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第27話

暗い部屋で俺は一人コントローラーを叩いていた。


画面を覆いつくす程の巨体が空を舞い、回転しながら敵を地面に突き刺す。その光景に見飽きたところで気にもせず、何度もリプレイを巻き戻す。


これは対策である。目標を対GENに絞り、俺は徹底的に対策を練っていたのだ。


奴が使用するのはパワータイプのプロレスラー。巨躯から繰り出されるその一撃は重く、一度ペースを持っていかれると、そのままゲームセットまで持っていかれてしまう。そんなキャラだ。


その分立ち回り面には難があり、俺の使うキャラに対しては触る手段が限られている。そこをを突いて、丁寧に爆弾処理をするように立ち回れば相性は悪くないはずだ。


但しこれは理論上の話。プロゲーマー相手にどこまで通用するか。


不安を拭えないまま本番を迎えるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「こんひなたー!ついに始まりましたイツカ杯!今日は私、暁野ひなたchからお送りしていきます!みんな、盛り上がる準備はできてるかー!」


[きちゃああああああああ]

[こんひなたー!!]

[あれ?ひなたん一人ww]

[うおおおおおおおおおおお]

[はじまった!!]


スピーカーから割れんばかりの声で、開幕の合図が告げられる。


普段の俺の配信では見たこともないような数字にも暁野ひなたは平然としていた。それどころか少し頬を膨らませながら彼女は言う。


「他の二人は選手として出場する為、実況は私が任されました。運営チャットの空気が話しかけるなオーラ全開でちょっと悲しかったんだよ!」


[ソロなのすごい!]

[みんな本気だ]

[主催が実況丸投げとかどうなってんだよw]

[かわいそうw]

[あいつはボコられる準備してるだけだぞ]

[これ主催いる?]

[ひなたんは頼れる先輩だからね]


一言の合間にも豊かに表情を変えるその姿は、さながら万華鏡のようで、画面を華やかに彩っている。


俺はその様子を画面の前で眺めていた。


…すげーもんだ。画面の前の視聴者は見事に釘付けにされて、一緒になって盛り上がっている。…ってだめだ、俺まで見惚れてどうすんだ。次の試合は人生を決めると言っても過言じゃねえ。気合い入れろ。


緊張と緩和。秤に乗せると明らかに緊張の方が多い。だから心は緩和へと持っていく。だが分量を間違えるのは駄目だ。上手く釣り合いを保たなければ。


自分を律している間にも、セレモニーは進行していく


「運営の一人、憂生イツカ選手はなんと初戦からの出番となります。その相手はみんなも知ってるよね。プロゲーマーのGEN選手です!」

「いや~最初からクライマックスだよ!みんな楽しみにしてたんじゃない?」


[GENさん!]

[豪華すぎ!!]

[プロwいいんすかww]

[GENさんは推せるぞ!]

[早くGENさん見たい!!]

[プロ!絶対凄いじゃん!]


「わお!すごい人気!ということで今回は特別に初戦のお二人をお呼びして試合前の意気込みを聞いていきたいと思います。おねがいしますー」


運営に呼ばれた俺とGEN氏が通話に参加する。


「あひょ!?あかん!変な声出てもうた!どうも~プロゲーマーやらせてもろてます。GENといいます。」


拍子抜けするような飄々とした挨拶、そして彼は続ける。


「というかやで、まじのひなたそおるやん!あかん息できひん。いやもうこの日をずっと楽しみにしてました!…イツカはん!ほんまありがとう!」


何だこのテンションは、完全に限界化している。GENだけに。

…いやだから集中しろ。乗せられてはいけない。俺はいつもの調子で口を開いた。


「いや…ありがとうって、ども。憂生イツカです。立場上一応俺が主催ってことになってるが、今日は選手として来てんだ、その感謝は受け取れねえな。」


「ああ、そういうノリかいな。まあええわ」


こちらの空気に合わせ、彼はそのまま問いを投げかけてくる。その言葉に先ほどまでの緩みは無かった。


「コメントから聞いてんねんけど、あんたはどうやら、悪い奴、みたいやなぁ」


「さぁ?何のことやら分かんねえな?」


俺がわざとらしく惚けると


「悪い奴はみんなそう言うんや。俺にはわかる。なんで知ってるかは、内緒やで。」


「さぁ。どうやら暖まってきたようですね!お二人ともありがとうございました。準備の方終わり次第、早速、第一回戦いってみましょうーー!」


[いってみましょーーー]

[うおおおおおおおおお]

[GEN暴れてくれー!!]

