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トリックエンジェル ~院内学級の物語  作者: まーしゃ
第3章 エジソンプロジェクト編
19/88

3-0.詩音(しおん)

第3章「エジソンプロジェクト編」の初話です。舞ちゃんの話は第4章までちょっとお休みです。舞ちゃんにどっぷりつかりたい方は4章に。4章に飛んでいっても、違和感なく読めるようになるべくしております。


トリックエンジェルの世界観を楽しまれたい方はぜひこのまま3章もお付き合いいただければと思います。


この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。

10月の末のことだった。小学1年生の娘の詩音が急に熱を出した。


昔の和恵と同じ症状らしい。


慌てて、俺と和恵はいつもの町外れの病院に連れて行った。


松井 :「う~ん。風邪のようですが、風邪ではないみたいですね。とりあえず、検査してみましょうか。採血と尿検査かな。準備をお願いします。」


松井先生が看護師さんに指示をする。


松井 :「検査結果は2~3日後に出ます。そうだ、確か番井先生とも楠木さんはお知りですよね。土曜日に番井先生が来られるので先生にも見てもらいましょう。土曜日には結果も出るでしょう。うん、それがいい。予約入れておきます。」


松井先生は若い先生でどことなく頼りない。だけど、自覚しているみたいで自信のないときは、他の先生の意見も聞く。そういう意味では安心できる先生である。


-----------------------------------


土曜日になって再び3人で病院に行く。


番井 :「はっきりとはわかりませんが自己免疫疾患の可能性がありますね」


和恵 :「はい?」


番井 :「ここ一年くらいで詩音ちゃんは輸血をしましたか?」


和恵 :「いいえ、ここ一年どころか生まれてこの方輸血するような大きな病気や怪我はしていません。」


番井 :「そうですか。輸血したときに起きるGVHD、移植片対宿主病の症状に似ています。ただ、輸血をしていないとすると何らかの理由で自己免疫疾患にかかっていますね」


あきら:「なんなんですかそのGVHDとかいう病気は?」


番井 :「拒絶反応って聞いたことありますか?」


和恵 :「ええ、臓器移植したときなんかで、移植した臓器を身体が攻撃してしまう症状ですよね。」


番井 :「はい。GVHDはその逆で、移植した方が元の身体を攻撃する症状です。輸血とか骨髄移植なんかで起きます。」


あきら:「だけど、詩音は移植も輸血もしていないです。」


番井 :「ええ、そこがわからないんです。ちゃんと調べてみないとわかりませんが、詩音ちゃんの白血球の一種であるリンパ球が突然変異か何かを起こして、詩音ちゃんの身体を攻撃しています。それをもとのリンパ球が迎え撃って戦っている感じです。この熱はそれが原因でしょう。」


和恵 :「ま、まさか白血病でしょうか?」


番井 :「いえ、違います。白血病は異物に対する攻撃ができなくなる病気です。詩音ちゃんの症状は逆に正常な自分まで攻撃してしまう感じです」


あきら:「あの、治らないのでしょうか? このまま悪くなる一方なのでしょうか?」


番井 :「とりあえず、免疫を抑制するステロカイドをごく少量投与してみます。ちょっと副作用の可能性のある薬ですのであまり投与はしたくないのですが、このまま指をくわえるわけには行かないので。」


