2-3.結婚式
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
空に雲ひとつない秋晴れの10月の日曜日。
会館から日川神社へ続く赤いじゅうたんが敷かれた特別な参道を一団がゆっくりと歩いていく。周りの参拝客はその一団を見ると足を止め、祝福の笑顔を贈る。
先頭を歩いているのは黒い紋付袴を着た若い男と、真っ白な白無垢に身を包んだ若い女性である。そのすぐ後ろにはドレスを着た小さな女の子がついている。そしてその後ろには留袖を着た女性、略式礼装を着た男性達がぞろぞろとついてきている。
舞 :「冬ちゃん、きれい。すごいきれい。パパもかっこいい。」
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5月のある日だった。あきらは冬子を連れて、白石家を訪ねた。和恵の両親が営んでいるレストランだ。婚約したことを告げるためである。
健一と祐美子は我が子のことのように喜んだ。いつまでも、娘に引きづられて、自分の幸せを犠牲にしている義理の息子を見ているのはつらく、また、舞にも母親が必要であることを舞の入院で痛感していたからだ。しかも、再婚相手は、「この娘しかいない。」と思っていた冬子だから文句のつけようが無い。
健一 :「ところで、結婚式はどこであげるんだ」
あきら:「いや、式は挙げないつもりです。舞も入院してますし。」
健一 :「はあ? 何考えてるんだ? 和恵のときもそうだったが、今度もあげないつもりか? あの時は二人とも二十歳そこそこの若造だったから許されるが、もう、一端の年だろう。そんな無責任なことをしちゃいかん。それに秋くらいなら舞も退院してるだろう。」
あきら:「いや、お金も無いし。」
健一 :「だったら、俺達が出してやる。息子の結婚式の費用くらい出してやるよ。」
あきら:「息子って。」
健一 :「義理の息子でも息子には違いない。それとも何か? 冬ちゃんと結婚したら、俺達と縁切るつもりか?」
あきら:「いや、いくらなんでもそんな不義理はしないですよ。ここまでお世話になりっぱなしで。」
健一 :「じゃあ、決まりだ。結婚式は10月に行う。場所は日川神社だ。」
冬子の顔がパッと明るくなる。あきらはその顔をみて、これ以上の抵抗は無意味であることを悟る。
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神社での三々九度が終わると披露宴会場に向う。披露宴会場では色々な人が待っていた。
響子 :「おめでとう。冬子。舞ちゃん。ついでにあきら。」
舞 :「響子先生!」
舞が響子に飛びつく。
あきら:「俺はついでかよ。」
響子 :「当たり前じゃない。結婚式なんて女の人のために行うものよ。男は刺身のつま。」
あきら:「はあ。」
響子 :「冬子、今日は見違えるくらいきれいよ。ほんとあきらにはもったいないわね。」
冬子 :「響ちゃん、ありがとう。冬子誉められて感激です。」
そう言って、顔を赤らめる。
南 :「楠木!」
後ろから声がする。高校時代の友人の南だ。同じ天文部だった。
あきら:「おう、南。来てくれてありがとう。」
南 :「この果報者が。和恵ちゃんの次は冬子かよ。次から次へと純真な女の子を毒牙にかけやがって。まあ、でも、あきらと冬子っていうのは自然だからな。最初からこうでもおかしくなかった。舞ちゃん、冬子面白いだろう。」
舞 :「とっても面白い。でも、とっても大好き。」
南 :「そうだろう、そうだろう。」
南は一人でうなづく。
その時、また、別の女性から声を掛けられる。
志穂 :「楠木、冬子、おめでとう!」
あきら:「志穂先輩! 忙しい中わざわざ起こしいただきありがとうございます。」
冬子 :「志穂先輩~、お久しぶりです~」
冬子が志穂先輩に飛びつく。
志穂先輩は俺の一つ上の代で弱小天文部の部長をやっていた。あのときの天文部のメンバー全員が集まった。
志穂 :「舞ちゃん、お久しぶり。大きくなったな~。でも、病気で入院してたんだってな。お見舞いにもいけずごめんね。」
舞 :「ううん、もう、退院してるし大丈夫。志穂姉ちゃんが来てくれたのうれしい。」
