3-10.のっぽさん
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
バラが咲き乱れる5月も終わりのころ、私は和恵ママと病院に行った。
私は数ヶ月に一度東京の病院に行く。別に病気とかしているわけではないけど。
でも、お母さんは心配して検査してもらいなさいという。
だけど、お母さんは忙しいから連れてってくれない。
だから、いつも和恵ママと行く。
お母さんは仕事ばかりに目が向いて私には構ってくれない。
家族が出来ても前と同じ。
病院に行くのはめんどくさいし、時々とっても痛い検査をするからいや。
でも、今日はちょっと楽しみ。だってのっぽさんも来てるはずだから。
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のっぽ:「やあ、ポッチお久しぶり。元気してかかい。」
ポッチ:「のっぽさんお久しぶり。もう、すっかり元気そうね。」
のっぽ:「ああ、今はこうして自宅療養しながら通院してるんだ。」
二人は院内学級の部屋で挨拶を交わす。誰も無い土曜の午後の院内学級。入院している子は院内学級では遊ばずにプレイルームにみんな集まっている。
だって、ここは勉強する部屋。
ポッチ:「もう、歩けるまで治ったんだね。」
のっぽさんは病気で車椅子生活だった。日本では治らないという病気だったんだけど去年の夏、番井先生の紹介でアメリカで手術を受けた。世界一の名医だそうで奇跡的に治った。
のっぽ:「ああ、今は何不自由なく生活できるようになった。」
ポッチ:「よかった。本当に良かった。」
のっぽ:「それは、物語を書く人が確保できるからかい?」
ギクッ。 それもちょっとある
ポッチ:「ううん。一緒に話して作る人がいてくれるのがうれしい。」
本当に半分はそういう気持ち。
保育園のころからのお友達で土曜の午後、月に一度、多いときには毎週あって物語をふたりで作っている。
のっぽ:「相変わらず、口はうまいな。でも、まあ、いいや。新作も出来たことだし、お披露目といこうか。」
ポッチ:「題名は?」
のっぽ:「フェンリルだ。この前ポッチが持ってきたものを少し手直ししたんだ。」
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フェンリル
みんな、フェンリルって知ってる? 知るわけないよね。フェンリルは魔法の世界に住んでる大きな大きな狼なんだ。とても凶暴でどんなに縛り付けていても食いちぎって逃げ出してしまう恐ろしい狼。
でも、この物語に出てくるフェンリルはそんな怖い狼でなく、人に優しい狼なんだ。なんでって? それはもう年老いてしまったからさ。若い頃のように暴れることもしなくなった大人しい狼なんだ。名前は「パリカール」っていうんだよ。
魔法の街の片隅にサーカス団があるのはみんな知ってるよね。そのサーカス団の入り口近くの小屋にパリカールは飼われているんだ。昔は、サーカス団の一員として、みんなに芸を見せていたんだ。大きな口から火を吐いてみんなを驚かせていたんだ。そう、サーカス団の花形でみんなの人気者だったんだ。
だけど、それは昔の話。今はそんな元気もなく、一日中小屋の中でうずくまっている。それでも、引退したての頃は、昔のパリカールを知ってる人が、小屋によって、パリカールに話し掛けてくれたんだ。でも、年をとるにつれ、そうやって訪れる人は少なくなって、今では、もう、ほとんど訪れる人もいなくなり、さびしい生活を送っていたんだ。
でも、二人の女の子はパリカールのことを忘れずに会いに来てくれんるんだ。
そう、その子たちは魔法学校の「シオン」と「リン」のふたりだ。
シオン:「パリカール、今日も元気にしてる?」
リン :「今日は特別に圧ペン麦持ってきたから食べなよ」
パリカールもふたりのことは覚えていて、喜んでもらった餌を食べるんだ。
そうやって、二人は毎日は無理だったけど、できるだけ餌を上げにきてくれてたんだ。
え? なんで、毎日餌をあげられなかったのかだって? それは二人は忙しかったからさ。学校に入ると忙しくなるんだ。
え? 勉強とか宿題で忙しくなるのかって? 普通はそうなんだけど、この二人は違うんだな、学校の先生へのいたずらの準備で忙しいんだ。
さて、話を戻して、パリカールのはなし。
シオン:「でもさ、毎日檻の中じゃかわいそうだよね。」
