第8話:次は私の番
「......え? なんでここにいるの......?」
遥の脳は理解が追い付かなかった。
だって......こんなところにいるはずがない。
佐久間君はそういうタイプの人間じゃないし......
だが、目の前に映る青年は、どこからどう見ても「佐久間優」だった。
遥の異変に気が付いた陽翔が声をかける。
「ねーちゃん?どうかした?」
返答のない遥が見つめる先を陽翔も確認する。
「あの男の人、知り合いなの?」
「......え?もしかして、あの人が“佐久間君”?」
遥は声が出ず、無言でうなずくことしかできなかった。
「まじかよ......すげぇ偶然もあるもんだなぁ」
陽翔が感嘆の声を上げ、続ける。
「今、チャンスなんじゃない?」
”チャンス“、確かにそうだ。
既読無視したわけじゃないの、その一言さえ伝えることが出来れば
この胸につっかえたモヤモヤは取れるはず......
でも、なんて声を掛けたら......
ただでさえ既読無視状態で気まずいのに......
遥が頭を悩ませていると、また弟の声が聞こえた。
「あーもう!じれったいなぁ!悩むことなんてないだろ?ほら、早く行った行った!」
そういうと遥を椅子から立ち上がらせ、文字通り背中を押された。
気づけば、夏コミの時と逆の構図になっていた。
優はもう目の前だ。
足がすくむ。
あと一歩が踏み出せない。
「あの時の佐久間君はこんなんじゃなかった......」
夏コミの時優を思い出す。
あの時の佐久間君の足取りには迷いなんてなくて、そのまま私に思いを伝えてきた。
でも、きっとあの時の佐久間君もいっぱい勇気を振り絞ったはず。
私ばっかり臆病なままじゃだめだ。
次は私の番......!
そう思い、歩みを進めた遥の足取りに、もう迷いはなかった。
スマホに顔落としている優の目の前に立つ
「あ......あのっ!佐久間君......だよね?」
急に話しかけられた優が、少し体をビクッとさせながらゆっくり顔を上げる。
「えっ......?先輩!?」
優はテンプレのような驚いた表情をしている。
「偶然だよね......こんなところで会うなんて......」
一生分の勇気を振り絞り、懸命に声を絞り出す。
「ほ、本当にびっくりしました、こんな偶然あるんですね......」
「ね、ほんと......すごい偶然...」
少し気まずい沈黙が続く。
遥は少し深呼吸をして、意を決して口を開く。
「夏コミの日の夜、メッセージ、返信くれてありがとね......」
優が一瞬ピクッと反応したような気がした。
「......俺もメッセージきて嬉しかったです!」
“嬉しかった”、その言葉に少し安堵する。
「返信くれたのに、私あの後寝落ちしちゃって......」
「そのまま次の日もなんて返信しようって考えてたらどんどん遅くなっちゃって」
「時間が経つにつれて返信しにくくなっちゃって......」
一度言葉を発すると、ポロポロと零れ落ちるように言葉があふれてくる。
「その......、既読無視しちゃってごめんなさいっ!」
やっと言えた。
不安が隠し切れないまなざしで、優の方を確認する。
ブッっと少し吹き出しながら優は笑った。
「先輩って、意外とそういうの気にするタイプなんですね」
優しい表情で優はそういうと
「俺も、既読無視されたかもってちょっとだけ不安になりましたけど」
「でも、こうやって先輩の本心をちゃんと聞けて安心しました。」
「正直、俺嫌われたかな?ってちょっとだけ思ってました笑」
笑いながらそう言った優を見て、一気に肩から重りが外れたような感覚になった。
やっと言えた達成感と、許してもらえた安心感と、不安にさせてしまっていた罪悪
感が入り混じって遥はまた泣きそうになっていた。
だが、今回は泣かなかった。
遥も成長していた。
「それにしても、先輩はどうしてミラージュランドに?先輩ってインドア派だった気が.......」
自然に会話を続けてくれる優
「今日は家族に無理やり連れてこられて......でも来てよかったかも......」
最後の一言は消え入りそうな声になりながら、遥は答える。
「佐久間君はどうして?佐久間君もあんまりこういうところ来ないと思ってた」
「俺は友達がチケット余ったからって誘ってきて」
そこまで言ったところで、優の少し後方から声がした。
「うぃ~お待たせ~って、え?その美人な女性はどちら様で......?」
「あぁ、陽介。この人は図書委員の先輩の宮下先輩」
「へぇ~、どうも!自分こいつの友達の中谷陽介っす!」
「あ、宮下......です」
少し陽キャオーラを感じる陽介に気圧される。
すると、次は遥の後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「遥~?あ、居た居た!」
「え?お母さん?」
ご飯を調達した母親が、帰りの遅い遥を探しに来た。
「あら?そちらのお二人は?」
「あ、えと......遥さんの委員会の後輩の佐久間です!」
「その友達の中谷っす」
「あらあら、よろしくねぇ。遥の母で~す」
何ともカオスな空間が出来上がった。
どうしたものかと考えていたら母親が少しニヤニヤしながら
「遥、あんた二人と一緒に回ってきたら?」
と言い出した。
「......へっ!?」
あまりに突拍子もない提案に思わず間抜けな声が漏れた。
余計なことしないで!と目線で母親に訴える。
が、母親は相変わらずニヤニヤしながら、してやったぜといった表情をしていた。
「俺は全然いいっすけど~......」
陽介が二人を交互に見る。
数秒の沈黙の後、陽介はポケットからスマホを取り出し
「あ!なんか急におばあちゃんが倒れたみたいで、俺帰らないといけなくなっちゃった!」
「は!?お前が誘ってきたんじゃ......」
なんだか棒読みのように聞こえたが、陽介はそのまま
「じゃ、あとは楽しんで~!」
と言ってそのまま人込みの中へ溶けていった。
「あら、それはしょうがないわねぇ。じゃあ二人で楽しんでおいで!」
そう言って母親も家族の待つテーブルに戻っていった。
「えっと......」
遥が困っていると
「折角だし、一緒に回りますか」
と、優が切り出した。
心臓の高鳴りが収まらないまま、優との“遊園地デート”が始まった。
こんばんは、かわちです!
偶然の再会。夏コミの時とは逆に、今度は“遥”が勇気を出す番。
既読無視の誤解を解きながら、ちょっぴり進んだふたりの距離と……
お節介な弟と陽キャな友達、ニヤニヤが止まらないお母さんに囲まれたカオスな展開!
最後にはまさかの“デート”が始まっちゃう…?
次回、遊園地デート編です!お楽しみに!