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4-9.コナの踊り

この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。

 暦の上では春なのにまだまだ寒い3月のことだった。


 通信制大学に通っている冬子がスクーリングに行くということで家を空ける事になった。俺としてはもちろん喜んで送り出したい。ただ、たった一つだけ問題があった。そう、食事の問題だ。俺一人なら問題ない。何でも食べられる。しかし、娘の舞と一緒だとそうは行かない。はっきり言って、食事制限のある病人のほうがまだ気楽だ。娘の舞は冬子以外の料理は全て「まずい」でかたづけてしまう。特に外食には敏感だ。


舞  :「これで、お金取るのってどうかと思う。」


 と、どんなおいしいと評判の店もけちょんけちょんにけなしてしまう。


 しょうがない、俺の料理で我慢させるかと思った。俺の料理だと文句もいわずに食う。


舞  :「病院食よりおいしい。」


 本人は誉めてるつもりなのだが、あまりうれしくない。


 そこで、祐美子さんの家で冬子がスクーリングに行っている間は食べさせてもらうことにした。一応レストランであり、身内でもあり、あからさまに「まずい」とは言わないだろう。


 祐美子さんのレストランは病院に近いこともあって、昼間はにぎわう。だけど夜は意外と人が少ない。そのため、8時にはラストオーダーとなってしまう。


 この日もそろそろラストオーダーの時間で、俺と舞しか客がいない状況だった。


 俺達の食事もそろそろ終わりで、健一さんがデザートのサービスということで俺にはコーヒーを舞にはアイスクリームを持ってきたときだった。


 いきなり舞がレストランを見回したと思ったら、とんでもないことを聞き出した。


舞  :「ねえ、パパってママとどうやって知り合ったの?」


 俺はびっくりして答える。


あきら:「前にも行ったと思うけど俺と冬子は高校の部活の先輩後輩だ。俺が2年のときに『お星様の形が好き』という理由で天文部に入ってきたんだ。」


 健一さんが面白そうな顔をして舞の隣の席に座り話に参加する。


健一 :「冬ちゃんが高校入学してすぐにこの店でアルバイトし始めたんだ。本当はウエイトレスとして雇ったんだが、『冬子、料理するほうがいいです』っていって厨房に乗り込んできた。それで、あっというまに俺の味を覚えて俺と一緒に料理を作ってたんだ。」


あきら:「だけど、すぐ、お客と喧嘩するんだ。カレーにソース掛けようとするお客様見つけると『その食べ方は変です。冬子許せません。』だからな。」


健一 :「あのころは大変だったよ。でも、面白かったな。今ではいい思い出だよ。」


 俺が健一さんと話していると舞が何か話したそうは顔をしているのに気付いた。


あきら:「ん? 舞、面白くないか?」


舞  :「うん、あのね、あのね、知りたいのは冬ちゃんとの出会いじゃなくて和恵ママとの出会い。」


あきら:「え...」


 俺と健一さんは言葉を亡くす。そして、健一さんは気を使ったのか、そっと席を立つ。


あきら:「健一さん、気を使わなくていいですよ。たまにはその話もしましょう。祐美子さんもいかがですか 一緒に。」


健一 :「そうさな。今日は客もいないし店早仕舞いするか。」


 そう言って、入り口の札を準備中にし、ブラインドを下ろして店じまいをする。祐美子さんがビールを持って俺達の席につく。

 健一さんと祐美子さんのグラスにビールを注ぎながら俺は話し始めた。


あきら:「そうだな。俺が和恵とはじめてであったのは1年の春休みだった。その時、天文部は俺と南と志穂先輩の3人しかいなかった。そして、志穂先輩が言い出したんだ。『合宿をやろう』ってね。それで、俺が突っ込んだんだ。『3人で合宿って寂しくないですか?』ってね。そうしたら、志穂先輩が言ったんだ。『ダンス部と合同でやろう』って。」


 健一さんがグィとグラスを空ける。俺はビールをグラスに継ぎ足し、再び話始める。


あきら:「実は志穂先輩はダンス部と掛け持ちしてたんだ。しかも向こうでも部長をやってたんだ。それで、めんどくさいから合同合宿を提案したんだ。実は、ダンス部は女子ばかりだから、力仕事が苦手で、俺と南は体のいい荷物もちとして参加させられたんだ。」


