3-12.取材
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
ある日、私は校長室に呼ばれた。
響子 :「え?取材ですか?」
校長 :「ええ、テレビ局が取材したいと言ってきています。それで、予備取材に泉先生も出席していただけませんか?」
実はうちの学校に取材が来るのは珍しくない。ただし、そのほとんどが科学雑誌や科学系の新聞で取材対象は詩音である。
響子 :「取材対応なら私でなく前山先生が適任なんでは?」
詩音の取材に同席するのはたいがい物理の得意な副担任の前山先生だ。私では理論物理学がわからないからだ。
「稀代の天才少女」
あのいたずら娘のもう一つの側面である。科学雑誌の取材はいわゆるゴシップ的に「天才少女現る」的な内容でなく、非常にまじめに詩音に取材に来る。つまり、大人同様の扱いで専門家への取材としてきている。
ただ、その内容が難しいのと三条博士の影に隠れているため、一般には目立たないのだ。
校長 :「いや、今回はいつもの物理の取材でなく、じつはロバの「サクラ」の取材希望なんです。」
響子 :「はい?」
校長 :「希薄になった動物とのかかわり方がテーマのようです。昔あった飼っていた豚を卒業と同時に市場に出す話みたいな感じでしょうか。」
響子 :「はあ。」
だけど私はサクラを本当に桜鍋にするつもりはないのだけど。
数日後、テレビ局の取材が来た。といっても今日は予備取材なので、カメラとかはない。どんな取材をしたいか説明にきてくれる日だった。
記者 :「実は動物とのふれあいによるアニマルセラピーについてが取材テーマなんです。」
校長 :「ふむふむ。ストレスの多い現代社会において小学生も家庭などの影響でストレスを受ける子がいますからね。」
記者 :「ええ、それで、こちらの小学校に日本では珍しいロバがいると聞いたもので。」
確かに日本でロバを飼っていること自体がめずらしい。200頭くらいしかいないはずだ。そして、小学校で飼っているところなんてうちの小学校くらいかも知れない。
響子 :「でも、うちの小学校でロバ飼ってるなんて良く知ってますね。」
記者 :「テレビ局で詩音ちゃんに聞いたんです。『週刊こども科学』の撮影のとき話してたんです。」
一気に力が抜けた。 「週刊こども科学」は子供向けの教育番組で科学の面白さをわかりやすく教えている番組だ。もっとも、平日の昼間に放送されており、視聴率のほうはお世辞にも高いといえず、民間放送局だったらすぐなくなってしまう番組だ。
その番組で詩音は準レギュラーとしてひと月かふた月に一度くらい科学の解説をしている。天使のように可愛いい天才少女にはうってつけだ。その、悪魔のような性格はテレビには映らない。
響子 :「でも、別に教育カリキュラムとして動物のふれあいを行っているわけではないですよ。」
いつもは小屋に飼われている。ときどき先生か冬子の立会いのもと散歩に連れて行ってるが。
記者 :「その自然さがいいんですよ。なんでも、そうやって事故の後遺症で困っている人のリハビリも行っているとか。」
冬子のことか。まあ、そういう言いかたもあるかもしれない。冬子はリハビリを兼ねてこの学校にボランティアに時々来ている。
結局私たちは取材を引き受けた。別に準備とかする必要もないし、ありのままの姿をとってもらえばいい。私はそう気楽に考えていた。
しかし、次の日、職員室は大騒ぎだった。
先生A:「テレビの取材ですって? 当日何着てくればいいかしら」
先生B:「放送日はいつですか? 親戚中に連絡しなきゃ。」
あの~。子供じゃないんだからさ。もう少し落ち着こうよ。
そのとき校長がみんなに向って話し始めた。やはり、こういうときは校長だ。しっかり気を引き締めてもらわないと困るくらいのことは言ってくれるだろう。
