第8話 初配信 九十九視点
憂生イツカの初配信が終わった後、私は画面の前で罪悪感に苛まれていた。
配信の様子は荒れていた。罵詈雑言が飛び交い誰もイツカ君を見ていなかった。そうなってしまったのは私のせい。高橋がVtuberをやってくれることに浮かれてハードルを上げすぎたから。もっとのびのびと配信をさせてあげなきゃいけなかった。
そもそも高橋がVtuberを始めたのも自分のせい。私が自分のエゴでVtuberに誘っていなかったら高橋にこんな思いをさせることはなかった。
自分の胸に手を当て、あの日のことを思い出す。
それは偶然、本当に偶然だった。アキメイトで高橋を見つけて思いついた。高橋にVtuberになってもらおうと。
私は自分だけの「推し」が欲しかった。私は「推し」というものが解らなかった。アイドルもVtuberも好きになったことがあるが、どこか解釈の違いがあった。何かを捧げるほどだとは思わない。周囲は推しを見つけてどんどん充実しているように見える。
羨ましい。
そう思ったとき私になぜ推しができないのか考えた。それは、私だけのものではないからだ。「同担拒否」という言葉がある。自分が推している対象と同じ物を推している人を避ける現象だ。自分もそうなのかもしれない。
だったら自分だけの「推し」を作ればいい。そう思った。
なぜ高橋だったのか。それは私にも分からない。たまたまあの場所にいたからなのか、誰でもよかったのか。しかし、女の勘という奴だろうか、あの日高橋を見て確かにVtuberになって欲しいと思ったのだ。
高校生の頃の高橋とはあまり接点が無かったが、変わってるといった印象だった。
私が部活の休憩中に校舎を歩いていると、偶に高橋は変なことをしている。誰もいないところで倒れている自転車を全部起こしていたり、教室のドアの歪みを直していたり。
良い人ではあるんだろうけど、変わってると思った。
ある日、パワーポイントの発表で班が一緒になったことがあった。私を含め班のメンバー達は部活動があり、形だけ完成させたような杜撰なスライドを作っていた。しかしいざ発表になってみると全てクオリティの高いスライドに置き換わっていた。消去法的に高橋がやったとしか思えない。私は高橋に感謝したが、満足気に自分がやりたいからやっただけと言っていた。
感謝はすれどやっぱり変わってると思った。
もしかしたら私は高橋がVtuberになっているところが見たかったのかもしれない。Vtuberになって奇想天外なことをする姿が。だけどそれももう終わり。自分のエゴで巻き込んでしまったことに示しがつかない。
そう思って連絡を送ると
高橋から通話がかかってきた。
とにかく謝らないと。そう思って私は通話ボタンを押した。
九十九「ごめん!高橋。まず謝らせて。本当にごめんなさい。私が調子に乗ってハードルを上げすぎたから。そもそも私がVtuberに誘っていなかったらこんなことになっていなかった。高橋にこんな思いをさせてしまってごめんなさい。どれだけ責められても仕方ないことだと思う。高橋がvtuberを辞めるって言ってももう何も言わない。」
私は、自分の罪状を早口で吐き出した。顔はどれだけ青ざめていただろうか。懺悔を終え、高橋からの怒りや絶望の言葉を待つ。
高橋の声が、数秒の沈黙の後、とぼけたような調子で返ってきた。
高橋「何を言ってるんだ。九十九には寧ろ感謝してる。ありがとうまである。」
九十九「感謝…?」
私の眉が、思わずぴくりと動いた。目の前の罪悪感が、彼の予想外の「ありがとう」という言葉によって、形を失い宙に浮いた。
高橋「配信者ってのは見てくれる人がいないと始まらねーだろ。九十九は最高の舞台を用意してくれたんだ。謝らないといけないのは俺のほうだ。俺は自分の実力不足で期待に応えられなかった。九十九が今まで築き上げてきたブランドにも傷をつけてしまった。申し訳ない」
高橋「けどまだつくもたんブランドにしがみつかせて欲しいんだ。まだまだ憂生イツカは注目されてる。だからとことんまでやらせてくれ。頼む!」
彼は、怒りも失望もしていない。まるで高校生の頃のように無邪気な好奇心に満ちているように見えた。その言葉を聞いた瞬間、抑えきれない笑いが込み上げてきた。罪悪感という重い鎖が、音を立てて砕け散った。私は思わず机に顔を伏せて、声を上げて笑った。
九十九「ふふっ、あっはははは!」
高橋「どうしたんだよ」
私は気づいた。彼は変わっていなかったんだ。
九十九「流石Vtuberだ。そんなセリフ、現実じゃ恥ずかしくて誰も言えないよ。」
高橋「なんだよ。人が真面目な話してる時に」
九十九「うん、いいよ。とことんまでやってよ。私は最後までそれを見ていたい。なんたって私の「推し」なんだから」
高橋「推しって大げさだろ。…まあそれはともかくありがとう。厳しいかもしれないけどやってみるよ。」
そうして通話は終わった。
私はヘッドフォンを抱え、足をバタバタと動かした。
彼に期待するなんて変わってるのは私の方かも。それでも次の配信が楽しみで仕方なかった。
「多分これが推しってことなんだよね」
抑えきれない感情に私は名前を付けたのだった。




