4-17.夏の終わり
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
8月に入りお盆も近くなったころ、私はいつものように院内学級にボランティアに来ていた。
でも、かのんも北海道に転院して、夢姉ちゃんも骨髄抑制期で部屋から出てこない。
だから、今、西棟から院内学級に来る子はおらず東棟の短期入院患者しかいない。
舞 :「ひま~」
つかさ:「そうですね。今は東棟の子も夏休みを利用したおっきい子が多いですから、あんまり、舞ちゃんのご本とか似顔絵とかを喜ぶ子は少ないですね」
舞 :「うん。本当は暇なのはいいことなんだけどね~。どっかで重症患者いないかな~。探してこようかしら」
松井 :「こらこら。何言ってるんだか」
舞 :「えへへ」
つかさ:「こんな時は家族やお友達とプールとか行くといいですよ」
舞 :「でも、冬ちゃんも東棟でボランティアしてるし、パパも仕事で忙しいしね。そして、美鈴は今年はプールだめだって」
松井 :「ああ、感染症が怖いからな。半年はプールとかはだめだ」
つかさ:「他のお友達誘ったらどう?」
舞 :「あとは、ひかるかあ。でも、ひかるまじめだからなあ。『準備体操しっかりして、そのあとひたすら泳ぐの練習しましょう』とか言いそう。それじゃ、つまんない」
松井先生とつかさが苦笑する。
舞 :「それに、かのんが調子悪いのにあんまりあんまり遊ぶの気が引けるし」
つかさ:「心配なんだよね。かのんちゃんのこと。でも、大丈夫新しい治療がうまくいきます」
舞 :「そうだよね。そうそう、ひかるといえば、来週、札幌の親戚のうちに行くんだって。それで、かのんの入院している上川こども病院にお見舞いに行くっていってた」
松井 :「ほ~。いいな。北海道か。今頃涼しくていいだろうな」
つかさ:「食べ物もきっとおいしいです。トウモロコシとかジンギスカンとかスープカレーとか」
松井 :「いや、夏にスープカレーを食べるのはどうかな」
つかさ:「大丈夫です。冷房でキンキンに冷えたお店で食べるのがいいんです」
松井 :「つかささん、勘違いしてる。北海道にクーラーのあるお店は少ない」
つかさ:「ええ! じゃあ」
松井 :「ああ、スープカレーなんか食べたら汗だくだ」
つかさ:「ええ~、ショック。スープカレー食べたかったです」
舞 :「あの~。行くのはひかるなんだけど」
松井 :「そうだったな。俺たちが食べたいもの話をしてもしょうがないな」
そんな話をしてるうちに、東棟の女の子がやってきた。カードゲームを一緒にやろうと誘っている。
舞 :「じゃあ、私、この子と遊んでるね」
松井 :「ああ」
つかさ:「よろしくね」
そうやって二人はナースセンターに戻ってきた。
そこには浮かない顔をした草薙先生が待っていた。
草薙 :「どうもかのんちゃんの容体がよくないらしい」
つかさ:「え?」
草薙 :「秋本先生が向こうの病院の先生と話をしたらしい。不整脈があるそうだ。このまま悪化するならペースメーカーを入れる手術が必要とか言っていた」
松井 :「そんなに悪いんですか」
草薙 :「ああ、秋本先生が言うにはアーキテクトの投与を向こうでは行っていないらしい。新しい治療法を進めるうえでの阻害になるとかならないとか」
松井 :「なら、いったん戻しましょう。こちらの病院に。それでアーキテクトを投与しましょう」
草薙 :「秋本先生もそれをやんわりと提案したらしいんだ。だけど、向こうの先生もご両親も今の治療法を続けたいということだ」
松井 :「なんてことだ」
草薙 :「それに、向こうは心臓移植も視野に入れてるらしい。ドナーが現れればすぐに実施する考えだ」
つかさ:「そんな。そこまで」
昨年施行された改正臓器移植法で、15歳以下も日本で心臓移植が可能になった。そして、上川こども病院は心臓移植の施設が整い医師もそろっている。この病院ではそこまでの施設は整っていないし、当然、経験のある医師もいない。
松井 :「その話は舞ちゃんに?」
草薙 :「まだだ。私が後で舞ちゃんと冬子さんに話をしておこう」