校長 :「先生方も話を聞いているとおり、テレビ局の取材が来ます。みなさん、わが校をアピールする絶好のチャンスです。くれぐれも粗相のないように。それと、取材の前日には構内一斉大掃除を実施します。きれいな校舎でのびのびと児童が育っているところを見てもらいましょう。私のほうからは県と市の教育委員会に連絡して取材当日は来賓の方を呼び一緒にご案内したいとかんがえています。」
あちゃ~。校長が舞い上がっている。普段どおりの取材をしたいって言っているのに。
教室に行き、取材の話をする。想像はしていたが大騒ぎになった。
ゴンタ:「せんせ~い。だれかインタビューとか受けるんですか?」
響子 :「うん、一応、サクラはこのクラスで飼ってることになってるからね。だれか、クラス代表でインタビューに受けてもらうかもね。」
サッと何人かが手を上げる。そして、われ先に主張し始める。
ポッチ:「当然、飼育係の私が取材に応じます。もともと幼稚園からサクラを持って来ようとしたのは私です。」
ひかる:「いえ、ここはクラス委員の私がみんなを代表してテレビに映ります!」
詩音 :「やっぱり、ここはもうひとりの飼育係でもあり、テレビ慣れしている私が対応します。」
ひかる:「詩音ちゃんはもうテレビでてるんだからいいでしょ!」
詩音 :「だって、メジャーデビューしたいも~ん。視聴率のない昼間の教育番組でたってだれも見てないもん。」
ポッチ:「ひかるちゃんはきっと当日カチコチになって話せません。詩音はいたずらするに決まってます。やっぱりここは人前で話すのが得意な私が適任です。」
詩音 :「ポッチ、人のこと言えないでしょう!」
響子 :「うるさ~い。いいかげんにしなさい。まだ、インタビューがあるかどうかも決まってないし、インタビュー受けてもテレビに映るかどうかもわかんないの。もう少し詳しい話が決まったらまたみんなに話します。以上。はい、授業始めるわよ。」
私はその話題を早々に切り上げて授業に入った。
結局、インタビューを受けるのはクラス代表としてクラス委員のひかるちゃんにやってもらうことにした。それと、サクラの世話をしているシーンで飼育係の詩音とポッチにやってもらうことにした。クラスの子は全員でサクラと一緒に手を振るシーンを最後に流すことで納得してもらった。
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数日後の日曜日。私は和恵に呼ばれて楠木家で夕食をごちそうになった。本当は児童のところにお呼ばれするのはよくないが、もともと和恵とは友達でしょっちゅう呼ばれているし、校長先生の許可を和恵が取ってくれて行くことにした。
和恵 :「学校の先生だからっていつも呼んでるのに呼ばないのは変です。校長先生も快くOKしていただけました。」
そう、和恵はニコニコしながら言った。
和恵 :「ところで響子ちゃん、学校にテレビ局から取材が来るんですって?」
ああ、今日の目的はそれか。やっぱり和恵でも気になるのか。
響子 :「別にテレビ局の取材なんてめずらしくないでしょう。和恵だってステージママとして詩音連れてってるじゃない。」
和恵 :「ステージママじゃないです。詩音はどこかの芸能プロダクションに入って子役やっているわけではないです。」
響子 :「そうね。そうだったわね。三条博士の弟子ってことで教育テレビにでてるんだものね。」
子役として認められているのでなく、ノーベル物理学賞受賞者と共同執筆した女の子として認められているに過ぎない。
詩音 :「だから、チャンスなの今回は。これでテレビ局に人に認められたり、芸能プロダクションの目に止まったりすれば芸能界デビューなの。」
和恵 :「詩音ちゃん可愛いから、すごく売れると思います。みんなの人気者になると思います。」
あきら:「でも、芸能プロダクションもいかがわしいのが中にはあるからな。パパとしては心配だな。」
詩音 :「パパは私が有名人になるのは反対なの? 有名人になればこの家だっておっも大きくなるよ。1階にリビング一間、2階に寝室と子供部屋しかないこの家、もっと大きくできるよ。パパの書斎だってできるかも知れない。」