リン :「散歩連れてってあげようよ。」
ふたりはいい事を思いついたと思って、アプリコット団長のところに相談にいったんだ。アプリコット団長はサーカス団の団長でフェンリルみたいに凶暴な怖い人なんだ。
団長 :「なに~、散歩に連れてくなんて、ダメだダメだ。年老いたとはいえこいつはフェンリルだ。おまえらなんて、食いちぎって、あっというまに逃げていくに決まっている。」
リン :「そんなことないよ。パリカールは大人しいし、私たちの言うこと良く聞くよ。」
シオン:「アプリコット団長のほうが凶暴だよ。」
団長 :「だめなものはだめ。例え言うこと聞いたにせよ、フェンリルなんて街に散歩に連れて行ったら、大騒ぎになる。ただでさえ危ないから処分しろって言われてるのに。」
シオン:「でも、かわいそうだよ。一日中檻の中だよ。団長だって一日中檻の中だったらいやでしょ。」
団長 :「それはそうだが、こればかりはダメだ。」
リン :「どうしても?」
団長 :「うん、どうしてもだ。ん、そうだな、この厳重な檻から見つからずに出せたら許そう。でも、この魔法の檻から出したとしても魔法の監視がいたるところにある。このサーカス団から見つからずに連れ出すことなんて不可能だがな。ははは。」
団員 :「アプリコット団長、市長がお呼びです。」
団長 :「わかった、今行く。おまえ達もくだらないことを考えていないでサーカスでも見ていってくれ。そのほうがよっぽどいい。」
そういって団長は去っていった。
リン :「見つからずに連れ出しちゃえばいいのね。」
シオン:「でも、市長がアプリコット団長に何のようだろう。そっちも気になる。」
そう言って二人はアプリコット団長のうしろをこっそりついていった。
市長 :「実はな、このサーカス団の場所なんだが、別の目的で急遽使わざるを得なくなったんだ。この前、川が氾濫したことがあっただろう。それで、家を流された人の仮の家をつくらないといけない。だけど、場所がなくてね。いろいろ考えたがここしかないんだ。それで、3年間だけ貸してくれないだろうか?」
団長 :「ええ~、それで、私たちサーカス団はどうするんですか?」
市長 :「実は隣町が是非きてくれないかというんだ。そちらでサーカスをやってくれないか?」
団長 :「私はこの街が大好きです。それを隣町に行けと言うのはひどいです。」
市長 :「ああ、君達がこの街を好きなのは良く知っている。だけど、現に家を失い困っている人もいるんだ。それに、3年間だけだ。なんとかしてくれないだろうか。」
団長 :「う~ん、わかりました。」
市長 :「ありがとう。協力してくれてありがとう。」
市長はアプリコット団長の両手を握った。
市長 :「それで、隣町からの要望なんだが、あの、フェンリルのことだが、その、言いにくいのだが、危険だということでつれてこないで欲しいといわれている。つまり、処分してくれってことだ。」
団長 :「ちょっと待ってください。殺すってことですか。」
市長 :「まあ、はっきりとは言わないがな」
団長 :「...考えさせてください」
市長が帰って行った。アプリコット団長はパリカールの前に座っている。目には涙を浮かべていた。シオンとリンは物陰から隠れてそっと見ていた。
シオン:「どうしよう」
リン :「どうしよう」
シオン:「とりあえず、パリカール連れ出しちゃえ。明日、サーカス団お休みだからその隙を狙って引っ張り出しちゃえ。」
そういって、次の日、シオンとリンはサーカス団の場所にもぐりこんだ。
アプリコット団長は少し無謀な約束をしていたのだった。まさか、この厳重な魔法の鍵で閉められた檻を明け、魔法のカメラで見張られたこの場所から子供二人で連れ出せるとは思っても見なかったからだ。
しかし、相手が悪かった。二人はやすやすと魔法をかけて、魔法の鍵を解除して、魔法のカメラになにも写らないようにして連れ出してしまった。
シオン:「簡単よね。」
リン :「うん、私たちのことなめてるよね。」
この二人の魔法は大人顔負けだ。こんなこと朝飯前でできてしまう。
そうやって、二人はパリカールの背中に乗って街じゅうあちこちを散歩した。でも、夕方になってきてしまった。もう帰らないと。
二人と一匹はとぼとぼとサーカス団に帰ろうとしていた。そのときだった。
団長 :「どろぼう~。だれか、そいつを捕まえてくれ~」
