4-16.上川こども病院
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
1学期が終わり楽しみにしていた夏休みがやってきた。
だけど、すぐに楽しくないことが二つ起きた。
一つは神崎さんがお父さんの仕事の都合で転校してしまった。せっかく仲良くなれたのに。でもお仕事の都合じゃしょうがない。
もう一つはかのんがまたかるい発作を起こし再び入院することとなった。
幸い、すぐに発作はおさまり大事には至らなかったが、やはり負担をかけていることと、検査した結果、また、心臓が大きくなっていることもあり、入院した方がよいということとなった。
かのん:「わかってたことだけどね。やっぱり入院はやだ。」
院内学級の教室でかのんは舞に話す。
舞 :「この、病気は一進一退を繰り返すからね。また、すぐに元気になって退院できるよ。」
舞が慰める。
かのん:「でも、学校楽しかった。前は知らなかったから憧れてただけだけど、今は知っちゃったから、なおさら行きたくなる。」
舞 :「うん、学校いいよね。あれで、給食さえなければ最高なのにね。」
かのん:「舞も相変わらずね。」
かのんが両手を広げ呆れたしぐさを示す。
かのん:「いっぱい友達で気なのにな~。あえなくなっちゃった。」
舞 :「みんなお見舞いに来るって。別に、面会できないわけじゃないからいつでも会えるよ。」
かのん:「でも、みんなと遊んだりするわけじゃないから。ちょっと違う。」
舞 :「それも、調子よくなれば大丈夫だよ。それまでは私で我慢して。」
かのん:「うん。でも、変だよね。学校に行ってる時よりも舞と話す時間が長くなった。」
舞は院内学級のボランティアに毎日のように来ている。だから、入院している方が会って話す時間が長い。
舞 :「西棟は、今、夢ねえちゃんだけだからね。人がいないことはいいことなんだけどさみしいよね」
かのん:「舞も入院しなよ。そこから学校に通えばいい。そうすればさみしくない。」
舞 :「無理言わないでよ~。どんな病気で入院するのよ。」
かのん:「ボランティア症候群。病院にボランティアに来たくて来たくてしょうがなくなる病気。いいでしょ。」
舞 :「う~ん。でも、それ入院の必要ない。それでころか入院したらますます悪くなる病気じゃない?」
そんな感じでたわいもない会話でかのんは気を紛らわしていた。
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草薙 :「正直、かのんちゃんの治療は手詰まり感がある。」
舞 :「治らないってこと? アーキテクトが利かないの?」
草薙 :「抜本的な治療方法がないってことさ。一進一退を繰り返す。成長期だから体が大きくなる。その分心臓に負担がかかる。だから、アーキテクトが抑えても悪化したように見える。」
舞 :「そうなんだ。もう一回調べてみる。」
草薙 :「舞ちゃん、ありがとう。でも、治療に関しては先生達に任せておいた方がいい。どっちかというと舞ちゃんにはかのんちゃんを元気づけたり、お話し相手になって支えてくれる方がうれしい。」
舞 :「う、うん」
舞は何となく不服そうだ。
松井 :「さすが、番井先生の生まれ変わり。治療方法に興味が行ってしまうか。」
舞 :「え? 生まれ変わり?」
草薙先生が苦い顔をする。
草薙 :「ただの噂話さ。そんなのありえない。美雪が死んだのは去年だ。すでに舞ちゃんが生まれている。」
つかさ:「だけど、番井先生が生きてらっしゃっていて、事情により人前に顔を出せない。それで、舞ちゃんが伝言役として、連絡係になっているって噂があります。」
草薙 :「それも、違う。美雪は死んだんだ。葬式にもでた。骨も拾った。伝言役なんてなりえない。舞ちゃんの小学生離れした言動に理由をつけるための勝手なうわさに過ぎない。」
草薙先生は話を断ち切った。番井先生は優秀な女医さんで草薙先生の婚約者だった。去年、事故で亡くなっている。
わたしは、この話を不思議な風景の世界の連絡帳に書いた。そうしたら、次に行った時、手紙が置いてあった。草薙先生あての番井先生からの手紙だった。もうひとりの私が気を利かせてくれた。
だけど、
草薙 :「舞ちゃん、大人をからかうものじゃない。だれが書いたんだか知らないが美雪は死んだんだ。舞ちゃんが気を使ってくれるのはありがたい。良かれと思ってやったことはわかっている。でも、それは人を傷つけることにもなるんだ。」
