4-5.アーキテクト
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
年が明け1月になった。
私は医療の勉強が面白くてしょうがなかった。
病気にも色々種類があり、それぞれに治療方法と薬がある。まるでパズルゲームのような面白さがあった。そして、現実に私の周りにはいろいろな病気の子がいて、どうしたら治るかがわかる醍醐味があった。
私は、草薙先生から本の借り夢中になって読んだ。医学の本、薬の本。難しいけどとても面白かった。
草薙 :「舞ちゃん、楽しそうだね。」
舞 :「うん、すごく面白い。勉強ってこんなに楽しいとは思わなかった。」
草薙先生はにっこり笑ってくれた。良くやってるって言ってくれてるようでうれしかった。
私はあることに気づいた。不思議な風景の世界ではこちらの時間が流れないことだ。
不思議な風景の世界に行って、何週間もたっているにもかかわらず、戻ってくると1時間もたっていない。だったら、本を持ち込んで、どうしょうもないくらい暇な不思議な風景の世界の生活を有意義に過ごそうと思った。
だけど、不思議な風景の世界に持ち込めるのはなぜか本1、2冊だけだった。
前にリュックにいっぱい詰め込んだけど、持ち込めたのは1冊で、後は不思議な風景の世界の入り口にバラバラと置き去りにされていた。
1冊しか持ち込めなかったけど十分だった。難しい内容も何度も何度も読み返して少しずつ理解できるようになっていった。それも、私にとって面白いことだった。
ふと、壁を見ると本棚があり20冊くらいの本がおいてあった。
舞 :「これって、詩音ちゃんが持ってきたんだよね。一体何回こっちに来てるんだか。」
私はあらためて本棚を見て感心した。
私は、ノートを置いてもう一人ここに来る私と同じ苗字の子と連絡をとりあうようになっていた。相手の名前は楠木詩音というらしい。対世界の自分だっていってるけど、対世界がなにかもわからないし、自分と同じならなぜ名前が違うのかもさっぱりわからない。
やがて、時間が経過して自分の世界にもどる。
そうするとわからないところを草薙先生に質問する。暇なときは付き合ってくれるが、忙しいと「ぐぐれ」といわれてしまう。
最初は何言っているかわからなかったけど、つかささんに聞いたらインターネットで調べることだということで、院内学級にあるPCの使い方をつかささんに教わって調べ物をした。
そんなある日、インターネットで私は本にかかれていないことを発見した。
それはかのんの病気を治す最新療法だった。
舞 :「ねえ、松井先生、草薙先生、かのんの病気のことなんだけど。」
松井 :「どうした。なんか気になることがあるか。」
舞 :「アビニシオ阻害薬とかφ遮断薬使えば治るんじゃない?」
松井 :「は?」
草薙 :「とうとう、先生の治療方針にまで口出しし始めたぜ、こいつ。」
口調とは裏腹に草薙先生はうれしそうだ。
かのんの心臓の主治医である秋本先生が呼ばれた。
秋本 :「舞ちゃん、その二つの薬は心臓に負担を掛ける薬なんだ。いかに心臓に負担をかけないかを考えるかのんちゃんの治療と真逆なんだよ。」
舞 :「でも、ここにコロンビアの先生がこの二つの薬を使って治したって書いてあるよ。なんでも、この薬は心臓の動きをゆっくりにすることで疲労を減らすんだって。」
そう言って私は印刷した紙を渡した。
秋本 :「え?」
秋本先生はまじめに読み出した。
舞 :「ほら、こっちには日本で行った例もある。」
秋本先生の顔から笑顔が消えた。
秋本 :「ちょっと、調べてみよう。興味がある。」
そう言って帰っていった。
松井 :「本当に治療方法調べたんだ。まだ、小学1年生だぞ。」
草薙 :「きたぞ~。舞ちゃんの時代が。」
草薙先生に誉めてもらいうれしかった。
数日後、秋本先生が小児病棟に来た。
秋本 :「舞ちゃん、あれから調べたんだが、アメリカで新薬が承認されたみたいなんだ。アーキテクトという薬なんだ。これがアビニシオ阻害薬とφ遮断薬を混ぜたものなんだ。」
舞 :「ええ! 薬があるの?」
秋本 :「ああ、これが子供の拡張性心筋症に効くことがわかったんだ。それで、新薬として取り寄せて治験という形でかのんちゃんに処方したいと考えている」
舞 :「じゃあ、治るの?」
秋本 :「それはなんともいえない。でも可能性がある。」
一週間後、取り寄せていたアーキテクトが届いた。
秋本 :「この薬は、副作用として動悸、めまい、心不全の可能性がある。だから、安静にすることが求められるんだ。だから、舞ちゃん、あんまり、かのんちゃんに体動かすようなことさせちゃだめだよ。」