アプリコット団長が大声で叫んでる。その前には、男が二人逃げている。サーカス団の大切なものを盗んでいったみたいだ。
シオン:「パリカール、ゴー」
パリカールがふたりを乗せたまま、猛ダッシュをする。そして泥棒一人を突き飛ばし、もう一人を口から出した炎に巻く。
「いてて」「あちち」
どろぼうは後から追っかけてきた団長や団員達に取り押さえられた。
団長 :「ありがとう。っておまえたちか! 勝手にパリカールを持ち出して!」
リン :「見つからなければ、いいっていったじゃない。」
団長 :「うう~。」
シオン:「ほら、パリカール役に立つでしょ。番犬代わりにもなるんだから殺さないでおいておいてあげなよ。それに、こんなに連れまわしても悪さしないでしょ。いい子なんだよ」
団長 :「でもな、隣町には連れて行けないんだ。それは約束なんだ。」
シオン:「大人って、ずるい! さんざん人気者のときはちやほやして可愛がっていたのに、用がなくなるとポイって捨てちゃうなんて可哀想。しかも殺すなんてひどすぎる。」
団長 :「しかたがないんだ。私だって殺したくない。でも、大人の約束で仕方がないんだ。」
リン :「アプリコット団長って最低! でも、後1日まってください。私たちでいい方法考えます。」
そういって二人はぷんぷん怒りながら帰って行った。
次の日、二人はしょんぼりしてサーカス団に現われた。
団長 :「ほう、昨日はあれだけ威勢が良かったのに今日はどうした。まあ、これでわかっただろう。パリカールは可哀想かもしれないが、山に返すわけにも行かない。普通の家で飼えるようなものでもない。処分するしかないんだ。」
そのとき二人の後ろから、頭が薄くなった男の人が現われた。
男の人:「パリカールはうちの魔法学校で預かります。きのう、二人から話を聞きました。こんなにみんなの助けになっているのに処分するなんて教育上好ましくありません。ええ、学校で預かります。」
男の人は校長先生だった。
シオン:「へ、へ~。考えれば方法なんてあるもんね~」
リン :「パリカールはもらっていきますね。」
二人は勝ち誇ったように言った。それに対して、アプリコット団長は怒るかと思ったが、目に涙を浮かべこういった。
団長 :「ありがとう。ありがとう」
そうやって、パリカールは魔法学校に来ることになった。校庭の片隅の小屋に番犬代わりに余生を送っている。そして、時々、シオンとリンに連れられて散歩する。
リン :「やばい、もういたずら見つかっちゃった。追っかけてくる。」
シオン:「急いで逃げるわよ。早く乗って。パリカールGOー」
そうやって、二人はパリカールの背中に乗って街じゅうを駆けずり回っている。
おしまい
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ポッチ:「うん、いい感じ。前作の『星の子しおん』よりも明るくなった。」
のっぽ:「復帰第1作としては結構出来てるだろう。」
ポッチ:「うん、とっても。ところで、これ、かのんには見せた?」
のっぽ:「いや。話を聞かせてあげようと思ってお見舞いにいったんだけどさ、会った瞬間『出てけ~』って。『また、私を笑いに来たの?』だってさ。は~、もうやんなっちゃうよ、最初に聞かせてあげようとしたのに。」
ポッチ:「のっぽさんでもだめだったんだ。なんで、ああ、意固地なんだろう。」
のっぽ:「そりゃ~、僕が病気治ったからさ。かのんは病気かそうでないかで人に対する態度決めるからね。『健康な人や治った人に治らない病気の苦しみがわかるか』ってね。特に、ポッチは入院していたわけでないから、なおさらつらくあたるだろう。」
ポッチ:「うん。」
のっぽ:「だったら、ほっておけばいいのに。あんな子。毎回来るたんびに会いに来て、怒られて帰ってるんでしょ。」
ポッチ:「でも、気になるのよ。のっぽさんもそうでしょう。」
のっぽ:「まあね。なんか気になるんだ。やっぱりほって置けないんだ。」
ポッチ:「でしょ。」
のっぽ:「そういえば、かのん転院するらしい。」
ポッチ:「え?」
のっぽ:「このまんまこの病院にいても治らないなら、長野に新しい治療方法を試している病院があるからそっちに行ってみるって。」
ポッチ:「そう。でも、この病院よりいいところなんて無いのに。」
のっぽ:「しょうがないよ。この病院は大きすぎるから新しい治療法にするのはとまどうらしい。」
