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4-21.聖夜

この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。

斎藤 :「順調にいけば来週退院とのことです。」


舞  :「はい?」


舞は拍子抜けした顔でかのんの母親の顔を見た。


北海道の親戚の家にきた次の日、かのんの病院にお見舞いに来た。かのんは少し前まで起きていたが再び寝ているとのことで、ベッドの横で寝ているかのんの顔をみながら、かのんのお母さんと話をした。


冬子 :「まだ、手術して5日目じゃないですか。それなのにもう退院の話なんですか?」


斎藤 :「ええ。私も信じられないんです。もう、起きてしゃべられるくらいに回復したんです。それに、明日からリハビリで歩く練習をすることになっています。」


舞  :「はあ」


舞はかのんの急速な回復に驚いた。なんか拍子抜けだった。8時間の大手術だったからもっと治るのは遅いと思っていたけど。


斎藤 :「でも、まだ安心しちゃいけないって。こんなにお薬もらってるの」


舞はその薬を見た。舞が上げたうさぎのぬいぐるみの横に薬はあった。


舞  :「(うわ、免疫抑制剤。いろんな種類の。そうよね。)」


斎藤 :「それで、退院したら1ヶ月くらいしたら花の丘に帰る予定です。」


舞  :「え~。楽しみ。美鈴やひかるにも伝えないと」


舞はうれしそうに話す。だけどおかあさんははあまり楽しそうにみえない。


斎藤 :「そうですね。でも、こればかりはちゃんと様子を見ないといけません。まだ、予断を許さない状況ですので。」


冬子 :「そうです。あせらず、ゆっくり回復を待ちましょう。楽しみは取っておいた方がもっと楽しくなります。」


そのあと、かのんのお母さんと舞と冬子で院内のレストランに行って手術の時の話をして、その日のお見舞いはおしまいにした。


舞  :「また、明後日に来ます。その時はかのんとお話ができればと思ってます。」


そう言って二人は親戚の家に帰って行った。


舞  :「明後日楽しみ~」


冬子 :「はい。明後日はかのんちゃんとお話しできると思います。そして、明日はクリスマスイブ。思いっきり楽しみましょう。」


----------------------------------------


雪がしんしんと降るその日の夜、かのんが苦しみ出す。あわてて医師たちが診察をする。


医師 :「拒絶反応が出ていますね。」


母親 :「そんな…」


医師 :「いえ、これは移植手術を行ったのですから出て当たり前です。想定内です。免疫抑制剤を投与すれば大丈夫です。少し量は多めにしますが。ですので、いったんICUに戻しましょう。その間少し、かのんちゃんには寝ててもらいましょう。」


母親 :「はい」


母親の顔が真っ青になる。


母親 :「免疫抑制剤を大量に入れて大丈夫なんでしょうか?」


医師 :「免疫力が落ちますので感染症に気をつけなければなりません。また、腎機能障害などの一時的な後遺症が出る可能性があります。しかし、それらに対してもちゃんと対処できるよう準備しています。想定内です。」


