短編うしがえる
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
あれは詩音が小学1年生の7月のことだった。
詩音 :「パパ、今度の土曜日蛙取りにいこう。」
あきら:「蛙取り? また、変ったお誘いだな。女の子らしくないというか。でも、今度の土曜日は会社だ。」
詩音 :「夜も会社?」
あきら:「いや、土曜日は残業ないから夕方には帰ってくる。」
詩音 :「じゃあ、大丈夫。取りに行くの夜だから付き合って」
あきら:「蛙取るんだよな。夜に蛙なんかつかまえられるのか?」
詩音 :「夜じゃないと捕まえにくいの。」
あきら:「どんな蛙捕まえる気なんだ?」
詩音 :「うしがえる。こんな大きいやつ。」
そうやって、まるで子供用のボールをかかえるような感じで両手で示す。
あきら:「面白そうだな。でも、パパ捕まえ方なんて知らないぞ。」
詩音 :「大丈夫、ポッチのお父さんが知ってるから。今度の土曜日なら一緒にいけるって。」
ポッチは詩音の友達の女の子だ。いつも、二人で一緒にいる。
あきら:「意外だな。あのお父さん、もっとインテリっぽい感じだけどな。」
詩音 :「そうかな~。結構子供みたいなところあるよ。じゃあ、土曜日よろしくね」
土曜日の夜、4人で集合する。和恵は話を聞いただけで身震いして、「ふたりで行ってきてください。」といって送り出した。
神崎 :「楠木さんはうしがえる捕まえたことありますかな?」
あきら:「いや、実はないんです。」
神崎 :「そうですか、意外ですね。子供の頃とか捕まえませんでしたか? でも、ご安心ください。装備は一式持って来ています。」
いくらここらが田舎でも普通捕まえないだろう。あきらは思った。
神崎 :「昔は、こうやって夜になると大人が捕まえに来てたんですけどね。今じゃ見なくなりましたね。」
あきら:「その人たちは捕まえてどうするんですか?」
神崎 :「売るんですよ。うしがえるの肉は美味ですからね。」
あきら:「え? 食べられるんですか? というよりおいしいんですか?」
詩音 :「パパしらないの? うしがえるのことを食用がえるともいうでしょ。」
あきら:「そういえば聞いたことある。」
神崎 :「だけど、今は法律で売買が禁止されてるし、わざわざかえるの肉を食べる人もいなくなったんで、いっぱい繁殖して、たんぼを荒らすようになって困っているってわけです。」
あきら:「なるほど~。でも、どうやって取るんですか?」
神崎 :「いたってシンプル。この懐中電灯で田んぼとか小川の岸を照らして見つけたらこの網で捕まえる。」
あきら:「そんな簡単につかまるんですか? 逃げないんですか?」
神崎 :「逃げますよ。でも、図体がでかいから動きも鈍い。だから、昼間は隠れて動かないんです。夜になってごそごそ動き出す。ということで、夜捕まえるんです。早速やりましょうか?」
そういって、頭につける懐中電灯と網を二人分貸してくれた。
ぐも~、ぐも~とうしがえるの泣き声が聞こえる。
ポッチとポッチのお父さんは早速、その音のほうを見て田んぼを照らす。
神崎 :「いた、あそこだ」
二人で追っかけていく。
しかし、見失ったようだ
ポッチ:「そう簡単にはいかないようね。」
詩音 :「パパ、私たちもやろう」
詩音はパパの手を取り引っ張ってく。
ぐも~、ぐも~という泣き声のほうをライトで照らす
詩音 :「いた! パパ捕まえて!」
あきら:「よっしゃ!」
そう言って、網を差し出す。捕まえようとした瞬間、蛙は勢い良くとんで逃げた。
あきら:「くっそ、逃げられた。」
ポッチ:「お父さん、こっち!」
向こうでも声が聞こえる。
神崎 :「飛ぶと予想されるほうに網を上からかぶせるんだ。」
言うのは簡単だがやるのは難しい。
はあ、はあ。息が切れる。意外と大変だ。
神崎 :「いや~、思ったよりとれませんな。昔はもっととったような気がしたんだが。」
あきら:「簡単に見つかるんですが、捕まえようとするといきなり1メートルぐらい飛んだり、水中に潜ったりで大変ですね。」
ポッチ:「捕まえた!」
詩音 :「すご~い」
