3-1.運動会
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
「後悔後を絶たず」
ああ、ことわざとして間違っている。本当は「後悔先立たず」だ。でも、この次から次へと起る困った事態を迎え、何が悪かったんだろうと俺は自問自答する。
...くるみと会わせたせいだろうか?...
...和恵がポッチを助けたせいだろうか...
...健一じいさんの血を引いているせいだろうか...
どれも可能性がある。でも、今更後悔してもしょうがない。いまさら詩音たちのいたずらに驚いてもしょうがない。
あれは、今年の10月の詩音の初めての運動会のときの話だ。
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ポッチ:「詩音、そのガラスのビンに入った薬見たいのなに?」
ポッチは詩音の持っている褐色の牛乳ビンくらいの大きさのものを指して言った。そのビンは牛乳ビンと違い、口の部分が細くなっている。
詩音 :「リキッド・スピーカー。くるみちゃんが送ってきたの。今年はちょっと帰るの遅くなるから、お詫びに送ってくれた。」
くるみはアメリカの大学の教授で毎年10月になると日本に帰ってくる。今年はもう10月になったがまだ帰ってきていない。
ポッチ:「リキッド・スピーカー?」
詩音 :「うん、液体スピーカー。」
ポッチ:「どうやって使うの?」
詩音 :「お洋服なんかに染み込ませると、あら不思議、お洋服がスピーカーになるの。」
ポッチ:「へ~、面白そう。」
詩音 :「アメリカの研究者が試作したんだって。でも、スピーカーとして使い始めて10分しか持たないらしいの。それに染み込ませても2~3日したら蒸発するみたい。」
ポッチ:「なんだ。使えない。10分しか音鳴らないんじゃどうしようもないよね。」
詩音 :「うん、そうだよね。だからくるみちゃんが私たち送ってきたの。利用用途を考えてみてねって。」
ポッチ:「私たちに? それってそういうことだよね。」
詩音 :「うん、くるみちゃん居ない間暇だろうから、これで遊んでなさいってことだと思う。」
ポッチ:「くるみさん、やっぱり面白いよね。さて、これどう使うか考えますか。」
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10月の日曜日、今日は楠木家も朝から忙しい。
和恵 :「詩音ちゃん、準備できました? そろそろポッチちゃんが迎えに来ますよ。」
詩音 :「できたよ~。」
今日は小学校の運動会だ。詩音達1年生にとって小学校で初めての運動会になる。だから、和恵も朝から気合を入れてお弁当を作っている。
あきら:「おはよう。お、もう行くのか。気合入ってるな。」
詩音 :「うん、準備もあるからね。パパ達も後で来てくれるんでしょ。」
あきら:「ああ、紅白リレー応援するから頑張れよ。」
詩音は紅白リレーの1年生代表だ。優勝をかけた最後の種目の花形である。親としては無事に走ってくれればいいと思いつつも、やっぱり、他の児童をごぼう抜きしていくような活躍を期待してないといえばうそになる。
詩音 :「パパも出るんでしょ。」
あきら:「ああ、昼休みの間に先生と保護者対抗の綱引きに出るんだ。まあ、綱引きだからあんまり活躍できないのはちょっと残念だ。」
先生対父兄対抗リレーとかがないのが残念だ。
詩音 :「ママはでないの?」
和恵 :「ママは詩音ちゃんとあきら君の応援係です。お弁当も持っていくから楽しみにしてください。」
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お昼休みに入り、校庭でお弁当を食べる。詩音たち家族はポッチの家族つまり神崎家家族と一緒に食べる。
神崎 :「楠木さんも綱引き出られますか?」
あきら:「ええ、でます。」
神崎 :「私も出るんです。じゃあ、頑張りましょう。日頃の先生達に対するうらみをはらさないと。」
そういって豪快に笑う。
...いや、日頃のうらみを晴らすのは先生達じゃないか?...
今回の綱引きは保護者は事前に選抜されている。つまり、楠木家、神崎家も選ばれていることは何らかの作為があったに違いない。先生達の間では両家は超有名だ。「あのいたずらコンビのご両親達」というレッテルが貼られている。
児童A:「保護者・職員対抗綱引きに出られる方は東門に集まりください。」
放送がかかった。
あきら:「じゃあ、行ってくるな。」
そういうと神崎さんと一緒に東門に向かった。
詩音 :「じゃあ、詩音達も係の仕事があるから行くね。」
和恵 :「あれ、詩音ちゃんたちも。ちょっと寂しいです。せっかく、一緒にパパ応援しようと思ったのに。」
詩音 :「うん、でも係の仕事しながら応援するよ。」
そう言ってふたりはやはり東門のほうに向かっていった。
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児童B:「先生、この綱に変な張り紙貼ってあります。」
用具係の6年生の児童が綱引きの綱を準備しているときに言った。
先生A:「なになに。『怪我をしてるので今日は休ませてください』に『今日は病気なので休ませてください』だと?なんじゃこりゃ。」
2本の綱を用意してあるが、両方とも変な張り紙がしてあった。
先生A:「くだらないいたずらだ。気にしないではがして使うぞ。綱が怪我したり病気になるわけない。それに2本しかないんだから休ませるわけには行かない。」
保護者職員対応綱引きの参加者が入場してきた。慌てて綱を持って準備がなされた。
先生と保護者が綱の右左に並んで準備をする。
先生A:「位置について。よ~い。」
そのときだった。
「やめてー!」
大きな声が響いた。
