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トリックエンジェル ~院内学級の物語  作者: まーしゃ
第6章 トリックエンジェル編
80/88

6-10.対決 (急性骨髄性白血病・ハプロ移植編)

この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。

…淳典堂病院の番井先生を訪ねるといい。詩音ちゃんの主治医のあの先生が核心だ…


私はたかしさんが住んでいるあじさいの家に行った足でそのまま番井先生に会いに行こうと考えた。


番井先生。


元草薙先生の婚約者で私たちの世界では天国に召されてしまった人。


とても偉く、そしてとても怖い先生。草薙先生や松井先生から前に聞いたことがある。


その先生が丸山美鈴のことを知っている。


私は勇気がなくならないうちに先生に会いたいと思った。


でも、どうやって行ったらわからないので詩音の家に行って和恵ママと相談してみることにした。


和恵 :「あら? 舞ちゃん。どうしたのですか? 詩音と一緒じゃなかったのですか?」


詩音とポッチは西棟で美鈴と遊んでいる。私はその間にたかしさんの家に行っていた。


舞  :「実は・・・」


私は事情を説明して番井先生に会う方法を教えてほしいと頼んだ。


和恵 :「わかりました。一緒に行きましょう。番井先生は東京の淳典堂病院にいます。遠いですから子供一人で行くわけにはいきません。」


舞  :「でも、悪いです。」


和恵 :「だめです。舞ちゃん。遠慮は無しです。困ってる舞ちゃんを放っておけません。」


舞  :「ありがとう。」


和恵 :「でも、ちょっと困った事があります。行っても会えるとは限らないんです。番井先生は忙しいので予約がないと会えないのです。」


番井先生。淳典堂病院の副院長。とてもえらい人。そんな人が私に会ってくれるわけないか。


和恵 :「あ、いい方法思いつきました。つかささんに頼んでみましょう。」


舞  :「え?」


和恵 :「花の丘病院の看護師さんです。彼女なら何とか間を取り持ってもらえそうです。」


そういうと和恵は花の丘病院に電話をした。


和恵 :「舞ちゃん、ちょうどよかったです。つかささんも淳典堂病院に行って番井先生にに会う用事があったそうです。一緒に行きましょうと言ってくれました。」


舞  :「ほんとですか?」


和恵 :「はい。でも会える時間が少ししかとれなくて、しかも急いでいかなければ間に合わないそうです。なので、すぐにいく準備しましょう。」


そういうと和恵ママと私は待ち合わせ場所の花の丘病院に向かった。



はやる気持ちを抑え花の丘病院に急ぐ途中、頭上でバラバラとヘリコプターが飛んでくるのが見えた。真っ赤なヘリコプターだった。


和恵 :「ドクターヘリです。淳典堂病院専属のヘリです。急患を運んできたんですね。」


真っ赤なヘリコプターはそのまま花の丘病院につく。ドクターヘリは緊急で医師を運ぶために設けられたヘリだが、実態は緊急患者を運ぶことに使われることが多い。救急車よりも緊急を要する時だ。


