5-10.団欒
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
3月ももうすぐ終わりのある日のことだった。
冬子 :「今年こそはお花見に行きましょう。」
あきら:「ああそうだな。」
冬子 :「花の丘公園の桜がやっぱり一番です。おととしは舞ちゃんの病気で行けませんでしたし、去年もどたばたしてました。今年こそです。」
あきら:「ああそうだな。去年は忙しかったからな。」
去年行かなかったのは別に忙しかったからではない。気が乗らなかったからだ。
もっと言うとこの季節は気が乗らない。
花見が嫌いなわけではない。前はよく花見に行っていた。そう。和恵とだ。そして、和恵が天国に召されて以来花見に入っていない。今、俺の心の中は冬子が浸食している。それは嬉しいことである。でも、一か所だけ残しておきたい。それが花見なんだ。
あきら:「今年は行かないとな。」
でも、いつまでもそうはいってられない。だから今年からは行くつもりだった。でも、あの手紙以来わだかまりが残っている。その気持ちを整理しないと踏ん切りがつかない。
…なぜ、向こうの和恵は生きているんだ。どうして、和恵は死んでしまったんだ…
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…コーン…
舞が花の丘公園からαベクトル空間に抜ける。
詩音 :「舞ちゃんっていいよね~。」
αベクトル空間に来た途端、詩音が声をかける。このごろよく舞が来ると詩音がαベクトル空間にいる。
詩音 :「うらやましいっていうかさ~。」
舞 :「ん?」
詩音 :「冬ちゃんのご飯。舞ちゃんは毎日食べてるんだよね~。一度食べてみたい。」
舞 :「そう? 普通だよ。それに時々失敗したりするんだよ。」
詩音 :「そうなの?!」
舞 :「うん、まるで一流ホテルの食事みたいになっちゃうの。お金出せれば食べられるレベルにおっこっちゃうの。」
詩音 :「…」
舞 :「そんな日はがっかり。一日が損した気分になっちゃう。」
詩音 :「えっと、どこの王女様かな?」
舞 :「王女でも王様でもないよ。世界中のどんな王様も冬ちゃんのご飯を食べられないんだよ。そんなのつまんない人生だよ。」
詩音 :「あったまきた。今日は交代。」
舞 :「交代?」
詩音 :「うん、これから3日間、詩音、舞ちゃんの世界で暮らすことに決めた。」
舞 :「へ? 二人ともおんなじ世界にいたらバランス崩れるから駄目じゃない。」
詩音 :「だから、交代。舞ちゃんは詩音の世界で3日間くらすの。」
舞 :「え?」
詩音 :「決めたからね。舞ちゃんは詩音の世界にいくんだよ。」
舞 :「ちょ、ちょっと!」
詩音 :「ファンダルシア!」
詩音は舞の言葉を聞かず、そのまま舞の世界に行ってしまった。
舞 :「し、詩音、あんた、何考えてるのよ!!」
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いつものようにファンダルシアの花の丘公園を抜ける。でも、方向は逆方向。そう、舞ちゃんの家だ。いつかは向きあわないと行けない事実。それを果たしに。
詩音 :「ただいま~。」
私は舞ちゃんの振りをして舞ちゃんの家のドアを開ける。
冬子 :「おかえりなさい。」
冬子さんが私に抱きついて恍惚とした顔になる。
冬子 :「舞ちゃん大好きです。舞ちゃんの匂いがします。ん? あれ? 匂いが違います。このにおいは.. 詩音ちゃんの匂いです。」
詩音 :「うわ~。一瞬でばれちゃった。こんにちは。」
冬子さん恐るべし。なぜわかるの?
