第9話 「卒業式のあと、まだ決まっていないこと」 ~3年C組、45分間の密室推理・最終章~
※この作品は『彼女の計画』シリーズのスピンオフですが、本編未読の方でも独立した作品としてお楽しみいただけます。
【前回までのあらすじ】
一月。
進路希望調査の季節。沙織は美大へ、康介は推薦、瞳もEもそれぞれの進路を決めた。拓もまた、自分で選んだ道を進むことを決める。純だけが「まだ決める時じゃない」と、白紙のまま残す。窓の外の揺らぎは、校庭の真ん中まで近づいていた。
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【最終章】三月『卒業式のあと、まだ決まっていないこと』
1
三月。
卒業式の朝。桜はまだ咲いていなかった。
教室は静かだった。いつもの6人が、それぞれの席に座っている。
机の上には卒業アルバム。
沙織がそれを開く。ページをめくる指が止まる。
「……これ」
その声に、全員が顔を上げる。
ページには非常階段の写真。夕暮れの非常階段に、三人の影。
階段の上に二人。それを見ている一人。
康介がのぞき込む。
「渡り廊下からだ」
去年の六月、渡り廊下は工事中だった。誰も入れなかったはずだ。
拓が写真の隅を指さす。
「ここ」
小さな文字があった。
『あなたは、ずっと見られていた』
瞳の顔から血の気が引く。
誰も言わない。
2
その時、後ろの席で何かが動いた。
全員が振り返る。
誰もいない。
でも、机の上に一冊のノートが置かれている。
あの日、純が預かったノートだ。
純が立ち上がり、近づく。ノートを開く。
最初のページ。
『私は、ずっとここにいた』
その下に新しい文字。
『そして、今もいる』
ページをめくる。一月以降のページは白紙のまま。
最後のページだけ、違った。
『あなたが読んだ瞬間、この物語は完成する』
3
沙織が呟く。
「“あなた”って……」
誰も答えない。
後ろの席で、風もないのにページがめくれた。
新しいページが開く。真っ白なそこに、かすかに文字が浮かぶ。
『それは――』
消える。
また浮かぶ。
『それは――』
消える。
拓が言った。
「まだ、決まっていないんだ」
「何が?」
「この物語を読む人が誰か」
4
チャイムが鳴る。卒業式の開始。
「行かなきゃ」
瞳が立ち上がる。でも、足が動かない。
沙織がキャンバスを抱えたまま言う。
「あの席の人って、本当にいたの?」
誰も答えない。
後ろの席で、またページがめくれた。
『いた。そして、いる』
その下に続く。
『でも、それは――』
消える。
何度も、何度も、書かれては消える。
拓が窓の外を見る。フェンスの手前には、もう揺らぎはない。
でも、代わりに――
教室の後ろの席に、確かに「気配」がある。
誰かが、そこに座っている。
5
瞳が言う。
「私たち、この1年、何を見てたんだろう」
康介が答える。
「“空気”」
沙織が続ける。
「“影”」
Eが言う。
「“私”」
拓が言う。
「“視線”」
純が、最後に言った。
「“物語”」
全員が後ろの席を見る。
誰もいない。
でも、そこに「いた」という感覚だけが、重く残っている。
6
教室のドアが開く。担任だ。
「卒業式始まるぞ」
6人が動き始める。
教室を出る最後の一人、純が机の上を見る。
メモが一枚。
『まだ、決まっていない』
その下に、新しい文字が一つ。
『でも――』
純は振り返る。
後ろの席には誰もいない。でも、ノートが風もないのに開いている。
最後のページ。
『あなたが読んだ瞬間、この物語は完成する』
純はノートを閉じ、灯りを消した。
7
卒業式が終わった。
体育館の外で、それぞれが立ち止まる。
拓が瞳を見る。瞳がうなずく。
「また――」
拓の言葉が、そこで途切れる。
瞳も何も言わない。ただ、もう一度うなずいた。
康介が沙織を見る。
「絵……」
「うん」
それだけ。
沙織が少し笑う。康介も、少しだけ口元を緩めた。
Eが純を見る。
「もし――」
「……うん」
Eが小さくうなずく。それで終わり。
誰も続きを言わない。
言わないまま、それぞれが歩き出す。
8
最後に残ったのは、拓と純。
拓がフェンスを見ながら言う。
「もういないな」
純もうなずく。
「でも、どこかに」
「どこに?」
「次の誰かの教室に」
拓が少し笑った。
沈黙が流れる。
拓が言う。
「俺、ずっと見られてたんだな」
「そうだね」
「でも――」
拓はそこで言葉を切る。先を言わない。
純も何も言わない。
風が通る。
9
校庭の向こうから、新しい一年生が歩いてくる。
まだ制服も新しく、少し緊張した面持ち。
その中に、一人、後ろを振り返っている子がいた。
こっちを見ている。
純はその子を見る。
拓が言う。
「行こうか」
「うん」
二人は校門を出る。
振り返らない。
10
その夜。
教室にはもう誰もいない。
後ろの席の机の上に、一冊のノートが置かれている。
最後のページ。
『ようこそ、3年C組へ』
『ここでは、すべてが「気づいたら決まっている」』
『でも、それでいい』
『それが、この教室のルールだから』
『さようなら、卒業生』
『こんにちは、新入生』
『そして――』
『あなたが読んだ瞬間、この物語は完成する』
次のページは空白だ。
窓の外、フェンスの手前。
一瞬、空気が揺らいだ。
風か、光の加減か、それとも――
でも、確かにそこに「誰か」がいた。
ずっと見ていた誰かが。
そして、その「誰か」は――
もしかしたら、あなたかもしれない。
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本編となる「彼女の計画」、「彼女の計画_外伝『影たちの物語』」も合わせてお楽しみください。
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