和恵 :「いちご先生の周産期センターに妊婦さんが運ばれたんでしょう。あるいは小さな小さなあかちゃんが。いちご先生でないと救えない赤ちゃんです。」


花の丘病院はいちご先生の周産期科で持っている。いちご先生とその下の7人の医師「ジェネラルセブン」が最後の砦。ここで助からなかい赤ちゃんは他でも助からない。


私たちが花の丘病院につくとつかささんが待っていた。相変わらずにこにこしてて、ただでさえ細い目がさらになくなっている。


師長 :「お疲れ様です。私も遅刻しそうで困ってたんです。一緒に行くことになって助かりました。」


和恵 :「でも、大丈夫ですか? お忙しくないんですか? 急患も来られたようですし。」


和恵ママがドクターヘリを見る。


師長 :「いえいえ、あのヘリは重篤な患者さんを至急淳典堂病院に転院させるために呼んだんです。」


和恵 :「そうなんですか。」


舞  :「どんな病気の人なんですか?」


師長 :「難病指定されている病気の子です。現代医学では完治できない病気なんです。」


舞  :「そう。かわいそう。」


和恵 :「子どもなのに治らない病気なんて。かわいそうです。」


師長 :「じゃあ、いきましょう。」


そう言ってつかさはヘリの方に向かう。


和恵 :「つかささん、どこに行くんですか?」


師長 :「ですからヘリに乗るんです。」


舞  :「へ?」


師長 :「ラインベルク症候群という難病の女の子を淳典堂病院に運んで行くんです。」


舞  :「え? ええ~?! 私治ってるよ~。」


師長 :「寛解はしてるけど完治はしていません。まあ、なんでも理由があれば構いません。嘘は行ってませんから。ちょっと誇張しただけです。」


そう言って私たちはヘリに乗り込んだ。


あっという間にヘリは淳典堂病院の屋上につく。


屋上では女性が待っていた。


藤塚 :「お待ちしていました。楠木舞様。」


師長 :「藤塚さん出迎えありがとう。あ、藤塚さんは番井先生の秘書の人。」


藤塚 :「番井は特別応接室でお待ちです。急いでお越しください。それと、ここから先は舞様一人でとのことです。お二人はロビーでお待ちください。」


師長 :「はいは~い。じゃあ、和恵さんロビーまでご案内するわ。そしたら、わたしもちょこっと用事済ましちゃうね。」


そういうと私は秘書の藤塚さんと一緒にエレベータで降りて行った。


そのフロアはすごく立派な飾りがされており、重々しい雰囲気だった。後でパパに話したらまるで重役のいるフロア見たいな感じだといっていた。


その中のひと部屋に「特別応接室」と書かれた部屋があり、その中で案内された。


中にはソファーがあり、絵が飾られていた。


藤塚 :「ここでお待ちください。」


そういって藤塚さんは部屋から出て行った。


私一人が残された。すごい不安だった。


でも、すぐに奥の部屋から声がした。


女性 :「楠木さん、なかにどうぞ。」


きっと番井先生だ。私は声のする奥の部屋に入って行った。


番井先生は椅子に座り机に向かって何か書いていた。


番井 :「お座りください。」


舞  :「楠木舞と申します。はじめまして。」


私は座ったあと緊張しながら挨拶をした。


番井 :「舞ちゃん、こんにちは。待ってたわよ。遅かったじゃない。」


舞  :「え?」


番井先生がこちらを向く。私は番井先生の顔を見て固まる。長い黒髪の30過ぎの先生。知的なセンスの先生。その顔は初めてではなかった。


舞  :「バンパイア先生!」


そこにはいつも喫茶ファンダルシアにいる先生を見つけた。


舞  :「え? うそ! バンパイア先生が番井先生だったんですか?!」


番井 :「はい、そうです。でも、春彦はそのことは言わなかったの?」


舞は首を振った。


番井 :「何を考えてるんだか。春彦は。ところで今日はどんな御用? 丸山美鈴ちゃん以外のことならなんでも教えてあげるわよ。」


舞  :「その、丸山美鈴ちゃんのことです。先生、どこにいるか教えてください。たかしにいちゃんに聞いて番井先生なら教えてくれるって。」


いてもたってもいられなくなり質問を出した。


番井 :「プロジェクト外秘です。」


舞  :「!」


いきなり直球で返された。患者の個人情報でも、対世界の無用な混乱防止でもない。なんで、プロジェクト外秘なの? まるで詩音と話してるみたい。


番井 :「残念だけど、教えられないわ。」


舞  :「私の友達が今AMLで苦しんでるんです。その友達を助けたいんです。だから丸山美鈴ちゃんを探してるんです。」


番井 :「こっちの丸山美鈴君を探してどうするの?」


舞  :「先生だって知っているはずです。私の親友の美鈴は、今年の春AMLを再発しました。もう骨髄移植しか方法がないんです。それでも、治るかどうかわかんないんです。だけど、もしかしてこっちの世界の丸山美鈴ちゃんなら何らかの方法で治ってるかもしれない。そう思ったんです。」


番井 :「確かにね。骨髄移植しても治るかどうかわからない。というか治らないわね。普通に移植しても再発するわ。それに、お友達の美鈴ちゃんはきっと寛解していないわ。再発したら化学療法では寛解に持っていくのは難しい。それがAMLのM8の恐ろしいところ。」