あきら:「それで、治るんですか?」


番井 :「症状は治まります。しかし、根本治療にはなっていないので再発の危険性があります。」


あきら:「何とかならないのですか?」


番井 :「う~ん、もう少し良く検査して調べてみないとだめですね。」


あきら:「そんな。」


和恵 :「あきらくん、先生を責めちゃだめです。他の先生だったら原因不明の治療方法不明だったところなのに、治療方法がわかっただけでもすごいことです。」


番井美雪。番井先生はこの病院に週に一度きてくれる。普段は東京の淳典堂病院の副院長をしている女医さんだ。この道では日本一の権威といわれている人だ。


普段ならなかなか見てくれないが和恵と一緒に昨年女の子を助けたことにより懇意になり、今回見てもらうことができた。


番井 :「とりあえず、治療を続けて見ましょう。来週またきますからそのときまた状況を見て判断しましょう」


あきら:「はあ」


和恵 :「ありがとうございます。」


番井 :「あ、和恵さんだけちょっと残っていただけます? ポッチちゃんの話もしたいので。」


ポッチは詩音のともだちで和恵が助けた女の子である。


あきら:「じゃあ、先に詩音のところにいってるね」


和恵 :「はい」


あきらが出て行く。


番井 :「和恵さん、確か子供のときこのような病気だったと聞いたのですが。」


和恵 :「はい...やはり、遺伝でしょうか?」


番井 :「ええ、遺伝の可能性もあります。普通ならそう考えますが、ポッチちゃんの件を考えるとちょっと違うような気がします。」


和恵 :「はあ、それでは何が原因なんでしょうか。」


番井 :「唐突に聞こえるかもしれませんがたぶん『血』ですね。血を分けた娘とかそういう意味でなく、文字通り『血』です。やはり、和恵さんの血に何らかの原因究明のかぎがありそうです。」


和恵 :「はあ」


番井 :「そこでお願いなのですが血液を少しいただけませんか?採血して、調べてみたいんです。」


和恵 :「ええ、私の血が原因究明にお役に立てるのでしたら。」


番井 :「ありがとうございます」


和恵 :「あの、もしかして私の血が詩音ちゃんを攻撃しているのでしょうか?」


番井 :「まだそこまではわかりません。とりあえずわからないことが多いですね。もし攻撃しているとしても気にやむことはないですね。不思議なことに詩音ちゃんは免疫を持っているようです。そのため、重症化しない。けれども全快しない。そんな状況です。」


和恵 :「はあ。なんかよくわからないです」


番井 :「お恥ずかしい話ですが、免疫学は奥が深くまだまだわからないことだらけなんですよ。」


番井先生でもわからないのならしょうがないものなのだろう。和恵はそう思った。


-----------------------------------


あきら:「詩音、つらいかい?」


詩音 :「つらくない。ここに来ると楽になる。でも、まだ、お熱ある。」


詩音は俺と本人の希望でここで検査を兼ねて入院することになった。自宅療養でもいいのだが、あの悪夢のことを考えて、念のため入院させている。


詩音 :「それに去年よりもずっと楽。去年は本当にしんどかった。」


あきら:「去年? 去年は病気になってないじゃないか。」


詩音 :「あの夢の話。熱が出て歩けなくなってた。」


あきら:「そっか。でも、あれは現実でなく夢だ。」


俺と詩音には共通の夢を何度も見ている。はっきり言って悪夢である。詩音が重い病気にかかっている夢だ。しかし、現実にはそんなこともなく、詩音は先週までは元気だった。この夢は最初詩音が生まれる前から見ている。その夢での娘の名前は「舞」だった。和恵は生まれてくる子に「舞」か「詩音」をつけたいといっていた。そのため、俺は詩音に「舞」という名前を付けることに反対し、「詩音」にした。ゲンを担ぎたかったからだ。もともとこの夢は俺しか見なかったのだが、詩音が幼稚園の頃、「αベクトル空間」に行きだしてから詩音も見るようになった。


