?」


草薙 :「だったら、秘密にする必要はない。堂々と教えてくれればいいだけだ。いや、あるいは。」


舞  :「あるいは」


草薙 :「何らかの理由でハプロ移植できなかった。」


舞  :「どんな理由?」


草薙 :「それはわからない。多分その理由もプロジェクト外秘だ。」


そこに松井先生が息をはあはあさせながら走りこんで部屋に入ってきた。


舞  :「大丈夫?」


草薙 :「松井先生どうした? 何をあわてて。」


松井 :「美鈴ちゃんのお母さんの同意ですが…」


舞  :「とれたのね!」


松井 :「いえ、残念ながら。危険すぎるということで同意してくれませんでした。」


舞  :「!」


草薙 :「なんだって! 最後の治療法なのに!」


松井 :「TAG療法を選ぶとのことです。」


つづく



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