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第6章 紬の胸の中

——なんであんなこと言っちゃったんだろう。


 帰り道、風にまぎれて零れた一言。

 「好き」。

 あれは事故。いや、事故ということにしたいだけ。


 ほんとは、ずっと前から言いかけてた言葉だ。



 朝、教室でみなとに近づいたとき。

 ふつうに話してただけなのに、胸が変に高鳴って、

 視線を合わせるとなんだか落ち着かなくなって。


 原因は、昨日の夜のビデオ通話。


 あの寝顔がずるすぎた。


 すやすやと寝息を立てて、

 眉のあたりがほんの少しゆるんでて、

 いつもより大人っぽくて、

 でもいつもより無防備で。


 幼馴染として何度も見てきた顔なのに、

 なんであんなに胸がぎゅっとしたんだろう。


 画面越しの彼に向かって思わず言ってしまった。


 ——好きになっちゃうところ、だったんだよ?


 あれ、本心だった。

 むしろ“だった”じゃなくて“もう好き”なんだけど。



 今日の帰り道。

 みなとの横顔を見ていたら、ふいに心が緩んだ。


 彼が私を見た一瞬が、ずっと頭に残ってたの。

 気のせいじゃなく、ほんとに私の方を見てくれてた。


 それが嬉しくて、少し勇気が出て。

 “手をつなぎたい”なんて言ってみた。


 けどその勇気は長く続かなかった。


 みなとの歩幅に合わせながら、

 「幼馴染」の境界線が目の前にあるのを感じてしまって。


 もし踏み越えたら、

 もし気持ちを伝えてしまったら、

 今の関係に戻れなくなるかもしれない。


 その怖さがずっと胸にあった。



 ——なのに。


 なのにあの瞬間だけ、

 私の心が勝ってしまった。


「……すき」


 あの一言は、無意識。

 でも、ずっと隠してきた本音でもある。


 言った瞬間、血の気が引いた。

 怖くて、慌てて言い訳して、

 みなとの目をまともに見られなくて。


 だって、もし——


 みなとが「幼馴染のままでいい」って思ってたら、

 ふたりの関係が壊れてしまう。


 怖くて、ほんとの本音なんて渡せない。



 だけど、みなとが私に向けてくれる視線も、

 距離を縮めてくれる歩幅も、

 寝落ちするほど安心してくれる通話も——


 全部、私の中の“好き”を強くしていく。


 抑えきれなくなっているのは、私のほう。


「……どうしよう」


 小さくつぶやく。

 一歩先に進みたいのに、怖い。

 でもこのままじゃ胸が苦しい。


 みなとの反応を見るのが怖いけど——

 明日、ちゃんと顔を見なきゃ。


「……嫌われてませんように」


 願うみたいな声が、夜の部屋にそっと消えた。

最後まで読んでくださりありがとうございます

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