4-14.遠足
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
6月に入った。もうすぐ梅雨に入る気分が滅入る時期だけど、ちょっと楽しみがある。梅雨にはいるほんのひと時の間にこの学校では遠足がある。2年生は森林浴公園だ。
ゴンタ:「森林浴公園なんかいつも行っててつまんないぜ。もっと、面白いところがいいのによ。」
男の子たちがやっぱり詰まんなそうにゴンタに同調する。
ひかる:「じゃあ、あんたたち留守番してなさいよ。」
ゴンタ:「うるせーんだよ。女のくせにごちゃごちゃ言うんじゃねーよ」
ひかるの周りに女の子が集まる。
担任 :「はいはい。静かにしなさい。喧嘩するなら連れて行かないわよ。」
なんだかんだ行っても遠足を楽しみにしている子供たちはそれ以上騒がなかった。
ひかる:「でも、確かに森林浴公園はつまんないわよね。武蔵野公園とかのほうが遊ぶもの一杯あって面白いのにね」
ひかるが私にぼそっと言う。
舞 :「そうだよね」
私はにっこり笑ってうなずく。でも、本当は嬉しくてたまらない。だって、小学校に入って初めての春の遠足だから。去年は入院していていけなかった。遠足が行けるくらい元気になるということがどんなに素晴らしいことか。入院したことのない子に言ってもわかってもらえないだろう。
遠足が楽しみなのは私だけではなかった。美鈴は先生やお母さんの反対を押し切って参加しようとしている。
美鈴 :「私も行きたい。もう、普通に学校通えるんだからいいでしょ。もちろん風邪とかひいたら行かないけど。1年間がまんしたんだからちょっとくらいいいじゃない。」
めったに自己主張しない美鈴の熱意に押されて渋々ながら松井先生とお母さんは了承した。
松井 :「舞ちゃん、無理させないようによろしく頼むね。」
美鈴は私が面倒をみることで遠足に行くこととなった。私はもちろん二つ返事で了承した。
かのんのほうは言わずもがなだった。
かのん:「いきたい!いきたい!いきたい!いきたい!」
秋本先生も
秋本 :「まあ、舞ちゃんが付いてるならいいだろう。だけど、調子が悪くなったらすぐ連絡するように。その日は病院で待機してよう。」
そう言って認めてくれた。
けれども、意外な人から反対があった。
草薙 :「松井先生も、秋本先生も大きな見落としがあります。二人とも遠足にはいけません。」
かのん:「なんでよ!」
美鈴 :「どうしてですか?」
草薙 :「舞ちゃんの遠足をまだ許可してないからだ。今の話は舞ちゃんがいないと成立しない。」
舞 :「どうして、私だめなんですか? もう普通に生活してますよ!」
私のラインベルク症候群は確かに根治していない。でも、生活に制限がかかるようなことはないはず。
草薙 :「いや、話の流れで。二人とも主治医に許可求めてるのに私には聞かないなんてさみしいじゃないか。」
舞 :「はいはい。先生、私遠足に行ってもいいですか?」
草薙 :「う~ん、どうしようかな~」
つかさ:「せんせい? しつこいと嫌われますよ?」
草薙 :「おお、それは困るな。うん、許可しよう。特別だよ。」
そういって3人の遠足の許可がでた。もっとも、私は許可出なくても行くつもりだったけど。
草薙 :「だけど、舞ちゃんがいないといけないというのはリスクがある。万が一風邪で舞ちゃんが休んだら3人ともいけなくなる。やはり医師を連れていくべきだな。よし、私が同行しよう。」
松井 :「それは無理があります。草薙先生がいないと緊急手術ができなくなります。」
草薙 :「その通りだ。では、松井先生行ってくれたまえ。」
松井 :「え?」
草薙 :「別に緊急手術はないだろう。患者さんたちは俺たちが診てやるから任せたぞ。」
松井 :「ああ~、最初からそのつもりでしたね。」
そうやって、松井先生が一緒についてきてくれることとなった。
ひかる:「みんなで遠足のおやつ買いに行かない?」
ひかるはそう3人を誘ってくれた。
美鈴 :「おやつ? 買っていいの?」
ひかる:「うん、ひとり3百円までなら。自由に選ぶの」
美鈴 :「いく~」