冬子 :「よく来てくれました。詩音ちゃん。どうぞおあがりください。」
冬子さんは何事もないように私を向かい入れた。
冬子 :「もうすぐ、あきらさんも帰ってきます。食事の支度をするのでまっててください。」
詩音 :「うん。」
私はあたりを見回す。星がいたるところに散乱している。同じ家なのに全然違う。
詩音 :「冬ちゃん家なんだね。」
冬子 :「そうです。ここは舞ちゃんとあきらさんと冬子の家なんです。」
幸せそうな冬子さんを見て私もにっこり笑う。
少ししたら舞ちゃんパパが帰ってくる。ちょっと緊張が走る。
あきら:「ただいま~」
冬子 :「お帰りなさい」
詩音 :「お帰りなさい」
舞ちゃんパパが気付くかわくわくして冬ちゃんと見つめる。
冬子 :「あきらさん、今日はいつもとちょっと違うのですが、何が違うかわかりますか?」
あきら:「なにか、違うのか?」
パパが家の中を見回す。
あきら:「特に変わったところはないな。ん? 冬子、髪切ったか?」
冬子 :「髪を切ったのは3日前です。やっぱり、あきらさん最低です。」
冬ちゃんはそういって、盛大なため息をつく。
詩音 :「パパ? 御飯が先? それともお風呂が先?」
あきら:「そうだな。今日は疲れた。風呂先でいいか?」
詩音 :「うん、もうわいてるよ。」
あきら:「ありがとう。舞。舞はいつも気がきくな。」
そう言ってパパはお風呂に入りに行った。
その姿を見て冬子さんと顔を見合せて笑った。
夕食の準備ができ、私は舞ちゃんパパににビールを注ぐ。パパは何も気付かずにビールを見ている。
冬子 :「さ、どうぞ召し上がってください。」
詩音 :「いただきます」
あきら:「いただきます」
さっそく星様ハンバーグに食べてみた。舞ちゃんが自慢する「どこの王様も食べられない夕食」だ。
詩音 :「! うそ!」
一口食べて私は箸を落とした。
あわてて拾い上げ、今度はお味噌汁やご飯にも手をつけた。
詩音 :「うそでしょ! なにこれ?」
冬子 :「お気に召しませんでしたか?」
詩音 :「ううん、逆、めちゃくちゃおいしい。冬ちゃん普通のご飯だよね。今日特別な何かじゃないよね。」
あきら:「舞、何言ってるんだ? いつもと同じじゃないか。」
冬子 :「当然です。冬子、この料理で舞ちゃんとパパをとりこにしたんですから。」
私もとりこされそう。でも、毎日この料理を食べている舞ちゃんうらやましい。和恵ママも決して料理べたじゃないけど、この料理、レストラン開けるレベルだと思う。幸せのバランスが取れてないと思う。
詩音 :「舞ちゃん、毎日この料理食べてるんだ。」
あきら:「そりゃ毎日食べてるだろ。何をいまさら。」
冬子 :「あきらさん、最悪です。冬子にはわかります。舞ちゃんは実は舞ちゃんじゃなくて、実は舞ちゃんは舞ちゃんじゃないんです。この街で一番普通の冬子には良くわかります。」
あきら:「俺にはわからん。ついでに、一番普通の冬子というのが一番わからん。」
冬子 :「やっぱり、あきらさんは最悪です。」
あきら:「はいはい」
しかし、舞ちゃんパパがじっとご飯を食べる私を見つめる。そして、茫然と箸を落とす。
あきら:「ほんとうだ。舞じゃない。そっくりだけど全然違う。なんで今まで気付かなかったんだ。つ、つまり、そういうことか。」
冬子がにっこりわらう。
あきら:「詩音ちゃんか?!」
詩音 :「うそ! なんでわかったの?」
あきら:「そりゃ父親だからな。」
うちの両親だったら絶対わからない。
あきら:「まあ、実は答えは簡単で舞は左利きだからな。はじめまして詩音ちゃん、我が家にようこそ。」
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俺は詩音ちゃんをまじまじと見る。
…楠木詩音…
舞につけるかもしれなかったもう一つの名前。
…生まれてくる子には「舞」か「詩音」ってなづけたいです…
和恵が妊娠中に話していた。踊りと歌が大好きな和恵は自分の子供にそんな思いを持っていた。
そして、俺は「舞」とつけた。向こうは「詩音」つけた。
