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通されたのは、客間ではなく奏の祖母、遠野依子の仕事部屋だった。

和服を着て出迎えてくれたその人は、『祖母』というよりもどちらかと言えば、奏の『母』と言ってもおかしくはないほど、若かった。

黒々とした髪をきっちり結い上げ、(はす)を模した鼈甲(べっこう)(かんざし)が艶やかな黒髪にとても映えている。

そして醸し出す、(ただ)ならぬ気配。凛はグッと気合を入れなおしながら、右手で左腕の護り紐を握った。


彼女の部屋に一歩踏み入れた瞬間、凛は瞑目する。

まるで中世ヨーロッパにでもタイムスリップしたかのような室内に、圧倒された。

奏が「彼女は西洋かぶれなの」と言っていたが、その室内は一種独特の雰囲気で満たされていた。

依子は純和風なのに、室内は西洋風。そのギャップに違和感しか感じられない。


室内はアイボリーの壁紙で統一されているが、家具は見事な彫刻を施された飴色で年代物のアンティークで統一されていた。

ソファーの前に置かれたテーブルも使いこまれたように光沢があり、帯の様に白いクロスが敷かれ、シックではあるが手の込んだ刺繍がなされている。

遠慮がちにチラリと見る仕事用の机はアンティークブラウンで、大事に使いこまれている事は一目瞭然で、艶々と輝いている。同色の幕板や縁には繊細で華やかな装飾が施されていた。

机を支える一見、華奢にすら感じる脚の曲線(カブリオレ・レッグ)の見事な彫刻も艶やかで丸みがあり、素人の凛から見ても高価なものだとわかった。


独特の雰囲気に満たされているこの室内を、好奇心には敵わずもう遠慮など無くじっくりとぐるりと見渡す。

そこで改めて思う。・・・徹底された彼女の世界、だと。

そんな中、この部屋のインテリアにそぐわないもの、神棚やお札などが所々に見受けられる事に気が付く。

だがそれは凛にとってはどこかホッとするもので、信仰心などないのに何故か今は心の拠所の様に思えてしまうのは、この異常な雰囲気からくる心細さからなのかもしれない。


「さぁ、どうぞ」

凛は進められた場所へと座った。だが、その居心地の悪さと言ったら具合の悪さの比ではなく、色んな意味で此処に来た事を後悔し始めていた。

テーブルをはさむ様に置かれたソファーに凛と奏が座り、向かいには狭そうに大人達が三人、ニコニコしながら座っている。

三者三様のその眼差しに、凛はこくりと唾を飲むが、奏はそんな事はお構いなしに「紹介するね」と、向かって左に座る人物から紹介し始めた。


「まずは、母の遠野吉祥(きしょう)よ」

「宜しくね、凛くん」そう言って笑う彼女は、『母』と言うよりは『姉』でも通るくらいの若さで、どこか人外の美しさがある。そして凛にとってはこの室内で一番、嫌悪感の感じる人だった。

「母はね、実家が神社で、そこの巫女さんなの。詳しい事は割愛するけど、その体内に神気宿しているから凛にとって一番きつい人かもね」

神気だって?彼女が言っていた神の力?そんなものが人に宿るのか?と、心の中で思うも、自分には悪魔が憑いているという。

それが本当ならば神様が憑いている人がいてもおかしくはないかもしれないな・・・と、考えを改めた。


「右に座っているのが父の遠野神威(かむい)よ。父は依子さんと同業だけど、得意なのが祓い業・・・かな?」

「何故そこで疑問形なんだ・・・初めまして、凛くん」

人の好さそうな笑みを浮かべてはいるが、全く持って隙が無い。それが凛の印象だ。

空手の有段者である凛は、そういう感性には長けていて、瞬時に相手の力量が分かってしまう。そして、彼には敵わない・・・と、判断した。

見た目も所謂、イケメンで、どちらかと言えば爽やか系。普通の人であれば、その外見に騙され心許してしまうのかもしれない。

だが、その眼差しは剣呑としていて、正に狙った獲物は逃がさない・・・タイプに見受けられる。


「そして最後が遠野依子。私・・・・父の母親よ」

咄嗟に『私の祖母よ』と紹介しそうになっったのを、寸でで訂正する当たり、色んな苦労が垣間見える。

「私が遠野依子だ。これから長い付き合いになりそうだね。宜しく、凛くん」

その外見とはまたそぐわない、どこか男前感を醸し出す風格と言葉遣い。そして、隠す気などまるでない、好奇心丸出しのキラキラとした・・・まるで少女の様な眼差し。


具合の悪さだとか、気持ちの悪さだとかとかよりも、彼女の視線の方が『危険』だ・・・と、凛は助けを求めるかのように無意識に奏の腕を握ってしまうのだった。



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