あきら:「書斎かあ。魅力的だな。」
ああ、この一家やっぱりどこか抜けている。既にテレビに出てるんだから、もし、スター性があるのならとっくに目についている。だけど、どこからもスカウトされないということは。でも、そこは大人気ないから指摘するのは止めておこう。
そのうちポッチも現われた。両親が仕事なので夕飯を食べに来たのだ。この家ではポッチがそうやって夕飯を食べに来るのは当たり前の普通のことだった。
ポッチ:「あ、響子先生いらっしゃい。狭い家ですが遠慮なさらずどうぞ。」
詩音 :「あの~ポッチ?」
ポッチ:「いまさら、何恥ずかしがってるのよ。」
詩音 :「そうじゃなくて、一応私のうちなんだけど。」
あきら:「そんなこと気にするな。ポッチは家族みたいなものだ。」
和恵 :「そうそう、遠慮なく言ってもらっても構わないです。」
ふたりはそう笑って答える。
本当にポッチはこの家の家族となっている。ポッチの家族は両親が不在のときが多く、そう言う意味でポッチは寂しい想いをしている。それを楠木家がカバーしている。
そうやって、私達は和恵のダンスサークルの話や、ポッチのいたずらがあまりにひどくて町外れの病院から出入り禁止を受けている話でもり上がっていった。
響子 :「ポッチ、病院で何やったの?」
ポッチ:「えへへ」
詩音 :「ひとつは、順番待ちの整理券30枚抜いちゃったのとかね。後から来た人は、『今日は人が多いな。これだと2時間後だな一旦帰ろう。』とかいって帰っちゃうじゃない。そして、看護師さんが順番を呼ぶんだけど、呼んでも呼んでもその番号の人出てこないし、帰っちゃった人もいるから順番大混乱。」
響子 :「...」
あきら:「それで、あの病院、整理券からカードで受付する方法に変わったんだ。」
響子 :「...」
詩音 :「後、張り紙もよくやったらしい。夏の暑い日に据え置き型のクーラーに『故障中』って張り紙して止めちゃったりね。みんな故障中って書かれると納得して、暑い中がまんしてた。」
響子 :「...」
詩音 :「後、内山さんという看護師さんの背中に『不倫中』と書いた紙はったりね。」
響子 :「内山って? つかさ?!」
和恵 :「はい、つかささん。張り紙見つけたときは本当に怒って泣いてました。」
詩音 :「とどめはしまへび事件よね。」
響子 :「しまへび?」
詩音 :「診療室に上着と一緒にしまへび持ち込んで、着る物を置いておくかごに入れたの。上に上着かけて見えないようにしてね。そして、上着ごとわざと忘れて帰ったの。」
詩音 :「それで、看護師さんが気づいて『忘れ物~』と言って、上着を取ったら下からしまへびがにょろにょろ。診察室大パニック。」
響子 :「うわ~。」
詩音 :「結局、だれもしまへび捕まえられないから、ポッチがまた呼び出されて、持って帰らされたの。そのときポッチはしまへびのしっぽをつかんでぶんぶん振り回しながら病院内を練り歩いたのよ。病院中大パニック」
ポッチ:「だって、袋捨てちゃったんだもん。入れ物ないから噛まれないようにぶんぶん振り回して目を回させるしかないでしょ。」
響子 :「もし、噛まれたらどうするつもりだったの!?」
ポッチ:「大丈夫。しまへびは毒ないから。それに噛まれても病院だからすぐ手当てしてもらえる。」
響子 :「はあ、それは出入り禁止になるわよ~。」
私は頭を抱えた。
響子 :「なんで、そんなことしたの。」
ポッチ:「だって、からだどこも悪くないのに、時々検査するからって痛い注射するんだもん。だから、病院にいけなくなればいいと思った。」
響子 :「あはは。なるほどね。それで解決した?」
ポッチ:「ううん、東京の別の病院で検査することになって代わらなかった。」
響子 :「あはは。残念ね。その病院ではいたずらしないの?」
ポッチ:「うん、その病院にお友達が通ってるから。そのこと会えなくなるのは嫌だからね。」
響子 :「そうね。いたずらは止めておきなさいね。」
