僕は青春を知りたい
高校生活が始まり三ヶ月、放課後の教室には夕日が差し、吹奏楽部の音楽が響いている。
僕、佐藤伊織はそんな教室の窓から頬杖をついて、ひたむきに練習に取り組むサッカー部を眺めていた。
「伊織様、ご帰宅なさらないのですか?」
執事のセバスチャンがそんなことを聞いてくる。
「もう帰るよ」
僕はそう言って荷物をまとめ、教室から出た。
僕の家は、古くから代々続く大企業を経営している。
そんな家の長男に生まれた僕は、小さい頃から英才教育を受けてきた。
ピアノ、水泳、英会話など、やってきた習いごとの数は数え切れない。
加えて僕の周りには常に付き人がおり、無闇に外出することもできなかった。
しかし、そんな僕にも一つだけ、やってみたいことがある。
それは『青春』というものだ。
きっかけは学校生活をモデルにした一冊の小説だった。
そこに描かれていたのは部活動で汗を流したり、友達や恋人と仲を深めたりする、僕の生活とは全くかけ離れたものだった。
それからというもの、僕の中には憧れの感情が生まれた。
しかしいくら憧れても、この家の後継ぎに生まれた以上、僕に青春は訪れない。
そんな現実がこれからも続いていくと思うたび、僕は憂鬱になっていた。
そんな時だった。
家に帰り、夕食の時間になると、いつも忙しい寡黙な父さんが口を開いた。
「お前ももう高校生、付き人は必要ないだろう」
「明日から一人で登校しなさい」
あまりに唐突なその発言に、僕は言葉を失った。
翌日、僕は本当に一人で登校していた。
正直、まだ信じられない。
それに、玄関で見送りをしていたセバスチャンが、なぜか笑顔だったのも気になった。
僕はそのことに違和感を感じつつ、教室に向かった。
教室ではいつもより視線を感じた。
おそらく、いつも僕の周りにいるセバスチャンや他の付き人がいないからだろう。
そんなことを思っていると、一人の生徒が話しかけてきた。
「今日は執事の人いないの?」
そんなことを言った彼女は夢乃詩織、おっとりした雰囲気が特徴の人物だ。
「うん」
「というか、もう学校には来ないらしい」
「そうなんだ…。」
気まずい。
せっかく同級生と話しているのに、会話の広げかたが分からない。
それに今の僕の言い方だと、なんだか誤解を招きそうだ。
しばらく沈黙が流れると、夢乃がまた口を開いた。
「放課後、みんなで勉強会するんだけど伊織も参加する?」
そんな突然の誘いに僕は驚きを隠せなかった。
なにせ、彼女とはほとんど話したことがなかったからだ。
昨日から衝撃的な出来事が続き、僕の脳は混乱していたが、とりあえず彼女の誘いを受けることにした。
放課後…。
僕は勉強会に参加していた。
最初、クラスのみんなは僕が参加することに困惑していたのだが、夢乃が言うならとなんとか受け入れてもらえた。
勉強会は順調に進んでいき、終盤に差し掛かかると、隣の人が一つの問題に苦戦しているようだった。
そのため、僕は勇気を出してその人に問題の解き方を教えることにした。
すると、それを見た他のクラスメイトも、分からない問題をどんどん僕に聞き始めた。
この流れは最後まで続いていき、勉強会が終わる頃にはほとんどの人に勉強を教えていた。
終わった後、僕はみんなに感謝された。
少しむず痒かったが、とても嬉しい。
そんなこんなでみんなと別れ、帰り道を歩いていると僕はふと思った。
「ああいうのが、青春なのかな」
クラスの人と勉強会、それは僕の憧れた小説のワンシーンのようだった。
「僕も、青春できるのかな」
僕は確かな達成感と期待感のようなものを感じていた。
家に帰ると、セバスチャンが出迎えてくれた。
彼は僕の顔を見て、「何かありましたか?」と聞いてきた。
おそらく僕の表情を見て、いつもと違うと思ったのだろう。
僕はそれに「少しね」と答えた。
やはり、僕は親や使用人に素直になれないらしい。
次の日の朝。
登校すると、何人かのクラスメイトが挨拶をしてくれた。
僕はそれに内心ウキウキで挨拶を返し、席に座って小説を開いた。
何度も読んだこの小説、もちろん物語の内容が変わるわけじゃない。
しかし、勉強会を経験し、クラスメイトと仲を深められたという実感がある僕にとって、この小説はただの夢物語じゃなくなっていた。
今の僕には、できるかもしれない『青春』がたくさんある。
そんなことを思いながら、小説を読んでいると後ろから視線を感じた。
振り返ってみると、夢乃が僕の小説を覗いていた。
「なにしてるの?」
僕がそう聞くと、彼女は「それ、私の…。」と言ってきた。
「夢乃もこの小説、読んでるってこと?」
「そんな感じ」
「後、夢乃じゃなくて詩織って呼んで」
やはり、彼女のことはよく分からない。
昨日、急に勉強会に誘ってきたのもそうだし、今回もそうだ。
僕が不思議に思っているとチャイムが鳴り、ホームルームが始まった。




