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4-2.沙耶

この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。

11月の終わりごろ。例によって舞が西棟に遊びに来る。


淳  :「あ、舞ちゃん、こんにちは。」


舞  :「淳君、こんにちは。どう?調子は。」


淳  :「まあまあです。入院したばっかりのときと比べればすごいよくなってる。」


舞  :「それは、良かった。今日は夕飯も病院で食べるからじっくり遊べるわよ。」


淳  :「ありがとう。ところで、どうして、舞ちゃんは水曜日だけは遅くまでいるんですか?」


美鈴 :「選択食狙いよね。」


舞  :「美鈴~。」


淳  :「選択食?」


美鈴 :「そ。病院食の普通食なんだけど普段は選べないんだけど、水曜日だけちょっとご馳走になってて、しかも自分でどちらか選べるの。だから、夕食まで付き合うんだよ。」


舞  :「美鈴~。誤解を招く表現よしてよ~。遅くいるのは夜でないと楽しめない遊びがあってそれを楽しむためだよ。」


淳  :「え? なんなの? 夜でないと楽しめない遊びって。」


淳は興味津々に聞く。退屈な病院ではその手の話は貴重である。


舞  :「天体観測。星を見るの。」


淳  :「へ~。舞ちゃん、星に詳しいんだ。」


舞  :「ううん。詳しいのはかのん。」


淳  :「ええ~、意外!」


かのん:「なによ、私が詳しくちゃおかしいの?」


淳  :「え? だって、勉強とかできなさそうじゃん。」


かのん:「なんですって? じゃあ、もう淳君には星のこと教えないから。女の子だけで楽しむからいいわよ。」


かのんが目を吊り上げて怒る。


淳  :「ごめんなさい。許してください。かのんさんは勉強ができて、星に詳しくてもちっとも不思議じゃないです。」


かのん:「わかればよろしい。」


かのんが両手を腰に当てえらそうに言う。そんなかのんをスルーして美鈴が話す。


美鈴 :「ところでさ~、天体観測って水曜日じゃなきゃいけない理由ってないよね。ね、舞。」


舞  :「美鈴も細かいところこだわるわね。水曜日が一番って学校で習ったの。」


舞がしどろもどろしながら答える。


美鈴 :「ふ~ん。ほんとかな~。」


舞  :「さ、夜まで何して遊ぼうか。そうだUNOやらない? 学校の友達の神崎さんから教わったんだ。」


---------------------------------------------


夕食を食べ終わって4人がロビーの窓に集まる。


かのん:「でもね、秋の南の空ってあんまり明るい星がないんだ。ただ一つだけ、まっすぐ前に低くみなみのうお座のフォーマルハウトがあるだけ。あの白い星がそう。」


他の3人が窓の外を見る。確かにポツンと白い星が見える。


かのん:「フォーマルハウトっていうのは魚の口って意味なの。みなみのうお座はクジラみたいな魚が水をのみこむように書かれてることが多いんだ。水がめ座から落ちる水がちょうどその口に当たるところがファーマルハウトなの。」


淳  :「かのんちゃん、よく知ってるね。」


かのん:「毎日のように星を見てるからね。この窓から。だから、ここから見える星しかよく知らない。」


淳  :「ふ~ん。なるほどね~。」


かのんはつい最近まで病院の外に出たことがなかった。小さいころからこの病院に入院していたためだ。


舞  :「でも、前から不思議に思ってたんだけど、一人で勉強したんじゃないよね。誰かに教わらないと星の区別なんてつかないよ。」


かのん:「えへへ、内緒。」


かのんが笑ってごまかす。


そんな話をしながらそろそろ病室にもどる時間がやってきた。舞にも冬子が迎えに来ていた。4人が「おやすみ」と言って別れたあと、舞はかのんの車いすを病室まで押して行った。