4人が集まる
ポッチ:「水面じゃなくって底の泥ごとすくったら捕まえられた。」
神崎 :「なるほど~、一旦底に逃げてやり過ごす習性があるんですな。なら、反対に底をすくってやれば良いんですな」
ポッチ:「逃げられた~。大人しくしていたと思ったら、急に逃げられた~」
神崎 :「ああ、うしがえるはものすごい力がありますので、子供では逃げられてしまうかも。大人が網からケースに入れるようにしてください。」
詩音 :「きゃ~、捕まえた!」
あきら:「お~、どれどれ?」
大人の手のひらくらいのうしがえるが網の中にいた。
神崎 :「楠木さん、両手でしっかりと力強く握ってください。片手だと逃げられます。」
あきら:「はい」
しっかり握ってケースに入れた。
その後、4人で一匹づつ捕まえたところでお開きになった。
あきら:「いや~、なかなか面白かったです。こんなに盛り上がるとは。」
神崎 :「私もこうやって娘とコミュニケーションが取れてよかったです。」
そうか、神崎さんとポッチは血がつながってない親子だっけな。仕事も忙しいからこういうチャンスでないとなかなかできないしな。
あきら:「また、今度行きましょう。」
神崎 :「是非是非」
そうやって4人は二組に分かれ家路についた。
あきら:「ところで、詩音、捕まえたこの蛙どうするんだ?」
詩音 :「えへへ、秘密。」
詩音はにっこり笑ってごまかした。
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次の月曜日、学校でゴンタが自慢気に詩音に話す。
ゴンタ:「詩音、みてみろ、でっけえ亀だぞ。昨日捕まえたんだ。」
ゴンタがケースに入った亀を見せる。
詩音 :「おお~、すご~い。でも、こっちも負けないわよ。おっきな蛙2匹。」
先週、先生が「身近にいるいきものを持ってきましょう。」とみんなに宿題を出した。先生としてはフナとかザリガニとかを期待していたのだろうが、いつのまにか誰が一番大きくてすごいものを持ってくるかの競争になっていた。
ゴンタ:「蛙? そんなの小さいだろう。みせてみろよ。」
詩音 :「ほら」
詩音が一匹をつかんでゴンタの鼻先に出す。
ゴンタ:「ぬお~、でけ~。蛙がこんなに大きいのか!」
キャー。周りの女の子が騒ぎ出す。
ひかる:「詩音ちゃん、早くしまいなよ。周りの女の子が怖がってるよ」
詩音 :「別にこんなの怖くないのに。しょうがないな~」
そう言ってケースにしまおうとした。そのときだった。
ピョーン。詩音の手から蛙が逃げ出した。女の子の悲鳴があがる。
詩音 :「あ、こら~。」
しかし、蛙はあっというのまに教室内を飛び回りどこかに隠れてしまった。
詩音 :「どこいったのよ~」
そんなこんなで探したがチャイムが鳴ってしまった。先生がきてしまう。
詩音 :「ま、いっか。もう一匹いるし。」
先生が入ってきた。
担任 :「はい、みんな静かに。今日は騒がしいわよ。はい、おしゃべり止めて。授業始めるわよ。」
そう言って先生はホームルームの後、一時間目を始めた。子供達も大分落ち着いてきた。
静かな教室に先生の声だけが聞こえる。そのときだった。
ぐも~ぐも~
教壇の方から音がする。
担任 :「牛の鳴き声? 教壇に牛は入らないわよね。ということは神崎さんまた、何かいたずらしましたね。」
ポッチ:「なんで、すぐ私を疑うのよ。詩音かもしんないじゃん。」
担任 :「こういう機械仕掛けのいたずらは神崎さんしかしません。」
そう言って、教壇の下を覗き込む。その先生の顔をめがけて何かが飛び出した。
担任 :「キャー!」
担任がその場に崩れる。その担任の顔の上に「ヌタッ」と何かが張り付く。
そのまま担任は気を失った。
詩音 :「あ、見つけた!」
蛙は教室中を飛び回り、その先々で悲鳴を撒き散らしていた。教室は授業を続けられる状況でなくなった。
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和恵 :「はい、申し訳ございません。いつもご迷惑ばかりでなんとお詫びしたらよいか。はい。ちゃんときつくしかっておきますので。はい。まことに申し訳ございませんでした。」