慌ててピストルを持った先生がピストルをおろす。
「怪我してるって言ってるじゃない。引っ張ったら痛いじゃない!止めてよ」
その声は綱引きの綱から聞こえる。
綱A :「大人の人なのにどうして相手の気持ちがわからないの? こんな大勢でひっぱったら痛いに決まってるじゃない。綱の代わりに人を引っ張ればいいじゃない。そうすれば痛みがわかるわ。」
綱全体から声が聞こえる。先生達が慌ててかけよって綱を調べる、なんの変哲もない綱だ。
保護者:「気味悪い」
保護者:「なんかののろいか?」
保護者:「これ、引っ張ったら途中で切れちゃうんじゃないか?」
がやがやと声が聞こえる。
あきら :「(だけどこの声、どこかに聞いたことがある)」
あきらは首をひねった。神崎さんのほうを見ると心なしか顔色が悪い。
先生達が協議している。
しばらくして先生から説明があった。
先生A:「一応、念のため綱を交換します。ちょっとお待ちください。」
そうして、もう一本の綱が用意される。
あらためて参加者は綱を持って準備する。そのときだった。
「触らないでーー!」
また、綱から声が聞こえる
綱B :「病気だって言ってるでしょ。つらいんだから触らないでよ。」
皆、綱から手を離す。なにごとかと保護者の間でざわざわと声が聞こえる。先生の中には座り込んでしまった女の先生がいる。
綱B :「あなた達だって子供が病気のとき、大勢で押しかけて、みんなでべたべた触る? 触らないでしょ。そんなことくらいわかるでしょ。どうして大人って自分勝手なの。自分達の楽しみのためなら、相手がいやだって言ってるに何やってもいいの?」
保護者達が顔を見合わせる。
先生 :「綱がしゃべるなどありえない。さあ、続きをやりましょう。」
一人の先生が意を決してそう発言する。
保護者:「やりましょうって、この状態で行ったらどんな事故がおきるかわからないじゃないか。綱が切れたり、あるいは暴れだしたらどうする。」
先生 :「綱が暴れることはないでしょう、いくらなんでも。」
保護者:「綱がしゃべる事だってありえないだろう。」
あきら:「...何てことだ。」
この綱の口調、この声間違いない。娘の詩音だ。そして、さっきの声はポッチだ。聞き覚えのある声のわけだ。そうあきらは気づいた。神崎さんのほうを見ると神崎さんもこっちを見ている。そうして、お互いがっくり肩を落とす。
先生達が協議する。
しばらくして
先生 :「はい、やはり、安全第一で今回の競技は中止とさせていただきます。せっかくお集まりいただいたのに申し訳ございませんでした。」
結局中止となった。あきらと神崎さんはさすがに自分達の娘のいたずらですっていえなくてすごすごと帰って行った。
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ポッチ:「やったね~」
詩音 :「大成功~」
昨日のうちに例のリキッド・スピーカーを綱引きの綱に染み込ませて、小型の無線受信機を綱の中に仕掛けておいたのだ。それで、無線機を使ってしゃべっていた。リキッド・スピーカを綱全体に染み込ませたので綱全体でしゃべってるように聞こえたのだった。
先生B:「こらー、おまえ達ここでなにやってる!」
詩音 :「やっば。見つかった。」
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和恵 :「まったく、もう、また先生に怒られたじゃない。もう、ママしらない!」
あきら:「そうだ。いくらなんでも今回のは、やりすぎだぞ。」
あの後、2人とその両親は職員室に呼び出された。しかし、二人とも「しらない」と白を切った。
詩音 :「じゃあ、綱全体がしゃべる仕組みを先生達説明してください。そんなことできるわけないじゃないですか。」
ポッチ:「無線機を持ってきたのは謝ります。互いにどこまで届くか実験してたんです。無線機を持ってきてはいけないと校則にはっきりと書かれてなかったので問題ないと思いました。」
詩音 :「もし、この無線機で綱がしゃべるというなら、この無線機をお貸しします。どうぞ思う存分やってみてください。」
先生が実際にやってみたが綱はしゃべらなかった。10分すぎてるからスピーカーの機能は消滅している。
ふたりでいけしゃあしゃあと弁解する。
神崎さんが、ここで割って入り「疑いだけで罰するのか?」と先生をつめより、反論できない先生たちは言葉につまり、限りなく黒に近い灰色で開放された。
詩音 :「ごめんなさい。だってくるみちゃんに頼まれたんだもん。」
帰り道、今回の仕掛けを二人に説明した。
和恵 :「まったく、もう。くるみさんもくるみさんです。こんなおもちゃ、詩音に与えたら喜んでいたずらするに決まってます。」
あきら:「全くだ。帰国したらちゃんと言わないとな。」
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くるみ:「???」
くるみ:「ジョークは人生における潤滑油なの。アメリカだったら笑って許される。」
あきら:「ここは日本だ。こんなことしたら詩音たちの立場がないだろう。もう、こんな道具送るの止めてくれ。」
くるみ:「わかった。詩音ちゃんたちが困るのは良くないことなの。少し考える。」
そういってくるみは納得してくれたと思った。
しかし、彼女の対応は180度逆の対応をした。そう、詩音たちがいたずらしても立場が悪くならないような仕組みを作ったのだった。
俺の後悔は今もまだ続いている。
詩音 :「お道具は大切にちゃんとお手入れして使いましょう。そうしないと化けて出てきますよっていうお話でした。」
ポッチ:「あれ~、そういうお話だったっけ?」
詩音 :「さて、次回トリックエンジェル第20回は」
ポッチ:「『小春日和』です。」
詩音 :「くるみちゃんのお話だよ。」