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1-5.桜祭り

4月に入り満開の桜が病院の窓からも見える。満開の桜といえば入学式のイメージだ。

院内学級でも入学式が行われた。といっても3人だけの簡単な入学式だ。それでも今年は多いらしい。入学式が行われない年もあるらしい。


俺も冬子と一緒に保護者として出席した。今日は式だけだから、そのあとは院内学級で、唯一の上級生のたかしちゃんと5人で遊んでいる。って、

すっかり、冬子も混じっている。今日は折り紙を作っているようだ。

俺はそんな姿をほほえましく見ながら、午後に間に合うよう会社に向った。


--------------------------------------


お昼くらいになり、みんなが病室に帰っていく。


そのとき舞がたかしちゃんに呼び止められた。


たかし:「おまえのお母さん楽しいお母さんだな。なんか、子供と一緒に遊んでくれるいいお母さんだよ。」


舞  :「冬ちゃんのこと? 冬ちゃんはママじゃないよ。」


たかし:「え?」


舞  :「ママは私が生まれたときに天国に行ったんだ。冬ちゃんはママとパパと私の友達。」


たかし:「そっか~、悪いこと聞いちゃったな。」


舞  :「ううん、慣れてるから。ママがいないのも、それを聞かれるのも。」


舞が少し寂しそうな顔でうつむいた。


たかし:「そっか。ごめんよ。」


たかしも声のトーンを落として応える。


舞  :「でも、ちょっと今日はみんながうらやましかった。みんなは入学式お母さんきてたもんね。」


たかし:「ああ」


舞  :「私も会ってみたいなママに。どんななんだろう。」


たかし:「もし、ママに会ったら何をしたい?」


普通なら残酷な質問だ。でも、このやることが制限された病院で想像力を働かせて色々考えるのは楽しい遊びでもある。


舞  :「そうね~。」


舞は外の桜の風景を見ながら考える。


舞  :「まずはママのご飯食べてみたいな。きっと優しくてあったかい味がするはず。」


たかし:「おいしいじゃなくて、優しくてあたたかいなんて面白いね。」


舞  :「だって、おいしいのは冬ちゃんが作るご飯だから。冬ちゃんのご飯は世界一おいしいんだよ。」


たかし:「ご飯のほかには?」


舞  :「えっと、お花見に行きたい。」


たかし:「ああ、今の時期きれいだよね。」


舞  :「私ね、パパともお花見行ったことないんだ。だから、ママとパパとで行きたいんだ。」


舞  :「それでね、綿飴とかあんず飴とか焼きとうもろこし買ってもらって3人で桜並木の下を歩くの。途中にある射撃でパパに景品とってもらうの。それを見てママが『がんばれー』っていうの」


たかし:「なるほどね~。普通の生活のようでとっても楽しそうだな。そういうのっていいよね。」


舞  :「うん、うん」


二人とも窓の外を見ながら話をする。もしかしたら、もうこの病院を出て花見にいけないかも知れない。そんな不安を胸の奥に隠しながら。


-----------------------------------


たかし:「舞ちゃん、この前の話だけどさ。物語にしてきたんだ。聞いてくれない?」


舞  :「え? ママの話? うわ~、聞かせて」


たかし:「ああ、じゃあそこに座って。」


たかしは話し始めた。

-----------------------------------


それは春のことだった。桜が満開でとてもきれいな時期だった。

女の子がコタツで丸まってた。まだ、春だけどちょっと寒い時期だからね。


「だめよ~。そのまんま寝ちゃ~。もうすぐご飯よ~。」


女の子は学校に入学したばかりで、少し疲れてたんだ。だから、うとうとしてたんだ。


「ほら、も~。風邪引くから寝ちゃダメよ~」


ママが声をかける。でも、このママは継母なんだ。継母っていうのは女の子を産んだお母さんじゃなくって、後になってお父さんと結婚したお母さんなんだ。だから、女の子は本当はちょっと寂しくって、本当のお母さんに会いたがってたんだ。