和恵が電話を切る。
和恵 :「詩音ちゃん?」
和恵が両手を腰におき、怖い顔で詩音に近よる。
詩音 :「詩音、悪くないもん。蛙が逃げたのしょうがないもん。」
和恵 :「でも、先生やほかの子供達に迷惑かけたんでしょ。」
詩音 :「でも、詩音、わるくないもん。不可抗力だもん。」
詩音が口を尖らせて抗議する。
和恵 :「とりあえず、もう、うしがえる学校に持って行っちゃダメですよ。」
詩音 :「は~い」
和恵 :「まったく、もう。」
あきら:「でも、詩音の言う通り、詩音が悪いわけじゃないだろう。」
和恵 :「あきらくんまでそんなこと言ってはダメです。学校に迷惑かけて電話かかってきたんですから。これで2度目です。1学期で2回ですよ。先が思いやられます。全く誰に似たんだか」
詩音が口をとがらせたまんま、俺のほうを指差す。
あきら:「そんなことないだろう。俺よりも和恵のとうさんのほうだろ。」
あきらは健一さんのことを思い浮かべていた。あの人もいたずら好きだ。
詩音 :「じっちゃんがうしがえるもってくと先生が喜ぶって教えてくれたの。」
あきら:「ほらみろ。やっぱり健一さんだ。」
和恵 :「ん、も~、みんな人のせいにしないの。でも、おとうさんがそんなこと教えたんですかですか。まったくもう。」
和恵 :「後で、お父さんにも電話しておきます。詩音に変なこと教えないようにって。それと、明日、その蛙逃がしてらっしゃい。私はそんな不気味なの飼うなんてまっぴらです。」
詩音 :「え~。そんな~。せっかく苦労して捕まえたのにな~。」
詩音が口を尖らして抗議する。
次の日の午後、詩音は蛙を逃がしてくるといって、外に出て行った。スーパーの袋に2匹を入れて歩いていった。ただし、行き先は小川や田んぼじゃなく幼稚園だった。
詩音 :「こんにちは~。響子先生いる~?」
先生A:「あら、詩音ちゃん、いらっしゃい。ちょっと待っててね。泉先生~。」
響子先生が出てくる。
響子 :「あら、詩音ちゃんどうしたの? 困った顔して。」
詩音 :「実は困った事が起きちゃったの。先生相談に乗ってくれる?」
響子 :「ええ、いいわよ。私でできることなら。」
詩音 :「実は、学校の課題でペットを持ってきましょうって言われて、学校にもっていったんだけど、学校じゃ飼ってくれなくて、ママも家で飼えないって言われて困ってるの。」
響子 :「それで、幼稚園で飼えないかって相談なのね。物によるわね~。うさぎとか亀とかハムスターとかなら他のと一緒に飼ってもいいわよ。」
幼稚園にはこうやって引き取り手がなく飼われているロバもいる。
詩音 :「それで、これなんだけど。」
響子 :「なになに?」
そうやってスーパーの袋を覗き込む。
「ヌタッ」
何かが飛び出して響子の顔に張り付く。そのまま、響子は気を失う。
そして、もう一匹も逃げ出し、職員室の中に飛んでいった。
詩音 :「あ、こら、だめ~。」
詩音が追いかけるが後の祭りだった。
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和恵 :「はい、申し訳ございません。響子先生や幼稚園の方々にまでご迷惑おかけしてなんとお詫びしたらよいか。はい。ちゃんときつくしかっておきますので。はい。まことに申し訳ございませんでした。」
和恵が電話を切る。
和恵 :「詩音ちゃん?」
和恵ママが再び怖い顔で近づいてくる。
詩音 :「詩音、悪くないもん!!!」
おしまい
ポッチ:「ほんと詩音ってトラブルメーカーね。普通、学校にうしがえる持ってく?友達として恥ずかしいわ。」
詩音 :「あら、ポッチさん、あなたそんなこと言える立場でしたっけ。次の日学校にこ~んな長いアオダイショウ持ってきたのはどなたでしたっけ? 詩音のとき以上に教室大パニックでしたよね。」
ポッチ:「えへへ」
詩音 :「笑ってごまかさないの。まったく。さて、次回のトリックエンジェル第24話は」
ポッチ:「音叉です。」
詩音 :「おんさって読むの。再びくるみちゃんとつい世界の謎に挑みます。」