短編シュリンプカレー
この物語にでてくる料理方法はフィクションです。責任を負いかねますのでご了承願います。
8月の暑い日の昼下がりのことだった。
冬子 :「舞ちゃん、ザリガニ釣りいきましょう」
舞 :「え? ザリガニ?」
冬子 :「はい、ザリガニです。釣った事ありますか?」
舞 :「釣ったことないし、見たこともない。」
冬子 :「舞ちゃん不憫です。ザリガニみたことないなんて。でも、安心してください。冬子が連れてってあげます。」
冬子は自分の家からうちに着いたとたん舞にそう言った。ほとんど毎日うちに来ている。というか、ほとんどうちに泊まっている。
今日も、自分の家に荷物をとりに行って戻ってきたところだ。
冬子 :「冬子はレベルアップしました。あきらさんの婚約者になったのです。だから、今まで見たいに、こそこそこの家に来る必要なくなりました。堂々とこれます。舞ちゃんも安心です。」
舞 :「前から堂々と来てたと思うけど。」
冬子 :「それでは、早速準備していきましょう。」
話を全然聞いていない。
舞 :「ええ? 今から? 海に行くにはちょっと遅い時間だよ。」
冬子 :「海には行きません。近くの小川です。」
舞 :「ええ? 川にカニがいるの?」
冬子 :「ザリガニは海じゃなくて川にいます。冬子でも知ってます。」
ふたりは近くの用水路に向かった。
舞 :「こんなところにいるの?」
冬子 :「いるはずです。冬子なんとなくわかります。」
舞 :「釣り竿とかは?」
冬子 :「いらないです。この竹の棒とたこ糸で十分です。」
舞 :「えさは?」
冬子 :「するめです。あきらさんと一緒です。もうこれでザリガニもあきらさんもメロメロです」
冬ちゃん、パパもするめで釣ったの?
冬子 :「はい、これが舞ちゃんの釣りざおです。」
竹の棒にたこ糸を結んだ釣りざおを舞に渡す。
冬子 :「冬子やって見せます。見ててください。」
ちゃぷん。するめを水の中に落とし、ゆっくり引く。すると、急に糸が張り出した。そ~っと冬子が引き寄せる。水の中から赤いものが出てきた。
舞 :「わ!」
大きなはさみを二つ持ったえびが出てきた。
舞 :「えび?」
冬子 :「ザリガニです。」
冬子は網ですくってザリガニをバケツに入れる。
舞 :「でも、格好はえびだよ。長いおひげ2本あるし。」
冬子 :「はさみがあるからカニです。」
舞 :「横に歩くの?」
舞はそ~っとザリガニに触ろうとする。ザリガニははさみを持ち上げ後ずさりする。
舞 :「へ~、後ろに歩くんだ。おもしろ~い。」
さらに捕まえようとして手を伸ばす。
舞 :「いたっ! 挟まれた」
冬子 :「舞ちゃん、気をつけてください。小さくても凶暴です。その凶暴さは響子先生といい勝負でしょう。」
響子先生と一緒。それはちょっと怖い。
冬子 :「舞ちゃんもやってみるといいです。」
舞 :「うん」
舞も釣りざおの先にするめをつけて水の中に落とす。すこしづつ引いていくと急に重くなった。
舞 :「あっ」
冬子 :「あせらず、ゆっくり引くんです。そう、ゆっくりと。」
ザリガニが岸辺まで寄ってきた。それを冬子が網ですくう。
舞 :「とれた!」
冬ちゃんが釣ったやつよりちょっと小さい。
舞 :「あ、落ちちゃった。」
ザリガニが土の上に落ち、はさみを上げて威嚇する。
舞 :「どうしよう」
冬子 :「背中がザリガニの弱点です。前からでなく後ろから手を伸ばして胴を両側から挟みます。」
冬子がつかむまねをしてみせる。
冬子 :「舞ちゃん、頑張ってみましょう。」
舞 :「うん」
舞が自信なさげに返事をして、そ~と背中から捕まえる。
冬子 :「舞ちゃん上手です。初めてとは思えないです。」
舞 :「えい」
捕まえたザリガニをバケツに入れる。
舞 :「水は入れなくていいの?」
冬子 :「大丈夫です。少しくらいなら水なくても生きています。」
舞 :「へ~。」
そうやって二人は何匹かざりがにを釣った。厳しい日差しも和らぎ、そろそろ夕方というとき、二人は切り上げて帰ることとした。
舞 :「持ってかえって飼ってもいい?」
冬子 :「う~ん、いいと思いますが、あとであきらさんに聞いてみましょう。」
舞 :「うん」
冬子 :「あ、冬子、いいこと考えつきました。舞ちゃん、家に帰ったら夕飯の買い物にいきましょう。」
舞 :「いく~。」
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買い物から帰ってきたころパパも帰ってきた。
