3-13.常温過冷却水
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
ポッチ:「詩音、この褐色の広口瓶の中身はなんなの?」
詩音 :「常温過冷却水。例によってくるみちゃんが送ってきたの。」
ポッチ:「過冷却水?」
詩音 :「うん、このお水、32度になると液体から固体になるの。だけど、ゆっくり冷やすと20度くらいでも液体のまんま。」
そういって、詩音はゆっくりと液体をコップに移す。
詩音 :「こんな感じで、液体のままなんだけど。」
詩音がコップをマドラーでかき混ぜる。そうすると一気に液体だった水がまるで氷のように固まる。
ポッチ:「うわ~。面白~い」
詩音 :「でしょ~。衝撃とか大きな音を立てると一気に固まるの。溶かすには32度以上の温度が必要。たとえば、手で温めたり、息を吹きかけて溶かすの。」
ポッチ:「でもさ~、これ、なんの役に立つの?」
詩音 :「もともと、カイロに使うものなの。物質って固体化する時熱を放出するの。ほら、雪の日はあったかいけど、雪が解けると寒く感じるのと一緒。」
ポッチ:「ということは、夏に使うカイロ? そんなの欲しがる人なんていないじゃない。」
詩音 :「そう。だから、くるみちゃんが私たちに送ってきたの。しかも、30分たつと機能しなくなってとけちゃうといういつものパターン。」
ポッチ:「用途を考えてねってことか。ほんとくるみさん面白いよね。」
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7月に入り七夕をすぎたあたりに撮影当日がやってきた。
取材シーンはクラス全員が映る冒頭のシーン以外にクラス代表のインタビューシーンとパリカールを世話しているシーンの2つとのことだった。結局すったもんだした挙句、インタビューのほうは、クラス代表ということでクラス委員のひかるということになった。そして、パリカールを世話するシーンは飼育委員の詩音とポッチの二人に決まった。
詩音 :「インタビューが少ないのが残念。でも、これでテレビに映るから芸能事務所の人が『なんて可愛いんだろう。この娘は掘り出し物だ』って言ってすぐスカウトに来るよね。」
ポッチ:「うん、そうなるといいね。希望をもつのは自由だよね。」
ポッチがあきれながら適当に応える。
響子 :「詩音ちゃん、スカウト来るといいね。」
担任の響子もポッチに合わせて適当なことを言う。
そのうち、テレビ局のクルーが来て響子と挨拶を交わした。そして、響子を見てテレビ局のクルーが変更を申し入れた。
クルー:「担任の先生の絵が欲しいですね。先生が入るとテレビ栄えがしますね。」
クルーが鼻の下を伸ばしながらそう言う。
クルー:「ロバの持ち主でもいらっしゃるので、ロバと二人で写るシーンを児童二人でなく、先生でお願いします。」
そう強引に変更してしまった。仕方無しに、それを詩音たちに説明する。
詩音 :「え~。ひど~い。テレビに映るってパパやママに言っちゃったんだよ~。それを急に変更だなんて。」
ポッチ:「私もです。ショックです。」
響子 :「ごめんね~。テレビ局の人の指示なの。ほんとにごめんね~。」
響子は一応二人に謝る。
響子 :「(でも、本当はちょっとテレビに映りたかったのよね。テレビ局の指示じゃしょうがないよね。)」
だが、ふたりが響子の顔を怪しそうに見てる。
響子 :「じゃあ、先生、打ち合わせがあるから。」
そう言って響子は慌てて逃げ出した。
詩音 :「ああ、詩音芸能界デビューするはずだったのに~。これじゃ、何のためにパリカールを小学校につれてきたかわかんな~い。大人ってずるい!」
ポッチ:「そうだよね~。ひどいよね~」
ポッチが適当に同意する。芸能界デビューするためにここまで大掛かりな仕掛けをするなら他に方法があるだろうとあらためてポッチは思った。
