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風のみちびき

作者: 藤山さと


ふと足元を見ると、そこは砂地だった。

直径1メートルもないくらいの円の中に私は立っていた。

円の外側では波が打っている

一体どういうことだ。なぜここに波があるんだ。

足元にあった視線を目の前に移し、それから左右を確認した。

海だ。海が広がっている。というか海しかない。

近くで波を見る限り透明のように感じたが、海の中は全く見えなかった。空には太陽はなく、でもなぜか明るい。午前11時くらいに感じる明るさだ。

波の音だけが聞こえてくるこの状況を、私は理解できずにいた。放心状態が続いていたが、少しして私の頭は動き出した。

ここはいったいどこだ?わからない。

この波はいったいなんだ?わからない。

今は干潮と満潮どっちだ?わからない。

わからないことが続いた結果、私の頭は一つの答えを出した。

きっと満潮になる。きっとこのまましんでしまう。だとしたら眠るのがいいだろう。何もわからないままいけたらそれがいい。

そう思い、私はその場に体育座りをして顔を伏せ目を瞑った。耳には波の音がいつまでも残る。それでも私は目を閉じ眠るよう努力した。



驚いたことに、私は眠っていたみたいだ。

自然と目を開けたとき、その景色は最初と変わらなかった。変わったことと言ったら、背中の方から風が少し吹いているくらいだ。その風は今のわたしにとって心地よく感じる。少しあたたかくてどこか冷たくて、自分を正してくれる、そんな気がした。

もう一度あたりを見渡したくて立ち上がった瞬間、背中の方から吹いていた風が強まった。ビュンっと吹いた風にからだが押され足が一歩前に出た。海だということはわかるが底が見えない恐怖に呼吸が一瞬止まり目を瞑ったが、足はなぜか砂の上に着地していた。今の今までそこに砂地はなかったのになぜ。

そんなことを考えていると、またビュンっと強い風が吹いた。今度は足が2、3歩前に出るくらいに強かった。無意識に足を踏み出していたから気が付くのに時間がかかったが、またもや砂地が現れた。いったいなにが起こっている。私は恐怖した。そんな私に考える時間を与えないかのように風は吹き、その強さはどんどんと増していく。私は風に身を任せ一歩一歩進んだ。もう考えたくないし見たくもない。

だが、私が目を閉じることはなかった。変わらない景色の中に、所々あたたかい空気が流れていたからだ。なんだ?と思い視線を向けると、そこには薄い黄色や薄い紫色をした空気が漂っていた。その空気は、何かの花のにおいがする。もうどのくらいの距離を進んだかわからないが、その色以外にも様々な色が過ぎ去っていった。私にはその匂いがどこか懐かしく感じたが、思い出せないでいる。

あるところで風は弱まりいよいよ無風になった。私の足も止まり、ゆっくりと呼吸を整えた。落ち着いて周りを見てみると、目の前に大きな大きな木がある以外に他は何も変わっていなかった。波は今も足元で行ったり来たりしている。目の前にある大きな木だけが何か変だ。

私はふとその木に触れたくなった。匂いを嗅ぎたくなった。抱きしめたくなった。そんな気持ちはおかしいと思いじっと見つめていると、その木から枝が伸びてきて私の身体に巻き付いてきた。私は理解ができず固まり恐怖で目を閉じた。

そのとき、頭の中で声が響く。

「やっと会えた。今までいろんな人に会ってきたでしょ?わたしたちも会いたかった。」

普通そんなことを言われたら失神するか思考停止して固まるかするだろう。

なのに私は、止めることができない程に涙があふれ出てきていた。うろたえる私を見ながら、その木は言った。

「あなたに会えてよかった。ありがとう、ありがとう。」

そう言ってその木は突如光となり四方八方へと散り始めた。まぶしいはずなのに、目を閉じてしまいそうなのに、目を離すことができない。むしろ見ていたいと思った。誰の記憶かはわからないが私の中にその記憶が流れてくる。いつの時代なのだろう、とても古い記憶がそこにはあった。顔もわからない、名前も知らない、でも心の中心で少しだけ共鳴しているような気持ちになる。ああ、なんてあたたかいんだろう。

そのあたたかさで急激に眠くなった私は、知らぬうちに目を閉じていた。その光と共に、私の体も散っていった。ああ、なんて心地が良く、なんて悲しく、なんてあたたかいのだろう。涙が目から落ちていった。



目を開けるとそこは日常の光景だった。

いつもの部屋。いつもの布団。いつもの時間。今日がいつなのか、すべての意識が飛んでいた。カーテンの隙間からこぼれてくる光たち。さっきまで見ていた景色が引きはがされるように記憶がぼやけていく感覚がした。剝がされたくないのにその記憶を留めておくことができない。なにか壮大な夢だったような。ぼーっとしている私に母が声をかけた。

「ほら、準備して。お墓参りに行くよ。」

その言葉に私はさっきまで見ていた夢を思い出した。


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