[主催はなんでふてこいん?]

[わくわく]

[きたーーー]


最高潮を切り取るように言葉は遮られ、暗転する画面に熱が帯びる。


「さて、行くか」


そう言って、俺は胸に手を当てる。今にも張り裂けそうだった心臓が熱に煽られ鼓動を始める。


──試合開始のゴングが鳴った。


「ほな、いきまっせ~」


最初に仕掛けたのはGENだった。画面の中の巨躯が地を這うように足音を立て、こちらへ迫ってくる。


それに対して俺は予めボタンを入力し、技を置いておく。一歩、また一歩。奴の射程のわずか外側に身を置き、最速の牽制技を突き刺す。


「……捕まってたまるかよ」


とにかくリスクを取るな。練習通り、爆弾を解体するように一本ずつ導線を切っていく。 パワータイプの巨体は、俺の放つ小技に焼かれ、じりじりと体力を削られていく。


このまま体力差を付けて逃げ切る。

三角飛びで画面端から脱出し、再び小技を置こうとした、その時だった。


「――甘いなぁ」


ボイスチャットから漏れた、GENの低い声。 俺が放った小技のほんのわずかな硬直。プロの眼光はその一点を逃さなかった。


ドゴォッ!!


裏拳一閃。内臓を直接かき回されるような、えげつない打撃音と共に画面が一瞬止まる。 そのまま俺の体が打ち上げられ、地面に叩きつけられる。


その攻めは荒れ狂う吹雪の如く、巻き込まれたが最期、抜け出すのは至難の業。


気づけば俺の体力は消し飛んでいた。



画面に映るのは「K.O.」の二文字。


「リスクは避けていたはずなのに、どうしてだ…」


「見えてるもんはリスク言わんのや、見えへんからリスクやねん」


GENの言葉が正しいことは試合の状況が物語っていた。


奴の言う通り、ある程度被弾のリスクは避けられない。

ただし、それを受け入れた先にあるのは絶望的なリターン差だ。俺が数十秒かけて積み上げたリードは、あいつが放つたった三秒のコンボでゴミ屑のように吹き飛んだ。


「ははっ…こんなの、無理だろ」


乾いた笑いが、静まり返った自室に落ちる。最早何をしても勝てるビジョンが見えなかったのだ。


走馬灯のように浮かんでくるのは俺が倒したVtuber達の亡霊だった。


「ぎにゃあああああ」

「そんな…俺は、ここで」

「さぁ、君もどうだい?」


奴らのセリフが脳内を流れる。


これは呪いなのだろうか。


──否、そうではない。


蹂躙された万場ねこ。努力を見せた薙又レイ。魅せプを選んだ匂坂ソラト。


これらは俺がこの目で目の当たりにし、魅せられた光景だ。


あいつらは全力で表現していた。

Vtuberという世界における一つの在り方を。見られているというリスクへの向き合い方を。



突然降ってきた選択肢に、俺の口角が少し上がる。


「俺は今から主張を曲げる。半年ROMっちゃいなかったが、ノリは大体理解したぜ。」


そんな独り言を言いながら第二ラウンドが始まった。



「ほなまたいきまっせ~」


鼻につく関西弁と共に巨体が迫ってくる。そして俺は技を置く。


「おえ!?」


先ほどと同じやり取りだが先に声を上げたのはGENだった。


俺の置いていた技は小技ではなく、リスク度外視のパンチだったのだ。


最初の技を始動にして、同じパンチを六連打で繋ぐ、ループコンボが炸裂する。

ダン!ダン!ダン!そしてもう1セットを繰り返す。


小気味良いパンチのリズムに合わせ、コメントから合いの手が入る。気づけばGENの体力は大幅に削れていた。


「えぐい技もってるやん!」


「まだ試合は終わってねえってことだ!」


「そしたらそれだけ気つけとかなあかんっちゅーことか」


そう言ってGENがまた迫ってくる。俺はすかさずパンチを繰り出す。その瞬間、俺の拳は吸い込まれるように消え、音を失う。


「あ。」


実況が声を上げた頃には既に俺のキャラは宙を舞っていたのだ。


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