詩音 :「どうしよう。」
ポッチ:「どうする?」
詩音 :「しょうがない、ポッチ。作戦Bいくわよ。」
ポッチ:「そうこなくっちゃ!」
ポッチが今までのやる気のない受け答えから急に元気になる。
詩音 :「準備して校長室に行くわよ。」
ポッチ:「お~!」
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詩音 :「響子先生、そろそろパリカールと一緒のシーン取るって。後ろが詰まってるから早めにお願いしますだって。」
響子 :「はい、じゃあ、行くわね。」
響子は小屋のほうに向おうとする。
ポッチ:「先生、スーツ姿でパリカールの世話をするシーンを取る気?! ジャージに着替えないと!」
そうだった。この格好じゃ明らかに不自然だ。今日はテレビ局が来るというので暑い中スーツで来ているのだった。響子はそれに気付いた。
あわてて職員室に戻りジャージを取り出す。ここで着替えるわけにも行かず更衣室に向う。
更衣室の前に行くと
「漏水中。使用禁止」
とかいてあった。女子トイレで着替えようと思いトイレを見たら「清掃中立ち入りをご遠慮ください」と書いてあった。
時間がない。響子は、水浸しになった更衣室に入った。
中に入ってみると、床一面がぬれているが、これくらいなら着替えられなくもない。
しょうがないので着替えようとしたとき、更衣室の外から声が聞こえる。
詩音 :「先生、早くして~、みんな待ってる~。」
わかってるわよ。響子はそう思い、つい聞こえるようにと大声で応えた。
響子 :「わかってるわよ。せかさないで!」
ポッチ:「だめーーーー! そこで大声出さないで!」
響子 :「え?」
そのときだった。
ピキーン。
床やドアのところに一面にぬれていた水が凍りついた。文字通り、液体から固体化してしまった。
そして、響子の足に絡み付いてしまい動けなくなってしまった。
響子 :「あんた達、何やったの!?」
詩音 :「常温過冷却水が漏れてるの。」
響子 :「何よそれ!」
詩音 :「ほら、カイロとかで叩くと固形化して熱を出すやつと同じ原理。急に振動とか与えると固まっちゃうの。大きな声だしたからその衝撃で固まったの。」
響子 :「なんで、そんなもの置いてあるのよ!」
ポッチ:「校長先生の許可を取っています。棚の上を見てください。」
そこには「過冷却水タンク。学校長許可済み」と書いてあった。
響子 :「どうでも言いから早く何とかしなさいよ。」
詩音 :「ええ~、使用禁止って書いてあるところに入った先生が悪いんだよ~。それを私達に何とかしてって言われても~」
ポッチ:「30分たったら効力が失せます。それまで待っててください。」
響子 :「それじゃ、インタビューに間に合わないじゃない。」
詩音 :「しょうがないです。私達で代役やります。」
響子 :「こら~~~。」
何とか更衣室から出ようとした。しかし、足がまるでロウで固められたように凍り付いて動けない。
響子 :「あんた達。覚えておきなさい!」
そう叫んだがもう返事は無かった。
少しづつ熱で溶かし、足が動けるようになり、固まったドアを手や息であっためながら溶かして行きドアを何とか開いたときはもう30分たっていた。
慌てて、現場に向うと、すでにインタビューは済んでいた。
いたずら二人娘は満足した顔でテレビ局のスタッフと談笑していた。
響子 :「あんたたち~~」
詩音 :「ふぇ? 私達何も悪いことしてないよ。それどころか、緊急事態に見事に代役はたしたんだよ!私達いいことしたよね。」
ポッチ:「そうそう、響子先生が警告無視したのが悪いんです。」
詩音 :「すぐ人のせいにして怒るのは先生のよくない癖です。」
プチ! どこかで音がした。
響子 :「いいかげんにしなさ~い!」
その時だった。
校長 :「泉先生、一緒に校長室まで来てくれませんか?」