舞 :「お帰りなさ~い。パパ。」
あきら:「おお、ただいま。舞、冬子。今日も暑かったな~。」
冬子 :「暑かったです。お風呂沸いてるから先に入ってください。もうすぐ夕ご飯出来ます。」
あきら:「おう、先に入らせてもらうぞ。」
冬子 :「じゃあ、ご飯の用意をしましょう。舞ちゃん手伝ってください。テーブルの上を拭いて、スプーンとサラダを並べてください。」
舞 :「はい、冬ちゃん」
テーブルの上が片付けられ、料理が徐々に出来上がり、テーブルの上に載って行く。準備している間にパパがお風呂から上がってくる。
あきら:「お、今日はカレーか。例によってお星様カレーか?」
冬子 :「違います。毎度毎度お星様ではないです。馬鹿にしないでください。」
あきら:「ああ、悪かった。で、今日は何カレーなんだ?」
舞 :「シーフードカレー。」
あきら:「ほう、珍しいな。いつもならポークとかチキンとか肉のカレーが多いのにな。」
冬子 :「今日は、なんとなくシーフードカレーにして見ました。」
あきら:「おお、たまには良いな。どれどれ。」
パパがカレーに手を出そうとする。
舞 :「パパ、お行儀悪いわよ。みんながそろっていただきますしてからでしょ。まずは、ビールでも飲んでて。」
そう言って、舞は冷蔵庫から冷えたビールを持ってくる。
あきら:「ああ、悪い悪い。そうだな。みんながそろってからだ。でも、ビールは先に飲ませてくれ。」
舞 :「わかってるよ。はい。」
舞がビールの栓をぎこちなく開けて、あきらのコップに注ぐ。
あきら:「か~。娘に注いで貰うビールは最高だ。」
冬子 :「あきらさん、おじさん臭いです。」
あきら:「うう」
冬子 :「さあ、準備できました。みんなで食べましょう。」
一同 :「いただきま~す」
あきら:「やっぱり最高だな。仕事から帰ってきて、娘にビールを注いでもらい、妻の料理に舌鼓を打つ。文句なしだ。」
冬子 :「まだ、冬子妻じゃないです。」
そう言って顔を赤らめる。
舞 :「そうそう、今日、ザリガニ釣りしてきたんだよ。」
あきら:「ほう、いっぱい取れたか?」
舞 :「いっぱい取れた。」
あきら:「はさみに挟まれなかったか」
舞 :「はさまれた~。痛かった。まるで響子先生みたいだった。」
あきら:「あははは、それはすごく凶暴だな。」
舞 :「そういえば、ザリガニって食べられるの?」
冬子 :「食べられます。結構淡白な感じでおいしいです。」
食べたことあるのか? あきらは心の中でそうつぶやいた。
舞 :「パパは食べたことあるの?」
あきら:「普通、あんなもの食べないよ。まあ、中には食べる人もいるみたいだけど。」
舞 :「ふ~ん。私も食べたことない。」
舞 :「でも、このカレーの海老おいしいね。なんかあっさりしてる。」
冬子 :「でしょ、ちょっと普通の海老とは違います。」
あきら:「確かに、普通の海老と違ってくるくる丸まってないな。なんの海老だ?」
冬子 :「海老というよりカニに近いです。はさみを持ってる海老です。」
あきらと舞がスプーンを落とす。
あきら:「ま、まさか違うよな? いくらうちが貧乏だからといって!」
舞が慌ててザリガニの入ったバケツに向った。
冬子 :「そのまさかです。」
舞 :「パパー! ザリガニの数が!」
あきら:「減ってるのか?」
舞 :「ううん。同じだった。」
がっくり来るあきら。
あきら:「冬子、驚かすな。いったいこのカレーの海老はなんなんだ。」
冬子 :「オマール海老です。前に大きなスーパーで冷凍オマール海老を売っていたので買っておいてました。それを今日ザリガニ釣ったことで思い出したんです。」
あきら:「...」
冬子 :「まさか、あきらさん、ザリガニを入れたと思ったんじゃないですよね。」
あきら:「いや、その...」
冬子 :「あきらさん、とっても、失礼だと思います。冬子、釣ったその日の内に調理しないです。ちゃんと泥抜きします。」
ちょっと論点がずれてるだろ。あきらはそう思った。
舞 :「パパ~。ザリガニのおなかに卵がいっぱい!」
あきら:「ああ、8月はザリガニの産卵期だからな。ところで、そのザリガニ飼うのか?」
舞 :「ううん。最初は飼うつもりだったけど、赤ちゃん生むの頑張ってるのに飼っちゃ可哀想。」
あきら:「そうだな。明日逃がしてきて上げなさい。」
舞 :「うん、そうする。」
冬子 :「さあ、ご飯の続きを食べましょう。」
こうやって、にぎやかな楠木家の夏の一日が過ぎて行った。
おしまい