1-12.梅雨の終わり
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
草薙 :「なんですって! ステロカイドの服用をやめてたですって!」
草薙先生が俺を大声でなじる。
あきら:「だって、副作用があるって言ったじゃないですか? だから、もうほとんど治ってるのに無理に飲ませる必要ないと。」
草薙 :「ああ、説明してなかった私も悪いですが、なんてことを。あの薬の副作用は、急に止めると投与する前より悪くなるのが副作用なんです。もともと人間は体の中でステロカイドを作っているんですが、外部から与えるとサボって自分で作らなくなります。」
あきら:「え?」
草薙 :「つまり、舞ちゃんは入院前より免疫抑制力が落ちているんです。その状態で一気にラインベルグ症候群がぶり返して進んじゃったんです。」
あきら:「ステロカイドをもう一回投与すれば? 何とかなりませんか?」
草薙 :「ステロカイドの投与でどうこうできるレベルではありません。」
あきら:「なんでですか? 今まではステロカイドで治っていたじゃないですか。」
草薙 :「いいですか? 入院前の状況はじょじょに悪くなっていった状態でした。そして病状のピークは入院時です。あの時は人工呼吸器、強心剤などで乗り切りましたが、あれはぎりぎりで舞ちゃんが自分自身で悪化を抑えたんです。ステロカイドは回復を早める手段です。」
あきら:「・・・」
草薙 :「今回は一気に病状が進みました。たぶん、咳とか前兆があったのでしょう。それを見逃してしまい、また、ステロカイドをやめ、そして、たかしちゃんのショックで心のほうが参ってしまった。これだけ悪条件がそろってるんです。条件は入院前よりも悪いでしょう。」
あきら:「でも、まだ朦朧としてますが意識はあります。あの時とくらべたらまだましです。」
草薙 :「まだ、症状は急速に進行している状況です。このままいくと、状況はさらに悪化する可能性もあります。」
俺はなんてことをしてしまったんだ。悔やみきれない。自分の浅はかな判断で、また、舞を死の淵まで追い込んだ。昨日まであんな元気だったのに。
温厚な草薙先生が激怒している。もし、俺が草薙先生の立場なら、俺を殴り倒している。
状況が悪化する可能性がある?それは草薙先生の控えめな発言のはずだ。意識がなくなるのも時間の問題か。それどころか最悪のことを覚悟しろってことか。
冬子 :「あの、先生、何とかして上げられないんですか? 先生最初に会ったとき全力で治すって言ってくれたじゃないですか。」
草薙先生が首を振った。
草薙 :「もう後は..」
舞の力を信じるか、神の慈悲にすがるか、どっちなんだ?
先生を含めて周りは助けようがない。祈るしかない。
どっちも同じか。俺は自嘲した。
草薙 :「キャサリンが持ってきたキロニーネに託すしかありません。」
あきら:「え?」
冬子 :「え?」
このときの俺たちの顔はきっと面白かっただろう。ものすごく情けないアホ面してただろう。
草薙 :「例の治験薬です。楠木さんが無理の飲ませることはないだろうと言っていた薬です。」
あきら:「あの薬で治るんですか?」
草薙 :「この状態だと病気の進行が早いかキロニーネが早いかの勝負になります。私はここは勝負時だと思いますし、今すぐにでも投与したい。後は楠木さんの決断次第です。」
あきら:「ええ、是非お願いします。お願いします。」
まだ、最後の切り札が残っていた。俺はそれに賭けた。
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舞の点滴にキロニーネが入れられた。キロニーネが舞の身体に入っていく。
あきら:「舞、大丈夫か?」
舞がうっすら目を開ける。
舞 :「パパ、ごめんなさい。おせきコンコンでてたのに黙ってた。心配かけたくなかったから。だけど、もっと心配掛けることになった。ごめんなさい。」
あきら:「おまえが謝る必要はないんだ。悪いのはパパなんだ。パパが悪いんだ。」
おれは舞を手を握り謝った。舞はその手で俺の頭をなでた。
舞 :「パパは悪くない。いい人。」
あきら:「舞」
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草薙 :「今晩がヤマでしょう。今夜乗り切ればキロニーネが一気に効き出す筈です。後は舞ちゃんのがんばり次第です。」
そう草薙先生はおっしゃった。
俺と冬子はその夜、舞のベッドの横で舞の手を握り祈り続けた。
それしかできなかった。
夜も遅くなって、病室に女の子が入ってきた。俺達は遅いから寝るようにといったが、その子が頑として受け付けなかった。そして一緒に舞の手を握ってくれた。一生懸命にぎってくれた。
そうやって眠れぬ夜を過ごしたが明け方くらいに俺達はいつのまにか眠ってしまった。