舞  :「でも、可能性がないわけではありません。」


番井 :「AMLのM8で再発したら治らないってご存知よね。5年生存率0%。なぜ、苦しい思いをして治療するの?」


舞  :「治った前例がないのは、知ってます。でもあきらめられないんです。」


番井 :「なら、舞ちゃんは私に尋ねることを間違えていない? こっちの丸山美鈴ちゃんを探したいの? それともそちらの丸山美鈴ちゃんの治療方法を聞きたいの?」


舞  :「!」


番井 :「どっちなのかな?」


舞  :「治療法です。」


番井 :「そうよね。なら教えてあげる。彼女にとっての一番の治療法はTAG療法。無意味な寛解導入で大分痛めつけられたけど、まだ一回効くわ。1~2年延命できる。」


舞  :「そのあとは、どうなるんですか?」


番井 :「再発して、ゆっくりと最期の時を時を迎えることになるわね。」


舞  :「そんな、あんまりです。」


番井 :「でも。苦しい治療に耐えなくて済む。確かに、普通の生活は送れないわね。学校にも行かない方がいい。学校に一日行くたびに寿命が一日縮まるわね。でも、舞ちゃんが、学校帰りによってあげればいい。みんながお見舞いに行けばいい。自宅でゆっくりと過ごせるわ。」


舞  :「でも、希望もなく、絶望の中生きてくんですよ。そんなの、私に耐えられない。」


番井 :「本人にそのことを言わなければいいわ。最期まで希望の中で生きていける。それに、1~2年の間に画期的な治療法が見つかるかもしれない。いまの医学の進歩は1年ですごいものがあるわ。」


舞  :「そんなの、気休めです。美鈴がかわいそすぎます。」


番井 :「そうかな? あてのない治療に苦しみながら、病院から出ることもできず最期の時を迎える方がよっぽどかわいそうだと思わない?」


舞  :「でも、あきらめたくないんです。」


番井 :「ふう。」


番井先生がため息をつく。


番井 :「他の治療法がないこともないわ。」


舞  :「本当ですか?!」


舞の顔がぱっと明るくなる。


番井 :「質問。AMLのM8は、なぜ、本人の骨髄を移植する自家骨髄移植とか、ドナーバンクからもらう同種骨髄移植じゃダメかわかる?」


舞  :「えっと、本人の方はまた、再発するから。同種骨髄移植でもM8では再発するから。」


番井 :「そうよね。骨髄移植は田んぼに除草剤をまいて雑草を根絶やしにする治療法。でも、ちょっとでも雑草が残っていれば雑草がまた生えてくる。ほんの耳かき一杯の白血病細胞が残っていても再発するわ。」


番井 :「だから、とても強い除草剤をまくのよ。本人が死んじゃうくらい。でも、一杯雑草が生えてるところではこの治療法は無意味。どうしても雑草が残っちゃうからね。それが美鈴ちゃんの今の状態。」


舞  :「はい、わかってます。だから、TAG療法がいいんですよね。」


番井 :「うん。彼女にとってそれが一番の方法。でも、舞ちゃんは納得いかない。」


舞  :「はい。」


番井 :「じゃあ、アイガモ農法って知ってる?」


舞  :「アイガモ農法?」


番井 :「ええ、田んぼの草刈りに除草剤じゃなくアイガモを使うの。アイガモが雑草を食べてくれるの。おなじように白血病細胞を食べてくれるアイガモを放つ治療法があるの。」


舞  :「ええ?! どうやって?!」


番井 :「三座不一致で移植するのよ。HLAを一致させないの。」


舞  :「まさか、そんなことをしたら、GVHDで死んじゃうじゃないですか?」


番井 :「ええ、まかり間違えば死んでしまうわ。激しいGVHDに苦しめられることになるわね。その代わり、GVLが起きるわ。」


舞  :「GVL?」


番井 :「そう、『移植片対白血病効果』。移植した骨髄でできた血液が体を攻撃するのがGVHD。だけど、その代わりに白血病細胞も攻撃してくれるの。だから、これなら寛解しなくても大丈夫。増殖の速い白血病細胞を優先的にやっつけるわ。」


舞  :「すごいじゃないですか!」


番井 :「ただし、GVHDとの激しい戦いにはなるけどね。この治療法を非骨髄破壊移植、あるいはハプロ移植っていうの。」


舞  :「ハプロ移植?」


番井 :「うん、ハプロ移植。三座不一致という意味ね。これなら放射線治療しなくてもいいから、晩期障害の可能性も少ないわ。そして、美鈴ちゃんのお母さんから移植できるわ。」


