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仕切り直すかのように、吉祥が飲み物を出し直し一息つけると、依子はゆっくりと口を開いた。

「君はイギリスに行ったことはあるかい?」

「あ・・・えっと、小学生の頃に何度か。最後に行ったのは、小五だったか・・・父の母親がイギリス人なんです」

「なるほどね・・・その時に、何か変わったところに行ったり、嫌な思いをしたりとかしなかった?」

凛は顎に手を当て、記憶を手繰る。

眉根を寄せ、瞳を閉じ、まるで苦悶の様な表情で黙り込む凛を、遠野家の住人は誰一人として声を掛ける事はしない。

凛もまた、己の記憶の世界に潜り込む様に周りを遮断する。


どれだけの時間が経ったのだろうか・・・静まりかえった室内に時折聞こえるのは、紅茶を入れたカップがソーサーと小さくぶつかり合う音。


そして小さく呟く凛の声は妙に響き、静寂の世界に終わりを告げる。

「・・・違和感があったのが・・・うまく、言えないけれど・・・」

言葉を選ぶように言いあぐねている凛に、依子は「思うままに言葉を紡ぐといい」と、先を促す。

「小学六年に上がる前・・・・春休み・・・イギリスに行ったんだ。その時の、記憶が・・・・おかしい・・・まるで虫食いの様に・・・つながらない・・・」

「イギリスにはお父さんとだけかい?お母さんは行かなかったのかい?」

「あの時・・・母は妊娠していて・・・・だけど、死産・・・・し、て・・・え?」

凛は自分で言った言葉に自分で驚き、依子を見た。

「まだ、結論に走ってはいけないよ。その時の事を思い出せるかい?」

「・・・・わからない・・・・まるで、黒く塗りつぶされたかのように・・・・何も・・・」

「そうか・・・・イギリスの家で、何か変わったことを聞いたり見たりはしなかったかい?」

「あの家で・・・」そう呟き、見えない何かを探すように、せわしなく瞳を動かした。

「・・・・父の書斎・・・逆の十字架・・・・暗い・・・階段・・」

「その、十字架の事を君は何なのか聞いた?」

「逆だよ・・・と、言ったんだ。そしたら、これはこれでいいんだよ、と父は笑いながら机の引き出しに仕舞ったんだ・・・」


今まで黙って事の成り行きを見ていた神威が「サタニズム、か」と、ポツリと呟くと、その言葉に反応したかのように凛は目を見開いた。

まるで溢れる様に、当時の記憶が甦ってきたのだ。


「家には、何時も何人かの男の人が来ていた。年配の人から今の俺くらいの人まで。俺を見るそいつらの視線が気持ちが悪くて・・・俺は、イギリスに来たことを後悔していた」

神威の一言がキーワードとなり、虫食いだった記憶のパーツがカチリ、カチリと集まりハマる。

「日本に帰る前日、父が皆とお別れパーティーを開くと言って庭に集まった。俺は疲れて眠ってしまったけど、途中で目が覚めて・・・」


あぁ・・・何故、今まで忘れていたのだろう・・・

遊び疲れて眠ってしまった俺は、階段を降りるかのように揺れる身体と大人たちの声に、覚醒まではいかないが目が覚めかけていたんだ。

『本当にいいのか?』と、誰かが父に念を押すように声を掛け、それに対し『あぁ、機は熟した』と返事を返していたのを耳元で聞いていた。

起きたいのに意識が朦朧としていて、身体さえ動かない。

そんな状況の中で、何処か暗く寒い所に寝かされたことまでは覚えている。

自分を囲む様に輝く光の玉。そして黒い人影。

そして最後に聞こえた人ならざる『声』の様なもの・・・・

目が覚めた時には、日本の自宅・・・自分の部屋に寝かされていた。

全く覚えていないが、ちゃんと自分の足で歩いて移動していたのだという。

そして、臨月目前の・・・自分の妹となるはずだった赤ん坊の死産。

泣き崩れる母に対し、父は狼狽えるどころか、ただただ純粋さを滲ませた驚きと冷静さに、子供ながらに違和感を感じ覚えていたのだ。


「まさか・・・父さん、が?」


思い出した記憶。そして、あの時の悲しむ母を慰める父の態度・・・

全てが悪い方へと向かっていく。

まるで祈る様に膝の上で手を組んでいるが、力が入りすぎてその指は白くなっていた。

そんな凛の手に、奏が手を重ね優しく撫でた。

のろのろと顔を上げ、奏を見るとその眼差しは、慰めと優しさと・・・そして力強さ。

まるで闇に落ちかけていた心を、寸での所で彼女が引き止め、そして、光へと引き上げてくれた様な。そんな感覚に、初めて息をしたかのように大きく吸い込んだ。

「大丈夫?」

凛はすぐに返すことができず、小さく頷く。そんな彼に依子は、まるでとどめを刺すかのように真実を告げた。

「恐らく君が想像した通りだ。アスモデウスは凛くんの妹さんの魂を花嫁として選び契約したようだ」

「・・・・差し出したのは・・・・・」


「そう、君の父親達だ」


その一言に凛は脱力したように、ソファーに沈んだ。


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