そういって、先生は私の話を信じてくれず、ぽんと手紙を読まずに机の上に投げた。もうこの話はおしまいって感じだった。
しかし、この手紙の話が、小児病棟に広まり、私が番井先生の使いだって噂に信ぴょう性が増してしまっていた。
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そんなある日かのんのお母さんが舞と草薙先生に相談があると行ってきた。
母親 :「番井先生に見ていただくわけには行かないのでしょうか? なんでも、舞ちゃんは番井先生の使いとか。ご事情があって人前に出れないのはわかっております。もちろん、絶対に秘密にしますので。」
草薙 :「お母さん、お気持ちはわかりますが、舞ちゃんが番井先生の使いというのは根も葉もないうわさです。それに、もし、生きていたとしても、番井は免疫学の専門家でした。ですので、心臓病は門外なんです。」
母親 :「わかります。先生のお口からは『はい、生きてます。わかりましたから手続きします。』なんて言えるわけないですよね。でも、ここで、お返事いただかなくても、先生なら何とかしてくれると思います。どうかよろしくお願いします。」
草薙 :「斎藤さん...」
母親 :「舞ちゃん、かのんをどうかよろしくお願いします。」
そういうとかのんのお母さんは部屋を出て行った。
舞 :「あの、草薙先生、お手紙、書...」
舞の発言を遮り草薙先生が言った。
草薙 :「だめだ。非現実的な話に希望を持たせてはいけない。本当に舞ちゃんの話が正しいとしてもだめだ。もっと、現実的に治す方法を考えよう。」
数日後、かのんのお母さんは秋本先生と草薙先生に呼ばれた。
母親 :「番井先生と連絡が取れたんですね。」
草薙 :「いや、番井先生と連絡は取れてません。しかし、提案があります。」
母親 :「はい?」
秋本 :「幹細胞治療による再生療法という新しい治療方法が試されている病院があります。」
母親 :「治るんですか?」
秋本 :「まだ、実験段階で確実に治るとは言えないです。特に15歳以下では治験例が少なくなんとも言えません。ただ、このまま内科療法だけに頼るだけではと思いまして。」
草薙 :「問題はその病院の場所なんですが...北海道にある『上川こども病院』というところなんです。」
母親 :「調べたことあります。こどもの心臓病治療実績では日本で一番とか。」
秋本 :「ええ、我々としては悔しいのですが、残念ながら、上川こども病院の実績にはこの病院は及びません。場所的な問題はありますが、色々お考えいただければと思います。もちろん、我々は見放したわけではありません。この病院のままというのも一つの選択肢です。その場合、今まで通り全力を持って治療させていただきます。」
母親 :「わかりました。少し主人とも相談させてください。」
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かのん:「舞ちゃん、実はかのん今度北海道に行くことになったんだ。」
かのんが悲しそうな顔をして言う。
舞 :「え? 旅行? 大丈夫なの?」
かのん:「ううん、病院変わるんだ。」
舞 :「かのん、そういう冗談よくないよ。本気にしちゃうじゃない。」
かのん:「ごめん、ほんとなんだ。新しい治療をするんだ。」
舞 :「ちょ、ちょっと。私やだ。北海道って北の国でしょ。毎日いけないじゃない。そんなのやだ。」
かのん:「ごめんね。でも、私治したいんだ。舞ちゃんと離れ離れになるのはいやだけど。このまま悪くなるより、ちゃんと治療を受けたい。」
舞 :「やだよ。神崎さんが転校したばかりなのになんでかのんまで遠くに行くのよ。この病院もすごくいい病院だよ。私、草薙先生と話してくる。」
そう言って私は草薙先生のところに行った。
舞 :「先生、何とか止めてよ。この病院の方が絶対いいよ!」
草薙 :「確かにこの病院は優れた設備と優れた医者がいる。だから、遠くからわざわざ来てくれる患者さんもいる。だけど、小児科に関しては各県にあるこども病院のほうが専門だ。特に北海道の上川こども病院は日本一と言われている。」
舞 :「でも、ここから遠い。そうだ! 東京の本院を薦めたら? 淳典堂病院だっけ。あそこならここからも通える。」
