6-9.あじさいの家 (急性骨髄性白血病・ハプロ移植編)
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
舞 :「どうして詩音たちの物語の方が院内学級の物語より数が多いの?」
美鈴 :「それは、たかしにいちゃんが生きていて書き続けてるから?!」
舞 :「まさか、そんなのありえない。対世界のバランスを考えるとありえない。」
美鈴 :「じゃあ、確かめてきてよ。たかしにいちゃんが生きてるか。あの『あじさいの家』に。
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私は週末、「対世界」のたかしさんの家に行った。
この前たかしにいちゃんの三回忌と同じように電車に乗って隣の駅の家に向った。まだ梅雨は明けてなかったが日差しが強くじっとり汗が出る日だった。
向こうと同じ場所にその家はあった。表札には「鈴木」とかいてあった。
舞 :「どうしよう。」
ここまで来ても私は迷っていた。
(...舞ちゃん、久しぶりじゃないか元気してた?...)
ありえないことを想像する。対世界の掟は厳しい。向こうで発病した病気は必ずこちらでも発病する。だからこちらでも生きている可能性は0に等しい。それに生きていたとしても私のこと知っているわけがない。怪訝な顔をさせるのがおちだ。
美鈴には、生きているかもといったが、その後の物語はみな、ポッチの体験談ばかりだ。つまり、ポッチが書いたに違いない。そして、その事実を知ったら私はどうするつもりなのだろうか。丸山美鈴への道は遠い。
インターホンを押せば全ては解決する。だけど、押すことができない。私は玄関の前にしてくるりと背を向ける。そして、家から離れていく。
(...前にもこんなことあったけ。そう、それは詩音の家の前...)
あの時はポッチが助けてくれた。
(...意地張らずにポッチつれてくればよかった。対世界のルールで教えくれなくても心の支えにはなってくれるはず...)
意を決して再び、Uターンして家の前に行く。
インターホンを押そうとしたときだった。
私の両目が後ろから手でふさがれた。
男の子:「だーれだ。」
男の子の声だった。その声は聞き覚えがある。
舞 :「うそでしょ」
両目から涙があふれ出てくる。
舞 :「たかしにいちゃん」
忘れられるはずもない声。
たかし:「おっと~。すぐばれちゃったか。さすが舞ちゃん。」
私は振り向いて、男の子の顔を見た。うそじゃなかった。たかしにいちゃんがそこには居た。
私はじっとたかしにいちゃんを見つめた。2年前より少し大きくなったたかしにいちゃん。でも、あのころの面影そのままだった。
そしてそのまま抱きついた。
たかしにいちゃんがよろける。
たかし:「おっと~、危ないよ。ささ、今日は暑いから中に入って、おいしいアイスも用意してあるよ。」
舞 :「うん。」
家の中に案内される。
たかし:「あらためまして、こんにちは、楠木舞さん。」
舞 :「はじめまして。鈴木たかしさん。」
たかし:「って、硬い挨拶はなしにしようぜ。正直俺も始めて会った気がしないし。」
舞 :「私のこと知ってるの?」
たかし:「ああ、夢に出で来るんだ。夢で不思議な女の子が俺の話を聞いてくれる。いつも俺が2年生の時の夢だ。」
舞 :「うそ、なんで?」
たかし:「対世界の記憶の混濁さ。」
舞 :「対世界の記憶の混濁?」
たかし:「ああ、花の丘の街の不思議な現象。対世界の相手が見ている夢を見てしまうことがあるんだ。個人差があるけどね。
詩音ちゃんが舞ちゃんの夢をいつも見てるのと一緒。そうやってバランスをとるんだ。」
舞 :「そういうことだったんだ。向こうのたかし兄ちゃんも夢の女の子のこと話してた。」
天国に行ったたかしにいちゃんが見ていたのは、やっぱり、このたかしさんがポッチと話している夢だったんだ。夢の女の子はポッチだったんだ。