 舞が真剣に聞いている。


あきら:「その合宿で俺達は知り合ったんだ。天文部なんて昼間何もすることが無かったから、ダンス部の練習見てたり、買出しに行ったりしてたんだ。夜になると俺達がみんなの前で星の説明をする。その時何人かの女子が一緒にいたんだけどその中の一人が和恵だった。」


あきら:「そうやって、新学期になると冬子が入ってくる。そうすると部活が終わるとこの店にたむろして、わいわいがやがややってたんだ。」


祐美子:「懐かしいですね。あのころは本当にぎやかでした。」


 祐美子さんが遠い目をしながら話す。


あきら:「そうやって夏休みもすぎ、学園祭の季節がやってきた。ダンス部も出しものを披露するのだが、その年はフラダンスだったんだ。」


舞  :「フラダンス? あのハワイのゆっくりした踊り?」


あきら:「そう。南太平洋の踊りだ。だけど、あの年はハワイでなくタヒチとかもっと南の国の踊りだった。」


舞  :「何が違うの?」


あきら:「非常に動きが激しく情熱的な踊りなんだ。そして、その中でも最も情熱的で動きが激しいソロパートがあった。それが『コナの踊り』だ。そして、そのソロパートには和恵が選ばれた。」


あきら:「だけど、コナの踊りは難しく、しかも体力と集中力が必要だった。そして、引退したはずの志穂先輩が気になったのか和恵に対して厳しく指導した。『そんな踊りをお前は人前に見せるのか? 止めてしまえ』ってね。」


舞  :「うわ~。志穂さんらしい。」


あきら:「うん。だけど和恵は負けなかった。人一倍負けず嫌いの和恵は部活が終わっても毎日家で練習した。このレストランでだ。」


舞  :「え? ここ? でも踊る場所なんて無いよ。」


祐美子:「キッチン側のテーブルを片付けると踊るスペースが出来ます。もともとこのレストランは踊りを披露することもできるように設計されてるんです。ダンスサークルのパーティに使えるように。」


舞  :「へ~」


あきら:「和恵は毎日泣きながら練習していた。それを俺が毎日応援していた。そして、学園祭を迎え、見事、和恵は演じきった。その練習に付き合ったことがきっかけで俺と和恵は付き合いだしたんだ。」


舞  :「すご~い。ねえ、ねえ。そのママの踊りのビデオ無いの?見てみたい。」


健一 :「それが、残念ながらないんだ。」


祐美子:「おじいさんに取ってもらおうとしたんですが、そのときビデオが壊れてたんです。」


舞  :「え~。そうなんだ。残念」


あきら:「俺もそのときは気にしなかった。いつでも見れると思ってたからな。だけど、次の年は引退で披露しなかったし、短大でもダンスサークルに入ったんだがコナの踊りをやらなかったから見ることは出来なかった。そして、俺達は結婚して、妊娠して、舞を生んで。そして、和恵は星になってしまった。」


 祐美子さんが涙ぐむ。


舞  :「見たかった。」


健一 :「ああ、最高傑作だった。和恵を育てて本当によかったと思った。」


あきら:「ああ、俺にとっても最高の思い出のひとつさ。」


 しんみりとした雰囲気が漂う。健一さんが、俺のコップにビールを注ぐ。


あきら:「だめだだめだ、こんなしんみりしちゃ。もっと明るい話をしよう。そうだ、和恵と俺が学園祭の練習に熱中していたとき、冬子は何やっていたと思う? あいつ、天文部の学園祭を盛り上げるんだっていって、星の形のぬいぐるみ大量に作ったんだ。その数200個。それで、バザーを行うんだけど、そんな数売れるわけ無い。それで、売れ残りの処分に困ってさ.....」


 俺は努めて明るく振舞った。やっと、和恵の思い出話もこうやって話せるようになった。だけど、やはり後悔している。あの踊りのビデオがちゃんと取れていればと。もう一度、和恵のコナの踊りを見てみたい。


つづく


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