そして、女の子はそのまま寝ちゃったんだ。


「ほら、ご飯できましたよ。起きてください。」


お母さんが女の子をゆすりながら声をかける。


「う~ん。」


女の子は寝ぼけまなこで起き上がる。


「さあ、手伝ってください。」


部屋には仕事から帰ってきたお父さんと、食事の用意をしていたお母さんがいた。でも、ちょっと雰囲気が違う。


「ママ?」


女の子はけげんそうにお母さんの顔を見る。


「どうしたの?」


お母さんが返事をする。でも、そのお母さんの顔はいつもと違う。いつも写真で見る本当のお母さんだ。


「お母さん!」


女の子はお母さんに駆け寄る。


「本当のお母さんだよね。会いたかった。会いたかったの。」


「あらあら、どうしたんですか? 急に。怖い夢でも見てたんでしょう。お母さんはいつもここにいますよ。」


それから、一緒にご飯を食べた。おばあちゃんが作る食事の味と一緒だ。


「おいしい。」


暖かくて優しい味だった。でも暖かくて優しい味ってなんだろう。なんだろうこのいつもと違った感じ。


それから、お母さんとお父さんと一緒に学校であったことをおしゃべりした。


一段楽した後、お父さんが言ったんだ。


「明日の日曜日、晴れたらどっかいかないか?」


女の子はすぐに言った。


「お花見」


「よし、3人でいこう」


次の日、3人でお花見に行ったんだ。出かけるときお母さんは女の子にピンクのワンピースを着せた。


「春らしいお洋服にしましょうね」


3人はお花見に出かけた。近所の大きな公園で毎年「桜祭り」をやっている。そこは出店もいっぱいあるところなんだ。


「何か食べたいものありますか?」


お母さんが声をかける。


「綿飴にあんず飴に焼きとうもろこし!」


「あらあら、欲張りね。お腹壊さないでよ。」


そういいつつもお店を見つけると女の子に買ってあげた。


桜並木を歩いていると射的をやっている出店を見つけた。


「お父さん、やって、やって」


「え? よし、やってみるか。何が欲しい?」


「あの奥にあるガラスの小さいビン。」


「む、難しいぞあれは。」


「お父さん、がんばれ~」


お母さんがお父さんを応援する。


景品に玉はあたるけど、なかなか落ちない。あたるだけじゃダメで落ちないと景品はもらえないんだ。


「さあ、最後の一発だ」


お父さんは狙いを定めて引き金を弾く。


ことり。景品が落ちる。


「やった~」女の子は大喜びだ。お父さんは女の子に景品を握らせる。


「ありがとう。お父さん」


いっぱいはしゃいだ帰り道、すっかり疲れて眠くなった女の子はお父さんの背中にしょわれながら家路についた。


...


「ほら、ごはんできたよ。起きて頂戴。」


「う~ん。もうお腹いっぱい。」


女の子は目がさめた。


「もう、何寝ぼけてるのよ。今日は大好物のハンバーグですよ。」


女の子は起き上がりコタツの上を見る。おかずが所狭しと並んでいる。そして、お母さんを見る。いつもの継母のお母さんだった。パパもいつのまにか帰ってきていた。さっきのは夢だったんだ。


「さあ、いただきましょう」


「いただきます。」


みんなでいただきますをする。ハンバーグから手をつける。


「うわ~、ママ料理上手~。すごいおいしい」


「へへ~。どうですか。自信作です。食後にイチゴもあるから楽しみにしてね。」


「うん」


「今日の学校はどうだった? いぢめられたりしなかった? いじめっ子がいたらママに言うんですよ。やっつけてあげるから。」


「うん、大丈夫だよ。とても楽しかった。」


なにげないいつもの会話。

でも、女の子は思ったんだ。今のママも優しくって、料理が上手で、面白くて、私を守ってくれる人。すごく幸せ。

ママごめんね。本当のお母さんじゃないみたいに思って。やっぱり、ママが本当のお母さんだよね。優しくってあったかいママ。

夢じゃなくて本当にいるママ。でも、夢の中でお母さんに会うのはゆるしてね。


「ねえ、パパ、ママ明日お休みでしょう。お花見いこうよ。」


女の子はそうパパとママを誘ったんだってさ。ガラスの小さいビンを握りしめて。


おしまい。


-----------------------------------


たかし:「どうだった」


舞  :「ありがとう。すごく面白かった。でも、私今の話を聞いてわかったことがある。すぐに伝えないと。教えてくれてありがとう。」


舞は病室に戻っていった。


たかしが微笑みながら見送る。


病室に戻ると、そこには冬子が座って雑誌を読んでいた。今日は冬子が当番の日だった。


舞  :「冬ちゃん、お願いがあるの。」


冬子 :「どうしたんですか急にあらたまって。冬子でできることでしたら何でもします。」


舞  :「あのね、あのね。冬ちゃんに私のママになって欲しい。」


冬子 :「え? 冬子は舞ちゃんのママ代わりですよ。」


舞  :「ううん、違う。ママの代わりでなくって本当のママになって欲しいの。もし良かったら、パパと結婚して家族になって欲しい。」


冬子ははっとして、そして舞を抱きしめた。


冬子 :「ありがとう。舞ちゃん。ありがとう。」


つづく  



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