秋本先生は私にそう注意をした。
そうして治療が始った。この薬、他にも飲むと気分が悪くなるなど副作用があったが一進一退だったかのんの病状は少しずつながらもよくなっていった。治療を始めてから2週間くらいたって検査が行われた。
秋本 :「心臓の大きさも54%と小さくなっています。それにBNPの値も40くらいです。まだまだ正常値とは言えないけど、急速に改善されています。」
秋本先生が、私たちに教えてくれた。
松井 :「そろそろ、一時退院かな。」
秋本 :「アーキテクトの処方に注意してくれれば、一時退院も夢でないですね。まあ、舞ちゃんがそばに付いているから、いろいろサポートしてもらえば大丈夫かな。」
舞 :「すご~い。かのん退院できるんだ。かのん喜ぶぞ~。私もかのん助けるから、退院させてあげてください。」
その話をしてからすぐに、かのんが舞のところにくる。
かのん:「舞~、ありがとう。舞のおかげで一時退院できるかも知れない。」
かのんがうれしそうに言う。
舞 :「よかったね。本当によかった。このまんま病気治るといいね。」
------------------------------------
かのんが一時退院することになり、かのんの周りがあわただしくも楽しげになっていた。周りの入院患者の心情も考えて、なるべく抑えようとするが、自然に漏れてしまう。
最後の治療を終えて順調にいけばもうすぐ退院できる美鈴も、自分のそう遠くない未来とあてはめながら祝福する。院内学級の担任である木ノ内先生も声をかける。
木ノ内:「かのんちゃん、もうすぐね。それで、自宅療養中なんだけど、毎週、外来に検診に来るででょ。その時、院内学級に顔を出さない? もしよかったら、元気な日で、都合がよければ、それ以外の日も院内学級に通級しない? そして、落ち着いて、ゴールデンウィーク明けぐらいに、普通学級にもどったらどうでしょう?」
草薙 :「それがいい、ゆっくりと治すのが一番だ。」
かのん:「いや! すぐに学校に行きたい。学校行くの夢なの。」
秋本 :「でも、無理は禁物だよ。」
かのん:「いきたい!いきたい!いきたい!」
先生たちがため息をつく。
舞 :「ねえねえ、 2月からでなく、3月から学校にいくのはどう? 給食も終わって、午前授業だけの時から参加するの。そうすれば、すぐに春休みだから、疲れなくても大丈夫。5月からだとなれるのが大変かも。」
木ノ内:「う~ん、そうね。たしかにそうね。」
舞 :「それに、私と一緒のクラスなら私が付いてるから大丈夫。無理させないわ」
秋本 :「よし、それなら、やってみるか。ただし、絶対に心臓に負担をかける運動はしないように。立って歩くのは厳禁だ。それと、舞ちゃん、アーキテクトの副作用は知ってるな。」
舞 :「うん、動悸、息切れ、心不全」
秋本 :「その傾向が出たら、直ちに病院に連絡。舞ちゃんの学校まで駆けつける。」
こうやって、かのんの小学校行きが決まった。
------------------------------------
かのんは緊張しながら初めての学校に登校する。
かのん:「すごいどきどき。」
最初は木ノ内先生と一緒に保健室で待つ。その後、担任の先生が迎えに来て、木ノ内先生と一緒に教室に向かう。
担任 :「大丈夫ですよ。みんないい子です。かのんちゃんのこと大歓迎してくれます。それに、楠木さんも同じクラスですから心配いりません。」
教室に入る。みんな、一斉に拍手をして向かい入れる。
かのん:「斎藤かのんです。みんな、よろしくお願いいたします。」
車いすで教室に入ったかのんをみんな快く迎え入れる。車いすというわかりやすい姿であるため、病気であることが一目でわかり、温かい雰囲気に包まれる。
担任 :「みなさん、斎藤さんをよろしくお願いしますね。そうそう、斎藤さんは楠木さんの隣の席に座ってください。」
担任の先生の特別の計らいだった。
休み時間になり、子供たちはみんなかのんの周りに集まってくる。いろいろ質面攻めにあうけど、持ち前の明るさで答えていく。病気の子ということで、もっと暗いイメージの子と思ったいたみんなは、明るい天衣無縫なかのんをみて、びっくりするとともにみんな好きになっていった。
特に、すぐに仲が良くなったのは神崎さんだった。
神崎 :「へ~。かのんちゃんも星が好きなんだ。」
かのん:「うん、大好き。今度、舞と一緒に天文台に行かない?」
神崎 :「うん、いくいく~。」
そうやって二人は意気投合していく。
こうやって回復して学校生活に溶け込んでいくかのんを見て、舞は得意の絶頂だった。この世で治せない病気など存在しない。そう、舞は思い込んでいた。
つづく