そして、「舞」の母親の和恵は天国に行って、「詩音」の母親の和恵は今も生きている。
詩音ちゃん自身には感謝している。かのんちゃんの死を受け入れられずふさぎこんだ舞をここまで元気にしてくれた恩人である。
そして話をしてみたいと思っていた。
…天才少女…
草薙先生がそう言っていた。
…正直、舞ちゃんもすごいですが、詩音ちゃんは格が違います。化物のような知識をもち、思考もまるで大人です。育った環境の違いでしょうか…
和恵が育てた詩音。幸せいっぱいの中、病気にもならず、不幸な別れもなく、何の不自由もなく育った天才少女。幸せのバランスが崩れている。
俺はあのわだかまりを持って会話に参加する。
冬子 :「詩音ちゃん、デザートにイチゴ食べますか? みんなと食べるために今日買って来たんです。」
詩音 :「うん、食べる~。」
あきら:「やっぱり、いちごには練乳だよな。」
冬子 :「生クリームです。」
あきら:「いや、練乳だ。」
冬子 :「生クリームです。練乳は甘すぎます。あきらさんお子様です。おとなの冬子は生クリームを選びます。」
あきら:「ふん、その甘さがイチゴの酸っぱさと相まってうまいんじゃないか。まあ、冬子はものを知らないな。」
冬子 :「冬子のことバカにしましたね! いいでしょう。ここは詩音ちゃんに決めてもらいましょう。やっぱり、イチゴには生クリームですよね。」
あきら:「練乳だよな。」
詩音 :「グラニュー糖です。グラニュー糖が一番です。」
あきら:「グラニュー糖…」
冬子 :「詩音ちゃん不憫です。イチゴに砂糖掛けるなんて。本当のおいしさを知らないのです。ちゃんと生クリームの味を教えてあげます。」
あきら:「だから練乳だ。」
冬子 :「じゃあ、二つとも出して比べてみましょう。ちょっと待ってください。生クリームとグラニュー糖持ってきます。」
あきら:「おい、練乳はどうした?」
冬子が冷蔵庫をあける。そして、はっとした顔で帰ってくる。
冬子 :「冬子、うっかりしてました。生クリームもグラニュー糖もありません。練乳しかありませんでした。」
あきら:「じゃあ、練乳で決定。」
冬子 :「いいえ、それでは詩音ちゃんにおいしいイチゴの食べ方を教えられません。冬子、近くのスーパーで買ってきます。ちょっとだけ待っててください。」
そういって、冬子は俺たちを置いて買い物に出てしまった。
後に二人が残される。ちょっと気まずい雰囲気。
あきら:「さっき、イチゴにはグラニュー糖って言ったよな。」
詩音 :「変? うちではそうしてるよ。」
あきら:「和恵は元気か?」
詩音 :「え?」
あきら:「イチゴにグラニュー糖をかけるのは和恵の好みだ。」
詩音 :「!」
あきら:「病気になったりしてないか?」
詩音 :「う、うん。元気してるよ。」
あきら:「そっか。」
あきら:「ところで一つ質問していいかな?」
詩音 :「な~に?」
あきら:「和恵、なんで生きてるんだ。」
詩音 :「…」
あきら:「なぜなんだ、どうしてなんだ。何で死んだ和恵が生きてるんだ。」
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私はグラニュー糖と答えたことを後悔した。
あきら:「なんで、なんだ。なんでそっちでは和恵が生きているんだ。」
今回の訪問で一番想定された、そして一番答えるのが難しい質問。
そんなことわからない。そんなこと私に聞かれても。
あきら:「どうして、和恵は死んでしまったんだ。」
でも、想定されていた質問。冬子さんがいないときにきっと聞かれるといわれていた質問。
それに対して、答えも準備してきている。パパと何度も練習してきた想定問答。パパが必ず聞かれるからと教えてくれた回答。ちょっと詭弁ぽい回答。
あきら:「どうしてなんだ。教えてくれ。」
舞ちゃんのパパがにじり寄る。私は目を瞑る。
詩音 :「(パパ、力を貸して)」
そして、目を開き、答える。
詩音 :「それは、パパが選んだから。」
あきら:「え?」
