第7話 「『次は、あなたの番です』」~3年C組、45分間の密室推理・第七章~
※この作品は『彼女の計画』シリーズのスピンオフですが、本編未読の方でも独立した作品としてお楽しみいただけます。
【前回までのあらすじ】
十一月。
修学旅行の夜、Eが図書館で見た小説の話をする。その発言はその夜にLINEノートから匿名で削除され、翌日にはなぜか復元される。しかし誰も発言の内容を思い出せなくなっていた。後ろの席には『私は、ずっとここにいた』と書かれた新しいノートが置かれている。窓の外の揺らぎは校庭の半分ほどまで近づいていた。
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【第七章】十二月『「次は、あなたの番です」』
1
十二月。
朝、教室に入ると、誰もが同じものに気づいた。
後ろの席。あの空席のはずの机の上に、ノートが置かれている。
先月、純が見つけたあのノートだ。
でも、それだけではない。
机の横に、誰かが立っているように見えた。
一瞬のことだった。
沙織がそれを見て、固まる。
でも、次の瞬間には、誰もいない。
「……今、誰か立ってなかった?」
沙織の問いに、Eもうなずく。
「見えた。気のせいじゃない」
拓が窓の外を見る。
フェンスの手前には、今日も揺らぎがある。
でも、さっきまでそこにいたはずの「誰か」が、今は教室の中にいるような気がした。
康介が、ゆっくりと後ろの席に近づく。
誰もいない。でも、机の上のノートが、わずかに開かれている。
康介が手に取る。ページをめくる。
最初のページ:『私は、ずっとここにいた』
二ページ目:『あなたたちは、気づかなかった』
三ページ目:『でも、もう気づいた』
四ページ目以降は、白紙だった。
でも、五ページ目に、かすかに鉛筆の跡がある。何かが書かれかけていて、消されたような跡。
康介は、その跡をじっと見た。
「……ここに、何か書いてあった」
「何て?」
「わからない。でも、消されてる」
瞳が言う。
「誰が消したの?」
誰も答えない。
でも、全員が無意識に、教室の中を見渡した。
いるはずのない「誰か」を探すように。
2
その日のLHR。
十二月の議題は「冬休みの過ごし方」と「三学期の役割決め」。でも、誰もその話に集中できなかった。
全員の意識が、後ろの席にある。
あのノートは、今もそこにある。
康介が教壇から言う。
「……あのノート、どうする?」
沈黙。
沙織が言う。
「捨てるわけにはいかないよね。誰かのものかもしれないし」
「誰のものだと思う?」
また沈黙。
Eが、小さく言った。
「あの席の人のもの、なんじゃないかな」
その言葉に、教室の空気が変わった。
拓が窓の外を見たまま、口を開く。
「“あの席の人”って、誰だ?」
誰も答えられない。
でも、誰もが「いる」ことを感じている。
瞳が、震える声で言った。
「私たち、ずっと無視してたのかな。あの席に誰かがいることを」
3
その時だった。
後ろの席で、何かが動いた。
全員が振り返る。
誰もいない。
でも、机の上のノートが、ひとりでに開いた。
ページが風もないのにめくれる。
一枚、二枚、三枚――
白紙のページが続く。
でも、五ページ目で止まった。
そこには、さっきまでなかった文字が書かれていた。
『やっと、気づいたね』
沙織の口から、悲鳴に近い声が漏れた。
Eは立ち上がりかけて、その場にへたり込む。
康介はスマホを握りしめたまま、動けない。
瞳は拓の腕を掴んでいる。
拓は、じっとそのノートを見つめている。
純だけが、一歩前に出た。
4
純が、静かに言った。
「あなたは、誰?」
ノートは答えない。
でも、次の瞬間、またページがめくれた。
六ページ目。
『私は、ずっと見ていた』
七ページ目。
『最初から、ずっと』
八ページ目。
『四月のあの日から』
九ページ目。
『クラス委員が決まるのを』
十ページ目。
『文化祭の出し物が決まるのを』
十一ページ目。
『アンケートの結果が操作されるのを』
十二ページ目。
『手が挙がるのを』
十三ページ目。
『Eの言葉が消えるのを』
十四ページ目。
『全部、見ていた』
ページが止まる。
誰も声を出せない。
十五ページ目が、ゆっくりとめくれた。
そこには、こう書かれていた。
『次は、あなたの番です』
5
全員の顔が、凍りついた。
「次は、あなたの番」――それは、誰に向けられているのか。
沙織が呟く。
「“次”って……何の?」
ノートは答えない。
でも、次の瞬間、十六ページ目がめくれた。
『この教室で、まだ何も起きていないのは、一人だけ』
全員が、無意識に互いを見る。
拓、瞳、康介、沙織、E、純。
六人。
でも、一人だけ、まだ「何も起きていない」人がいる。
それは誰だ。
四月のクラス委員決め。あの時、誰が一番蚊帳の外にいた?
五月の文化祭。誰が一番「決まっていくこと」に流されていた?
六月のあの写真。誰が一番「見られる側」にいなかった?
七月のあの手。誰が手を挙げなかった?
九月のアンケート。誰が「選ばされた」側に立っていなかった?
十月の学級委員選挙。誰が最後まで何も言わなかった?