草薙 :「ああ、私たちはご両親に淳典堂病院も薦めた。しかし、美雪が死んだあと、美雪と一緒に仕事をすることを目的としていたお医者さんがみんな他の病院に行ってしまった。そのため、少し力が落ちている。秋本先生もそうやってこっちに移ってきた先生だ。」
舞 :「でも」
草薙 :「それに1%でも助かる可能性が高いならそちらに行くのは親御さんとして当たり前だ。また、少しよくなったらこっちに戻ってくるから、それまでは一緒に頑張ろう。」
舞 :「・・・うん」
私は説得するつもりが説得されて帰ってきてしまった。
舞 :「(かのんのことを考えたらそれが一番だよね。)」
私は私を無理やり納得させた。
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8月に入り、いよいよかのんの転院も近くなり、私たちはキッチン花の丘でお食事会を開くこととなった。かのんもその時は外泊を認められた。今回は、料理は冬ちゃんが作ることになったので、みんな楽しみにしている。
美鈴 :「無理やり、冬子さんに作らせたんでしょ。おじいさん泣いてるよ。」
舞 :「いいのよ。やっぱり料理はおいしくなきゃ。」
健一おじいさんの料理もまあまあだけど、やっぱり冬ちゃんにはかなわない。舞はそう思った。
美鈴 :「かのんちゃん、ひさしぶり~。終業式以来だね。」
美鈴が明るく話しかける。
かのん:「うん、久しぶり。美鈴もあんまり変わってないね。」
美鈴 :「うん、10日くらいじゃ変わんないよ」
舞 :「美鈴も病院に見舞いに来ればいいのに。」
美鈴 :「えへへ」
美鈴にとって病院は嫌な思い出がいっぱいあったところ。だから、維持療法の通院の時以外、絶対に近づかない。だから、かのんのお見舞いに行かないのだった。私のように入院中毎日退屈と戦っていただけで、あんまり嫌な思い出がないのとは違う。
淳 :「北海道いいなあ。涼しいいだろうな」
舞 :「うん、特にかのんみたいに水分制限のある子にはいいところだよね。汗かかないから。」
健一 :「北海道といえばメロンだ。メロンはうめーぞ。特に夕張メロンはな。水分制限のあるかのんちゃんだってきっと大丈夫だ。」
冬子 :「ち、ち、ち。夕張メロンは有名ですが、他のブランドでも安くておいしいメロンがあります。毎日メロン食べられます。そんなところにいけるなんてかのんちゃん羨ましいです。」
かのんが果たして水分の多いメロンを毎日食べられるか疑問だけど、そんなことは言わないのがお約束。今日は悲しい話はしないって冬ちゃんとお約束したから。
冬ちゃんの料理を堪能した後、冬ちゃんから、子供たちに特別プレゼントが渡された。かのんだけでなく、子供たちや大人の分まで用意してあった。
小さな木の箱で、周りに一杯お星様が張られていた。
かのん:「なに? これ。」
冬子 :「冬子特製の宝石箱です。小物入れやオルゴールに改造することも出来ます。冬子こつこつと作りだめしてました。みんな受け取ってください。まだまだ一杯あります。」
舞 :「い、いくつ作ったの? 冬ちゃん。」
冬子 :「30個くらいです。」
舞 :「…… そんなに配る人いないよね。」
冬子 :「ひとり3つまでOKです。」
舞 :「それでも、余るよね。」
冬子 :「そうとも言います。」
健一 :「冬子、悪いんだけど、余ったら持って帰ってくれないかな。ここにきては作ってるから、もう、置き場所に困ってるんだ。」
冬子 :「健一さんにはこの木箱の魅力がわからないんですか? お星様一杯でとてもかわいいです。冬子幸せです。それを邪険にするなんて健一さん変な人です。」
健一 :「いや、そうじゃなくてだな。」
冬子 :「わかりました。いいです。家に持って帰ります。舞ちゃん、半分持ってくださいね。」
舞 :「う、うん。」
舞はいっぱい余っている木箱をみてうんざりした。
淳 :「ところで、いつ出発するの?」
かのん:「あさって。10時くらい」
美鈴 :「あさってかあ。私、その日は病院の日。お見送りいけない。」
かのん:「うん、しょうがないよ。美鈴はちゃんと自分の病気治さないとね。舞はその日は?」
舞 :「うん、駅まで見送りに行くよ。」
私はさみしく笑った。この前の神崎さんの時は神崎さんの家の前で出発する神崎さんの車を見送った。
冬子 :「舞ちゃん、だめです。もっと元気出して笑って、笑って。」
一人冬ちゃんははしゃぐけど、やっぱり元気が出なかった。
お料理はとてもおいしかったけど、みんな黙りがちで食べた。
