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「止めてください。大声を出しますよ」


返す凛のその声は冷たく、侮蔑の色を含んでいる。

「ふふふ・・・誰も来ないわよ。それに・・・この状況を見れば、誰も私が貴方を此処に連れ込んだなんて思わないわ」

その言葉に凛は、薄暗い中でも損なうことのない綺麗な顔を歪ませた。

「警察を呼んだっていいのよ?でも、私が貴方に連れ込まれたって泣けば、一体どちらを信じるでしょうね?」

そう言いながら、まるで獲物を狙う肉食獣のように真っ赤に塗った唇を舌なめずりした。

じりじりと後ずさり、何かに躓き倒れた彼に襲い掛かる様に女が覆いかぶさる。

押さえつけてくるその手を除けようとするが、やはりその力は女のモノとは思えないほど強く、びくともしなかった。

「ふふふ・・・何時も見ていたのよ・・・なんて、美しいの・・・」

女はうっとりとした眼差しで彼を見下ろし、そして、意味ありげに彼の身体を服の上から撫で始めた。

服の上からでもわかる鍛えられたその身体に、女は感嘆の溜息を漏らす。


凛はあまりの気持ち悪さにぶるりと身体を震わし鳥肌を立てるも、彼の嫌悪感も女はそれを己の欲望と同じだと捉え、悦んでいるのだと受け止めた。

「あぁ・・・貴方は私のモノ・・・・」

徐々に近づいてくる女の顔を除けるように凛が顔を背けたその時だった。

ギシギシと床の鳴る音がこちらに向かって来るのが聞こえたのは。

はっとしたように女は入り口に目を向けると、そこには若い女――奏が部屋を覗き込んでおり、可愛らしく小首を傾げた。


「ねぇ、アナタ、大丈夫?助けた方が・・・いいのかしら?」


押し倒されている凛に向けてなのか、襲い掛かっている女に向けてなのか非常に曖昧な表情で 声を掛けた。


その声に女は覆いかぶさっていた凛から飛びのくが、その姿はまるで四足(よつあし)のケモノのようのに体制を低くし、獲物を横取りされまいとする猛獣のように奏を睨み付ける。

押し倒されていた凛も驚いたように目を見開いていたが、すぐさま身体を起こし距離をとった。

「いい大人が高校生を連れ込んで、犯そうとするなんで・・・欲求不満なの?」

何処か軽さを含んだその物言いに、女はギョッとしたように目を剥いたが直ぐに、彼女を睨み付けた。

その瞳の奥に宿るものは、正に欲情。

奏はどうしたものかと考えるように、人差し指を唇に当てた。

「あんたも凛の事を狙っているんでしょ?!彼は私のモノよ!誰にも渡さない!!」

そう言いながら凛にしがみ付こうとするが、当の本人は乱れた制服を整え奏の近くまで下がり、少し構えるように腰を落とした。

「悪いが、見ず知らずの人間にモノ呼ばわりされる言われはない」

冷たく凛が言い放てば、女の目に宿る色が変わる。


欲情から狂気へ・・・


奏は「ふむ・・・」と、困った様に頷くと、目の前の女から少し横に視線を移した。

「ねぇ、千也(ちや)さん。貴女のお孫さんはどうしても引かないつもりらしいけど・・・どうする?」

女は驚きに目を見開き、凛は何をしているのかと困惑の眼差しを奏に向けた。

だが、奏は構うことなく続ける。

「・・・・あぁ、そうなの?彼女、婚約したばかりなんだ。・・・うん・・・・うん・・・このままじゃ(まず)いものね」

呆然と立っている女の横の、何もない空間を見つめながらまるで見えない誰かと話をしているように相槌を打ち、すっと彼女に視線を移した。

「貴女、このままだと婚約者にこの事ばれて、捨てられるわよ」

「っ!・・・あんた、何者?どこからそんな情報を!」

「あぁ、言っておくけど、私好きで此処にいるわけじゃないの。貴女のおばあ様に頼まれて、仕方なく首つっこんでるのよ」

「祖母・・・に?でも、彼女は・・・何故、名前・・・・」

彼女は混乱したように視線を彷徨わせる。まるで誰かを探すように。

「千也さん、貴女の右隣に居るわよ」


ハッとした彼女は、顔をそちら側に向け上から下へと視線を巡らせ、探る様にそっと手を伸ばした。


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