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冬子と舞がカンファレンスルームに呼ばれる。草薙先生がそこで待っていた。
草薙 :「今日はちょっと重要な話があるんで来てもらった」
舞 :「どうしたの? あらたまって」
草薙 :「実はかのんちゃんのことなんだが。もしかしたら、心臓移植の手術をするかもしれないんだ」
冬子 :「ええ! そんなに悪いんですか?」
草薙 :「ああ、軽い心不全を起こしたらしい。今は落ち着いているらしいが」
そんな話を聞いて舞もびっくりするかと思っていたが、比較的落ち着いて聞いている。
草薙 :「舞ちゃんは驚かないのか?」
舞は首を振った。
舞 :「驚いた。でも、半分覚悟してた」
草薙 :「そうか」
舞 :「かのんの病気はとても重い病気。色々調べてみたけど、調べれば調べるほど難しいのがわかった。よくなったように見えてもまた悪くなる。特に体が大きくなると耐えられなくなる。だから、心臓移植しかないことわかってた。でも、心臓移植すれば元気になるんだよね?」
草薙 :「ああ、成功すれば退院して歩けるようになる。そうすればこの街にも戻ってこれる」
草薙はにっこり笑った。
舞 :「そうしたら、一緒にプールとか天文台とか行けるんだよね」
草薙 :「プールはすぐには難しいかもしれないが、天文台は行けるようになるよ」
舞 :「じゃあ、私応援する。それと、もっと、もっと勉強する。『しおんの部屋』で勉強する。私馬鹿だった。アーキテクト見つけた時、私、どんな病気も治せるって思ってた。だけど、本当は何もできない。私、くやしい」
冬子 :「舞ちゃん…」
冬子は半分涙目の舞を抱きしめる。
舞 :「そうだ。ひかるが北海道に行ってお見舞いする時、手紙持って行ってもらう。タロット占いの本も持ってってもらおう。かのんにあげるんだ。きっと喜んでくれる」
草薙 :「そうだな。それがいい」
舞 :「あと、他にもお土産何がいいかな? ちょっと院内学級の本見て調べてくる。」
そう言ってカンファレンスルームを舞は飛び出していった。
冬子 :「成功の見込みはどれくらいなんですか?冬子とても心配です」
草薙 :「手術そのものが成功する可能性は高い。問題はそのあとだ。拒絶反応との戦いになる。それによる副作用というか合併症が怖い。下手をすると拒絶反応でだめかもしれない」
冬子 :「日本で実施例がないんですよね。こどもの心臓移植。それも心配です」
草薙 :「ああ、でも、優秀な先生がついている。大丈夫だ」
冬子 :「優秀な外科医だったら草薙先生がいます。草薙先生以上の腕を持って人はいません。冬子知っています。草薙先生が執刀すべきです」
草薙 :「私は脳外科医だよ。心臓移植などしたことない」
冬子 :「でも、こどもの心臓移植したことないのはみんな一緒です」
草薙 :「まあな。だけど、さっき言ったように手術そのもののリスクよりも後の方が問題だ。それに、今更北海道の病院に口は出せない」
冬子 :「そうでした。冬子言いすぎました。ごめんなさい」
草薙 :「いや、謝らなくても。でも、いちばんいいのは手術しなくて治ることだな」
冬子 :「はい、祈っています」
草薙 :「どうでしょう? もう夕方ですし、舞ちゃんと一緒に祐美子さんのレストランで夕飯にでも行きませんか?」
その夜、あきらが遅くなるというので、祐美子さんのレストランで松井先生や草薙先生と一緒に舞と冬子は食事をとった。そして、どうやってかのんを元気づけるか話し合った。
そろそろ帰るという時
舞 :「あ、『しおんのへや』の本棚からタロットの本とってこないと。忘れてた」
そう言って、舞は木箱を持って、不思議な部屋の風景の世界に行った。そして、本棚から本を取り出す。
「舞ちゃん」
だれかに呼ばれたような気がした。それに誰かに見られてる気がする。
舞 :「気のせいか」
舞はあたりを見回して何もないことを確認して「しおんの部屋」から公園に戻って行った。そして冬子と一緒に家路についた。
つづく