1話
俺、星守蛍は可愛いものが好きだ。だから、俺自身可愛くありたい。
有難いことに女にも男にも告白される位には親が顔を良く産んでくれたから、俺は俺のまま可愛くなれた。
女になりたい訳じゃない。可愛い男がいたっていいのにさ、住んでた田舎町じゃ誰の理解も得られなかった。
メンズの服でも十分可愛くはなれるけど、レディースの方が選択肢が多いからレディースを着ると、言われることは女装とかオトコの娘。違う。俺は俺だし、普通の……可愛いものが好きなだけなのに。
「スゲー人の数だな……これが東京か」
中学の卒業式が終わって次の日、貯めていた小遣いで新幹線に乗り東京へ来た。
今日は俺の誕生日。せっかくだし、今までで一番可愛い日にしたいな。
「えーっと下北沢に行くには……あれ、人が座り込んでる。なんだろう……」
流動的な駅前と対照的な存在で、否が応でも目に入る。埃っぽい服を着た中年男性。隣に置かれた段ボールの切れっ端にはマジックで“困っています”と書かれていた。
この人……目が見えないんだ。
皆んなどうして無視するのか分かんないけど、兎に角出来ることをしないと。そう思い財布からお札を出しておじさんの手へ握らせた。
「おじさん、これ使ってよ」
「……これは?」
「俺が出せる精一杯の二万五千円。あと三千円あるんだけど、電車代があるから……これはごめんな」
「…………う、受け取れない。実は……目が見えるんだ。見えないふりをして人の善意に「マジ!? よかった……滅茶苦茶大変だろうなって思ってたから……見えてるなら、このお金ちゃんと使えるよな?」
「い、いや……その……」
困ってなきゃここにいないんだ。
俺が子供だから……おじさんは気遣って……困ってるのに、心配させちゃうんだ。
俺がもっと大人だったら……十五歳になったからって………そうだ!!
「おじさん、誕生日いつ?」
「二月だが……」
「じゃあさ、遅くなっちゃったけど……このお金は誕生日プレゼントな。誕生日おめでと。ちょっと動かないで?」
「? き、汚いから止めなさい!」
「汚くないよ。ほら、ジッとして」
ボサボサに伸び切ったおじさんの髪の毛を櫛でヘアオイルと共に梳かして、パウダーパープルのヘアゴムで束ねる。少しでも……おじさんの今日一日が──
「ははっ、いい感じ。可愛いじゃん」
「……こんな老耄でもそう見えるか?」
「歳なんて関係無いよ。今日の……今日からのおじさんはメッチャ可愛いからさ」
「…………ありがとう。そろそろ行くとするよ」
「またここにくれば会える?」
「…………いや、もうここには来ない。もう少しだけ藻掻いてみるよ。キミの言う……可愛いとやらになれるように。いつかまた会おう」
「あははっ、約束な?」
握手するおじさんは照れ臭そうに可愛く笑っていて、お互い見えなくなるまで手を振り続けた。
「………………さらば東京。さらば下北沢」
半泣きで駅に戻り鈍行の切符を買おうとしたところ、後ろから声がした。
「あ、あの……何かその……お困りでは?」
何、このバチクソなイケメンは。俳優か?
担任だった先生よりも背が大きい大学生くらいのお兄さん。これ、俺に話しかけてるんだよな?
「困ってるっていうか……予定が大分変わっちゃって……ホントは下北沢で古着買う予定だったんだけど、予算が無くて」
「も、もし良かったらその……車があるので下北沢まで送りましょうか?」
東京はこういうナンパが流行っているのかな?
でもこの人……真っ直ぐに俺を見つめてくれてる。理由は分かんないけど顔真っ赤だし……なんか、可愛いな。
「あははっ、これナンパ?」
「ち、違います!! その……先程のアナタの行動を見ていまして……感銘を受けました。同時に己が恥ずかしく見えてしまい……アナタを見習おうと……」
「で、ナンパしてんだ?」
「か、からかわないでください!!」
一々反応が可愛い。
まぁ……時間に余裕はあるし、せっかくなら色んなお店見て回りたいし……
「いいよ、そのナンパのってあげる」
「ほ、本当ですか!?」
「ほらナンパじゃん」
「っ!!? か、勘弁してください……」
「あははっ。俺、星守蛍。お兄さんは?」
「…………き、清地澄斗です!」
なんとなく湧く予感。
今までで一番、可愛い一日が始まる。