たかし:「うん。そして舞ちゃんのことならなんでも知っている。給食が嫌いなことも、逆上がりが出来ないことも。」
舞 :「そ、そんなことまで夢に出てくるの?」
たかし:「もちろん! な~んてね。実はポッチに聞いた。」
舞 :「なんだ~。それで、やっぱり、ポッチのこと知ってるの?」
たかし:「知ってるも何も俺が小学校入ったころから知ってるぜ、なんてったってポッチってあだなつけたの俺だもん。」
舞 :「なんですって~。」
たかし:「あいつ、がりがりにやせててさ。それで、やせっポッチのポッチってつけてやったんだ。そして、そのころから俺たち二人で『リンとシオンの夢の国の物語』を書き始めたんだ。」
舞 :「うわ~、衝撃の事実。」
たかし:「あはは。」
舞 :「じゃあ、詩音のことも知ってるの?」
たかし:「もちろん。時々、和恵ママと病院に来てたからね。でも、知り合ったのはポッチと知り合ったずっと後だけどね。」
舞 :「あいつら~、教えてくれなかった~。」
たかし:「しょうがないよ。こっちのことは秘密だからね。そうそう、お近づきの印あげないと。」
たかしさんはそうやって木箱を持ってきた。
たかし:「はい、プレゼント。」
懐かしい木箱だった。中身がわかっていてもやっぱり開けてみる。
パ、パ、パ、パ、パン。
5連発だった。
舞 :「ありがとう」
にっこり微笑む。
たかし:「ありがとうって、驚かないのかい?」
舞 :「そりゃ~、ポッチに鍛えられてるもん。」
たかし:「あちゃ~。しょうがないか。」
舞 :「ポッチは10連発作るからね。教えたほうが抜かれちゃってるわよ。」
たかし:「いや、ポッチがびっくり箱教えてくれたんだ。それはそれを真似して作ってるだけ。」
舞 :「ええ?! がっかり~。たかしにいちゃんとの思い出がポッチによってこわされていく~」
たかし:「あはは。」
私達二人はあっというまに意気投合した。この人はたかしにいちゃんではない。
頭ではそう思っていても、あまりにそっくりな風貌と受け答え。とても初対面とは思えなかった。
何でピンピンしているのと不躾な質問しても、「アメリカで手術したんだ」と素直に答えてくれた。
たかし:「そうそう、ちゃんとお礼をしないとね。」
舞 :「え?」
たかし:「約束を守って、院内学級の物語を読み続けてくれることさ。」
舞 :「それは、向こうの…」
たかし:「チッ、チッ、チッ。何言ってるんだい。ちゃんと俺は覚えてるよ。舞ちゃんが、星の子かのんを俺に読んでくれたこと。あのとき思ったんだ。この物語を読み伝えるのは舞ちゃんだってこと。」
たかしは茶目っ気たっぷりにウィンクする。
舞 :「たかし兄ちゃん、ありがとう。」
私にはわかった。たかしさんが、向こうのたかし兄ちゃんのふりをして私を慰めてくれるのが。でも、本当にたかし兄ちゃんが生き返った見たい。
対世界の記憶の混濁なのか、詩音やポッチがたかしさんに話したのかはわからないけど、あの頃のことをたかしさんはいっぱい知っている。だから、まるでたかし兄ちゃんが目の前にいるような錯覚を受ける。
たかし:「それでね、お礼に物語を読んであげようと思うだけどいいかい?」
舞 :「うん!」
たかし:「何がいい?」
舞 :「なんでもいい!」
たかし:「じゃあ、始めて舞ちゃんと会ったときに読んだ『人魚水族館』を読んであげよう。あの時は、舞ちゃんのママの冬子さんも一緒に聞いてくれたっけ。」
たかしさんのうそつき。今日初めて会ったって言ってたじゃない。本当にその時いたみたいにいうんだから。でも、こんなうそもとてもうれしかった。
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たかしにいちゃんは本棚からあの「リンとシオンの夢の国の物語」を取り出して持ってきた。
たかし:「舞ちゃん人魚姫の話は知ってるよね。」
