2話
「…………なに、この車」
「その、貰い物でして……」
駅から数分歩いた場所にある駐車場には、まぁ……濁して言えば、渋いセダンタイプの真っ黒な車が止まっていた。
濁さずに言うなれば──
「ジジ臭いかも」
「そ、そうでしょうか……?」
「ナンパするのに適してるとは思えないけど」
「ナ、ナンパではありません! ど、どうぞ乗ってください」
茶化すと直ぐ顔を赤くして必死なるスバルさん。可愛いからこの車でも我慢しようかな。
「それで……下北沢のどの辺りまで行けばいいでしょうか?」
「取り敢えず駅まで行ってもらって、あとは適当にディグるよ」
「ディ、ディグるですか? 聞き慣れない言葉ですね」
「んー、深掘りとか発掘するとかそんな感じかな。お金無いし、せっかくなら沢山見て回りたいんだよね」
俺の言葉を聞いてメモ帳に何かを書き始めたスバルさん。こっそり覗くと……
“ディグる=深掘り、発掘。 車は可愛い方が良い” なんて書いてるから、思わず笑ってしまう。
「あははっ、何書いてんの?」
「み、見ないでください!」
「いいじゃん、めっちゃ可愛いよ。時間無いし行こ?」
「あ、安全第一で運転しますね」
この人、滅茶苦茶真面目なんだろうな。
こんなにカッコいい顔してんのに可愛いとか……やっぱり東京って凄いや。
「一応自己紹介の続きね。俺中学三年生。って言っても来月から高校生だけど」
「ちゅ、中学生なんですか!? た、確かによく見れば……」
「あははっ、どこ見てんの? えっちだなー」
「そ、そのようなつもりでは……」
茶化すの楽しいな。
こんなに純粋な人、初めてだ。
「それで、えっちなスバルさんは?」
「……だ、大学二年生です」
「えっちな大学?」
「ち、違います! 東京大学です!」
「へぇ……じゃあ勉強頑張ったんだな。偉い偉い」
赤信号。くしゃくしゃと頭を撫でると、目に涙を浮かべ俯くスバルさん。
流石に無神経過ぎたかな……
「ごめん……なさい」
「あ、謝らないでください! その……皆結果でしか見てくれないので、蛍さんの言葉と柔らかな手のひらが嬉しかったんです」
「ふーん……えっち」
「ど、どうしてですか!?」
「ほら、信号青だよ」
焦って落ちたスバルさんのメモ帳。
バレないように拾って、こっそりメモを残した。
“スバルさん→真面目で頑張り屋。多分むっつりスケベ。運転ありがと”
◇
「蛍さん、着きましたよ。起きてください」
「…………ごめん、俺寝てた?」
「東京はいるだけで疲れてしまいますから。仕方有りませんよ」
「ナンパ師とは思えない優男」
「ち、違いますって」
多分、気を使って滅茶苦茶安全運転してくれたんだろう。全然揺れなかったし、ブレーキもアクセルも緩やかだった。
「自分はこの駐車場にいますので、いつでも声をかけて……ほ、蛍さん!?」
せっかく乗ったナンパ。それに何だか離れたくないから、スバルさんの手を強引に引っ張った。
「一緒に見ようよ」
「い、いいんですか?」
「俺今日誕生日だからさ、ナンパしたなら最後まで楽しませてよ」
「お、おめでとうございます……た、大切な日に自分なんかでいいんでしょうか?」
「スバルさんがいい。ほら、行こ」
顔を真っ赤にして手を握り返したその姿が、笑っちゃうくらい可愛かった。