舞  :「うそ! そんな方法があるんだ! それなら美鈴の病気でも治る! 早速、かえって伝えに行きます。」


番井 :「待って。あなたに会わせたい人がいる。あなた、GVHDを甘く見てるわ。その子を見てから、話を続けましょう。」


舞  :「どなたなんですか? その人は?」


番井 :「あなたもよく知ってる人よ。本当はプロジェクト外秘で会わせるわけにはいかないんだけどね、特別よ。」


舞  :「私も知ってる人?」


番井 :「うん。赤井夢さん。」


舞  :「!!」


--------------------------------


夢  :「楠木舞さん? そういえば、楠木詩音ちゃんによく似てるわね。親戚か何か?」


舞  :「いとこなんです。」


夢  :「なるほどね。」


舞の前にいる夢は舞が知っている夢と似ても似つかなかった。


ほほは痩せこけ、疲れ切った表情で院内学級の机の前にそわっている。体もげっそり痩せている。


舞  :「(これが、夢ねえちゃん?!)」


舞が知っている夢は元気いっぱいで健康そのものだった。白血病だったことなんて信じられないくらい元気だ。この前も院内学級に遊びに来てくれた。それに、入院中だって、こんなに痩せていなかった。


「夢ちゃんにはハブロ移植を実施したわ。この病院に来た時は、手遅れに近い状態だった。寛解できなかったのよ。それで、ハブロ移植にかけたのよ。」


番井先生が、さっき説明してくれた。


夢  :「へえ、院内学級でボランティアしてるんだ。」


舞  :「はい。」


夢  :「ボランティアって何してるの?」


舞  :「本を書いたり、似顔絵を描いたり。タロットうらないしたり。」


夢  :「へえ、私もね、似顔絵描けるの。それにタロット占いしたりするの。もうだいぶやってないな。そうだ、舞ちゃんの似顔絵描いてあげる。その代わり、私のこと占って。」


舞  :「うん。」


あなたに教わったのよ。私はそういいたかった。


夢ちゃんが鉛筆で似顔を書いてくれようとした。とても、弱弱しい手つきで。そして、書いている途中で、突然、口にてをやり、席をたった。そのまま、院内学級の端の洗面台に突っ伏す。でも、口元から何も出てこない。吐くものがないってことだ。


夢  :「ごめんね。見苦しいとこ見せちゃったわね。」


舞  :「ううん、でも、何か食べないと体が元気にならないですよ。」


舞は似顔絵を描いている夢に向かって話す。


夢  :「受け付けないのよ。食べてもすぐ戻しちゃうから。それで、今、入院して点滴で暮らしてるの。」


吐き気を催すのは免疫抑制剤の副作用。ならば免疫抑制剤を抑えるべきでは。でも、見ていて、少し熱っぽいように見える。


舞  :「少し、免疫抑制剤、多分メロだと思うですけど、それを飲むのを控えた方が。」


夢  :「ううん。それはだめ。おなかの調子が悪いのと、ずっと微熱がつづいているの。だからお薬飲まないと。」


舞  :「(GVHDの症状!)」


GVHDを抑えるためにメロを飲んでる。でも、そのメロのせいで吐き気を催す。微妙なバランスでなんとか生きている。これがGVHDとの闘い。


舞  :「ごめんなさい。お医者さんでもないのさしでがましいこと言っちゃって。」


夢  :「気にしないで。」


舞  :「それじゃ、当面、高校お休みですね。」


夢が悲しそうな顔をする。


夢  :「高校は行ってないの。当面病気療養に専念するためにね。中学も後半はほとんどいけなかったな。卒業式も出られなかった。」


私の世界の夢姉ちゃんは、ちゃんと中学に復学して卒業式にも出席している。そして、高校にも通っている。来年は看護学校入学するため準備もしている。こんなにも違うの?