大橋志穂先輩は普段むちゃくちゃ忙しく、こういう機会がないとなかなか会えない。南は高校時代、志穂先輩に奴隷のようにこき使われていたが、卒業後もその状態が続いていて、南は今、志穂先輩の秘書をやっている。
そして、また、あきらと冬子に挨拶をしに男女が来た。今度は良く知っている人だ。
あきら:「草薙先生につかささん。せっかくのお休みなのにわざわざ来てくれてありがとうございます。」
草薙 :「いえいえ。私もうれしいんです。こういうおめでたい席に呼ばれるなんて少ないですからね。職業柄、お葬式のほうが多くて。」
つかさ:「先生! 何てこと言うんですか、縁起でもない!」
あきらと冬子は苦笑する。
つかさ:「そうそう、今日は舞ちゃんに特別なお客さんがきてるのよ?だれだと思う?」
それを聞いてあきらと冬子がにやにや笑っている。
舞 :「え? わかんない。だれ?」
そこに母親に車椅子を押してもらって女の子が近寄ってくる。
舞 :「かのん!」
かのん:「舞ちゃん、おめでとう。舞ちゃんのパパ、冬ちゃんおめでとうございます。」
舞 :「え? え? なんで? かのん病院にいなくていいの? どういうこと先生?」
草薙 :「今週は週末一時帰宅が許されたんだ。これから様子見ながら少しづつ退院に向っていく。それで、本人の希望で無理やり来たんだ。まあ、つかささんも私もついているから万が一のときでも大丈夫だ。」
舞 :「すご~い。かのん、おめでとう。そして、来てくれてありがとう。すごいびっくりした~。」
かのん:「えへへ。でも、私も今日は何から何までびっくりすることばかり。結婚式場も神社も初めて来た。空がこんなに青いのも初めて。そして、お友達と病院の外で会うのも初めて!」
かのんは興奮を隠し切れない。
そんなこんなで、時間がたち披露宴が始る。大橋志穂の挨拶と乾杯で始まり、ケーキカット、友人達の挨拶が続く。かのんと舞は一緒のテーブルで食事をする。かのんの食事は式場の人にお願いして作ってもらった特別食だ。
響子の挨拶はさすがに先生だけあってうまかった。あきらを適当にけなしながらも、最後は二人を引き立て無事終了した。南は「みっつのふくろ」の話をした。「芸の無いやつだ。」とあきらは思ったが、そんなことはおくびにも出さず、ニコニコしている。
お色直しをして、ドレス姿になった冬子を見て、出席者から感嘆の声が上がる。「馬子にも衣装だね。」と毒づく南を志穂がどつく。
そして、ふたりによるキャンドルサービスが始まり、各テーブルに火をつけて回る。その幻想的な雰囲気に舞とかのんは大喜びをする。南は当然のようにロウソクの芯を水につけて妨害する。
南 :「楠木早くしろよ。みんなが待ってるぞ!」
南がニコニコしながらうそぶく。
披露宴もあっという間に時間がたち、司会の方から「宴たけなわではございますが」と声がかかる。冬子とあきらに花束が贈られることになっている。プレゼンターにはかのんと舞が選ばれた。舞が冬子にかのんがあきらに花束を贈呈する。
舞 :「冬ちゃんおめでとう。これからもよろしくね。」
冬子 :「舞ちゃん、ありがとうございます。冬子こそ宜しくお願いいたします。」
冬子はそうにっこり笑いながら言った。
そして最後にあきらの挨拶だった。舞は二人の間に入る。
あきら:「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございました。一年前の俺は不幸のどん底でした。ちょうど今ごろ、天国に行った和恵の忘れ形見の娘の舞が原因不明の病に倒れました。それから、俺は看病に専念するため、会社を辞めて舞の看病をしました。この子だけは和恵のところに行かせてはならない。そんな思いで何も見えない状態でした。だけど、そんな中、冬子が俺達を助けてくれて、そして、白石家の二人、黒木家のご両親にもずいぶんお世話になりました。」
あきら:「そして、それから一年、大きく変りました。舞も無事退院でき、冬子とこうして結婚することができました。家族ができたんです。あの一年前には想像ができなっかたくらい、今、俺、幸せです。みなさん、ありがとうございました。」
あきらが目からでた汗をぬぐう。割れんばかりの拍手が会場を包んだ。そして、花嫁、花婿、舞が会場を後にする。BGMにはBUMPの「天体観測」が流れていた。
おしまい。
2章の事実上のおしまいです。この後、短編と3章へ続くための2章最後の話が続きます。