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窓から差し込む朝日で目を覚ました。
窓の外ですずめが鳴いている。
舞 :「パパ、冬ちゃん、美鈴どうしたの?」
私は目を覚まして周りを見回すとベッドの上にパパと冬ちゃんと美鈴が布団にかぶるように寝ていた。
舞 :「こんなところで寝ると風邪引くよ。」
3人が目を覚ます。
舞 :「ほら、しっかりおきて。」
パパと冬ちゃんが私に思いっきり抱きつく。
舞 :「痛いよ、二人とも。もっとやさしくしてよ~。」
パパがガバって起きて病室を出て行った。草薙先生を呼んでる声が聞こえる。
舞 :「冬ちゃん、やっぱりパパ変な人だね。」
冬ちゃんは抱きついたまま離れない。
舞 :「冬ちゃんまで。美鈴も何泣いてるのよ。そうそう、美鈴が夢にでてきた。私とたかしにいちゃんが二人で一つの傘をさして道を歩いてたら、後ろから美鈴がきたの。そして美鈴が大声で叫んでたの、それで、立ち止まってふりかえって聞いたんだけどよく聞こえなかったの。それでまた歩き出したら、今度は美鈴が私の手を握って、『行くな!』っていうの。そうしたら、たかしにいちゃんが笑って、『えいっ』ていって傘から私を追い出すの。それでたかしにいちゃん走っていっちゃった。私の傘持ち逃げして。それで私と美鈴が雨の中呆然と立ち尽くすの。ひどいよね。」
今度は美鈴が抱きついてきた。
舞 :「もう、美鈴まで。」
病室の入り口からかのんが顔を出してきた。後ろにつかささん、草薙先生、そしてパパもいる。つかささんに車椅子を押されてかのんが近づいてくる。
かのん:「舞のバカー! どれだけ心配したと思ってるのよ。」
そういってかのんはわんわん泣き出した。
そっか、私、危なかったんだ。そして、すっかり治ったんだ。
舞 :「みんな、ごめんなさい。そして、ありがとう。もう大丈夫。」
草薙先生が診察してくれた。
草薙 :「熱もないし、咳も出ていない。治っている。」
草薙 :「ある程度は予測していたが、ここまで即効で効くとは思わなかったな。やはり、あのキロニーネは特効薬だな。一週間様子見て退院だな。」
あきら:「先生、ありがとうございます。なんて御礼をいったらいいか。」
草薙 :「いや、舞ちゃんが頑張ったんだよ。私は手助けしただけだ。」
冬子 :「先生、かっこよすぎです。」
草薙 :「そうそう、完治したわけではないので。定期的に診断が必要です。普段はキロニーネは飲まなくて良いですが、症状が出たら早めに診察を受けキロニーネを飲んでください。今度はちゃんといい付けを守ってくださいよ。」
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一週間後、退院の日を迎えることとなった。
舞 :「かのん、美鈴、絶対にまた遊びに来るからね。」
かのん:「絶対よ。お見舞いじゃ許さないわよ。遊びに来るのよ。」
美鈴 :「学校始っても院内学級に遊びに通ってね。」
舞 :「うん、二人とも待っててね。あ、本当は待ってもらうのは良くないんだけど。二人とも早く良くなってねっていうのは白々しいから、やっぱり待っててね。」
二人とも笑ってる。
舞 :「草薙先生もありがとうございました。先生は命の恩人です。」
草薙 :「おう、もう泊まりに来るんじゃないぞ。遊びに来るのは構わないけどな。でも、こっちだって忙しいんだから邪魔すんなよ。」
舞 :「つかささんもありがとう。」
つかさ:「退院おめでとう。舞ちゃん。やっぱり舞ちゃんにトリックエンジェルが来たんですね。」
舞 :「え?」
つかさ:「だって、医者と科学者とお母さんが助けに来たじゃないですか。」
舞 :「医者は草薙先生、科学者は、えっと、そっか、薬持ってきたキャサリンさん。でも、お母さんは?」
冬子 :「あの、舞ちゃん、これもらっていただけませんか?」
冬子が封筒を舞に差し出す。封筒には星の形をしたシールが一杯貼ってあった。
舞 :「うん、でも、冬ちゃんこの封筒は何?」
冬子 :「結婚式の招待状です。」
舞 :「え?」
冬子 :「もし良かったら、冬子とあきらさんの結婚式に出ていただけませんか?」
舞 :「え? ええーー! じゃあ?」
あきら:「ああ、冬子がおまえのお母さんになる。」
舞 :「本当? 本当? 信じられない! パパ、冬ちゃんおめでとう~~。」
舞があきらと冬子に交互に抱きつく
あきら:「ありがとう、さあ、新しい家族の生活の始まりだ。舞、まずどこ行きたい?」
舞 :「もちろん、冬ちゃんと温泉!」
梅雨の明けた太陽がまぶしかった。
第1章「院内学級編」完
これで第1章「院内学級編」がやっと完了しました。ここまで読んでくださった方本当にありがとうございました。
第1章作成の裏話とかは活動報告やブログに載せていきたいと思います。
これからは少しペースを落として第2章「ボランティア編」に入ります。第2章は退院後の夏から秋にかけての舞ちゃんの話が中心になります。どうか宜しくお願いします。