第6章 紬の胸の中
——なんであんなこと言っちゃったんだろう。
帰り道、風にまぎれて零れた一言。
「好き」。
あれは事故。いや、事故ということにしたいだけ。
ほんとは、ずっと前から言いかけてた言葉だ。
*
朝、教室でみなとに近づいたとき。
ふつうに話してただけなのに、胸が変に高鳴って、
視線を合わせるとなんだか落ち着かなくなって。
原因は、昨日の夜のビデオ通話。
あの寝顔がずるすぎた。
すやすやと寝息を立てて、
眉のあたりがほんの少しゆるんでて、
いつもより大人っぽくて、
でもいつもより無防備で。
幼馴染として何度も見てきた顔なのに、
なんであんなに胸がぎゅっとしたんだろう。
画面越しの彼に向かって思わず言ってしまった。
——好きになっちゃうところ、だったんだよ?
あれ、本心だった。
むしろ“だった”じゃなくて“もう好き”なんだけど。
*
今日の帰り道。
みなとの横顔を見ていたら、ふいに心が緩んだ。
彼が私を見た一瞬が、ずっと頭に残ってたの。
気のせいじゃなく、ほんとに私の方を見てくれてた。
それが嬉しくて、少し勇気が出て。
“手をつなぎたい”なんて言ってみた。
けどその勇気は長く続かなかった。
みなとの歩幅に合わせながら、
「幼馴染」の境界線が目の前にあるのを感じてしまって。
もし踏み越えたら、
もし気持ちを伝えてしまったら、
今の関係に戻れなくなるかもしれない。
その怖さがずっと胸にあった。
*
——なのに。
なのにあの瞬間だけ、
私の心が勝ってしまった。
「……すき」
あの一言は、無意識。
でも、ずっと隠してきた本音でもある。
言った瞬間、血の気が引いた。
怖くて、慌てて言い訳して、
みなとの目をまともに見られなくて。
だって、もし——
みなとが「幼馴染のままでいい」って思ってたら、
ふたりの関係が壊れてしまう。
怖くて、ほんとの本音なんて渡せない。
*
だけど、みなとが私に向けてくれる視線も、
距離を縮めてくれる歩幅も、
寝落ちするほど安心してくれる通話も——
全部、私の中の“好き”を強くしていく。
抑えきれなくなっているのは、私のほう。
「……どうしよう」
小さくつぶやく。
一歩先に進みたいのに、怖い。
でもこのままじゃ胸が苦しい。
みなとの反応を見るのが怖いけど——
明日、ちゃんと顔を見なきゃ。
「……嫌われてませんように」
願うみたいな声が、夜の部屋にそっと消えた。
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