第3話 「あの日、だれもいなかったはずの場所で」~3年C組、45分間の密室推理・第三章~
※この作品は『彼女の計画』シリーズのスピンオフですが、本編未読の方でも独立した作品としてお楽しみいただけます。
【前回までのあらすじ】
六月。
拓のスマホに「1年前の今日、あなたはこの投稿に『いいね』しました」という通知。表示された写真は、工事中で立ち入り禁止だった渡り廊下から撮影された非常階段。Eは「あの日、私は渡り廊下に立っていた」と言うが、写真は撮っていない。教室の後ろの席に、誰も置いた覚えのないスマホが置かれる。純が拾ったメモには『あの日の「いいね」は、まだ押されていない』と書かれていた。
1
七月最初のLHR。
梅雨は明けていた。教室の窓は全開。それでも空気は重い。
6人は無言でそれぞれの席に座っていた。誰も「前回の続き」を口にしない。
沙織がキャンバスに何かを描き始める。数分後、手を止めた。
「……ねえ」
その声に全員が顔を上げる。
沙織はキャンバスを皆に向けた。後ろの席が描かれている。あの日、スマホがあった場所。
「この席、誰が座ってるんだっけ」
沈黙。
拓がゆっくりと後ろの席を見る。誰もいない。
「……ずっと、空席だった」
康介の言葉に、沙織が首をかしげる。
「でも、あの日、ここにスマホがあった」
Eが本から顔を上げた。
「誰かの忘れ物?」
「違う」
拓が言う。全員が彼を見る。
「あのスマホ、あの日だけあったんじゃない。もっと前から、あそこにあった気がする」
「気のせいだろ」
康介が否定する。でも、その声は確信に欠けていた。
その時、瞳が立ち上がった。
「確かめてみよう」
瞳は担任のデスクにあるクラス名簿を手に取る。
「……37人」
呟きが教室に落ちる。
沙織が数える。拓、瞳、康介、純、沙織、E。それで6人。他に31人。合計37。
「誰も足りない人はいない」
康介が言う。
――なら、あの一番後ろの席は、誰の席なんだ?
2
Eが小さく言った。
「去年の今頃って、何してたっけ」
それぞれの「去年の六月」が、断片的に浮かんでは消える。
「あの日、非常階段に誰かがいた」
Eが突然言った。声は硬い。
「前に話したよね。二人と、それを見ている人がいたって」
「うん」
「あの時、私は『見ている人』のシルエットを見た。でも、それが誰かはわからなかった」
Eはゆっくりと教室を見渡した。
「もしかしたら、その人が、あの席に座ってたのかもしれない」
沈黙。
誰も否定しなかった。
ピコン
短い通知音が教室に響いた。全員が自分のスマホを確認する。違う。
ピコン
もう一度。今度は後ろの方から。
一番後ろの窓際の席。あの日スマホがあった場所に、また同じスマホが置かれている。
拓が立ち上がり、近づく。手に取る。画面には一枚の写真が表示されていた。
非常階段。
三人の影。
拓の手が止まる。
「……これ、誰が撮ったんだ」
誰も答えない。
純が後ろから写真を覗き込んだ。
「この三人って……」
言いかけて、止まる。
わからない。でも、なぜか見たことがある気がする。
3
沙織がキャンバスに向かっていた。数分後、手を止めた。
「……描けなかった」
キャンバスには、後ろの席のあたりが、ぼんやりとした影だけが残されていた。
「あの席に座っていた人の顔が、描けない」
拓が後ろの席にもう一度目をやる。誰もいない。
「“見る”と“見られる”は、表裏一体だ」
拓の言葉が静かに響く。
「誰かを見ていれば、誰かに見られている」
瞳が拓を見た。
「私たち、ずっと誰かに見られてたのかな」
誰も答えない。
窓の外を見る。校庭のフェンスの手前。いつもの場所に、揺らぎがある。
それは今、いつもよりはっきりと見えた。
Eが小さく言った。
「あの日、渡り廊下から非常階段を見た時、何か変だと思った。二人と、それを見ている私。それで全部のはずなのに、もう一つ、何かがあった気がする」
「何かって?」
「わからない。でも、確かにそこにあった」
純がポケットから小さなメモを取り出した。先月、机の上に落ちていたものだ。
『あの日の「いいね」は、まだ押されていない』
「これ、誰が書いたんだろう」
誰も知らない。
拓が言った。
「あの日の『いいね』は、まだ押されていない。つまり、まだ“決まっていない”ってことだ」
その時、チャイムが鳴った。
4
誰もすぐには立ち上がらなかった。
沙織がキャンバスをもう一度見る。影だけが残されたそこに、かすかに輪郭が浮かび始めている気がした。
瞳が立ち上がった。
「帰ろう。また来週」
拓は最後にもう一度後ろの席を見た。誰もいない。でも、そこに「いた」という感覚だけが残っている。
純は教室を出る最後の一人だった。机の上を見る。
小さなメモがまた落ちている。
『あの日の「いいね」は、今、押された』
純はそのメモを拾った。そして窓の外を見る。
校庭のフェンスの手前。揺らぎはもう消えていた。
でも、その場所に、確かに誰かが立っていた気がする。
あの日、非常階段で起きたことは、まだ終わっていない。
純はメモをポケットにしまい、教室の灯りを消した。
窓の外では、七月の光が降り注いでいる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
『彼女の教室』は、本編『彼女の計画』シリーズの登場人物たちの高校時代(同級生設定)を描く全8話の学園ミステリーです。
本編で複雑に絡み合う大人たちの「なぜ」の答えが、この教室の中に隠されています。
また、本編『彼女の計画』シリーズも連載中です。
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