舞  :「ごめんなさい」


夢  :「舞ちゃんが謝ることはないわ。何も悪いことしてない。それに、今は調子悪いけど、ちゃんと治る。いつかその時のことを信じてるから。」


そう話しているうちに、似顔絵が完成した。やっぱり、夢ちゃんの似顔絵は上手だった。


舞  :「それじゃあ、今度は私が占いしてあげる。」


タロットカードは院内学級においてあった。夢ちゃんが持ち込んだらしい。


8枚のカードで世界樹の木を描き、真ん中に9枚目を置いて開く。


舞  :「!」


吊られた男の正位置だった。舞は心を落ち着かせ解説を始める。


舞  :「今は調子が悪いけど、今が最悪です。つまり、これからどんどんよくなっていくでしょう。」


夢ちゃんの顔が一瞬曇った。そして、こういった。


夢  :「ありがとう。」


しまった。夢ちゃんがこのカードの意味を知らないわけない。それなのに無理やりいい解釈した私のことを見抜かれた。


何もかもぐたぐただった。私は逃げるように夢ちゃんの前から離れた。


------------------------------


番井 :「どうだった?」


舞  :「はい、GVHDを甘く見てました。あんなに大変だとは。」


番井 :「ああ、あれが一生続くことになる。赤井君は。」


舞  :「そんな。夢さんは自分の未来のことを信じています。」


番井 :「確かに信じる理由はある。少なくても、ALLは再び発症しないだろう。だから希望は持てる。だが、AMLのM8は別よ。あのGVHDの中でも再び勢いを増してくるわ。」


舞  :「…」


番井 :「そのときは、白血病とGVHDと免疫抑制剤のトリプルパンチだわ。退院なんてできない。生きてるのがやっとの状態になる。成功率は20%以下ね。それを丸山美鈴君に勧めるのはどうかと思う。」


舞  :「だからTAG療法なんですね。」


番井 :「そう。TAGなら週一日くらいなら学校に行ける。そして穏やかに最後の日を迎えればいい。まだ何年も先の話だわ。」


舞  :「・・・ 先生。」


番井 :「ん?」


舞  :「なんで院内学級に行くかわかりますか?」


番井 :「え?」


舞  :「どうして、病気なのに、辛い思いをして院内学級にみんな行くかわかりますか?」


番井 :「それは、みんなに会えるし、気分転換になるからじゃない?」


舞  :「美鈴は一人で院内学級に行ってます。でも、楽しいって言ってます。」


番井 :「辛いのに頑張るわね。でも、勉強することはいいことだわ。」


舞  :「院内学級の木ノ内先生が言ってました。西棟に最期の前日まで院内学級に来ていた子がいたそうです。高熱に押されながら。」


番井 :「どうしてそこまで頑張るの?」


舞  :「その子は自分の死期が近いことを知っていたそうです。でも、通っていたそうです。どうしてだか分りますか?」


番井 :「わからないわ。」


舞  :「そこに希望があるからです。治りたいからです。治った後、学校のみんなと一緒に学校に行きたいからです。最後の砦なんです。院内学級は。」


舞  :「あきらめちゃいけないんです。治る可能性があるなら、そちらにかけたいんです。だから美鈴は院内学級に行くんです。」


舞  :「抗がん剤でフラフラになりながらも。骨髄抑制あけでだるくて気持ち悪い時も真っ先に院内学級に行くんです。そこに希望があるからです。」


舞  :「どうして、TAG療法を勧めるんですか。先生は希望もない世界を勧めるんですか? だまってゆっくりと未来のない人生を生きろっていうんですか? そんなのひどすぎます。」


舞  :「例え、成功率が低くても成功すれば未来があるじゃないですか? 夢ねえちゃんもそれを夢見て頑張ってるじゃないですか。だから、私はあきらめません。ほんの少しでも可能性があるなら夢をみたいです。それは美鈴も一緒です。」


舞  :「今日は、ありがとうございました。先生からいいお話聞けました。とても可能性は低いことはわかりました。でも、まだあきらめられません。帰って草薙先生と相談します。絶対、絶対、治します。」


番井 :「・・・」


舞  :「それでは。」


番井 :「待って。」


舞  :「はい?」


番井 :「まいったわね。」


舞  :「・・・」


番井 :「悪かったわ。そうね。そうよね。あなたの言うとおりだわ。」


そういうと番井先生は手元の紙の束を舞に示した。


番井 :「ここに、くわしい治療法が書いてあるわ。春彦に見せればわかるはず。持っていきなさい。それと詳しい治療方法を教えてあげる。もう少しいい?」


舞  :「ほんとですか?」


番井 :「ええ」


舞  :「ありがとうございます。ありがとうございます。」


番井 :「それとお礼とお詫びをするわ。向こうの赤井君が元気なのは舞ちゃんのおかげ。舞ちゃんが早期発見したから移植しないで助かったのよ。自信を持っていい。そして、子供のあなたにつらい現実を見せてしまったお詫びに一つヒントを上げる。こっちの丸山美鈴のことよ。」