舞 :「うん、知ってる。」
たかしちゃんの物語にはこうやって話す人と聞く人が会話をしながらすすめる形がある。人魚水族館はそんなお話だった。
たかし:「人魚姫は最後どうなっちゃったか知ってる?」
舞 :「最後泡になって死ぬの。」
たかし:「本当は?」
舞 :「本当は王子様と結婚して子供ができるのよ。」
たかし:「し~。子供が生まれたことは絶対内緒なんだ。大人たちはずるいから本当のことを隠して人魚姫は死んだことにしてるんだ。」
舞 :「なんで、秘密にするのよ~。」
たかし:「秘密がばれたら大変だからな。だから、これからの話は他のみんなには内緒だよ。この院内学級の子供たちだけの内緒にしてね。そうしないとおまわりさんにつかまっちゃうからね。」
舞 :「うん。」
こうやって物語が始まる。人魚水族館のお話のおやくそく。
ポッチ:「実はね、人魚姫の子供は大きくなってやっぱり人間と結婚するんだ。そしてその子供も人間と結婚して子供を育てたんだ。そうやってくりかえして、人魚姫の子孫はどんどん増えていったんだ。」
舞 :「ねえ、人間と人魚が結婚してできる子供は人間なの?人魚なの?」
たかし:「いいところに気づいたね。舞ちゃんは頭いいね。実は生まれたときは人間なんだけど、女の子だけは結婚して子供ができると人魚に変身できるようになれる人がいるんだ。だからね、この国にもそうやって人魚に変身できる人がいっぱいいるんだ。」
舞 :「どれくらいいるの?」
たかし:「30万人くらいいるらしい。ひとつの街くらいいっぱいいるんだ。」
舞 :「ええ!そんなにいるの。うそ~、私会ったことない。」
たかし:「それはしょうがないんだよ。絶対の秘密なんだから。もしばらしたら大変なことになっちゃう。だから、人魚に変身できるお母さんは、そっと娘にいうんだ。『あなたも大きくなったら人魚になれるようになるかもしれない。だけど、絶対に絶対に他の人には秘密にするんだよ。』って。そうやって、代々秘密が守られていくんだ。」
舞 :「それってホントなの? なんかうそっぽい。もし、人魚がいたらすぐにばれちゃうじゃない。」
たかし:「ほんとのことだよ。でも、すごい頭のいい方法を使って隠してるんだ。」
舞 :「どんな方法?」
たかし:「もし、すごい貴重な木を持っててそれを誰にも見つからないように隠すとしたらどこに隠す?」
舞 :「えっと、おうちの中に御庭作ってその中に植える。そうすれば周りは家だから隠れる。」
たかし:「そうだよね。頭いいね。でも、ちょっとわざとらしいんだな。なんでおうちの中に御庭作るんだって周りに思われちゃう。」
舞 :「そっか。あ、いい方法考えた! 森や林に隠すの! 同じような木ががいっぱいあるからわからない。」
たかし:「正解! よくわかったね。その通りなんだ。本物の人魚たちは人魚たちに隠されてるんだ。」
舞 :「え?」
たかし:「今、ほとんどの人魚はあのマーメイドパークのある街に住んでるんだ。そして、マーメードパークで仕事をしている。」
舞 :「もしかして、マーメードパークの人魚って本物の人魚なの?」
たかし:「もちろん。今度行ったときに聞いてみな。『あなたは本当の人魚ですか?』って。きっと『はい、そうです』って答えるから。」
舞 :「うそだあ~。じゃあ、なんで新聞とかテレビではそんなこと言わないのよ。」
たかし:「それは大人が馬鹿だから。昔、頭のいい人が質問したんだ『本当に人魚はいるんですか?』って。そうしたら、マーメイドパークの人はこう答えたんだ。『あなたは子供たちの夢を壊すんですか?』って。それで、だまされたんだ。本当に人魚がいるかいないかを答えなかったんだ。」
舞 :「じゃあ、マーメードパークで働いている人魚さんって!」
たかし:「そう。ほとんどが本物の人魚なんだ。」