母親 :「はあ」


--------------------------------------


次の日。この日はクリスマスイブであり、世の中は年末に向かい浮かれている時であった。



しかし、かのんの容体はさらに悪化していた。今は薬で眠っている。


医師 :「うむ。急性拒絶反応ですね。」


医師が落ち着いて話をする。


母親 :「あの、かのんは。かのんは。」


医師 :「落ち着いてください。急性拒絶反応は免疫抑制剤で抑えられます。術後7日前後で出てくる可能性が高く、今回のもそれに該当します。大丈夫です。」


そういって、医師は看護師に指示を出して点滴の準備をする。母親ははらはらしながら見つめる。


点滴に入れられた免疫抑制剤がかのんの体の中に入っていく。


看護師が管を操作して流れる量を調節する。


母親 :「かのんちゃん、頑張って。神様お願い。この子を助けて。」


夜になり、完全看護のICUでは付き添いができず、母親が帰っていく。


主治医:「今夜乗り切れば、落ち着くでしょう。」


主治医はそう言った。


主治医:「私が今日は夜通し付いていますから。お母さんは今日はお帰りください。何かあったらすぐに連絡します。」


母親が帰って行った。


主治医:「免疫抑制剤をもう少し投与するか。もうちょっとだかのんちゃん。」


免疫抑制剤の大量投与の効果が出たのか、容体が安定してきだした。


主治医:「ふう。これで一安心だ。朝になれば落ち着くだろう。」


主治医は控室に戻っていく。窓の外は雪。


主治医:「よいホワイトクリスマスを迎えられそうだな。」


----------------------------------------


夜半過ぎ、主治医は看護師の緊急連絡を受ける。


看護婦:「ICUの女の子のバイタルが急に下がっています。血圧、脈拍ともに急低下。ショック症状です。」


主治医:「そんなバカな。急いで強心剤を投与。EDの準備を。」


ICUに主治医が駆けつける。


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北海道の親戚の家に泊まっていた12月25日のクリスマスの日の朝早くのことだった。その日も朝から雪だった。


一面の白い世界。そんな中で一日は始まった。


冬子と舞は親戚の家でクリスマスを迎えることとなった。冬子の兄は初めて来た姪っ子を盛大に向かい入れ、クリスマスパーティを開いてくれた。


次の日の朝、ぐっすり眠ってしまい、少しお寝坊してしまった。


冬子 :「舞ちゃん、舞ちゃん起きてください。」


舞  :「ん~。冬ちゃん、おはよう。」


寝ぼけまなこで目をこする。冬ちゃんは少し驚いたようなあせったような顔をしている。顔色も悪い。


舞  :「顔色へんだよ? 風邪引いたんじゃない?」


冬子 :「舞ちゃん、急いでお出かけしましょう。」


舞  :「え? どうしたの急に? 」


冬子 :「かのんちゃんに会いに行きましょう。」


舞  :「あ、目を覚ましたんだね。行こう行こう。」


冬子は目を落とす。そして、ちいさな声で呟いた。


冬子 :「かのんちゃんが、かのんちゃんが。」


舞  :「かのんがどうしたの?」


冬子 :「け、今朝、天国に行ったそうです。」


冬子がふるえながら声を吐きだす。


舞  :「え?」


冬子 :「舞ちゃん。」


冬子は舞を抱きしめた。


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舞と冬子は急いで病院に向かった。あいにくの大雪で電車も遅れている中で、なんとか病院に着く。


受付で話をすると、かのんのお父さんが憔悴しきった顔で迎えに来た。


父親 :「寒い中、ありがとうございます。」


冬子 :「あの、なんて言っていいか…」


舞  :「うそだもん。信じないもん。」


父親 :「舞ちゃん…」


冬子と舞は病院の奥に案内される。その奥の薄暗い部屋でかのんは寝ていた。隣にお母さんが茫然と座っている。


父親 :「かのんに会ってあげてください。」


二人はベットの横に案内される。そこにはかのんがまるですやすや寝てるように横たわっていた。


舞  :「かのん、冗談はよくないよ。さ、起きよう。ほら。」


舞はかのんの手を握り話しかけた。その手は冷たかった。


舞  :「ふたりで学校行くって約束したじゃない。大人になるって約束したじゃない。ほら、元気出して。」


舞はかのんの手を強く握った。でも、その手は握り返されることはなかった。


冬子 :「舞ちゃん…」


冬子が舞の肩を抱く。冬子は震えているようだった。


舞  :「うそだよね。うそだよね。これは人形で本物のかのんは、そこに隠れてるんでしょ。今だったら許してあげるから早く出てきなさい。」


冬子がぐすぐすと泣き出す。


舞  :「そうだ。トリックエンジェルも出てきてよ。やっと、かのんが言ってたことわかった。これが『トリックエンジェルのいたずらに気をつけろ』の意味でしょ。はい、もうわかったから、ほんもののかのんを出してちょうだい。」