舞  :「え?!」


舞が顔をあげる。


番井 :「本来はプロジェクト外秘だが、どうしても行き詰ったら、和恵さんに頼んで詩音ちゃんの入学式のアルバムを見せてもらうといい。そこに重大なヒントが隠されている。」


舞  :「生きてるんですか?!」


番井 :「残念ながら、これ以上はプロジェクト外秘。」


舞  :「はい。」


番井 :「それと、詩音ちゃんには気をつけなさい。」


舞  :「え? あの、それ、つかささんにもたかしさんにも言われました。どういうことなんですか?」


番井 :「詩音ちゃんはものすごく先まで考えている。みんなが幸せになるために。だから信頼してもいい。だけど、信用しちゃだめよ。」


舞  :「どうして信用しちゃいけないんですか?」


番井 :「うそつきだから。」


舞  :「そんなことないと思う。先生は詩音を知らないだけ。心優しいいい子だよ。」


番井 :「そうね。悪かったわね。でも、ちょっとだけ心に止めておいた方がいい。」


舞  :「はい、わかりました。今日は先生に会えて一杯勉強になりました。少し、希望が持てるようになりました。」


番井 :「そう。帰りもドクターヘリで花の丘病院まで送ってあげようか。」


舞  :「いや、そこまではいらないです。私重病人じゃないですから。」


番井先生が苦笑する。


番井 :「そうか。じゃあ、タクシーで送って行ってあげるわ。和恵さんと一緒に帰るといいわ。」


そういうと、番井先生は藤林さんに電話をして、しばらくすると和恵ママがやってきた。


和恵 :「舞ちゃん、一緒に戻りましょう。つかささんはもう少し用事があるそうです。」


私は和恵ママと一緒に花の丘に帰って行った。


------------------------------------


つかさ:「いっじわるね~。なんてひどいこと言うのかしら。相手は子供でしょう。」


番井 :「そういわないで。私も反省している。想像以上に舞ちゃんはいい子ね。健気でこの状況でも全然あきらめていない。自分が恥ずかしくなったわ。だから、丸山美鈴君のヒントを教えた。」


つかさ:「だったら、無理矢理でもこのお見送りにつき合わせるべきですよ。」


番井と師長は玄関で退院患者のお見送りをしている。患者は車いすの中学生の女の子だった。


女の子:「先生、ありがとうございます。先生のおかげで退院できました。」


番井 :「いや、私は手助けをしただけだ。」


父親 :「何言ってるんですか? 娘はミトコンドリア病なんですよ。どの病院にいったって、治療法などないと言われたんです。ただ、ゆっくりと死を待つばかりのところだったんです。それをここまで回復してくださるなんて。」


母親 :「それに治療でGVHDに苦しむ娘のGVHDまで治していただいて。本当に感謝しています。先生は神様です。」


両親が番井先生の前でひざまずき感謝の言葉を述べる。


番井 :「橘さん、おやめください。沙由梨君が頑張っただけです。それに、これからもまだまだ気を抜いてはだめです。」


つかさ:「これからは地元の花の丘病院に通院してください。週に一度番井先生もこられるので、その時にでも。」


母親 :「はい、師長さん、これからもよろしくお願いします。」


そういって、3人は病院を後にした。


つかさ:「舞ちゃんにとって、こっちの方がよかったんじゃない? 丸山美鈴ちゃんの消息を知るより。」


番井 :「結果は同じだわ。既に作戦TAは発動している。それに物事には順序がある。先にGVHDの実態を教える必要がある。」


つかさ:「はいはい。でも、舞ちゃんかわいそうに。本気で一生夢ちゃんがGVHDで苦しむと思ってますよ。」


番井 :「普通ならそうだ。だけど今回、沙由梨君でエビデンスができた。まあ、もう少ししたら、沙由梨君に協力してもらって夢君も治す。沙由梨君と夢君はHLAが5/6適合している。なんとかなるだろう。それより、6時からの小児科若手勉強会うまくやれよ。今までのやり方で凝り固まった年長の看護師たちがキーキー言ってる。彼女たちにとって、師長は悪魔だからな。」


つかさ:「革命家って言ってほしいんですけどね。」


番井 :「急進的に進めるのはよくないだろう。向こうの私はそれで失敗したと春彦から聞いている。無理もない、向こうには師長がいないからな。一人で戦っていた。だからこそ、慎重にな。」


つかさ:「はい、わかってます。まかせておいてください。」


二人はそう言って病院の中に戻って行った。



つづく。



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