詩音 :「舞ちゃんと冬子さんとの生活を選んだから。今の、幸せな生活を選んだから。」
舞ちゃんのパパが呆然と私を見つめる。そして、つぶやく
あきら:「選んでない。」
そして、大きな声で
あきら:「選んでない!」
詩音 :「そう? わかりました。では、お連れしましょう。望みのかなう世界に。和恵ママとの生活が送れる世界に。ただし、子供は舞ちゃんでなくて私。舞ちゃんと冬ちゃんのことは忘れてもらいます。」
私は、持ってきた荷物の中から杖を出す。先が丸くなった杖。セコイアでできた杖。
詩音 :「間違った時間を遡り修正しましょう。お望みどおり、和恵ママと幸せな生活を送れます。でも、舞ちゃんと冬ちゃんには二度と会うことはできません。」
私は杖のスイッチを入れる。有機ラジカル電池から供給された電気がαベクトル空間に流れ込む。そして時間共鳴が始まる。周囲にαベクトル空間が見え始める。
私は舞ちゃんのパパの肩に触れる。
あきら:「うわ~。」
舞ちゃんパパにもαベクトル空間が見える。
あきら:「ちょっと、待ってくれ!」
詩音 :「そうですよね。舞ちゃんと冬ちゃんの記憶がなくなるのはいやですよね。なら、舞ちゃんと冬ちゃんの記憶を持ったまま、行きましょうか? 2度と会えない思いを持ったまま」
あきら:「違う!」
詩音 :「アイレ、アイミ、アイヒ、アイル、アイム、アイフ」
私は呪文を唱えながら杖のボリュームスイッチを上げる。より鮮明にαベクトル空間が写る。
詩音 :「いきましょう」
私がパパの手を握る。
あきら:「やめてくれ、悪かった。俺が悪かった。俺は選んでいる。」
私は杖のスイッチを切る。αベクトル空間が消える。
あきら:「はあはあ。」
詩音 :「ごめんなさい。やりすぎました。」
あきら:「・・・」
詩音 :「でも、そういうことです。時間を戻して和恵さんを復活させることがもしできたら、舞ちゃんと冬ちゃんを捨てることになります。二つのことを同時に実現することはできないのです。」
パパはこの質問が出たら、冬子さんと舞ちゃんの生活と和恵ママとの生活のどちらを選ぶか考えさせるように仕向けろと教えてくれた。両方を満たすことはできない。
あきら:「やっと、わかった。」
詩音 :「うん、両方を選ぶことはできないわ。」
あきら:「おれは、やっぱりあの時選んでしまったんだ。わかってたんだ。」
詩音 :「え?」
…あのときって?…
あきら:「さっきの風景は『不思議な世界の風景』だよな。」
詩音 :「ええ、そうだけど。」
あきら:「俺はあそこに何度も行っている。」
詩音 :「ええ?!」
あきら:「同じ夢を何度も見るんだ。」
想定外の方向に行き始めてる。
あきら:「あそこで、病気で苦しんでいる和恵を見るんだ。おなかの大きな和恵だ。俺は和恵の手を握ろうとするけど握れないんだ。そこで近くの子にお願いするんだ。その子は魔法使いの恰好をしている。そして俺はこう言うんだ。」
あきら:「俺を俺を和恵のところに連れてってくれ。そして、彼女とこどもを救ってくれと。」
詩音 :「!」
あきら:「そして、その子は言うんだ。『わかりました』と。そして、『お連れしましょう』というんだ。そして、『では、お二人に永遠の別れのあいさつを』っていうんだ。」
あきら:「振り向くと舞と冬子が立ってるんだ。そして泣きながら冬子が言うんだ。『冬子たちのこと気にしないでください。。望みをかなえてください』って!」
詩音 :「それって!」
あきら:「そんなこと言われて行けるわけないじゃん。結局俺は舞と冬子のところに行くんだ。俺は和恵を見捨てたんだ。冬子と舞を選んだんだよ。」
詩音 :「(一種の対世界の記憶の混濁!)」
あきら:「俺が和恵を見捨てたんだ。わかっていたんだ。でも、冬子と舞を見捨てていけなかった。」
詩音 :「そういうことだったんだ。」
舞ちゃんパパが舞ちゃんと冬ちゃんを選ぶことはわかっていた。パパが絶対そうすると言っていた。でも、そんな夢まで見ていたとは知らなかった。
いいえ、違う。それは夢じゃない。将来起こることが夢に現れてる。時間の流れないαベクトル空間の出来事なら考えられる。
