第5話 「『手を挙げた』のは、誰だったのか?」~3年C組、45分間の密室推理・第五章~
※この作品は『彼女の計画』シリーズのスピンオフですが、本編未読の方でも独立した作品としてお楽しみいただけます。
【前回までのあらすじ】
九月。
修学旅行の見学コースを決めるアンケートで、選択肢の順番が無意識に操作されていたことが発覚。Aコースが80%の支持を得るが、誰も「Aに行きたい」と言った記憶はない。康介は教壇でしばらく動けなかった。窓の外の揺らぎは、微かにこちらを向き始めていた。
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【第五章】十月『「手を挙げた」のは、誰だったのか?』
1
十月の半ば。
体育祭が終わり、教室にはまだその熱気の名残が漂っている。壁には各団の応援旗の写真が貼られていた。
黒板の文字。
『学級委員 後期役員選挙について』
康介が教壇に立つ。
「前期の任期が切れる。後期の委員を選ぶ必要がある」
沈黙。
誰も手を挙げない。誰も目を合わせない。
「立候補制でいこうと思う。誰か――」
その時だった。
教室の後ろの方。一番後ろの窓際の席。
誰もいないはずの席から、手が挙がっていた。
2
全員の視線が、その空席に集まる。
沙織の手が止まる。Eが顔を上げる。拓が窓から視線を戻す。瞳の表情が固まる。
康介の声が、かすれた。
「……今、手が挙がらなかったか?」
誰も答えない。
でも、誰もが見たのだ。
誰もいない席から、確かに手が挙がるのを。
拓が、静かに言った。
「“誰かが手を挙げた”ように見えた」
沙織がうなずく。Eもうなずく。瞳も、無意識にうなずいていた。
沈黙が続く。
3
康介が、ゆっくりと後ろの席に近づく。
誰もいない。ただの空席だ。
でも、机の表面に、かすかな跡があった。
鉛筆でなぞったような、薄い跡。
『私は、ここにいる』
康介の手が止まる。
誰も何も言わない。
4
放課後。
沙織は一人、教室に残っていた。キャンバスに向かっている。後ろの席から見た教室の風景。
描きながら、ふと手が止まる。
背中が、一人多い。
数える。拓、瞳、康介、純、E、沙織――六人のはずが、七人いる。
沙織はそのまま、筆を置いた。
何も言わない。ただ、キャンバスを見つめている。
5
その週の金曜日。
もう一度、LHRで学級委員を決める。
康介が教壇に立つ。
「立候補はいませんか?」
沈黙。
沙織が、ゆっくりと手を挙げた。
「……私」
その手が挙がった瞬間、全員が無意識に後ろの席を見た。
誰もいない。
でも、さっきまでそこに「誰か」がいたような気配が、かすかに残っている。
瞳が言う。
「沙織でいいんじゃない?」
康介がうなずく。
「異議のある人?」
誰も手を挙げない。
「じゃあ、後期の学級委員は沙織で」
決まった。
でも、誰もが違和感を覚えていた。
さっきまで、誰かがそこにいたはずなのに。
6
その週末。
沙織は、あの後ろの席に行った。
誰もいない。
でも、机の上に、小さなメモが置かれている。
『私が手を挙げたのに』
沙織はそれを見つめたまま、動かない。
廊下でEに会う。
「これ、誰の字かわかる?」
Eは見て、首をかしげる。
「……見たことある気がする」
「誰?」
「思い出せない」
後ろから瞳の声。
「それ、私の字じゃないよ」
三人でいると、康介と拓も通りかかる。
康介がメモを見て、顔色を変える。
「これ……」
「知ってるの?」
康介は首を振る。
「知らない。でも――どこかで見たことがある」
拓が窓の外を見る。
フェンスの手前。揺らぎが、今日もそこにいる。
「あれが書いたのかもしれないな」
誰も答えない。
7
月曜日。
沙織は、あのメモを机の中にしまった。
でも、何度も取り出して見る。
『私が手を挙げたのに』
この「私」は、誰なのか。
沙織はキャンバスに向かった。
7人目の背中を、もう一度描こうとした。
少しだけ、形になった気がした。
でも、それが誰なのかは、まだわからない。
窓の外の揺らぎは、今日もそこにいる。
でも、少しだけ近づいていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
『彼女の教室』は、本編『彼女の計画』シリーズの登場人物たちの高校時代(同級生設定)を描く全8話の学園ミステリーです。
本編で複雑に絡み合う大人たちの「なぜ」の答えが、この教室の中に隠されています。
また、本編『彼女の計画』シリーズも連載中です。
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