この夢は和恵は見ておらず、相手にしてくれない。しつこく言うようなものでもないので、詩音と俺の内緒の話にしている。


-----------------------------------

数日後。詩音にお見舞い客が来る。スラッとして背の高い、髪の毛の長いめがねをかけた女の子である。


ポッチ:「お~す。詩音。死んじゃうんだって?」


詩音 :「入院している人に向かってそういうこと言うのどうかな~」


ポッチ:「だって、詩音が死ぬわけないじゃん。やっぱり、元気そうね。」


ポッチ。神崎美鈴。詩音の友達である。いつもふたりで一緒に遊んでいる。この二人はいつもいたずらばかりしていて大人達に目をつけられている。


詩音 :「だいぶ治った。夕方になると熱が出るけど今は平気。でも、寝てるの飽きちゃった。ひま~。なんか面白いことない?」


ポッチ:「そういうと思った。お見舞い持ってきたよ。」


そういうとポッチは缶でできたお菓子の箱を差し出した。


ポッチ:「開けてみな。きっと詩音に気に入ってもらえると思うよ。」


詩音は受け取ると、興味なさそうに少し身体から離してお菓子の缶をあけた。


ポーン。


中から何か飛び出した。びっくり箱だった。


詩音 :「やっぱりね~。ポッチのやることなんか大体わかっちゃう。」


ポッチ:「ひどいな~。せっかく週末一生懸命作ったのに。」


詩音 :「入院している子のお見舞いにびっくり箱持ってくるほうがひどいと思うけど」


ポッチ:「そうか、みんな喜ぶとおもうよ」


詩音 :「うそだよ~」


その後、二人は学校のこととかたわいのない話をした。そして、


詩音 :「そうだ。いいこと考えた。ポッチ私の代わりにここで寝てて。私ちょっとお外行って来る。」


ポッチ:「外ってどこ?」


詩音 :「花の丘公園~。お花摘んでくる」


ポッチ:「はいはい、ひまなのね~。すぐ戻ってきてね。入れ替わるのばれたらまた怒られちゃう。」


花の丘公園は病院と詩音の家の途中にある大きな公園で、詩音のお気に入りの場所である。


詩音 :「うん、よろしくね。すぐ戻る」


----------------------------------


和恵 :「詩音ちゃん、なにか欲しいものないですか?」


詩音は布団を頭までかぶっている。


ポッチ:「何もいらない」


和恵 :「どうしちゃったんですか?普段ならアイス欲しいとかプリン欲しいとか言うくせに。それに頭まで布団かぶって。また、調子悪くなったんですか?」


和恵は布団を少し剥いだ。でできたのは詩音でなくポッチだった。


和恵 :「ええ!ポッチちゃん! んもう。入れ替わったのね。すぐばれるようなことを。それでポッチちゃん、詩音ちゃんはどこ?」


ポッチ:「ごめんなさい。花の丘公園に花摘みに行った。」


和恵 :「ええ~、あんなところまで? まったく~。病気のくせにふらふら出歩いて。連れもどしてきます。」


和恵が詩音を探しに行った。


ポッチ:「あ~あ、ばれちゃった。詩音の自由時間もあっというまに終りね。」


----------------------------------


和恵 :「詩音ちゃ~ん。」


和恵が花の丘公園にいくと案の定詩音はいた。しかも気持ちよさそうに木陰の芝生の上ですやすや寝ている。


和恵 :「まったくもう、外に出てこんなところで寝てたら治る病気も悪くなっちゃいますよ。ほら、おきて。戻りましょう。」


詩音 :「ん~。」


眠そうな目をして詩音が起きる。手にはこの病院の名前の入った薬の袋をなぜか握り締めていた。


----------------------------------


あきら:「詩音が全快した?」


和恵 :「ええ、熱も下がったし、特に症状も見られないし、病院追い出されました。」


退院したという表現より追い出されたというのが的確だろう。元気な詩音が暇持て余すと何するかわからない。


あきら:「さすが、番井先生だな。まさか2~3日で治るとは。」


和恵 :「それが、詩音ちゃんがいうにはこの薬を飲んだから治ったっていうんです。」


和恵が薬の袋をみせた。あの病院の薬の袋だ。


和恵 :「これをどこに手に入れたって聞いたら、αベクトル空間っていうんです。」


あきら:「また、行ったのか。」


和恵 :「ええ。それよりもこれを見てください」


薬の袋の中にメモ書きがあった。


「おねつやこんこんがまたでたら、このくさなぎせんせいのくすりをひとつだけのむように。あきらぱぱより」


そこには俺の字で書かれたメモ書きが書いてあった。


和恵 :「あきらくん、この薬はなんですか?」


あきら:「しらん。しらん。本当だ。」


和恵 :「...とりあえず、また番井先生に相談してみましょう。」


あきら:「それと、くるみにもだ。丁度今帰国している。」


--------------------------------


くるみ:「こんにちは。あきら君、和恵ちゃん元気?」


和恵 :「こんにちは、くるみさん。くるみさんも元気そうですね。」


三条くるみ。俺達の家の隣に住んでいる。

くるみのほうが一つ年上だが、普段のどことなく抜けてるような受け答え、そして中学生のような容姿から俺達のほうが年上に感じる。そして、両親が有名なバイオリニストで日本を離れることが多い。学生時代はまだ健在だった俺の母親が一緒に面倒を見ていた。


