第1話 虚構
「VTuber」とは「バーチャル」と「youtuber」が合わさった言葉である。仮想世界のバーチャルな存在がyoutuberとして動画投稿や配信活動を行う。その響きは一見最先端の技術が織りなす夢物語の幕開けを告げる。だが、それは精巧な張りぼてにすぎない。バーチャルの衣を纏ってはいるが、その下には生身の人間が立ち尽くし、ただ声を発しているだけだ。現実から逃げた先に、只々現実が待っている。それでも、人々はその幻影に現実のすべてを忘れられると信じ、熱狂という名の鎖に繋がれていく。その行為は、自ら虚無の底へと沈んでいくように、空しく、くだらない。
かつての俺もそうだった。
部屋の隅で光を放つモニターに、俺はキーボードを叩きつけていた。埃をかぶったインスタント食品の空容器が、山のように積み上がっている。カーテンは閉め切られ、昼夜の区別もない部屋で、俺はひたすらアーカイブを確認しながら匿名掲示板に張り付いていた
「みんな、今日も応援ありがとう! 本当に、みんながいてくれるおかげ!」
画面の中では、個人勢VTuber、柑咲シトラがいつものように楽しそうに笑っている。その満面の笑顔が、俺の神経を逆撫でする。
「そんなこと思ってもねーくせに」
【悲報】柑咲シトラさん、日に日に配信時間が減っている模様
俺が立てたスレッドには、すでに数百ものレスがついていた。新しい書き込みが表示されるたびに、画面をリロードする。そこに書き込むネタを探すためシトラの過去の配信アーカイブを再生し、些細な発言まで見逃さない。
「この時の発言、声のトーンが低いよな。急いで配信切ってたし絶対裏で何かあったんだろ」
それに気づいた俺はすぐにスレッドに疑念を投下する
245 名無しさん
今日の配信も最後投げやりだったし明らかにやる気ないよな
247 名無しさん
>>>245 それな絶対男だろ
248 名無しさん
こんな状態なのになんでスパチャ投げるやつがいるんだ?
249 名無しさん
搾りカスどもは洗脳されてるからブヒブヒ金投げることしかできないんだろ
時には自演も交えつつスレの勢いを落とさない、こうしてアンチの巣窟が出来上がっていく
286 名無しさん
てか最近下ネタばっかで見てられん
287 名無しさん
最近洗脳が解けた奴がここによく来るようになったな
俺は思わずその書き込みに食いつく。そうだ。最近の配信は、以前のような温かさはなく、下品な言葉ばかりが目につくようになった。下ネタで豚どもを釣ってやろうという意図が透けて見える。俺はそんな醜い部分を見たくてvtuberの配信を見ていたのではない。そんなことを思っているうちにスレは活気づいていき、信者からのレスも見られ始めた
311 名無しさん
別に個人勢なんだから自由だろ
319 名無しさん
そこまで逐一チェックしてるとか暇人乙
俺はキーボードに爪を立てて、即座に返信する。
320 名無しさん
>>>319 こんなところまで巡回お疲れ様です
適当にあしらいつつも暇人乙という言葉に引っ掛かる
そうだ、俺は暇人だ。いつの間にか会社も辞め、何もかも投げ出してここにいる。
「そもそもここに書き込みに来てる時点で全員暇人だろーが」
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
俺は椅子から立ち上がり、カーテンに手をかけた。何日も閉め切っていたせいで、部屋は淀んだ空気に満ちている。
そうだ空気が悪い
この空気を入れ替えるために、一旦外へ出ることにした。
昼夜の区別もない部屋から、久しぶりに外に出た。目的もなく、ただ気の向くままに歩く。太陽の光が目に突き刺さり、思わず顔をしかめた。
街は賑やかで、楽しそうに歩く人々の声が聞こえてくる。俺の足は、いつの間にか見慣れた建物の前に止まっていた。地元のアキメイト、かつては、毎週のように通っていた場所だ。
店内に足を踏み入れると、色とりどりのグッズやポスターが目に飛び込んでくる。かつては、この空間にいるだけで、心が満たされたものだ。久々に来てもその感覚は変わらない。実家のような安心感である
俺はふとVTuberのコーナーに足を運んだ。真っ先に視界に入ってくるのは[MetaMitto production]所属今を時めくvtube「暁野ひなた」のグッズである。彼女に大して興味はないが他のvtuberについては知っておく必要がある。他のvtuberと柑咲シトラを比較することで叩く材料にできるからだ。
暁野ひなたのキーホルダーやタペストリーが並ぶ棚の前で、俺は立ち止まった。その太陽のような笑顔を見ていると、かつて俺が抱いていた幻想が、まざまざと思い出された。夢や希望を詰め込んだ、バーチャルな存在。現実から目を背けるための、甘い麻薬。胸の奥からふつふつと怒りがわいてきた。
気分転換のつもりが全然気分転換になっていない、代わりにパチンコにでも行こうとしたその時、ふと視線を感じて顔を上げた。俺の視線の先にいたのは、見覚えのある顔。俺はこの人物を知っている。しかし、向こうは俺のことを知るはずもない。というかそもそもこんなところにいるはずがない。
そう思って、俺は目をそらそうとした。その瞬間、
九十九「あ、やっぱり高橋だ」
彼女は、俺が視線をそらす隙も与えず、にこやかに話しかけてきた。
彼女の名前は九十九単。高校の頃のクラスメートでいわゆるクラスのカーストトップの存在だった。最底辺の俺とはもちろん接点もなく話しかけられるなんて思わなかった。年相応に大人びたその風貌はthe 三次元といった印象で、二次元に囲まれたこの空間とは真逆の印象を受けた。