和恵ママが生きている理由。それはわからなかった。体質的には同じため、かたっぽは軽くてかたっぽは重いというのはあまり考えられない。でも、今、思いついたことがひとつ。
「未来の私が和恵ママの過去に介入した」
過去介入の方法を見つけて、多分、キロニーネかそれに変わる薬を持っていった。そこには当然舞ちゃんが絡んでいるはず。でも、舞ちゃんのママは死んでしまっている。つまり、
「舞ちゃんは介入しなかった」
冬ちゃんとの生活を選んでいる。それはあきらパパとも相談の上で。
だから、この二つの世界のバランスが崩れている。
詩音 :「パパ。パパは悪くない。そして、それは夢の中のお話。現実ではないわ。パパは悪くない。」
私は舞ちゃんパパに抱きつき耳もとでそう話した。
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…そうだ。おれは選んでいる。冬子と舞を。二人を置いて別の生活なんてできるわけがない…
…夢ではわかってたんだ。自分の本当の思いを。だけどまだ俺は昔にこだわっていた…
詩音 :「パパ。パパは悪くない。そして、それは夢の中のお話。現実ではないわ。パパは悪くない。」
詩音ちゃんが俺に抱きつき耳もとでささやく。
詩音 :「死んだ人に惑わされて生きてる人に気づかないのはいけないこと。今の幸せを大切にして。冬子さんと舞ちゃんとの生活を大事にして。死んだ和恵ママもきっとそれを願っている。」
あきら:「ああ。そうだな」
…そうだ。今の幸せを大切にしないとな…
俺は抱きついてくる詩音ちゃんを抱えながら思った。
…詩音ちゃん、舞のように温かいいい子なんだな…
そのとき、玄関のドアが開く音がした。
冬子 :「ただいま。冬子今戻りました。生クリームとグラニュー糖買ってきました。」
あきら:「おう、お帰り。」
詩音 :「おかえりなさい。」
冬子が帰ってきた。何事もなかったように俺たちは振舞った。
イチゴを食べながら俺は二人に言った。
あきら:「明後日の日曜日、花見に行かないか? 3人で。」
おれはわだかまりが取れ、二人に提案した。
冬子 :「いきましょう! たまにはあきらさんいいこといいます。」
詩音 :「いくいく~」
冬子 :「えっと、舞ちゃんは?」
詩音 :「大丈夫。向こうで花見に行く。それが『対世界のバランス』だから。」
あきら:「なるほどな~」
詩音 :「それと、花見の前にお礼を込めてみんに見せたいものがあるんだけど。明日の夕方、じっちゃんちに行かない?」
あきら:「構わないが何を見せるんだ。」
詩音 :「明日まで内緒。」
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次の日の夜、俺たちはキッチン花の丘に向かった。
健一さんと祐美子さんに事情を説明したが、ピンと来ていない。
詩音 :「しょうがないよ。時間をかけて説明していくしかない。」
夕飯はキッチン花の丘で冬子の手作り料理となった。さすがの祐美子さんも冬子の前で料理を出す勇気はないようだ。でも、詩音は大喜びだった。
詩音 :「今日はお礼にみんなにいいもの見せてあげる」
あきら:「ほほ~。楽しみだな」
詩音 :「踊りを踊ります。みんなが知ってる踊りです。」
あきら:「俺たちも知っているのか?」
詩音 :「うん。じっちゃんも祐美子さんもおいで。」
キッチン花の丘の前の方のテーブルが片付けられステージが出来上がる。
詩音はラジカセにCDを入れ準備をする。そして、床に座りその時を待つ。
「タン、タン、タン、タンタン」
詩音はゆっくりと踊り始める。
あきら:「!」
冬子 :「これは?!」
俺と冬子は息をのむ。
ゆっくりとした踊りが徐々にはげしくなっていく。
詩音は左手を胸に、右手を前に突き出し踊る。
あきら:「コナの踊り!」
あきら:「和恵が学園祭で踊ったコナの踊りのソロパートだ! よく、この場所で練習していた。俺は夜遅くまで和恵の練習に付き合ってた!」
踊りが続く。
