第7話 初配信2
俺はひたすらコンティニューを繰り返していた
そんな様子にコメントの様相も少し変化していた
[頑張れー]
[おしー]
[何回同じミスするの?]
[ごめんこれ何がおもろい?]
[ドンマイ!]
[縛り緩めたほうがいいんじゃない?]
応援と励ましの声の中に、懐疑と退屈の色が混ざり始める。そして、それを皮切りに視聴者同士の諍いへと発展した。
[静かに見てあげようよ]
[今さら縛り緩めるとか無しだろ。そんなん見るのやめるわ]
[ここは普通にプレイしてても難しい]
[文句言ってる人全員BANして欲しいです]
[配信のルールも守れないの?]
[ルールなんてどこにも書いてないだろ]
配信者への指示コメントやそれに反論する者が現れた。そして争いを収めようとコメントする者も現れる。しかし、争いを収めようとするコメントがかえって火種を生んでしまっている。いわゆる自治コメントという奴だ。
俺は衝動的にこいつらに反論しようとしている。だが理性で口を噤んだ。ここは匿名掲示板とは違うのだ。俺は今、憂生イツカとして配信している。不特定多数が俺に注目する中でそんなことをしても反感を買うリスクが高すぎる。
更にコメントの内容自体はある意味正当な批判だ。延々と同じような画面を見せられれば文句の一つも言いたくなるのは俺も理解できる。
それでは誰かが言っているようにそいつらをBANしていけばいいのか。それは確かにそうかもしれない。しかしそれはしたくなかった。鎖のように縛られたコメント欄を見てきた。柑咲シトラの配信。あの無機質なコメント欄はまるで人の血が通っていないようだった。
俺はその様子を見てコントローラーを握りしめることしかできなかった。ゲームのプレイに精一杯だったこともあるが自分がどうすべきか分からなかったのだ。
置かれた立場、コメントの状況、自らの正義、様々なものがグチャグチャに入り乱れて自分の喉を締め付ける。精巧に作られたモデルは皮肉にも俺の絶望を忠実に再現していた。
結局のところ悪いのはこうなるまで何もできなかった俺である。
混沌としたコメント欄を横目に俺はひたすらリトライしていた。クリアさえすれば状況は変わる。その希望に縋るしかなかった。
「必ずクリアする。申し訳ないが待っててくれ」
[待ってても進みません]
[お前ら何でこんな配信見てるの?お前ら何でこんな配信見てるの?]
[J( ’ー‘)し<ご飯の時間よー]
[まだ見てる人←えーバカです]
焦る気持ちとは裏腹に画面も状況も変わらない。寧ろコメント欄を煽って楽しむ愉快犯のようなコメントも目立ち始めコメントは混沌と化していた。少しずつステージ攻略のパターンを掴み始めてはいたがそんなもの誰も見ていない。一時は2000人近くあった同接数も今や半分以下になっていた。
数時間後
ついにヒミツステージを突破した。
[おめでとうございます!]
[おめ]
コメント欄には賛辞の声が響いたがその声はまばらだった。同接は何とか100人を超えているが一時に比べると潮が引いてしまったかのように静かである。それでも見てくれた人には本当に感謝しなくてはならない。
「今日は見てくれてありがとうございました。明日もまたやるからよかったら見に来てください」
締めの言葉を終え配信を閉じた。
配信を終え張りつめていた糸が切れたように深く息を吐きだした。
その後、俺の胸に湧いたのは、痛烈な無力感だった。
「何があいつに勝つだ。くそっ…!」
自分は奢っていた。九十九の力をまるで自分の力のように錯覚し、柑咲シトラに勝った気でいた。目を背けていたのだ、自分には何もかも足りないということを。
この無力感をどこにぶつければいい。
俺は無心に柑咲シトラのチャンネルページを開いていた。配信はとっくに終わっており、アーカイブだけが俺を嘲笑うかのように残っている。俺はそれを再生する。
薄黄色の長い髪をした少女が弛んだ声で話している。
シトラ「昨日ね~人気のスイーツ店に行ってきたの」
いつものだ。浅い流行に乗って自分をアピールしてんだろ。
訳すなら「スイーツ食べてる私女子力高くてかわいいでしょ」ってことだ。
シトラ「あまりにおいしかったからどこかに財布忘れて来ちゃって~」
ドジっ子アピに加えて不幸アピまでして来るとは、
訳「お金無くしてかわいそうな私にスパチャしろ豚共」ってことだ。
スパチャというのは視聴者が配信者にお金を送ることができる、いわゆる投げ銭機能で、その機能を使ってチャットすればコメント欄に目立って表示されることになる。
視聴者にとってスパチャをすれば目立てる、配信者の役に立てる、一石二鳥のシステムな訳だ。
シトラ「そのせいであんまり寝れなかったの~」
訳「配信早く終わっても文句言うなよ財布共」
フルコンボだ。人の醜い部分がこれほどまで凝縮されているとは。
そう思っていると突然信じられない単語が俺の耳に入ってきた。
「つくもたんが推してた憂生イツカって子、きょう初配信なんだ~。デザイン結構かっこいいよね~。みんなそっち行っちゃってるのかな~寂しいな」
おかしい。俺の名前が出たことももちろんおかしいが。そもそも柑咲シトラは、普段他のVtuberの名前をあまり出さない。視聴者が他のVtuberの名前を出してしまうとあいつは不機嫌になる。
それなのに、今回は自分から…
邪推に邪推が重なってしまう
いや駄目だ。あいつに負けたことで思考がネガティブになりすぎてる。
俺が気持ちを振り払うと、それに連動するかのように話題はすぐに変わり、話題はまた不幸アピや下ネタばかりになった。
それでもコメント欄は心配や共感で溢れており、柑咲シトラと一緒になって盛り上がっている。
完敗である。復讐以前の問題だった。配信者としての能力が圧倒的に足りていなかったのだ。
配信機材はそのままに俺はイスに深く座りなおした。
「だったら…どうするんだ…」
絶望する俺の声に木霊するかのように俺の腹の底から別の声が湧き上がる。それは渇望のようなもの。しかしその渇望こそが俺が鼓動を止めていない証。それこそが俺の希望になっていた。
あいつを超えたい、あいつを見返してやりたい
そう思った瞬間、俺の脳は引くことを拒否した。まるで飢えた獣のように無理筋を押せる理由を探し始めた。
あいつだって最初はぎこちなかったじゃねーか
最初に浮かんだのはその一点。
そして自分に矛先が移る。
俺に失うものなんて何もない。だったら引く理由なんてねーだろ。
それどころか九十九のおかげでまだまだ注目は保てている。一からvtuberになる場合と比較してこれほど恵まれている状況なんてなく、今自分が置かれている状況も別にそこまで悲観的な状況ではないのだ。
そう考えたら自然とやる気が出てきた。
その時ピコン、と通知が鳴った。
「配信お疲れ様。疲れてるのにごめんね。ちょっと話したいんだけど今大丈夫?」
九十九からの通知だった。俺はその通知を見て肩をすくめてしまった。九十九には見せる顔がない。あれだけ盛り上げてくれたのに一夜にしてオワコンになってしまった。きっと、つくもたんブランドに傷をつけてしまったに違いない。そのことを言われたら素直に謝ろう。
説教されるのは覚悟して俺は通話をかけた。