そんな話をしているとき、私の携帯がなった。校長先生からだった。
響子 :「もしもし、泉です。」
校長 :「ああ、泉先生、夜で悪いんだが至急学校に来てくれ。音楽室に児童二人が忍び込んで警備員につかまった。先生のところの児童だ。」
響子 :「もしかして、詩音とポッチですか?」
詩音 :「私達ここにいるよ。」
詩音とポッチが私をにらむ。
響子 :「ああ、ごめんなさい。つい。」
校長 :「ゴンタとそのおにいちゃんだ。なんでも幽霊退治をするつもりだったらしい。」
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響子 :「全く、あんた達何やってるの?」
ゴンタ:「詩音が怖がってかわいそうだから、お化けなんて出ないって証明しようとしたんだ。だけど、本当にでたんだ。でも、音楽室に入ったら、電気が消えて突然ピアノ以外の音が聞こえなくなってお兄ちゃんの声も自分の声も聞こえなくなって、後ろの戸がしまって、ピアノを右手のひじの先だけで弾いていて、俺達に気付くと、『みたな~』ていってこっちを向くんだ。」
兄 :「俺達、慌てて、戸をあけて逃げたんだ。そうしたら警備員さんに見つかって。」
校長 :「調べてみましたが、何もありませんでした。右手もお化けもいませんでした。この子達の想像の産物でしょう。」
ゴンタ:「本当なんだって。信じてくれよ。」
響子 :「はいはい。信じるから今日は帰ろうね。それと、この話は詩音たちにはしちゃだめよ。怖がるからね。後は大人に任せて。ちゃんと調べておくから。」
ゴンタ:「うん、わかった。」
ゴンタのお母さんに連絡して、ひきとっていただき、その日の騒ぎはおしまいとなった。
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次の日
校長 :「昨日ですが、児童が例の音楽室による入り込もうとして捕まえました。例の噂を信じているようです。」
校長 :「しかし、何もありませんでした。困った話です。今はテレビ局の取材の準備等でばたばたしています。それにつられて児童たちも浮ついているようです。」
校長 :「大事な時期ですからそんな下らない噂を広めないよう児童たちに指導願います。また、教育委員会のお偉方に話が伝わったら大変なことになってしまいます。くれぐれも宜しくお願いします。」
川上 :「やっぱり、あのいたずら娘二人組みの仕業じゃないんですか?」
響子 :「いいえ、違います。そのとき私は二人と一緒にいました。アリバイがあります。」
校長 :「ですから、この前も言ったように証拠も無いのにあの二人のせいにしてはいけないでしょう。それに、何も無かったんです。」
川上 :「すいません...」
校長 :「それと、休日は音楽室の下の階段にロープをはり、そこから先は出入り禁止とします。児童はもちろん先生達も近づかないようお願いいたします。」
先生達:「はい。」
先生達はみな、取材のことで頭が一杯だった。音楽室のうわさ話は立ち入り禁止にしたことで自然と話がされなくなっていった。
つづく
詩音 :「よい子のみなさん、しまへびを捕まえていたずらにつかってはいけませんよ。毒はないけど結構凶暴なんだから。」
ポッチ:「どっちかっていうとニシキヘビの方が大人しいよね。」
詩音 :「ちょ、ちょっと。もしかしてニシキヘビも飼ってるの? 絞め殺されちゃうわよ」
ポッチ:「内緒。教えない。えへへへへ。」
詩音 :「よい子のみなさん、ニシキヘビを買うときは県知事への届け出が必要です。内緒で飼ったりしたらいけませんよ。」
ポッチ:「ちゃんと、届けてるわよ。人聞きの悪いこと言わないでよ。」
詩音 :「!!」
ポッチ:「さて、次回のトリックエンジェル第33話は?」
詩音 :「『常温過冷却水』です。約束を守らない悪い大人に正義の鉄槌を下すお話です。」
ポッチ:「まあ、そういう言い方もできるわね。」
詩音 :「お楽しみに~」