ポッチ:「寂しくなるね。例え邪険にされてても。」
のっぽ:「だね。」
のっぽ:「そうそう、それと話は変るけど、もし、向こうの世界と接触する機会があっても、病気の人がこっちではどうなっているか話してはいけないってプロジェクトが決めたって。」
ポッチ:「どうして?」
のっぽ:「かのん見ればわかるじゃん。もし、かのんだったら、向こうのかのんが死んでいたらショックだし、健康だったらねたむだろう。だから秘密なんだって。」
ポッチ:「うん、しょうがないね。でも、なんか納得いかない」
のっぽ:「これから番井先生の診察受けるんだろう。そのときに聞いてみたら?」
ポッチ:「そうだね。そうする。」
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番井 :「他に何か気になるところはある?」
ポッチ:「先生、かのんが転院するって本当ですか?」
番井 :「ああ、残念だけどね。当病院では症状の悪化を抑えるのが精一杯。このままだと一生病院だからね。だから、新しい治療方法を試してみるそうよ。」
ポッチ:「...あの、心臓移植とかだめなんですか?」
番井 :「相変わらず、神崎さんは医療系の話にも詳しいわね。心臓移植も考えたけどなかなか日本では難しいわ。臓器移植法が改正されて15歳以下も心臓移植できるようになればいいけど。昔は海外での移植もあったけど、今は自粛や禁止の方向で世界が動いているのよね。」
ポッチ:「そうなんですか。」
番井 :「それにかのんは体質的に大量の免疫抑制剤を与えることが出来ないのよ。だから、もし、ひどい拒絶反応がでたら治せないわ。そのため、内科療法に頼ったほうがいい。」
ポッチ:「やっぱり、ちゃんと考えてますよね。」
番井 :「そりゃそうよ、医者だもん。他には?」
ポッチ:「えっと、向こうで病気の子がこっちではどうなっているか教えてはならないって話を聞きました。本当ですか。」
番井 :「ああ、その話は三条教授とも電話で話してそう決めたわ。やっぱり、ショックなのよね、向こうの自分が死んでいたりするとね。」
番井先生が和恵ママに目を向ける。和恵ママは顔を伏せて話を続けるのをやんわりと拒んだ。
番井 :「特に子供はだめ。将来が見えてしまう。なので、鈴木隆、斉藤かのん、丸山美鈴の3人のこちらでの消息は決して言ってはいけない。秘密にしておくのよ。」
ポッチ:「丸山美鈴もですか?」
番井 :「そう。ただし、向こうが気付いてしまうのはしょうがない。こちらからは話さないようにするのよ。わかった?神崎さん。」
ポッチ:「はい。」
番井 :「和恵さん、詩音ちゃんにも言っておいてください。申し訳ないけど、彼女が一番いうこときかなそう。」
和恵 :「すいません、ちゃんと言い聞かせておきます。」
番井 :「じゃあ、また、3ヵ月後に。」
そういって、私と和恵ママが診察室をでようとした。
番井 :「神崎さん。つらいとは思うけど絶対内緒よ。」
ポッチ:「はい。」
番井先生は後ろから私に再度念を押した。
診察室を出て和恵ママが私に言う。
和恵 :「時期がきたらちゃんと話せると思います。それまではつらいけど頑張りましょう。」
そう言って私を抱きしめてくれた。和恵ママが本当のママだったらどんなに良かったことか。そう思いながら、和恵ママの期待を裏切るまいと私は心に誓った。
だけど、詩音はちゃんと守るだろうか。詩音はどこまで考えているか本当にわからない。このプロジェクトの決定を知らないくせに、こうなることを予想して既に対策を打っている。完全に先読みしている。
「パリカール」
やっと、詩音がロバのサクラに勝手に名前をつけた意味がわかった。
つづく
詩音 :「私たちいいことしたよね。」
ポッチ:「うん、動物の命助けたし、こうやって物語にすることで院内学級の小さな子どもたちにも喜んでもらえる。」
詩音 :「実話をベースにしたところがいいよね。」
ポッチ:「うん。『学校に団長みたいな悪い先生がいて、大人の事情ってやつで平気でひどいことをするんだけど、私たちがそれに立ち向かってんだよ』って小さな子どもたちに希望を与えるもんね。」
詩音 :「うんうん、本当にいい話でした。さて次回の『トリックエンジェル』第31話は?」
ポッチ:「『噂話』です」
詩音 :「季節外れの怪談だよ~」
ポッチ:「お楽しみに」