たかし:「人魚たちはほとんどの人は一生マーメードパーク周辺で過ごす。だって、安全だからね。仕事もマーメードパークで働いて給料をもらう。」
舞 :「でも、人魚なんだから、姿見ればわかっちゃうじゃない?」
たかし:「普段は人間の恰好をしてるからさ。彼女たちは変身できるんだ人魚に。でも、普段は人の恰好なんだ。」
舞 :「すご~い」
たかし:「だけど、困ったことにほとんどの人魚は結婚して子供を産んだ後じゃないと人魚に変身できるようになれないんだ。」
舞 :「へ~」
たかし:「だから、人魚になるのはおうちのお風呂の中だけ。プールや海で変身するのは禁じられている。それに、小さいころから人魚になれないと泳ぎとかがうまくなれない。だから、人魚になってもなにも得をしないんだ。だけど、ときどき、人魚になりたくってだれも見ていないお風呂の中で変身してるんだ。」
舞 :「知らなかった。」
たかし:「そうだよね。別にみんなに話すことじゃないからね。そして、その人魚のお母さんはもし娘ができたら中学生くらいに話をするんだ。」
舞 :「なにを?」
たかし:「将来、結婚して子供ができたら人魚になるかもしれないってさ。そして、それは絶対に秘密にしないといけないって」
舞 :「でも、もし、お母さんが子供が中学校に上がる前に死んじゃったらどうするのさ。誰か教えてくれるの?」
たかし:「マーメードパークにいる限り大丈夫。係の人が教えてくれる。」
舞 :「じゃあ、マーメードパークにいない人は?」
たかし:「とっても困ったことになる。今日の話はそんな女の子のお話。」
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人魚水族館
あるところにおんなの子がいた。その子の母親は人魚だった。でも、女の子が中学生くらいの時、事故で死んじゃったんだ。お母さんは、女の子にもしかしたら人魚になるかもしれないって言う前に死んじゃった。
女の子はとても悲しんだ。家族はお母さん一人だったからね。そのお母さんが死んじゃって一人ぼっちになったんだ。でも、周りの人や親せきの人が助けてくれて一人で頑張って生活してた。
そんな、ある日、女の子は人魚に変身できるようになった。普通は子どもを産まないと人魚に変身できるようにならないけど、ごくたまに、中学高校生ぐらいで変身できるようになる子がいるんだ。
女の子は大喜びで、海に行って人魚になって泳いだ。長く潜っても息が続くし、速く泳ぐこともできる。まるで、イルカになった感じなんだ。
女の子は毎日毎日海に行って人魚になって泳ぐんだ。人魚になると寒さも感じずに泳ぐことができる。だから、誰も泳いでいない季節になっても泳いでいたんだ。
だけど、そんな恰好で泳いでいたら目立つでしょう。それで、悪い奴に捕まってしまうんだ。北の国の水族館の館長。その館長は人気のない水族館に人を呼ぶために目玉として女の子を無理やり捕まえて連れて帰ってしまうんだ。
そして、水槽の中で他の魚たちと一緒に見世物として入れられた。水槽の奥に部屋があって、そこでご飯を食べたり、寝たりすることはできるんだけど、外には出してもらえないし、給料ももらえなかった。
でも、水族館は女の子を見たくて大人気に。みんな本物の人魚じゃなくって、人間が人魚のふりをしてると思った。だから、だれもおかしいと思わない。そして、水族館は大もうけ。館長もうはうは。
だけど、女の子は来る日も来る日も見世物として水槽の中で泳いでいるだけ。たまの休館日も奥の部屋で閉じこめられてるだけ。テレビも本もないんだ。
最初は見にくるお客さんに合図を送って助けてもらおうとしたんだけど、だれも気づかなくて、それどころか、館長に見つかって目いっぱいお仕置きされて、諦めて合図はやらなくなったんだ。
女の子は楽しいことなんかなく、普通の日は水槽で泳いで見世物。休みの日は暗い部屋でただじっとしてるだけ。