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校長 :「見事にやられましたね。」
響子 :「はあ。」
校長 :「間違いなく、あの子達が先生にインタビューさせないためのいたずらです。」
響子 :「ええ、絶対間違いないです。」
校長 :「でも、証拠がない。」
響子 :「ええ。」
校長 :「更衣室に常温過冷却水を置いたのは文科省の要請です。良くわかりませんが、あの更衣室は重力バランスが崩れていて、その崩壊の方向を知るために常温過冷却水が必要なんだそうです。」
響子 :「でも、それはいたずらを正当化するための方便です。」
校長 :「私もそう思います。でも、否定できないのです。」
響子 :「はあ。」
校長 :「そして、あの子達は使用禁止の張り紙をして入室を制限した。私の許可の元にね。そして、泉先生はやむにやまれず中に入った。」
響子 :「そのとおりです。あの時は仕方なかったんです。」
校長 :「そうやって、あの子達の術中にまんまとはまった。たまたま偶然が重なっただけ。」
響子 :「偶然じゃないです。故意です!」
校長 :「そんなことわかってます。でも、証拠がありません。ここで、あの子達を責めたら、保護者と文科省が黙っていません。」
響子 :「くっ」
校長 :「例によってよく考えられたいたずらです。ほんと参りましたね。でもこれも給料のうちと思って大人の対応をお願いしますね。怒らず、穏便にお願いします。」
響子 :「く~。わかりました。」
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撮影の片づけをしているテレビクルーに詩音は尋ねた。
詩音 :「ねえねえ、この番組の放送って総合テレビだよね。ゴールデンタイムなんでしょ?」
クルー:「え?」
詩音 :「あ、さすがに総合テレビのゴールデンタイムは無いよね。じゃあ、BS?」
クルー:「えっと~、聞いてないの?」
詩音 :「?」
そのときだった、詩音は後ろから声をかけられた。
藤村 :「詩音ちゃ~ん」
週刊こども科学の藤村ディレクターだった。
藤村 :「今日はお疲れ様。なかなかいい絵が取れたよ。」
詩音 :「へ? なんで、藤村さんここにいるの? 藤村さん週刊こども科学のディレクターでしょ? 関係ないじゃない。」
藤村 :「何いってんだよ。関係大有りだろ。」
詩音 :「え?」
藤村 :「だって、週刊こども科学の撮影じゃん。」
詩音 :「ええ?」
藤村 :「いってなかったっけ。今度特番組むって。だから、詩音ちゃんの学校に取材にきてるんじゃん。ちゃんと校長先生には話してるよ。」
詩音 :「うそ。うそでしょ。それじゃ今までと同じじゃない。誰も見ない平日の昼間の番組なんてスカウトなんか来ないじゃない!」
ポッチ:「校長先生の茶目っ気と思う。黙ってたのは。」
藤村 :「じゃあ、俺たち次があるんでこれで失礼するな。また、収録の時よろしく。」
そういうと藤村はテレビクルーに指示しながら撤収していった。
詩音は、その姿を茫然と見送りながらその場にへたり込んで叫んだ。
詩音 :「詩音の芸能界デビュ~~~~~。」
つづく
ポッチ:「今回はいたずら出来て面白かったね。」
詩音 :「全然、面白くない。ポッチはいたずらが目的だけど、私は違うもん。」
ポッチ:「ところで、スカウト来た?」
詩音 :「こないわよ。全然。ああ、こうやって、詩音芸能界デビューできずに埋もれていくんだ。こんな人生なんてやだやだ。」
ポッチ:「大丈夫、これからも、きっとチャンスあるよ。」
詩音 :「そうだよね。うん。うん。」
ポッチ:「さて、次回トリックエンジェル34話は」
詩音 :「第三章最終話、『音楽室』です。」
ポッチ:「あの音楽室の謎解きです。」
詩音 :「お楽しみに~」