思考が巡る。
でも、答えは出ない。
6
その時、拓が口を開いた。
「“まだ何も起きていない”ってことは、これから起きるってことだ」
誰も答えない。
拓は続ける。
「“番”が来るってことだ。全員に、何かが起きる」
瞳が、小さく言った。
「……もう、起きてる人もいるよね」
そうだ。
Eには起きた。あの非常階段の目撃。
あのメモ。そして、あの言葉が消えたこと。
康介にも起きた。
アンケートの順番を変えたかもしれないという、自分でもわからない罪。
沙織にも起きた。
7人目の背中を描いてしまったこと。
拓にも起きた。
あの写真に写っていたこと。ずっと何かに見られている感覚。
瞳にも起きた。
誰もいない席から手が挙がるのを初めて指摘したこと。
純にも――純には、何が起きた?
全員の視線が、純に集まる。
純は、何も言わない。
ただ、静かにノートを見つめている。
7
その時、十七ページ目がめくれた。
『純。あなたは、いつ書くの?』
純の顔が、初めて動いた。
「……何を?」
ノートは答えない。
でも、次の瞬間、十八ページ目に文字が浮かぶ。
『この教室のことを』
『ずっと見てきたんでしょ』
『なら、書くのがあなたの役目』
純は、何も言えない。
沙織が、純を見る。その目には、複雑な感情が混ざっていた。
(Eが言ってた図書館の小説……あれ、もし純が書いたりしたら……)
(でも、そんなはずない。純は普通の高校生だ。小説なんて書けるわけない)
瞳も、同じことを考えていた。
(純は、私たちの何を見ていたんだろう。あの写真のこと? あの手のこと?)
拓は、何も言わない。ただ、純を見ている。
その目は、責めるでもなく、問い詰めるでもなく、ただ「そうだったのか」と言っているように見えた。
8
康介が、震える声で言った。
「純……お前、何か知ってるのか?」
純は、長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……何も」
「え?」
「何も知らない。ただ、見てただけ」
「何を?」
「全部。四月からずっと。この教室で起きたこと、全部見てた」
純の声は、静かだった。
「クラス委員が決まる時も、文化祭の時も、あの写真の時も、アンケートの時も、手が挙がった時も。ずっと、見てた」
沙織が、小さく言った。
「それって……」
「観察してたんだ。みんなのことを。でも、それだけ。何もしてない。何も書いてない。ただ、見てただけ」
沈黙。
拓が、静かに言った。
「でも、これから書くのか?」
純は、後ろの席のノートを見た。
十九ページ目が、静かにめくれている。
そこには、こう書かれていた。
『書かなければ、消える』
『書けば、残る』
『どちらを選ぶ?』
9
純は、長い間、その文字を見つめていた。
教室の時計の音だけが、カチカチと響く。
やがて、純は言った。
「……わからない」
その声は、かすかに震えていた。
「書けば、何かが変わるかもしれない。でも、書かなければ、このまま何も変わらない。どっちが正しいのか、わからない」
沙織が、小さく言った。
「私も、わからないよ。あの7人目の背中、今でも描けないままだし」
Eが、うつむいたまま言った。
「私も……あの日、何て言ったか、まだ思い出せない」
瞳が、Eの肩に手を置いた。
「でも、Eはあの時、何かを言ったんだよね。それが消えちゃっただけで」
拓が言う。
「消えたことだけは、確かだ」
康介が、小さく笑った。
「何もわからないまま、ここまで来たんだな、俺たち」
その言葉に、なぜか少しだけ空気が和らいだ。
10
その時、二十ページ目がめくれた。
そこには、こう書かれていた。
『わからなくていい』
『決まらなくていい』
『ただ、ここにいるだけで』
全員が、その文字を見つめる。
拓が呟いた。
「“決まらなくていい”……か」
瞳が続ける。
「そういうことも、あるのかな」
沙織が、キャンバスを見る。
「描けなくても、描こうとすることはできるのかも」
Eが、顔を上げた。
「思い出せなくても、感じたことは、そこにある……のかな」
康介が、ゆっくりと言った。
「“最適”じゃなくても、いいのかもしれない」
純は、何も言わなかった。
でも、その目は、少しだけ違う光を帯びていた。
11
チャイムが鳴る。
LHRの終わり。
でも、誰もすぐには立ち上がらなかった。
拓が、後ろの席のノートにもう一度目をやる。
二十ページ目で止まっている。
でも、その下に、まだページがある。
二十一枚目。
そこには、何も書かれていない。
真っ白なページ。
沙織が呟く。
「これ、誰が書くんだろう」
瞳が言う。
「もしかしたら――」
「私たち、かもな」
拓の言葉に、全員が無言でうなずいた。
純が、ゆっくりと後ろの席に近づく。そして、ノートを手に取った。
「これ、預かっていい?」
誰も反対しない。
純は、ノートを自分のバッグに入れた。
「もし書くとしたら、みんなのことを書くとしたら――ちゃんと、みんなに見せたい」
拓が、少し笑った。
「楽しみにしてる」
12
教室を出る最後の一人は、今日も純だった。
机の上に、一枚のメモが置かれている。
『書き終わったら、ここに置いてください』
純はそのメモを見て、少し笑った。
「わかってるよ」
そう呟いて、教室の灯りを消した。
廊下に出ると、誰かが立っている気がした。
振り返る。
誰もいない。
でも、教室のドアの向こうに、かすかな気配がある。
十二月の風が、冷たく頬を打つ。
空を見上げる。
星が、一つ、また一つと瞬いている。
その光のどこかに、あの人がいるのかもしれない。
ずっと見ていた人。
そして、いつか――
この教室のことを知る人。
純は、そのまま歩き出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
『彼女の教室』は、本編『彼女の計画』シリーズの登場人物たちの高校時代(同級生設定)を描く全8話の学園ミステリーです。
本編で複雑に絡み合う大人たちの「なぜ」の答えが、この教室の中に隠されています。
また、本編『彼女の計画』シリーズも連載中です。
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