第19話 挨拶
淡い水色を基調とした背景に、可愛らしいSDキャラが中央で寝息を立てている。審ミナモの待機画面である。そう、これから「ミナモ杯」が始まろうとしていた。
BGMとして流れるのは、闘争とは無縁の清らかなピアノの旋律。画面の右端には、コメント欄が既に賑わいを見せているが、その文字の流れさえも、この牧歌的な空間では穏やかな水流のように見えた。
時計の針が、予定された開始時刻を告げる。ピアノの旋律が静かにフェードアウトし、画面はミナモの配信画面へと切り替わる。
明るく太陽のような声と共に華やかな二人のアバターが映し出された。
ひなた「みなもんじゅー!第二回ミナモ杯遂に開幕です!司会と実況を務めさせていただく暁野ひなただよ。そして!」
彼女は勢いそのままに、隣の少女にマイクを向けた。少女は少し視線を泳がせながら、その澄んだ青い瞳に緊張の色を滲ませる。
ミナモ「皆さん、み、みなもんじゅー…司会と解説を務めさせていただく審ミナモよ」
クールな口調を維持しようとするが、その声のトーンはひたすらに甘く、そして硬い。ミナモが緊張で肩をすくめながら、愚痴をこぼす。
ミナモ「あの、ひなたちゃん、本当にこの挨拶じゃないと駄目なのかしら」
クールな口調とは裏腹にひたすらに甘い声色、聞いているだけで蕩けてしまいそうになる。
ひなた「えー昨日一緒にこの挨拶でいこうって決めたよね?もう一回いこ?みなもんじゅー!」
ひなたは明るく笑い、ミナモの肩を叩く。その屈託のない元気さが、ミナモの緊張を解きほぐそうとしていた。
ミナモ「み、みなもんじゅー」
ミナモは諦めたように、甘さを滲ませた声で挨拶を繰り返した。二人が創り出す空間は、これから始まる戦いの緊張感を打ち消すかのような、甘美な調和に包まれている。大会の和やかなムードを確固たるものにしていった。
[みなもんじゅーww]
[かわいい]
[かわいーw]
[ミナひな実況!ありがとうございます!]
[これからも使っていこうwみなもんじゅー]
[ひなたんもいる!]
[この二人からしか摂取できない栄養がある]
暁野ひなた「試合は16人によるシングルエリミネーションのトーナメント制で行われます」
和やかな挨拶から一転、ひなたの口調が大会の実況へと切り替わる。
その太陽のように明るい声は、ルールと競技性を際立たせる照明のようだった。ひなたは勢いのある声でルールを告げ、画面に映し出されたトーナメント表を指し示した。
ミナモ「二本先取で進行していき、決勝だけ三本先取になるわ」
甘く静かな声で、冷静にルールの詳細を読み上げる。
暁野ひなた「熾烈なトーナメントを勝ち進むのはいったい誰になるのでしょうか?」
ひなたの口調は、観客の期待を一気に煽り立てる。
暁野ひなた「解説のミナモちゃん、注目の選手などは居ますか?」
質問を受けたミナモは一瞬静寂を置き、また冷静に語り続けた。
ミナモ「全選手注目したいところだけど、やはり注目すべきは前回大会優勝の匂坂ソラト選手ね。堅実なプレーから着々とリードを奪っていくプレイスタイルが特徴的よ。」
彼女が口にした「匂坂ソラト」の名は、この大会における絶対的な実力の象徴であり、すべての参加者にとって避けて通れない高い壁であることを示唆していた。
暁野ひなた「そのソラト選手のライバルとして期待されているのはやはり薙又レイ選手になってくるでしょうか?」
ミナモ「そうね。前回大会では惜しくも敗れてしまったけれど、実は彼の方から今大会に参加したいと言ってくれたのよね。おそらくかなり仕上げてきてくれているんじゃないかしら。」
ミナモの声音には、薙又レイのリベンジへの熱意に対する静かな期待が込められていた。
暁野ひなた「なるほどー。お互い因縁あり、といったところですねー、ありがとうございます」
ひなたは満面の笑みで頷くと、視線を画面隅のカウントダウンへと移した。会場の期待感が一気に高まる。
暁野ひなた「お、そうしている間に選手の準備ができたようです!」
「それでは第一回戦、万場ねこ選手対憂生イツカ選手、いってみましょー!!」
二人の掛け声と共に開戦の狼煙が上がった。
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俺の試合が始まった。
画面越しに俺は対戦相手と対峙する。
初めての大会ということだが俺に緊張は無い。なぜならやることは既に決まっているからだ。
ねこ「にゃー!いきなりこんな、ちょっと、やめて!聞いてないにゃー!」
対戦相手の悲鳴が聞こえる。
ひなた「おぉーと!憂生イツカ選手!すごいパンチ!ズサーからのカサカサ、カサカサ!飛び込んだ!」
ミナモ「ステップで翻弄してからのスライディングとダイブの二択ね。これに両方対応するのはかなり難しいわ」
ひなた「万場ねこ選手!かなり押されている!ねこちゃんはどこまで踏ん張れるのかー!」
解説が無くとも分かる一方的なこの状況。
俺がやることは強さによる自己顕示
馴れ合いに来たこいつらをぶっ倒して俺の名を轟かせる。対戦相手には悪いが踏み台になってもらうぜ
俺は息を吸い込み産声を上げる
イツカ「海馬に刻め。俺の名は憂生イツカだ!」
少し鼻につくような、ニブ様節の籠ったセリフでとどめを刺した。
ねこ「ぎにゃー!無理!無理!ゆるしてええ!」
ひなた「し、勝者!憂生イツカ選手!」
ミナモ「流石ね。厳しい予選を勝ち上がってきただけのことはあるわ。」
困惑した様子の実況に対し、冷静な解説の声が響く。
ひなた「ねこちゃんドンマイ!」
一回戦は俺の圧勝という結果に終わった
それに対してメインチャンネルの方の反応は
[あああああああああああああああああ]
[ねごちゃあああああああ]
[やっぱりねこちゃんは不憫が似合うwww]
[ドンマイw]
[ミリしら実況なの草]
[流石帰宅部部長のねこちゃんww]
俺の勝利に対する反応は薄く、万場ねこの敗北によって盛り上がっている
この様子に俺は正直感心してしまっていた。
万場ねこのパフォーマンスは自身を不憫だと演出することにより、蹂躙を一種のエンタメに昇華しようとしていた。
勝てば凄い、負けても不憫の完璧な両対応である。
それでも俺からしてみれば不憫でもなんでもなく負けるべくして負けただけだと思う。というか、普通はそう見えると思うが。
ちなみに俺の方の配信は
[海馬に刻め!だっておwww]
[覚えろビーム!w]
[イツカ君おめでとー]
[いいぞもっとやれw]
[これをカッコいいと思っているこどおじの末路です]
[やりすぎると消されるぞ!]
[ほう、中々の大立ち回りであった]
[イツカ一位にしてこいつら泣かそうぜ]
いつものザマである。
そして少し想定外だったのは、勝者が俺だと言うのにまだまだ存在感が出せていないことだった。
おそらくこのコミュニティにおいて俺という存在は異物として認識されており、一種の免疫機能が働いているのだ。
だがやはり俺のやることは変わらない。
大会という形式を開いている以上、いつでも大会の主役は優勝者なのだから。