「なんで、私こんなことになっちゃたんだろ。お母さん。助けて。お母さん。」そうやって女の子は死んだお母さんに祈った。
そうやって、寒い冬がすぎ春になったある日のことだった。
水槽の前でじっと人魚を見ている女の子がいたんだ。年は人魚の女の子と同じくらい。その女の子はそれから毎日水族館に来てじっと女の子を見ていた。
その子と何とか話をしたい。だけど、見張りの目が厳しくてそんなことできない。
そして、ある日、女の子は水族館の営業が終わるころににっこり笑って帰って行った。
次の日、館長がにやにやうれしそうにやってきた。その後ろには、縄で縛られた女の子が付いてきていた。毎日じっと見ていたあの女の子だった。
館長はこう言った。『お前以外にも人魚を捕まえた。これで2匹だ。もっと儲かるぞ~』そういって、縄で縛っっていた女の子を水槽に放り込んだ。とたん、その子は人魚に変身した。
館長がうれしそうに帰っていくと、女の子は捕まえられた人魚を介抱しながら、奥の部屋に連れて行った。
『大丈夫?』と女の子は声をかけると、その子は
『なるほどこういう仕組みだったんだ』と答えたんだ。
『え?』、
『私の名はアデイル。マーメイドパークの理事の娘です。北の国の水族館に人魚がいると聞いておかしいと思ってきてみたんです。やっぱり捕まってたんですね。でも、もう大丈夫。私はあなたを助けに来ました。もうすでに警察が踏み込んでくるでしょう。館長は監禁その他の罪で一生牢屋からでてこれないですね』
実はじっと見ていた女の子は助けに来てくれた味方だったんだ。
「マーメードパーク?」
「ええ、実はこの国では人魚は珍しくないんです。でも、私たちみたいに高校生くらいでなるのは珍しいかな。それで、人魚はみんな集まって暮らしてるんです。マーメードパークに。木は森の中に隠せ。人魚は人魚の中に隠せってね。まさか、マーメードパークの人魚が本物の人魚とは誰も思わないでしょ。」
「私たちのように高校生で人魚になれるのは選ばれた人なんです。人魚姫の血を色濃く残した人魚なんです。将来マーメードパークを背負って仲間の人魚たちを守る役目を担っています。一緒にマーメードパークにいきましょう。」
そうやって、悪い館長は警察につかまって女の子はアデイルに連れられてマーメードパークで楽しく暮らすことになった。
たかしにいちゃんは話を進める。私は黙って聞く。もう、二度と無いと思っていた幸せの時間が過ぎていく。
物語も終盤に差し掛かる。
たかし:「女の子は人魚の仲間と一緒にマーメードパークでイルカのショーを担当することになった。イルカと一緒に泳いでみんなに楽しんでもらうんだ。」
たかし:「だけど、だんだん女の子の表情が暗くなっていったんだ。心配した親友のアデイルがどうしたのかきいたんだ。」
たかし:「そうしたら、女の子はこういうんだ。『水族館に戻りたい』って。あんなにひどい目に会ったのにね。それで、みんながなんで帰りたいんだって聞くんだ。『ここで嫌なことがあったのかい?』ってね。」
たかし:「おんなの子は首を振る。『だって、あの街で人魚のショーを楽しみにしてくれる人ががいるんだもん』『私はあの人たちにショーを見せてあげるのが楽しかった』 そういって戻って行ったのさ。こんどはちゃんとお給料をもらって、ちゃんとアパート借りてすんでるんだよ。今でも北の街にいけば女の子の人魚ショーをみれるよ。」
おしまい。
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私は拍手した。夢にまで見たたかし兄ちゃんの人魚水族館の話が聞けるなんて。
でも、私の知っている人魚水族館と最後が違う。私が知っている人魚水族館はマーメイドパークに着いて、人魚の仲間と末永く楽しく暮らすところで終わっている。
私はあらためてたかしさんはたかし兄ちゃんじゃないということを自覚し、現実に戻った。
そう、私にはやらないといけないことがある。