冬子 :「舞ちゃん...」


舞  :「あ、ここで、お母さんと科学者とお医者さんを召喚するんでしょ。それで不治の病を治すのよね。さあ、召喚してよ。召喚しなさいよ。今ここで召喚しなければいつ召喚するのよ。」


舞  :「かのん、かのん。かのんもほらちゃんと神様に頼みなさいよ。」


しかし、かのんは寝たままだった。今にも目を覚ましそうな表情で。


父親 :「ありがとう。でも、本当なんだ。」


舞  :「うそよ! 信じない。」


父親 :「・・・」


舞  :「今日はクリスマスでしょ。神様のお誕生日をみんなで祝う日じゃない。なのになんで神様はかのんを連れってっちゃうのよ。」


舞  :「どうして。どうして。なんで神様はこんな冷たい仕打ちをするの。去年はたかしにいちゃん。今年はかのん。学校のみんなはみんな健康に過ごしてるのに。なんで、なんで、私たちだけにこんなに冷たい仕打ちするの? 私たちなんか悪いことした?」


冬子 :「舞...」


舞は泣きたかった。でも、舞は泣けなかった。本当に悲しいときは泣けないんだ。舞はそう思った。


--------------------------------------


次の日、美鈴がお母さんの妙子さんに連れられてやってきた。舞はだまった美鈴を見た。美鈴も舞を見ただけでしゃべらなかった。


冬子 :「急性拒絶反応による心不全だったそうです。もう、どうしようもなかったらしいです。」


冬子が妙子に向かって話をする。


妙子 :「そうですか。残念です。『残念です』って言葉がこの場にそぐわないのはわかっていますけど。」


冬子 :「かのんちゃん、かのんちゃん、かわいそうです。一生懸命頑張ったのに。」


妙子 :「まったくです。神様も残酷なことをします。あんないい子だったのに。舞ちゃんも美鈴もあんなにかのんちゃんと仲が良かったのに。」


冬子 :「美鈴ちゃんも舞ちゃんもかわいそうです。仲のいい友達でした。」


美鈴はすすり泣きをしている。舞はじっとこぶしを握りしめている。


妙子 :「せっかく心臓移植手術をしたのにこんな結末なんてあんまりです。」


冬子 :「……」


妙子 :「こっちで通夜なんですね。」


冬子 :「ええ、ご都合で地元に戻るのでなく、こちらで行うことになったようです。」


妙子 :「でも、そうするとちょっと困ったことになりそうですね。」


冬子 :「何かあったんですか?」


妙子 :「ええ、この大雪で飛行機が飛ばなくなったみたいなんです。私たちが乗ったのが最後の便になったみたいです。」


冬子 :「それじゃあ。」


妙子 :「ええ、草薙先生たちも来る予定だったんですが、駄目なようです。」


冬子 :「そうですか。」


結局、通夜もお葬式も草薙先生や学校の先生たちは来れなかった。出席したのは上川こども病院の先生と看護婦、そして、私たちだけだった。


舞は夜遅くまでろうそくの火にてらされているかのんをじっと見ていた。


美鈴 :「たかしにいちゃんもかのんも神様のところに行っちゃった。とうとう、私たち二人きりになっちゃったね。」


美鈴が舞になきながらしがみつく。舞は黙って美鈴を抱きしめ返した。




お葬式ではかのんが好きだった星の歌がかかっていた。宮沢賢治の「星めぐりの歌」だった。 


十字架の飾られた祭壇の前でかのんの小さな棺は置かれていた。


みんな泣いていた。美鈴も泣いていた。冬子も妙子も泣いていた。でも、舞は泣けなかった。


舞は十字架を見ながら小さくつぶやいた。


舞  :「うそよ、一緒に大人になるって約束したじゃない。」


美鈴 :「……」


舞  :「天文台に一緒に行くって約束したじゃない。冬のダイアモンド見に行くって約束したじゃない。」


美鈴 :「……」


舞  :「うそつき。うそつき。うそつき。うそつき。大うそつき!」


冬子 :「舞ちゃん…」


