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先程の悪夢のような出来事を解決してくれた奏に、凛は改めて感謝を伝えた。
「助けてくれて、ありがとう」凛が頭を下げると、奏は「お礼は千也さんに言って。彼女が私をここまで連れてきたんだから」と小さく笑った。
「・・・その、千也さんって、誰?さっきは何があったんだ?あの女、急におとなしくなって泣き始めて・・・」
凛には何も視えていなかったようで、彼の目に映っていたのは、ただ立ち尽くす彼女等の姿だけだった。―――のだが、不思議な事に光のないあの部屋の中で、奏の瞳の中にいきなり七色の光が生まれたようにキラキラ光り輝き始め、自分には見えない何かが起きている事だけはわかっていた。
「あぁ・・・君には視えなかったんだ・・・不思議なモノ憑けてるのに・・・」
そう言いながら、ジッと凛の瞳を覗き込んだ。それはまるで、何かを探る様に、感じるように、捕らえる様に。
その心地悪さに一歩後ずさる、凛。そして改めて感じる。彼女が近づく事による胸の奥に沸き上がるざわめきと、気持ち悪さ。
「辛い?私が近寄ると、苦しい?」
奏の言葉に驚き、凛は目を見開いた。
「当然だと思うわ。だって、私の身体には神気・・・神様の力が流れてるから」
「神・・・の、力・・・・?」
「そう、だから君の様な悪魔憑きには苦しいと思う」
「・・・悪魔、憑き?俺が?」
「え?気付いていなかったの?」
今度は奏が驚いたように目を見開いた。この異常な状況そのものが、おかしいと思わないのだろうか。疑問に思わないのだろうか、と。
「今回のようなの、初めてじゃないでしょ?」
当然の様に言われ、凛は惚けた様な顔で頷いた。そして、その瞳を見つめる、奏。
「それって、君に憑いてる悪魔の所為だよ・・・色欲の悪魔アスモデウス・・・・」
その名前を耳にした途端、凛の身体に悪寒が走った。
「君に群がる人間は、少なくとも悪魔の力に影響を受けた人達・・・つまりは、心の隙間を突かれた人達」
あの女――愛華は、最近の環境の変化・・・転職したことや、長い付き合いの恋人とようやく婚約し結婚準備に追われていた事が、本人が思っていたよりも精神的に疲弊させていた。そんな時、心の拠所でもあった祖母の千也が亡くなってしまったのだ。
祖母に花嫁姿を見せたかった彼女は、心と身体のバランスを崩し、その隙を悪魔に突かれてしまった。
奏の言葉に、考え込む様に黙る凛に「どうしたの?」と問えば「今思い出した」と呟いた。
中学生の時、街中で突然、年配の女性に声を掛けられた事があった。又、いつもの事か・・・と警戒心も顕わに振り向けば、これまでに向けられていた表情とは全く違う、眉間に皺を寄せ険しくも恐怖に慄いた様な表情で凛を見ていた。
正確には、凛の背後を。
「貴方・・・もの凄いものが憑いてる・・・」
一瞬、何を言われたのかピンとこなかった凛は「は?」と間抜けな返事をしてしまったが、彼女の顔は冗談を言っているようなものではなく、顔色を段々悪くしていく。
「私は異国の鬼はあまり詳しくはないけど、この鬼は知ってる・・・・」
『鬼』だって?この人は何を言っているんだ・・・・凛はやはりいつもの様に、自分の気を惹くためのパフォーマンスだと思い踵を返そうとすると、彼女がぽそりとその名を漏らした。
「・・・色欲の悪魔アスモデウス・・・」
「・・・アスモデウス・・・?」と聞きなれないその名前に、首を傾げた。
「どういう経緯でその鬼を憑けているのかわからないけれど・・・気をつけなさい」
そう言い残すと、彼女は逃げる様に足早にその場を去っていったのだ。




