3-5.対世界
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
そろそろ寒さも緩む3月、詩音は街外れの病院を訪れた。
番井先生に会うためである。
番井 :「あら、詩音ちゃん、今日は和恵ママと一緒じゃないのね。でも一緒にいる人を見てるとすごい緊張しちゃうわね。」
番井先生らしくなく緊張した趣で話す。それもそのはず詩音は母親の和恵と同行してきたのでなく超有名人と同行してきたからだ。
詩音 :「こんにちは。今日は診察じゃなくて相談にきたんです。」
番井 :「やっぱり。そして、この方と一緒なら大変な話よね。」
そう言って番井先生が女の人のほうを見る。
くるみ:「こんにちは。番井先生。」
番井 :「こんにちは。三条博士。で、詩音ちゃん、相談って、なに? できることと出来ないことがあるわよ。」
ノーベル賞学者が治療目的以外で訪ねてくるのだからただ事でない。
詩音 :「あのね、助けたいの。」
番井 :「誰を?」
詩音 :「向こうの女の子。」
番井 :「また、その話~。この前お断りしたはずよ。」
番井先生の顔が曇る。
詩音 :「でも、このままじゃ助からない。」
番井 :「そうね。助からないわね。治ったように見えても絶対再発するわね。予後不良よ。そして、再発したらもう助からない。」
詩音 :「だから、助けて欲しい。」
番井 :「う~ん、でも、『対世界』に干渉するのはよくないことだと思うわ。神の領域よ。」
詩音 :「じゃあ、先生は毎日その『神の領域』を犯しているわ。運命を変えて神の思し召しに逆らって患者を治している。」
番井 :「相変わらず、口が達者ね。」
番井先生がふっとため息をつく。
詩音 :「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないです。助けたいんです。向こうには和恵ママがいないんです。それに、こっちと違って免疫とかいうの持ってないです。」
詩音があわてて弁解する。
番井 :「でも、向こうのことまで干渉するのはやっぱりよくないでしょう。それにこっちには関係ないでしょう。」
くるみ:「それが関係あるの。」
くるみが話に割り込む。
番井 :「どういうことですか?」
くるみ:「対世界のバランス問題があるの。片方が死ぬと子供が出来なくなるの。そうしないとどんどんバランスが崩れるから。対世界ではバランスを保持しようとする力が働くの。」
番井 :「ちょっとまって。じゃあ。」
くるみ:「うん、こっちに影響が出るの。せっかく先生がこっちではあの子を助けたのに。既に先生は神の領域に踏み込んでしまったの。」
番井 :「それなら、向こうの私が何とかすればいいじゃない。それがバランスじゃない? 何も私がどうこう言うことじゃないわ。」
詩音 :「あの、言いにくいんだけど。」
くるみ:「それは、私が言うの。詩音ちゃんにはつらすぎる。大人の責任。」
番井 :「?」
くるみ:「向こうの番井先生は1年前事故で死んでるの。草薙先生の代わりに。」
番井 :「うそ...」
詩音 :「事実です。」
番井 :「じゃあ、私は子供が出来ないってこと?」
くるみ:「はい、こちらの誰と結婚しても出来ないの。」
番井 :「ちょ、ちょっと、そんなの信じられないわよ。」
くるみ:「気持ちはわかるの。でも、安心して欲しいの。一つだけ方法があるの。草薙先生と結婚すること。向こうでは逆に草薙先生が生きている。そうすれば崩れたバランスが元に戻る。」
番井 :「ええ? 春彦が生きてるの!?」
詩音 :「うん。だから、先生もう少し考えて欲しいんです。彼女を助けることに協力することを。」
番井 :「少し、考えさせて。」
番井先生がつめを噛む。
詩音 :「はい、ゆっくり考えていただければと思います。でも、先生にも十分メリットがあると思います。いい返事を期待して待ってます。」
番井 :「だけど、タイムリミットまで半年から1年半よ。多分、それくらいに再発するわ。その間に向こうの世界にいけるの?」
くるみ:「それは私達に任せて欲しいの。理論的には完成してるの。後はどうやって実践するかだけ。」
番井 :「23世紀のおとぎ話がそう簡単に実現できる?」
詩音 :「ヒントはつかんでます。逆に先生のほうも治療方法を確立しておいてください。もし、確立できればノーベル医学賞ものです。」
番井 :「ほんと、口がうまいわね。詩音ちゃん。わかりました。考えておくわ。」
詩音 :「ありがとう、先生。いい返事を期待しています。」
くるみ:「ありがとうございます。私も来月から大学に戻ってこの研究を続けます。また、秋に戻ってきますので、それまでに進展してることを期待しててください。」
そう言って、二人は帰っていった。
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番井 :「春彦が生きている。信じられない。だけど、あの二人はそれを信じ、私にあわせてくれるという。そして、その代償は向こうの女の子の治療。」
番井 :「神の領域へ侵入か。始めたら引き返せないわよ、美雪」
番井先生はそうつぶやくとともにため息をついた。
つづく
ポッチ:「詩音って、本当、交渉事上手よね。」
詩音 :「?」
ポッチ:「押したり、引いたりしながら、相手にとっていいことを説明してその気にさせたり、権威には権威ぶつけたり。」
詩音 :「そう? それって基本だよ。そうしないと陰謀なんてできないよ。」
ポッチ:「陰謀... ほめた私がバカでした。」
詩音 :「さ、さて、次回トリックエンジェルは」
ポッチ:「『魔法使い(前篇)』です。」
詩音 :「いよいよ『エジソンプロジェクト編』の核心に迫るお話です。」