平凡な人生を送っている俺と違い、有名な科学者である。詩音に言わせれば「アインシュタインもびっくりの理論」を打ち立てたらしい。よくわからないが。我々にわかることは、この若さでノーベル物理学賞をもらってるということくらいだ。


くるみ:「それで、詩音ちゃん、またαベクトル空間にいったんですって?」


詩音 :「そう、またいってきたの、くるみちゃん。それで、お薬もらってきたの。」


くるみ:「ふ~ん。」


くるみは薬の袋をあけ、中身のメモを見た。


くるみ:「これ、あきらくんが書いたの?」


あきら:「まさか。俺が薬のことなどわかる分けない。」


くるみ:「ふ~ん。じゃあ、『対世界』のあきらくんが書いたんだ」


あきら:「!」


和恵 :「?」


くるみ:「この世界にはここと同じ『対世界』があるはず。αベクトル空間はその二つの世界をつなぐ通路のはず。そこに、対世界の詩音ちゃんがいて薬を持ってきたと考えるのが普通。」


あきら:「全然、普通じゃないだろ。じゃあ、なにか? もう一つの世界の詩音もαベクトル空間にきたって言うのか。」


くるみ:「うん。バランスを考えると来れるはず。多分対世界はほとんどこの世界と同じはず。きっと、その詩音ちゃんも同じ病気のはず。だから、向こうは薬もってたの。」


あきら:「じゃあ、なんで、こっちは薬もってないんだよ」


くるみ:「それはわからない。薬のことは専門外なの。それは番井先生の担当。」


肝心なことはわからないのか。


----------------------------------


番井 :「全快してるわね。いくらなんでも早すぎ。」


和恵 :「実は...」


和恵が今回の経緯を話した。


番井 :「そのαベクトル空間とか言うおとぎ話はともかく、薬には興味ありますね。ちょっと見せていただけませんか?」


和恵は薬の袋を見せた。


番井 :「確かにこの病院の袋です。でも、この薬はみたことない。普通に使われている薬ではない。ん? メモもあるんですね」


番井 :「くさなぎせんせい?」


和恵 :「くさなぎせんせいをご存知なんですか?」


番井先生はすぐには答えなかった。すこし、悩んだ末、ゆっくり答えた。


番井 :「ええ、この病院に今年の冬までいた先生です。」


和恵 :「まあ。でも過去形なのは、もう別の病院にいかれたんですね。」


番井 :「いや、草薙先生は今年の冬事故で亡くなくなりました。私の婚約者だったんです。」


和恵がハッと顔を上げる


和恵 :「ご、ごめんなさい、立ち入った話しちゃいました。」


番井 :「いや、気にしないでください。でも、すごい優秀な先生だったんです。人間的にも立派で。ああ、ごめんなさい。」


番井 :「でも、この袋の日付は今月ですね。一体どういうことなのか? 和恵さん、すみませんがこの薬の残った1錠いただけないでしょうか? 分析して調べてみたい。」


和恵 :「はい、お願いします。持っていても怖くて飲ませられません。」


そういって和恵は薬を番井先生に託した。


つづく    




           

詩音 :「詩音で~す。」


ポッチ:「ポッチで~す。」


詩音 :「二人合わせてプリティウィザードで~す。」


詩音 :「それにしても、19話目でやっと主人公登場ってどういうことよ? 」


ポッチ:「3話目に出てる。それに主人公は舞ちゃんだと思う。」


詩音 :「ええ~、あんな根暗で融通のきかない真面目人間の舞ちゃんが主人公だと物語が暗くて沈んじゃうよ。」


ポッチ:「でも、明るいだけが取り柄の詩音が主人公だと物語がはじけちゃって、めちゃくちゃになっちゃう。主人公になりたければ12の悪い癖直さないとね。」


詩音 :「もう、和恵ママみたいなこと言わないでよ~。」


ポッチ;「はいはい。さて、次回トリックエンジェル第20話は」


詩音 :「運動会です。私たちが大人相手に大活躍よ。えへへ。」


ポッチ:「さっそく12の悪い癖のお披露目ね。」

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