そうして、私は核心を切り出した。
舞 :「丸山美鈴は今どうしているか知っている?」
しかし、たかしさんが急に険しい顔になり首を振った。
たかし:「ごめんね、それは教えられない。対世界のルールだ。舞ちゃんがきづくしかないんだ。」
舞 :「やっぱり、そうなんだ。」
たかし:「俺も向こうの俺が死んだと聞いたときやっぱりショックだった。そういう知らないことがいいこともあるんだ。」
舞 :「そう、そうだよね。」
たかし:「でも、ヒントなら出せる。」
舞 :「え?」
たかし:「淳典堂病院の番井先生を訪ねるといい。詩音ちゃんの主治医のあの先生が核心だ。」
舞 :「番井先生!? 私は番井先生の生まれ変わりとか噂されたこともある。あの先生ね。東京の有名な淳典堂病院だよね。それならわかる。行ってみる。」
たかし:「うん、あの先生に聞いてみるといい。」
舞 :「わかった。」
たかし:「それと最後にこう言うのもなんだけど、詩音ちゃんには気をつけろ。どこでどんないたずらしかけてくるかわからない。ただし、あの子には重大な欠点がある。行動に無駄がないんだ。一挙手一投足に意味を持っている。ロバの呼び方まで意味を持ってるんだ。だから訳のわからない行動は何らかの伏線と考えていい。」
ここでも詩音のことを言われた。つかささんに続いて2度目だ。
舞 :「うん、大丈夫。詩音そんな悪い子じゃないし。」
たかし:「そうか、じゃあ、健闘を祈る。」
舞 :「うん、また、遊びにきてもいい?」
たかし:「もっちろん、いつでもおいで。アイスとびっくり箱用意して待ってるから。」
たかしはそういうと笑って舞を見送った。
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西棟のナースルームで草薙先生が休憩していると松井先生が浮かない顔をして入ってくる。
草薙 :「どうしたんだ。松井先生。浮かない顔しているぞ。」
松井先生は黙ってカンファレンスルームに草薙先生を誘う。
松井 :「実は、丸山美鈴ちゃんのマルクの結果が出ました。」
草薙先生は事態を察して顔をゆがめる。
松井 :「寛解していません。それどころかほとんどブラスタ(白血病血球)の量が変わっていません。」
草薙 :「化学療法が効かないのか。」
松井 :「はい、ブラスタが薬に対して耐性を持っています。」
草薙 :「骨髄移植はできるのか?」
松井 :「無理でしょう。骨髄移植は寛解が前提になります。」
草薙 :「寛解しなくても治った例はあるだろう。」
松井 :「園児くらいの小さな子どもなら。9歳以上になると難しいです。美鈴ちゃんも9歳です。」
草薙 :「では、再び寛解導入の化学療法か。」
松井 :「それもだめでしょう。化学療法ではブラスタを減らせません。そして、今回は超ハイリスクということで前回よりもきつい寛解導入治療を施しました。これ以上は美鈴ちゃんの体がもちません。」
草薙 :「他に手はないのか?」
松井 :「ありません。現代医学では治せません。」
草薙 :「TAG療法は?」
松井 :「ブラスタの数は減らせるでしょうが、寛解までは難しいです。」
草薙 :「万事休すか。」
松井 :「残念です。手の施しようがありません。退院して通院しながらTAG療法を行いましょう。やらないよりはましです。」
草薙 :「それでどれくらいもつのか?」
松井 :「一年。いえ、半年かもしれません。TAG療法で抑えたとしてもまたぶり返すでしょうから。再度のTAG療法は耐性がつくので難しいでしょう。」
草薙 :「AMLのM8か。想像以上に厳しいな。」
松井先生がうなずく。
松井 :「お母さんには私から話をします。」
草薙 :「うむ。さて、舞ちゃんにはどういうかな。たかし君、かのんちゃん、そして美鈴ちゃん。運命の神様もひどいことをする。」
二人はカンファレンスルームの中で深いため息をついた。
つづく