かのん:「舞、今週の土曜日の夕方ひま?」


舞  :「うん、ここに来たあとは暇だけど。」


かのん:「じゃあ、街外れの天文台まで行こうよ。そうしたら、誰が教えてくれたか話してあげる。」


舞  :「うん。面白そう。でも、かのん大丈夫なの?」


かのん:「うん。週末の一時帰宅の時天文台に行っていいかって秋本先生に聞いたら、『あったかくして少しだけだったらOK』って許可貰ったんだ。」


舞  :「じゃあ、一緒に行こう。楽しみ~」


---------------------------------------------


土曜日の夕方、舞の家にかのんとお母さんが車で迎えに来た。


冬子 :「舞ちゃんをよろしくお願いします。」


冬子に見送られ、3人は街外れの天文台に向かった。


舞  :「こんな近くに天文台があるなんて知らなかった。」


母親 :「普通は山の中にあるものなのにね。こんな住宅街のはずれにあるなんて不思議ですよね。」


舞  :「かのん、天文台にはよく行ってるの?」


かのん:「あのさ、私、冬ちゃんたちの結婚式の時初めて病院の外に出たんだよ。ひと月ちょっと前。行ってるわけないじゃない。」


舞  :「そうだよね。でも、どうしてここに天文台があるなんて知ってるの?」


母親 :「沙耶さんが教えてくれたんだよね。」


舞  :「沙耶さん?」


かのん:「私に星を教えてくれた人。高校生のお姉さんでここの天文台でアルバイトしてたんだ。」


母親 :「舞ちゃんは沙耶さんを知らないんでしたっけ?」


舞  :「うん。知らない。」


かのん:「沙耶さんは舞や美鈴と入れ違い。西棟に入院していて私やたかしにいちゃんに星を教えてくれてたんだ。たかしにいちゃんは全然興味なかったみたいだけどね。」


舞  :「もしかして、『星の子しおん』のお姉さんって。」


かのん:「そう、沙耶さんがモデルなんだ。」


舞  :「知らなかった。」


車が天文台につく。


母親 :「さあ、つきました。」


3人は駐車場から天文台に向かっていく。かのんの車いすは私が押していく。


天文台につくと、中から大学生くらいの若い男の子がでてきた。


男の子:「お電話いただいた、斉藤さんですね。私はここでアルバイトをしている案内役の山本です。どうぞこちらに。」


母親 :「今日はよろしくお願いいたします。」


靴を脱いで、スリッパに履き替える。


山本 :「今日はお客さんが斉藤さんたちだけのようです。ですので貸切なので何か希望があれば言ってください。いろいろお見せできますよ。」


母親 :「といってもねえ。私星わからないから。かのんは何見たいの。」


かのん:「口径15cmの望遠鏡があるはず。それ使って天頂と北天の星が見たい。」


山本 :「え? せっかくだからこっちの40cmの反射望遠鏡のほうがいいんじゃない? よく見えるよ。」


かのん:「でも、15cmのほうは車いすで観れるでしょ。それに、今日はどちらかというと星座を見たいから。」


山本 :「ごめんなさい。うっかりしていました。じゃあ、さっそく秋の星座の素晴らしい眺めをお見せしましょう。」


そういって、山本さんと3人は天文台の中庭にでる。


かのんは周りと星空ををきょろきょろ見比べる。


舞  :「かのん、秋の星座が素晴らしいって言うけど、フォーマルハウトだっけ? それ以外大して星や星座なかったんじゃなかったって?」


かのん:「それは南の空に限ったこと。天頂と北天には素晴らしい星があるわ。」


山本 :「かのんちゃんだっけ、よく知ってるね。」


かのん:「えへへ」


山本 :「何か見たい星あるかい?」