あきら:「身体は小さいがまるで和恵が踊ってるみたいだ。そのしぐさ、その間の取り方、完璧といっていいほど一緒だ。」
健一 :「おい、あれはビデオに撮ってなかったはず。二度とみられない幻の踊りのはずなのに。」
祐美子:「うう、ぇう」
祐美子さんが思わず泣き崩れる。健一さんがその肩を支える。
あきら:「10年ぶりに見た。」
踊りが終わると、俺たちは拍手を送った。祐美子さんも半べそ書きながら拍手している。
あきら:「良かったぞ。すごく良かった。」
詩音 :「へへ、時々学校とか子供会でもやってるの。だから慣れてるの。」
冬子 :「冬子、感動しました。詩音ちゃん、教えてください。コナの踊りを」
詩音 :「うん、いいよ」
冬子 :「あきらさんは、冬子の踊りを見て感動して泣いてしまいます。」
そうやって冬子はいつものように決め付けて、詩音の隣で振り付けを教えてもらっている。
あきら:「詩音ちゃん、ありがとう。いい、御礼だったよ。」
詩音 :「どういたしまして。気に入ってくれてありがとう。」
あきら:「(もう、一生見れないと思ったあの芝居。演じているのは娘だが再び見られるとは思わなかった。)」
詩音 :「じゃあ、今度は本物連れてきて見せてあげるね。」
祐美子さんと健一さんが詩音に振り返る。
あきら:「できるのか?」
詩音 :「今はできない。やり方わからない。でも、一生懸命勉強して、方法見つけるよ。」
あきら:「ああ、楽しみにしてる。」
詩音 :「ああ~、本気にしていないな~」
詩音は笑って答える。
あきら:「本気で期待してるよ。詩音ちゃんならできる。」
詩音は俺のわだかまりを解いたうえで、コナの踊りを見せてくれた。ありがとう詩音ちゃん。
おれは選んだんだ。だからそれを乗り越えて生きて行く。大切な思い出は心の中に大切にしまって。
つづく
ポッチ:「5章10話『団欒』でした。」
詩音 :「実は今日はゲストをお迎えしています。」
ポッチ:「5章と言えば和恵ママ編。」
詩音 :「ということで和恵ママです。ハイ拍手~。」
ポッチ:「ぱちぱち。」
和恵 :「おはようございます。楠木和恵です。」
ポッチ:「ということでエルベの中の常識人和恵ママです。」
詩音 :「ええ~、十分変な人だよ~。知らないだけだよ。」
和恵 :「詩音ちゃん? 人様のことそんなこと言ってはいけません。それに私はいたって普通です。」
ポッチ:「確かに普通なんですよね。それだけに誰と話してても合うけど、あんまり目立たないよね。」
和恵 :「そうなんです。5章は私の章とかいっていながら9話でちょこっと出てきただけです。」
詩音 :「9話はくるみちゃんの話も多いしね。そういえばママの趣味とかあんまり紹介してないかも。ここであらためて自己紹介を」
和恵 :「今さらですか? 恥ずかしいです。」
ポッチ:「じゃあ、質問形式で。まずは職業は?」
和恵 :「主婦です。近くのレストランで少しだけパートしてます。」
詩音 :「じっちゃんちじゃないところがミソよね。」
和恵 :「学生の時の友達に誘われたんです。」
ポッチ:「さすがに顔広いですね。趣味は?」
和恵 :「ダンスと歌を歌うことです。地元のダンスサークルに入ってます」
詩音 :「私たちがよく歌って踊るのもママの影響が大きいよね」
和恵 :「歌って踊れば皆幸せになれます。戦争なんかなくなります」
ポッチ:「人間の幸せって飲んで歌って踊ることって誰かが言ってた。そのうちの二つを満たしてるんですね」
詩音 :「違うよ。3つともだよ」
和恵 :「詩音ちゃん!」
ポッチ:「そっか、和恵ママお酒好きだもんね」
和恵 :「たしなむ程度です。別に好きなわけではないです」
詩音 :「ワインのフルボトルを一人であけるのをたしなむっていうのかな~」
和恵 :「詩音ちゃん?」
詩音 :「あわわ。これ以上しゃべると後が怖いので次回の予告行きましょう。次回は?」
ポッチ:「『桜祭り』です。5章の最終話です」
詩音 :「ママがメインの話なので頑張ってね~」
和恵 :「頑張ります」
ポッチ:「ではお楽しみに~」