そして、時間が来た。
ひかる:「それじゃ、頑張ってね。かのん」
舞 :「ちゃんと元気になって、早く戻ってきてよ。」
かのん:「うん」
美鈴はもう泣いてしまっている。
かのん:「そうだ、せっかくもらった木箱だけど取り換えっこしよう。みんながいつも応援してくれると思えるから。」
ひかる:「それは、いい考えね。その方が思い出に残る。」
そう言って、かのんは冬ちゃんから一杯木箱をもらって、みんなの分と取り換えた。みんな、木箱の裏に自分の名前をマジックで書いて渡した。
かのん:「これで、向こうに行っても元気が出るわ。」
かのんは明るく笑った。その笑顔は一生忘れられない笑顔だった。
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舞 :「冬ちゃん、重いよう。」
冬子 :「人生とはそんなものです。冬子、この年になってわかりました。」
舞 :「違うと思う。重いのは人生じゃなくて、このリュック。」
そう、帰り道、一杯木箱を持って帰るはめになった。一人3つもいらないって言われた。あたり前だけど。私はかのんからもらった木箱を手に、残りをリュックに入れて歩いている。
冬子 :「じゃあ、近道して帰りましょう。花の丘公園の中を通って行きましょう。」
そういうと、ずんずん、公園の中に行ってしまう。
舞 :「ちょっと、まってよ。もう。」
そういって、私は冬ちゃんの後を追いかける。その時、ふと、公園の片隅の方が気になって立ち止った。何か呼ばれてるような気がした。
冬子 :「舞ちゃん、どうしました?」
舞 :「呼ばれてる」
私は、一二歩、呼ばれれてる方にちかづいた。
その時だった。
「コーン」「コーン」「コーン」
一斉に手の中の木箱とリュックの中の木箱が鳴りだす。そして、急に景色が揺れ、「しおんの部屋」が目の前に現れる。
舞 :「あれ? もう、不思議な世界。今日は疲れたからあんまり来たくなかったんだけど。しょうがないか。また、二週間くらいここかあ。」
そう言って、私は、リュックを下して、手に木箱を持ったまま、部屋を確認する。何か詩音ちゃんがメッセージを残していないか確認したかったからだ。特に何もメッセージは残ってないようだった。そして、部屋の隅に行くと突然、また「コーン」となり出す。再び景色が揺れる。
目の前に冬ちゃんがいた。
冬子 :「舞ちゃん、びっくりしました。一瞬、見失ってしまいました。」
私は茫然とその場にたたずんだ。
舞 :「うそでしょ。戻ってきてる。」
冬子 :「舞ちゃん、リュックどうしましたか?」
舞 :「え?」
背中にしょっていたリュックがない。
舞 :「あ、不思議な世界においてきた。」
冬子 :「?」
舞 :「冬ちゃん、ごめんなさい。リュック当分取りに行けない。不思議な世界においてきちゃった。」
冬子 :「じゃあ、舞ちゃんお久しぶりです。向こうにはどれくらいいたのですか? また2週間ですか?」
舞 :「ううん。一瞬。すぐに戻ってきた。今までこんなことなかった。でも、さっき、こうやって木箱を持って歩いていたらいきなり向こうに飛ばされたの」
そう言って、私は再現して見せた。その時、
「コーン」
という音とともにまた、不思議な世界に飛ばされた。
舞 :「うそ!」
今度はリュックをしょって、再び部屋の片隅に戻る。再び、木箱が鳴りだした。そして冬ちゃんの目の前に戻った。
舞 :「冬ちゃん! この木箱もってると向こうにいける!」
冬子 :「舞ちゃん、すごいです。とうとう超能力に目覚めましたね。冬子も鼻高々です。」
冬子 :「冬子も向こうに行ってみたいです。こうやって、木箱を持って歩けばいいんですね。」
そうやって冬ちゃんが歩き出す。そうするとやはり木箱が鳴りだした。
舞 :「冬ちゃん、気をつけて!」
冬ちゃんがその場で動きを止める。そして、あたりを見回す。
私は、向こうに飛ばないように木箱を置いて冬ちゃんを引き戻すために手を握る。
舞 :「え?」
目の前に花の丘公園と不思議な世界の両方が見える。
冬子 :「これが不思議の世界…」
舞 :「冬ちゃんにも見えるの?」
冬ちゃんがうなずく。私は冬ちゃんをあわててひっぱり遠ざける。木箱が鳴りやむ。
舞 :「超能力に目覚めたんじゃなくて、この木箱のせい。私は自由に出入りできるし、冬ちゃんも見えるようになった。」
私と冬ちゃんは二人して茫然とその場に座り込んでしまった。
つづく