かのん:「じゃあ、天頂の渦巻き。」


山本 :「はい、わかりました。お安いご用で。」


山本はそう言ってセッティングを始める。


舞  :「渦巻き? なに?」


かのん:「えへへ、見てのお楽しみ」


山本 :「はい、準備できました。中をのぞいてごらん。」


かのんが最初にのぞく。


かのん:「うわ~、本当に渦巻いてるんだ。ぼんやりとだけど見える。舞ちゃん見てみな」


そう言って私に望遠鏡の場所を明け渡す。のぞいてみると楕円形の星が見える。でも、渦を巻いているのはよくわからなかった。


舞  :「なに、この星? こんな星みたことない」


かのん:「アンドロメダ大星雲! お隣の銀河だよ。銀河は星がいっぱいいっぱい集まってできた星の固まり」


舞  :「へ~。じゃあ、この地球もどこかの銀河にいるの?」


かのん:「もちろん。私たちは天の川銀河にいるんだよ。」


舞  :「天の川? あの織姫と彦星の天の川?」


かのん:「うん。あの天の川も星がいっぱい集まってできてるんだ。銀河の中から見てるから川みたいに見えるんだって。」


舞  :「へ~。本当にかのんってよく知ってるね。」


山本 :「僕も驚いた。よく知ってるね。どうやって勉強したんだい?」


かのん:「えへへ、実は沙耶さんって人に教わったの。」


沙耶という名前を聞いたその瞬間、山本は凍りついた。


山本 :「そっか。沙耶に教わったのか。そういえば、病院で小さな女の子に星を教えてるって手紙をもらったこともあったな。君がその女の子か。」


かのん:「うん、いっぱい教えてもらった。」


山本 :「どうりで詳しいわけだ。」


山本は星空を見上げた。


舞  :「そういえば、沙耶さんってここでアルバイトしてたんだよね。退院してからはもうアルバイトはしてないの? そのお姉さんに会ってみたいな。」


かのんとかのんのお母さんが顔を見合わせる。


かのん:「舞、ごめん。ちゃんと言ってなかったね。」


山本 :「沙耶は去年の12月に天国に旅立って行ったんだ。」


舞ははっとして山本を見る。


舞  :「え...。ごめんなさい。変なこと聞いちゃった。」


そういうと舞は俯いた。


山本 :「いや。乗り越えなければいけない事実だ。そうだ、せっかくだからアンドロメダ姫の神話の話をしてあげるよ。」


そう言って山本は話を始める。


山本 :「昔、アンドロメダ姫というそれはきれいなお姫様さまがいたんだ。だけど、それを母親のカシオペアが自慢して海の女神に『うちの娘はあなたより美しい』って言ってしまうんだ。それを妬んだ海の女神は海の神様のネプチューンに言いつけるのさ。怒った神様は化け物クジラを人間界によこして大暴れさせるのさ。そして、そのクジラを鎮める方法はただ一つ。アンドロメダ姫をいけにえにささげることだったんだ。」


舞  :「ええ!」


山本 :「そして、アンドロメダ姫は鎖で海岸の岩につながれ、クジラに食べられる運命を待っていたんだ。その姿がアンドロメダ座として夜空に描かれているのさ。」


舞  :「自分の娘をいけにえにささげるなんてひどい。」


かのん:「それでどうなったの?」


山本 :「クジラが現れてあわや飲み込まれるって時に、勇者ペルセウスが来て、化け物クジラを退治するんだ。そして、アンドロメダ姫の鎖を解き放ち、ペガサスに乗ってペルセウスの故郷に帰って結婚するんだ。めでたしめでたし。」


舞  :「よかった~。ハッピーエンドなんだ。」


山本 :「そうだよ。夜空を見てごらん。アンドロメダの隣にペルセウス座があって、逆の方向にペガスス座がある。アンドロメダ姫の頭とペガススの羽とお尻をつなぐと有名なペガススの大正方形になるんだ。」


