4-15.七夕
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
7月に入りプール開きになった。私は小学校で初めてのプールだった。楽しみで楽しみでしょうがなかったけど、決して表情にはださなかった。だって、かのんと美鈴は見学だ。
美鈴 :「私たちにきにしないで楽しんできなよ。」
美鈴は屈託のない笑顔でそう送り出してくれた。そして、かのんは
かのん:「舞、いいなあ~。プールいいなあ。そうだ、舞もそろそろ再発しない? そうすれば一緒に見学できる。」
そう、素直に羨ましがった。二人の心遣いが何となくわかり、今度は遠足に行かなかったときと同じように「一緒に見学する」とは言わなかった。
舞 :「じゃあ、今度の七夕3人で集まってお祝いしよう!」
かのん:「七夕?」
美鈴 :「おだんご、おだんご」
かのん:「それはお月見。」
美鈴 :「あ、そっか。」
かのん:「七夕は笹の葉にお星様とか願い事を書いた短冊をつけて飾るほうだよ。」
そうやって、七夕の日に3人が祐美子さんのレストランに集まった。3人以外に、冬ちゃん、つかささん、響子先生、そして退院した淳君も来てくれた。外はあいにくの雨だった。
かのん:「淳、呼んでやったの感謝しろよ。」
淳 :「別にかのんちゃんに呼ばれたんじゃないよ。」
かのん:「え? よく聞こえなかった。もう一度言ってごらん?」
淳 :「はい、かのんちゃんに呼ばれてうれしいです。」
かのんはうんうんとうなずく
美鈴 :「かのんちゃん...」
かのんは美鈴のたしなめにも意を介せず話を続ける。
かのん:「今年も雨だね。乙姫様と彦星会えないね。」
3人とつかささんが外の空を見上げる。
舞 :「あれから一年たったんだ。」
つかさ:「そうね。」
かのんと美鈴も静かになる。
淳 :「去年何かあったの?」
かのん:「淳、ほんと雰囲気ぶち壊し。空気読みなよ。」
舞 :「淳君、『院内学級の物語』知ってる?」
淳 :「もちろん、舞ちゃんがよく読んでくれた。」
舞 :「あれ、子供が作ったの知ってる?」
淳 :「え? 大人の童話作家じゃないの?」
舞 :「うん、私たちより一つ上のお兄ちゃん。私たちと同じくらいのときに作ったの。」
淳 :「うわ~、すごい天才。その人今何やってるの?」
美鈴 :「...」
舞 :「...」
かのん:「天国で神様や天使と一緒に笑ってる。」
淳 :「え?」
舞 :「去年の今日、天国に昇ったの。」
淳 :「ごめんなさい。僕、いけないこときいちゃった。」
つかさ:「気にしなくていいのよ。知らなかったことですから。」
でも私たち3人はたかし兄ちゃんのことを思い出し言葉にならなかった。
響子 :「さあ、みんな、そんな暗くならないで、楽しみましょう。そうだ、短冊に願いごと書きましょう。みんな何をお願いするかな。」
冬子 :「そうです。今日は織姫様と彦星のお星様祭りです。賑やかにしましょう。それにしんみりしてるとたかしちゃんも悲しみます。」
そうだ。本当にそう思う。よく考えたら、あの時一緒に入院していた3人はかのんが一時退院ながらみんな退院している。後から来た淳君もだ。みんなここに集まっている。西棟に入院したら助からないという噂だったけど、あの後、ちゃんと4人とも退院している。たかしにいちゃんには悪いけど、天国に召されるのはたかし兄ちゃんが最後であってほしい。
響子 :「みんな、何かいたかな?」
美鈴 :「病気が再発しませんように」
かのん:「このまま退院できますように」
美鈴 :「淳君は?」
淳 :「かのんちゃんのために願いことかいた。」
かのん:「淳のくせにいいところあるわね。なんて書いたの?」
淳 :「かのんちゃんの意地悪な性格が治りますように」
かのん:「なんですって~」
つかさ:「まあまあ」
美鈴 :「舞ちゃんはなんて書いたの?」
舞 :「みんな一緒に大人になれますようにって。」
淳 :「え? そんなの当たり前じゃん。」
かのん:「ほんと、淳って馬鹿。たかし兄ちゃんはなれなかったんだよ。」
淳 :「あ」
そう、私たちは再発の可能性のある病気。決して治ったわけではない。健康な人たちだったらわからないこと。そして、淳の病気も決して軽くはないけど、急に死ぬような病気ではない。大人になれることをうたがっていない。
だけど私たちは。とくにかのんと美鈴は。
私たち三人は笹の葉に願いを込めて一生懸命お祈りした。
舞 :「(たかし兄ちゃん、私たちを守って。)」
みんなも一生懸命お祈りした。
つづく