かのん:「いいな~。私もおやつ食べたい。」
ひかる:「え?」
かのん:「おやつ食べられないの。」
舞 :「そっか。食事制限があったっけね。じゃあ、食べられるの買いに行こうよ。バナナとか果物とか食べられるもの買いに行こうよ。」
そうやって冬ちゃんと子供たち4人でおやつを買いに行った。
美鈴 :「(バナナはおやつに入るの?)」
ひかる:「(入らないと思うけど。でも、かのんちゃんにとってはおやつだからいいんじゃない?)」
冬ちゃんが秋本先生に教わった注意事項に沿ってかのんのおやつを選んでいる。かのんは楽しそうだった。
舞 :「かのん、楽しそうね。」
私が少しからかうと
かのん:「そういう舞もさっきっから真剣におやつとにらめっこしてるじゃない。」
と、言い返された。なんだかんだ言っても私も楽しかった。
楽しみにしていた遠足だけど、遠足の二日前に残念なことが起きてしまった。美鈴が少し風邪っぽくなってしまった。別に熱とか出てるわけでないけど、美鈴にとっては大きな問題だった。バイ菌をやっつける白血球がちゃんとまだ回復していないため免疫とかいうのが弱まっており、ちょっとした風邪でも命取りになることがあるからだ。
美鈴 :「遠足、駄目だって。がっかり。」
美鈴は、私たちの家に夕飯を食べに来た時、しょんぼりとそう言った。
美鈴 :「風邪でも行くって言ったら、お母さんにも松井先生にも怒られた。『まだ、血の病気が治ったわけじゃないんだから』って。」
そう、美鈴もかのんも退院してるけど治ったわけでない。かのんは薬で症状を抑えているだけ。
美鈴は完全に治ったのでなく、寛解といって、病気のもとはまだ少し残っているけど、症状に出なくなっているだけである。でも、それは私のラインベルク症候群も同じ。完全に治ったわけではない。だから美鈴も私も再発の可能性がある。
ただし、決定的に違うのは、私は再発したら、「あ~、また出たね~。はい、お薬」と言われておしまい。特効薬のキロニーネがあるからだ。だけど、特効薬のない美鈴の病気は再発したら、もう、お薬で治すことはできないといわれている。だから、先生もお母さんも慎重にならざるを得ない。
舞 :「元気だしなよ。遠足は来年もあるし。森林浴公園なら近いからこんど冬ちゃんと一緒に行こうよ」
美鈴 :「みんなと行きたかった。」
舞 :「そうそう、向こうの世界では先週遠足だったんだって。それで、詩音とポッチがまた、いたずらしたんだって。なんでも、運転手さんの地図をそっとすり替えて、駐車場の場所違うところに誘導しちゃったんだって。それがばれて、二人は森林浴公園に着いてもバスの中にお残りだったんだって。バカだよね。」
美鈴 :「そう。」
私は一生懸命慰めたつもりだったけど、美鈴の気分は晴れなかった。
冬子 :「美鈴ちゃん、遠足は来年もあります。森林浴公園なら私たちと一緒にいけます。だけど、美鈴ちゃんの病気は再発したら、遠足も森林浴公園も二度といけなくなってしまいます。今日は冬子の料理で我慢してください。」
美鈴 :「うん」
舞 :「今日は何?」
冬子 :「半月うどんです。」
舞 :「ええ~、うどん… がっかり」
冬子 :「美鈴ちゃんの体を考えて消化のいいものにしました。それに文句は食べて聞きましょう。」
ほどなくして夕飯になる
あきら:「うほ~、半月うどんか」
舞 :「え? 有名なの?」
あきら:「食ってみろ」
極太の麺に醤油出汁、どろどろの半熟卵を混ぜて食べる。
美鈴 :「!」
舞 :「うそ!」
美鈴 :「うどんって、病院でもよく出たし、あんまり好きじゃないけど、このうどん全然違う」
舞 :「麺も腰があるし、それにこの醤油だしって。」
冬子 :「はい、たまり醤油のだしです。半月うどんの地元から送ってもらいました。」
あきら:「冬子の会心の料理の一つだ。この上となるとお星様カレー半月うどんとかあまりふぐのトマトリゾットとか王様でも食べられない料理ようなとんでもないのしかないくらいの絶品だ。」
美鈴 :「すごい。やっぱり、冬子さん最高」
冬子がにっこりと笑う。
舞 :「(美鈴も少し元気出たかな)」