かのん:「ああ、あれね。見つけた。」


舞  :「どれどれ。あ、あれかな。」


二人は夜空をきゃっきゃ言いながら指さす。そんな夢中になっている子供たちの姿を見ながら、山本がつぶやいた。


山本 :「だけど、私はペルセウスになれなかった。沙耶を助け出すことはできなかった。」


その姿を見てかのんのお母さんはなぐさめる。


母親 :「仕方なかったんです。誰かが悪いわけではないです。神様がくれた病気なのですから。」


山本 :「すいません。お見せぐるしいところを見せてしまいましたね。」


山本は子供たち二人に向き直る。


山本 :「じゃあ、今度はカシオペアだ。見つけられるかな?」


舞  :「簡単だよ。あのWの形をした星座。」


かのん:「え、どれどれ? うわ~大きい! 本で見たのと全然大きさが違う。すご~い。」


3人は夢中になって星空探検を続けていた。


------------------------------------------


帰り道、3人は天文台から街に戻っていく。


かのん:「沙耶さんは美鈴と同じ病気だったんだ。だから、この話は病院では言えなかった。」


舞  :「そうだったんだ。」


かのん:「沙耶さんは西棟の一番奥の部屋で最期は治療していたんだ。今はだれも使ってない部屋だけどね。だけど出てこれなかった。」


舞  :「そっか。」


かのん:「舞だけなんだ。」


舞  :「え?」


かのん:「舞だけが退院できたんだ。西棟から。沙耶さんもたかし兄ちゃんもダメだった。」


かのんがうつむいて話す。


舞  :「じゃあ、私が最初でたかし兄ちゃんを最後にすればいいんだ。」


かのん:「え?」


舞  :「これからはみんな退院できる。たまたま続いただけ。だって、みんな良くなってきてるじゃない。」


かのん:「そうだよね。みんな良くなってきてる。いつか、美鈴や淳君もつれてここに来れるよね。」


舞  :「うん。4人でまた星を見よう。」


車がいつの間にか舞の家の前に着いた。


舞  :「じゃあ、また月曜日病院で。今日はありがとう」


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月曜日。舞が草薙先生をつかまえる。


舞  :「沙耶さんって知ってますか?」


草薙 :「だれから聞いたんだ?」


舞  :「天文台の山本さんとかのんから。」


草薙 :「そっか。」


舞  :「骨髄移植したけど、うまくいかなかったって。」


草薙 :「そんなことまで話したのか?」


舞  :「ううん。でも、お話を聞いていたらそれしか考えられなかったから。」


舞は聞いた話から骨髄移植に結びついた経緯を草薙に話した。そして骨髄移植の成功率もどこで調べたのかわからないが草薙に告げた。


草薙 :「相変わらずだな。舞ちゃんは。」


舞  :「美鈴もそうなるの? 同じ病気だよね。」


草薙 :「それが心配だったんだな。大丈夫。美鈴ちゃんは骨髄移植はしない。沙耶さんの主治医は私でなく3月までいた山田先生だったから詳しくはわからないが、美鈴ちゃんと沙耶さんは別の病気だ。沙耶さんは悪性リンパ種だった。治療法が似ていただけだ。」


舞  :「よかった。美鈴も骨髄移植するのかと思った。成功率低いから心配しちゃった。」


草薙 :「美鈴ちゃんは、すでに寛解している。そして強化治療に入っている。5回のうち4回終わりあと一回だ。そうすれば退院できる。骨髄移植をする必要はない。心配することはない。」


舞  :「ありがとう。安心した。」


そういって、院内学級の部屋に舞は向かっていった。


その姿を見送りながら草薙はつぶやいた。


草薙 :「成功率30%以下。まったくどこからこんな数字引っ張り出すのか。ちゃんとした数字なんて出てないのに。でも、当たらずしも遠からずか。なるべくなら西棟の一番奥の無菌室はもう使いたくないものだな。」



つづく


注意書き


この物語では舞ちゃんの世界は2003年くらいの時代設定です。そのため、骨髄移植の成功率がまだ低かったころのお話です。現在(2010年)では、医学の進歩が急速に進み、成功率も格段と上がっています。ですので成功率30%も昔の話、移植を行った無菌室から出てこれないのも今ではほとんどない昔の話です。



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