九十九「こんな場所で会うなんて奇遇だね。」
なんでこいつは話しかけてくるんだ?まともに取り合うと絶対に面倒なことになる。なぜなら仕事を振ってくるときの上司に声のトーンが似ているから。ここは社会人時代に培った危険回避術その3「とりあえず相槌」でやり過ごそう。
九十九「高橋もVtuber好きなの?」
高橋「ああ」
九十九「あ、ひなたちゃん見てたんだ。可愛いよね」
高橋「そうだな」
九十九「やっぱりメタミの箱推しだったりする?」
高橋「そうだね、プロテインだね」
九十九「プロテイン?まあいいや。推しって憧れるよね。」
高橋「確かに」
九十九「高橋ってVtuberになりたいと思ったことはない?」
高橋「ああ!」
九十九「今何問目?」
高橋「うんうん」
九十九「え?このフィギュア買ってくれるの!?ありがと。」
高橋「おおおおおい待てえい!」
高橋「さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」
俺の渾身のツッコミに九十九は平然と答える。
九十九「別に黙って無かったじゃん」
九十九「なんで話聞いてくれないのさ」
高橋「面倒なことになりそうな気がしたからだよ」
俺がそう言うと九十九はわざとらしく答えてきた
九十九「え?何で?私は高橋にVtuberになってほしかっただけなのに。」
Vtuberになってほしい?意味が分からない。今さっき会っただけの俺に?それにもし俺がVtuberになったところで特技も無い。トークスキルも無い。できるはずがない。
九十九「未経験オッケー、イラスト、モデルは支給するから」
高橋「怪しいバイトの触れ込みかよ。冗談はよさねーか。」
明るい口調で突拍子もないことを言い出す九十九に対し、俺は一旦落ち着くように促す。
すると九十九は、真面目な声で言った。
九十九「半分は冗談だけど、半分は本気だから。だってあたしイラストレーターなの。それも結構有名な。「つくもたん」っていう名前で活動してるんだけど知ってる?」
いやいやいやいや、やっぱり冗談だろ。つくもたんと言えばイラストを上げるたびに万バズしてタイムラインを騒がせてるあの?俺でも余裕で名前知ってるレベルだぞ。いやでも待て、「つくもたん」って九十九の名前を平仮名にしただけ、ってめちゃくちゃ匂わせてんじゃねーかくそ!
しかしそれはそれで疑問が残るのだ。俺は問いかける。
高橋「知ってる。で九十九がつくもたんなのも分かった。」
高橋「でもそれと俺がVtuberになることは何も結びつかないだろ。」
九十九「私もVtuberを作って見たくなったっていうだけ」
高橋「つくもたん程のイラストレーターなら大手企業からでもどこでも引くて数多だろ。どうして俺なんだ。」
するとどこか遠い目をして九十九は言った。
九十九「見ず知らずの人に自分の絵でVtuberになってもらうのがなんか嫌だったの。今日高橋がVtuber好きだってことも知ったし」
好きなんて一言も言ってねーけどな!寧ろ大嫌いだ。
つくもたんはSNSでの露出は少なく、淡々とクオリティの高い絵を上げる謎多き存在だった。人気の割にVtuberのデザインもしてないのは謎だったがそういう理由なら納得できる、のか?
混乱する俺を横目に九十九はさらに続ける
九十九「それに高橋もVtuberになるメリットはあると思うんだよね。」
メリット?そりゃメリットはあると思うが、一応聞いてみる。
高橋「メリットってなんだよ」
九十九「高橋って働いてないよね?」
高橋「なんでわかったんだよ!仕事は辞めたよ!」
いや突然ぶっこんで来すぎだろ。礼儀を知らないの?Z世代なの?ア〇子さんでも何をされてる方なの?って
遠回しに言ってくれるぞ。って俺も突然すぎて自白しちゃってるし。わけがわからないよ
九十九「平日の昼間からこんなところにいるからもしかしたらそうじゃないかと、最近流行りのFIREって奴だ。」
高橋「にしては早すぎるだろ。で、Vtuberになればそれで稼げると言いたいわけか」
九十九「そう。家計もファイアな高橋にはピッタリってわけ」
うまく言ったつもりなのか九十九は鼻を伸ばしていた。
だが九十九の言っていることは一理ある。今は節約しつつ貯金で何とかしているが今のままでは限界が来る。あの有名イラストレーターである九十九の協力もあるのだ。九十九の誘いに靡きつつあった俺を脳がすぐさま否定する。
冗談じゃねえ俺はvtuberアンチだぞ。vtuberは世界で一番嫌いと言ってもいい 自ら被った虚構の仮面を盾にして承認欲求を満たすそんな存在にどうしてなる必要があるのか、今更言われてももう遅いというやつだ。
高橋「でもなあ…」
九十九「お願い。高橋。」
後ろで纏めた髪がひらりと舞い、九十九は頭を下げる。
九十九の声は真剣だった。思えば自分のアンチとしての意見も頭ごなしに否定されてきた、ここで否定してしまえばそれと同じなのではないか。しかしアンチであるのにVtuberになるというのはダブルスタンダードが過ぎるのではないか。
葛藤の中で答えが出せない
高橋「すまん、少し、考えさせてくれないか」
九十九「わかった。じゃあ連絡先交換しよ?いつでもいいけど決まったら教えて?」
俺たちは連絡先を交換し解散した
街の光が、俺の影を長く引き伸ばす。
九十九単。何が目的かはわからないがあいつは俺にスポットライトを当てようとしている。あいつの言葉には力があった。現に俺が迷ってしまっているのも全てはあいつのせいなのだ。