舞は心の中でつぶやいた。
遠足の前日、私はかのんの家で遠足の準備をしていた。
かのん:「これでOK。ちゃんとしおりも入れたし、おやつも入れたし準備万端。」
舞 :「明日楽しみだね。美鈴にはちょっと悪いけど。」
かのん:「うん、でも、楽しみ。」
私たちは美鈴のことを気にかけていても、やっぱり初めての遠足の魅力には勝てなかった。
斎藤 :「舞ちゃん、かのん、おやつにケーキ焼いたけど食べていかない?」
かのん:「ケーキ?! 食べる~。」
舞 :「私も食べたいです。」
かのんのお母さんは冬ちゃんから塩分のないケーキの作り方を教わった。バターとか塩分があるものを使わないけど、味はケーキそのもの。だから、ケーキを食べられなかったかのんにとってお母さんの作るケーキは天国のお菓子だった。
かのん:「おいしい~」
舞 :「うん、おいしい」
斎藤 :「舞ちゃんのママから教わったんです。ほんとに舞ちゃんのママは料理上手ですよね。」
舞 :「ああ見えても、東京のホテルで修行してたんで。」
私はちょっと自慢げに話した。
そのあと、少し遊んで、明日の荷物の確認をして、私は帰る準備をした。
舞 :「じゃあね。かのん。明日ちゃんと起きてね。」
その時だった。かのんが苦しそうな顔をした。
舞 :「かのん?」
そして、かのんはそのままうずくまる。
舞 :「かのん!」
かのんのお母さんはいまちょっと出かけている。かのんの顔が青くなる。
舞 :「かのん、しっかりして! 今、お薬持ってくる。」
私は、かのんがいつも持っているポシェットから薬を出す。そして、その薬を飲ます。
かのん:「舞、ありがとう。大丈夫。」
舞 :「大丈夫じゃないよ。すぐ病院行くよ。」
私は病院に電話をかけた。すぐに秋本先生が飛んできた。
秋本 :「大丈夫だ。軽い発作だ。舞ちゃんが薬を上げたから事なきを得た。でも、一応病院に連れて行こう。」
秋本先生は病院に電話をかけて救急車を手配した。その救急車の音でかのんのお母さんが真っ青な顔をして帰ってくる。
秋本 :「斎藤さん、もう大丈夫です。念のために病院に行きましょう。でも、舞ちゃんがいてよかったです。舞ちゃんがあわてずお薬を飲ませたから助かりました。」
かのんのお母さんは私の手を握り何度もありがとうと言ってくれた。
病院について西棟にかのんは運び込まれる。かのんの病室はまだ空いていて、再び運び込まれる。
舞 :「かのん、しっかりするのよ。」
かのん:「大丈夫だって。もう平気。」
舞 :「平気じゃないよ。心配だよ。」
その夜、私は心配で夜通しかのんのそばにいると言い張った。
母親 :「舞ちゃん、今日は帰りましょう。明日、遠足でしょう?」
舞 :「こんな状態で私遠足に行っても全然楽しくない。今日はかのんのそばにいる。」
かのんのお母さんは困り果て冬ちゃんを呼んだ。私は冬ちゃんに一生懸命話した。
冬子 :「わかりました。遠足は来年もありますが、かのんちゃんは一人しかいません。舞ちゃんの気の済むようにしてOKです。」
母親 :「楠木さん!」
冬子 :「ご迷惑とは思いますが、ちゃんと落ちつくまで舞ちゃんにいさせてあげてください。舞ちゃんが危なかった時、かのんちゃんは隣にいてくれました。恩返しではないですが、よろしくお願いいたします。」
冬ちゃんがそう話すとかのんのお母さんもあきらめて了承してもらった。
私は一晩かのんの病室で付き添った。遠足も楽しみだったけど、私にとって遠足よりもかのんの方が大事。
次の日から、検査が始まった。もう、すぐに命に別条はないということで私は帰された。
検査の結果、やはり、心臓が大きくなって悪化していることがわかった。
秋本 :「すぐに入院が必要とまでは言いませんが、あまりよくないですね。学校に行くのは控えた方がいいかもしれません。」
しかし、かのんは強硬に反対した。それで、週2日だけ学校に行くことを認めてもらった、それ以外の日は自宅療養となった。
かのんの病気は一進一退を繰り返す。わかっているけど、このまま悪くなる一方なんじゃないかと私は不安でいっぱいだった。
つづく