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1-7.カノープス

この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。

舞  :「冬ちゃん、ちょっとロビーに行って来るね。」


4月のある日の夕方、夕食の時間もすぎ、舞は比較的調子が良かったので病室を抜け出し、ロビーへと向かおうとした。美鈴とかのんを誘っておしゃべりでもしようかと思っていた。


美鈴の病室をのぞいてみるが美鈴は寝ていた。美鈴はこのごろ調子が悪く、いつも寝てばかりで、食事もあまりとれていないようだ。


舞  :「美鈴、大丈夫?」


舞が心配して声をかけると美鈴ちゃんのお母さんが微笑みながら返事をしてくれた。


お母さん:「心配してくれるのね。ありがとう。美鈴は大丈夫ですよ。ちょっと治療がしんどくて寝てるの。また、元気になったとき遊んでね。」


舞  :「うん」


次にかのんの病室に行く。かのんは横になって本を読んでいた。声をかけると「行く」と言って車椅子に座った。


かのんは心臓が悪い。だから、走るのはもちろんダメだし、歩くのも控えなければならない。たかしにいちゃんと仲がいいけど、びっくり箱をもらっていない。

「心臓に悪いからね。」と前に言っていた。


車椅子を押して、私はクリーンフロアのドアを開け、ロビーに出る。何人か付き添いのお母さんと子供たちがいたが、私たちと目が合うのを避けるようにしていた。

最初のうちは戸惑ったがもう慣れた。


このクリーンフロア、ロビー、そしてロビーの隣の院内学級が私たちが行くことのできる世界だ。その奥の東棟や他の階は特別な診察とかがない限り行ってはいけないと言われている。


私は平べったいソファーに腰掛け、かのんの方を向くと、かのんが首を横に振った。


かのん:「窓のところ行こう」


舞  :「うん、いいけど。お外真っ暗だよ。」


そういって私はかのんの車椅子を窓のところまで押していった。ここは6階なので昼間は見晴らしが良くてきれいだ。でも、夜じゃなんにも見えない。


それでも、かのんは何かを探しているようだ。


かのん:「あれがおおいぬ座のシリウス。」


かのんが探していたのは星だった。


舞  :「どれどれ?」


かのん:「あそこで一番明るく光っている青白い星。」


かのんが少し西の方角を示す。


舞  :「あ、あった。あの明るい星ね。」


かのん:「その西のほうに4つの星が四角形になっているのが見える?」


舞  :「うん、四角の真中に3つ星が並んでる。」


かのん:「それそれ、それがオリオン座」


舞  :「へ~、かのん良く知ってるね」


かのん:「へへ、オリオンは狩人なの。それで、さっきのシリウスのおおいぬ座がオリオンの飼い犬。

それとこいぬ座もあって、それもオリオンの飼い犬なの。ほら、オリオンの左上に光ってる星があるでしょう。あれがこいぬ座の星。」


舞  :「どれどれ? あ、あった。きっとあの星だ。」


かのん:「シリウスとオリオンとこいぬの星を結ぶと三角になるでしょ。それが冬の大三角形」


舞  :「へ~、かのんすごい。何で知ってるの?」


かのん:「夜になるとひまだから。こんなことくらいしかやることない。それに私、外のこと知らないし。ねえ、犬に触ったことある?」


舞  :「あるよ。ペロペロなめられるとちょっと困るけど。」


かのん:「ねこは?」


舞  :「うん、ある。でも、犬と違って触ろうとするとすぐ逃げちゃう。」


かのん:「そうなんだ~。舞ちゃんいいなあ。」


舞  :「かのんは触ったことないの?」


かのん:「うん。本当に小さいときはわからないけど、記憶があるのはこの病院のこのフロアだけ。外にいったことないの。」


舞  :「そっか...そうそう、幼稚園にね、うさぎとロバもいたんだよ。」


かのん:「うさぎはわかるけどロバって?」


舞  :「馬みたいにこ~んな大きいの。先生が飼ってるんだよ。最初はこれくらい小さかったのにどんどん大きくなっちゃたんだって。」


かのん:「ねえ、おおかみは? おおかみに食べられちゃったお友達とかいなかった?」


舞  :「え? おおかみなんか町にいないよ。おおかみは動物園にいるだけだよ。だれが町にいるなんていったの?」


かのん:「たかしにいちゃん。」


舞  :「はあ。たかしにいちゃんたら、かのんが知らないことをいいことにうそついて。しょうがないなあ。」


かのん:「おおかみはいないんだ~。よかった。でも、舞ちゃんなんでも知ってるんだね。」


舞  :「え~そんなことないよ。でもさあ、今までそんなこと教えてくれるお友達はいなかったの?」


かのん:「うん、いなかった。お友達ができても、そのうちみんなこのフロアから出て行っちゃうから。このフロアからでてくと、もうみんなこなくなるし。」


舞  :「そうだよね。みんな退院するとこなくなるよね。」


かのん:「まあね。」


かのんが何か言いたそうな顔をしていたが、悲しそうに顔を下に向けて首を振った。


かのん:「いちばんお友達で長いのはたかしにいちゃんなんだ。去年の夏くらいだから、もうすぐ一年。」


舞  :「そっか~、だから仲がいいんだね。」


かのん:「その次が美鈴ちゃん、次は舞ちゃん。」


舞  :「幼稚園のお友達とかは?」


かのん:「私、幼稚園行ってないから。」


舞  :「ご、ごめん」


少し気まずい雰囲気が流れた。


かのん:「ねえ、お願いがあるの。舞ちゃんは一生私の友達でいてくれない? お願い。」


舞  :「え? うん、もちろん。 よろこんで」


かのんはにこっとこちらを向く。そして


かのん:「じゃあ、一生のお友達記念にいい事教えてあげる。」


そういって、車椅子から立ち上がり、窓に手をかけ背伸びをする、なにか探しているようだ。


舞  :「大丈夫? 立ったりして。」


かのん:「大丈夫よ。これくらいなら。あのね、さっき言ったオリオンとシリウスの間に空と地上の間ぎりぎりにとっても明るい星がみえるんだって。南極老人星っていうの。これが見えたら病気が治って長生きできるんだって。」


舞  :「本当? 私も探してみよう。」


そう言って二人は背伸びしながら一生懸命その星を探した。


後になって、星おたくの少女が馬鹿にしたようにいった。


「舞ちゃ~ん、カノープスは冬の星だよ。1月か2月。ただでさえ見つからないのに4月に見えるわけないよ~。」


だけど、そのころの私たちはそんなことも知らず一生懸命その星を探した。

自分たちの病気が治ることを信じて。


つづく


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