第9話 レスバ
初配信から一夜明け、俺は昨日の配信のアーカイブを倍速で再生していた。風向きが変わったのは明らかにヒミツステージに入ってからだった。明らかに退屈な時間が長く続いた。これを何とかしなくてはならない。
初めに思いつくのはトークで場を繋ぐことだ。コメント欄と会話をしつつ小粋なトークで場を沸かす。しかし、あの難易度のゲームプレイの中、トークで場を繋ぐトークスキルが一朝一夕で身につくとは思えない。いずれは身につけなくてはならないがすぐには難しいと考える。
次に考えるのはリアクションを大きくすること、これも難しいが少し意識すればリアクションによって退屈さを紛らわせられるかもしれない。
しかし、これだけでは全然足りない
「何か、無いのか」
「同じような画面、同じような展開を打開する方法」
なぜ、同じステージを繰り返すことがこれほどまでに退屈だったのか。それは進捗の可視化と次への期待感の持続がなかったからだ。
そのとき、俺の脳裏に、同じ図柄が延々と回転するパチンコ台の演出が蘇った。あれも繰り返しの多いコンテンツだがハズレや無駄な時間に細かな予告や演出を仕込むことで意味を持たせている。失敗を、次に向けた待機時間に変える。それが、自分のトークスキル不足を補う道かもしれない。
そう考えた俺は配信の準備に取り掛かる。
そして、配信が始まった。
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イツカ「こんにちは、憂生イツカです。やってきました2ステージ目。今日も気合入れてやってくぜ。」
[こんにちは]
[わこ]
[同接200wwオワコンwww]
[大丈夫そ?w大丈夫そ?w大丈夫そ?w]
一夜明けてもコメント欄は相変わらずだった。しかし俺は昨日とは違う印象を抱いていた。
人が折角やる気を出している時に、なんて度し難い。
こいつらは煽ることしか考えていないゴミクズだ。構うと助長するだけ、スルーが一番である。
[繰り返しの多いコンテンツキターー]
どうせ昨日の配信で俺が弱ってると見て煽りに来たんだろう。おめでたい奴らだ。
[つくもたんのコバンザメさん?]
しかしよくよく考えると馬鹿げた話だ。なぜこいつらの為にわざわざ気を使わなくちゃいけない?あっちが好き勝手言ってくるならこっちだって好きにしたっていいだろ。
溜め込まれていた悪意の濁流が、喉の堰を切ろうとしている。
とうとう我慢できなくなり口を開いてしまった。
イツカ「コバンザメだかなんだか知らねーけど。じゃあそのコバンザメの配信に群がってるお前は一体何なんだよ。」
「どうした?答えてみろよ。ユーザーネーム「あ」さん。待ってるから」
[効いてるw]
[落ち着いて]
[こっわ]
[おいおいガチやんけ]
[顔真っ赤ですよw]
[乗るな!]
困惑と無責任な煽りが交じり合う
[「あ」がなんか言ってるぞ]
イツカ「なんか言ってる?でも「あ」っていっぱい居てどれがどれだかわかんねーやw」
「というわけで俺の勝ちってことで。プランクトンからやり直してこいゴミクズが。」
[は?]
[無敵で草]
[え、どうしたの?]
このゲームには必勝法がある。こういうバトルは逃げたほうが負けで、相手に負けたと少しでも認めさせれば勝ちというのが古からの掟である。つまり相手が匿名な事を利用して、逃げたことにし、逆にこちらは高々と勝ちを宣言する。最後に暴言を添えれば勝利の方程式の完成だ。
我ながらなんて滑稽なやり取りだろうか、お互いにドブのような戦いである。しかし、少し前まではこれが当たり前だった。俺は思ってしまうのである。
「なんかしらねーけど、こっちのが楽でいいや。」と、
しがらみを捨て、やりたいように振る舞う。それは俺が今までやってきたことだった。
田舎のネズミも居れば、ドブのネズミもいる、
どっちがいいかなんてわかんねーだろ。
コメント欄への気遣いという馬鹿げた概念は、跡形もなく消え去っていた。俺は咳払いをして、何事もなかったかのようにコントローラーを握る。
イツカ「挨拶はこの辺にして今日は先にステージ2のヒミツステージからやってくぜ」
[は?]
[切り替え早すぎだろw]
[おい、逃げるなよ]
[挨拶は大事。古事記にもそう書いてある]
実際今までのは前座、こっちを攻略しないと何もかも始まらない。
逸れてしまった道筋から軌道修正するように意気揚々と語り始めた。
「今回のヒミツステージも中々鬼畜な仕様だ。あそこの空中に浮いた木の板はすぐに飛び移らないと板ごと落ちるからな。」
今回のステージは空中に浮いた木の板が大量に配置されており、それをを乗り継いでいくステージだ。ただしその木の板は自キャラが乗ると重力を取り戻したかのように段々と下に落ちて行ってしまう。高度が低くなりすぎると届かなくなるため素早い乗り継ぎが必要になる。
開幕のやり取りでボルテージの上がっていた俺はハイテンションで攻略を進めていた。
しかしヒミツステージの魔の手は止まらなかった。何度も同じ場所で失敗し、配信に停滞の兆しが見え始めた。視聴者の集中力が途切れる、
その臨界点を測ったように、俺はとある演出を入れた。
画面にゲームオーバーの文字が映し出されるその瞬間、沈黙が訪れるはずの空間に、どこからともなく、感情的な声が響いた。