舞  :「神様なんか大っきらい!」


舞は大声を出した。一斉にみんなが振り返る。


冬子 :「舞ちゃん…」


冬子は舞を抱きかかえる。


悲しみに包まれ、式はおごそかに進んでいく。


神父 :「では、最後のお別れです。みなさん、花を故人に添えてあげてください。」


冬子 :「さ、舞ちゃん、かのんちゃんに心配かけないよう、笑って天国に送りましょう。」


舞は係員から花をもらい、かのんの小さな小さなお棺の中に添えた。みんなも泣きながら、菊の花や蘭の花をお棺の中に添えた。別れを惜しみ何回も何回も。舞はかのんが大事にしていたうさぎのぬいぐるみを胸においた。そして


舞  :「そのうさぎ、天国でも仲良くしてあげてね。そして、天国のたかしにいちゃんによろしく」


そうつぶやいた。


係員 :「では、出棺のご準備を」


そう言って、かのんの小さな棺は車に乗せられて、みんなに見守られ大きなクラクションとともに天国へと旅立っていった。



その日を境に舞が笑うことはなくなった。



-----------------------------------


数日後、草薙先生のところに女の子が現れる。一見、舞とそっくりな顔立ち。そして姿形。でも、どこか雰囲気が違う。いつものオーバーオールでなくワンピースを着ているせいかもしれない。


草薙先生は女の子をカンファレンスルームに招き、二人きりで話す。


女の子は椅子に座り、足をぶらぶらさせて草薙先生と向き合う。


草薙 :「向こうはどうだった?」


女の子:「大丈夫だった。かのんちゃんが亡くなったのを聞いて、こっちにも影響でないかあわてて戻ったんだけど、何ともなかった。」


草薙 :「そうか。よかった。それで、かのんちゃんのこと向こうの子には話はしたのか?」


女の子:「ううん。時期を見て話すかもしれないけど。今は話さない。」


草薙 :「それがいい。」


草薙 :「しかし、今回は失敗だった。大失敗だ。せっかくの君たちの提案も無駄になってしまった。ちゃんと受け入れていればこんなことにならなかったかも知れない。」


女の子:「でも、今回のことはご両親も本人も納得の上での話です。失敗したのは結果論です。」


草薙 :「だが、しかし。今回、かのんちゃんの手術には失敗した。それは厳然たる事実だ。」


女の子:「だから、それは、幾つかあった選択肢の一つとして選んだ結果です。ご両親は嘆いてますが、先生たちの責任にはしていないでしょう。」


草薙 :「でも、ちゃんと提案を受け入れていればうまくいったかもしれない。」


女の子:「それは違います。心臓移植はあの時もそして今も最善の選択だったと聞いています。確かに、私たちはその危険性を説明し、対案を出しました。でも、その話に耳を傾けるかどうかは、きつい言い方かもしれないけどご両親の判断です。ご両親はあの時最善の選択をしたんです。結果は伴わなかったけど。」


草薙 :「だけど、舞ちゃんはショックで心の病になりかけている。舞ちゃんがああなるのは想定外だ。」


女の子:「え? 想定外だったんですか? まったくもう。これだから大人って。でも、私たちは想定の範囲内です。わかりました。舞ちゃんの件はプロジェクトが責任をもって対処します。だから、先生はこれ以上、悔やまないでください。嘆かないでください。」


草薙 :「すまない。舞ちゃんをよろしく頼む。」


椅子からポンととび下りて、女の子は出て行った。


女の子:「まったくもう。大人ってこれだからやんなっちゃう。嘆きたいのはこっちよ。でも、過去を悔やんでも生き返らないわよ。未来に向かわなきゃ意味ないのに。『死者に心を奪われ生者に気づかない。』まったくもう。」


そう独り言を言って女の子は病院から出て行った。


4章 かのん編完


5章 桜祭り編に続く。


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